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24 まったく待ち望んでなかった真の再会
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翌朝、簡単に朝食をすませてからやはりゲオルクに担がれて道を進めば――二人は海を見下ろす丘に出た。
地平線にまで広がる大海原は思わず息を止めて見入ってしまうほどの壮大さで、まさに圧巻であった。
「すごい……っ! これが海!?」
「なんだ、見たことなかったのか?」
「ええ!」
ラウラは初めて見る海に釘付けとなった。
キラキラと海面が太陽の光を反射して、宝石のように輝いている。
一層濃くなった潮の香りを思いっきり吸い込むだけで、胸はなんだかワクワクと高鳴った。
海沿いには大きな街が広がっている。あれが港街ウルベスクだろう。
「早く行きましょう!」
ゲオルクに向かって両手を伸ばせば、当然のように担がれる。
この扱いにももはやすっかり慣れてしまった自分自身に驚く。だが、人間慣れれば大抵のことはなんとかなるものだ。
そうやって丘を下っていく最中、ゲオルクが「ん?」と声をこぼした。
「どうしたの?」
地図を見ていたラウラも顔を上げる。
すると、ウルベスクの入口周辺をウロウロする濃い赤と黒の制服を着た男たちが視界に飛び込んできた。
その目立つ色は、旅路の途中カーバンクルの森でも目にしたものだった。
「騎士か?」
ゲオルクは呑気に首を捻るが、残念ながらラウラには答える余裕がなかった。
見間違いようのない配色は王国騎士団のものであり、その中でも一人だけ馬に跨る眩い金髪の騎士に目が留まる。
彼がラウラにとって見覚えのありすぎる人物であったからだ。
身体をこわばらせたラウラにゲオルクも気付いたのだろう。
簡単にその正体の見当がついたらしい。
「なるほど、あれが寝取られた元婚約者だな。確かに騎士団長令息らしく偉そうだ」
「ひとことどころか全部余計だわ!」
ポカッと担がれたまま胸元を叩くが、予想通りびくともしない。悔しさに歯ぎしりをした。
その間もゲオルクは躊躇することなくずんずんと進んでいく。
「ねぇ、ちょっとこのまま突っ込んでいく気!?」
「じゃないとウルベスクに入れないだろう? それに安心しろ。とっくに気付かれてる」
「え」
言われてよくよく目を凝らしてみれば、確かに騎士たちは全員ラウラとゲオルクに注目していた。
その瞬間、馬に跨った例の金髪騎士とばっちり目が合った気がして冷や汗が噴き出す。
だがここで引き返していった方が明らかに怪しい。絶対に追いかけてくるパターンであろう。そんなことで捕まってより一層面倒でややこしくなりそうな事態は嫌だ。
それに、確かにここを抜けなければそもそもウルベスクに入れない。
「でも嫌ぁ……」
「まあ、腹を括るしかないな!」
「そうだけどぉ!」
とっくに開き直ったとはいえ、一体誰が妹に寝取られた元婚約者と再会したいだろうか。
言葉にもならない声で「あぁ」だか「うぅ」だか呻くものの、結局結論はひとつしかないのだ。
狼狽えるラウラとは対照的に、こういうときでもなぜか堂々としたゲオルクは臆せず進む。
少しは心の準備をさせてくれてもいいじゃないか。と思ったところで、それが無駄であることもよく知っている。
こうなっては、ラウラにはもはや項垂れることしかできなかった。
「待て、止まれ」
声が届く距離まで近づいたら案の定足止めされてしまった。
聞き覚えのありすぎる声にラウラはひたすら顔を伏せる。
「騎士団がいったいどうしたんだ?」
「人を探しているんだ。……その女性は?」
この状況でも普通に会話をするゲオルクの豪胆さはどうなっているのだ。対するラウラはひたすら大人しく顔を伏せて担がれるがままとなっていたのだが、やはり一見するとその姿は不審であったらしい。
尋ねてくる声は明らかに訝しんでいる。
「どうやら気分が悪いらしい。だから早く街に入りたいのだが……」
絶妙に嘘を言っていないのがゲオルクの凄いところである。
確かに今ラウラは気分が悪い。話しかけてきた金髪騎士のせいで。
「そうか。しかし悪いな、念のために確かめさせてもらう」
「あっ」
言うが早いか、馬を降りた騎士に顎を掴まれクイッと顔を持ち上げられた。
今のラウラは肩で切り揃えられダークブラウンの髪と、その髪と同色の瞳である。彼の知っている姿とは異なるはずだ。
だから大丈夫。のはず。
そんな縋るような思いも、目の前に掲げられた手鏡を見て砕け散る。
鏡の周囲にびっしりと魔石が埋め込まれたこの手鏡は、魔道具だ。
まずい、と血の気が失せたと同時に、鏡に映るラウラの容姿はみるみる変化していった。
暗いダークブラウンの髪は涼やかなアイスシルバーに。
髪と同色だった瞳は落ち着いた若緑の瞳に。
変化は鏡の中だけではなかった。
現実のラウラの姿も連動するように色が変わっていく。
その様を、この場の全員が食い入るように見つめていた。
特に目の前の騎士なんて、金髪碧眼のせっかく綺麗な顏が残念にみえるほど、目玉の飛び出した驚愕顔を晒している。
この手鏡は、魔道具による変装を解除するものであった。
元に戻ってしまった鏡に映る自身の容姿を見て唇を噛む。
同時に喜色の滲んだ声がした。
「ラウレナ……!」
弾むような声に思わずがっくりと肩を落とす。
こちらにしてみれば嬉しいどころか絶望だ。
「お久しぶりですね、アイオス様……」
元婚約者との真の再会であった。
――と、澄んだ青い瞳を溢れんばかりの喜びに輝かせる元婚約者と、渋面を浮かべるラウラの横で。
「ラウレナが本名か?」
「そうよ」
「……それでラウラか。なんの捻りもないなぁ」
「急だったんだから仕方がないでしょう!?」
ゲオルクはやはりいつも通りであった。
こんなときに自分でも思っていた恥ずかしいところにツッこみを入れないでほしい。
少しは空気を読んでほしい。
地平線にまで広がる大海原は思わず息を止めて見入ってしまうほどの壮大さで、まさに圧巻であった。
「すごい……っ! これが海!?」
「なんだ、見たことなかったのか?」
「ええ!」
ラウラは初めて見る海に釘付けとなった。
キラキラと海面が太陽の光を反射して、宝石のように輝いている。
一層濃くなった潮の香りを思いっきり吸い込むだけで、胸はなんだかワクワクと高鳴った。
海沿いには大きな街が広がっている。あれが港街ウルベスクだろう。
「早く行きましょう!」
ゲオルクに向かって両手を伸ばせば、当然のように担がれる。
この扱いにももはやすっかり慣れてしまった自分自身に驚く。だが、人間慣れれば大抵のことはなんとかなるものだ。
そうやって丘を下っていく最中、ゲオルクが「ん?」と声をこぼした。
「どうしたの?」
地図を見ていたラウラも顔を上げる。
すると、ウルベスクの入口周辺をウロウロする濃い赤と黒の制服を着た男たちが視界に飛び込んできた。
その目立つ色は、旅路の途中カーバンクルの森でも目にしたものだった。
「騎士か?」
ゲオルクは呑気に首を捻るが、残念ながらラウラには答える余裕がなかった。
見間違いようのない配色は王国騎士団のものであり、その中でも一人だけ馬に跨る眩い金髪の騎士に目が留まる。
彼がラウラにとって見覚えのありすぎる人物であったからだ。
身体をこわばらせたラウラにゲオルクも気付いたのだろう。
簡単にその正体の見当がついたらしい。
「なるほど、あれが寝取られた元婚約者だな。確かに騎士団長令息らしく偉そうだ」
「ひとことどころか全部余計だわ!」
ポカッと担がれたまま胸元を叩くが、予想通りびくともしない。悔しさに歯ぎしりをした。
その間もゲオルクは躊躇することなくずんずんと進んでいく。
「ねぇ、ちょっとこのまま突っ込んでいく気!?」
「じゃないとウルベスクに入れないだろう? それに安心しろ。とっくに気付かれてる」
「え」
言われてよくよく目を凝らしてみれば、確かに騎士たちは全員ラウラとゲオルクに注目していた。
その瞬間、馬に跨った例の金髪騎士とばっちり目が合った気がして冷や汗が噴き出す。
だがここで引き返していった方が明らかに怪しい。絶対に追いかけてくるパターンであろう。そんなことで捕まってより一層面倒でややこしくなりそうな事態は嫌だ。
それに、確かにここを抜けなければそもそもウルベスクに入れない。
「でも嫌ぁ……」
「まあ、腹を括るしかないな!」
「そうだけどぉ!」
とっくに開き直ったとはいえ、一体誰が妹に寝取られた元婚約者と再会したいだろうか。
言葉にもならない声で「あぁ」だか「うぅ」だか呻くものの、結局結論はひとつしかないのだ。
狼狽えるラウラとは対照的に、こういうときでもなぜか堂々としたゲオルクは臆せず進む。
少しは心の準備をさせてくれてもいいじゃないか。と思ったところで、それが無駄であることもよく知っている。
こうなっては、ラウラにはもはや項垂れることしかできなかった。
「待て、止まれ」
声が届く距離まで近づいたら案の定足止めされてしまった。
聞き覚えのありすぎる声にラウラはひたすら顔を伏せる。
「騎士団がいったいどうしたんだ?」
「人を探しているんだ。……その女性は?」
この状況でも普通に会話をするゲオルクの豪胆さはどうなっているのだ。対するラウラはひたすら大人しく顔を伏せて担がれるがままとなっていたのだが、やはり一見するとその姿は不審であったらしい。
尋ねてくる声は明らかに訝しんでいる。
「どうやら気分が悪いらしい。だから早く街に入りたいのだが……」
絶妙に嘘を言っていないのがゲオルクの凄いところである。
確かに今ラウラは気分が悪い。話しかけてきた金髪騎士のせいで。
「そうか。しかし悪いな、念のために確かめさせてもらう」
「あっ」
言うが早いか、馬を降りた騎士に顎を掴まれクイッと顔を持ち上げられた。
今のラウラは肩で切り揃えられダークブラウンの髪と、その髪と同色の瞳である。彼の知っている姿とは異なるはずだ。
だから大丈夫。のはず。
そんな縋るような思いも、目の前に掲げられた手鏡を見て砕け散る。
鏡の周囲にびっしりと魔石が埋め込まれたこの手鏡は、魔道具だ。
まずい、と血の気が失せたと同時に、鏡に映るラウラの容姿はみるみる変化していった。
暗いダークブラウンの髪は涼やかなアイスシルバーに。
髪と同色だった瞳は落ち着いた若緑の瞳に。
変化は鏡の中だけではなかった。
現実のラウラの姿も連動するように色が変わっていく。
その様を、この場の全員が食い入るように見つめていた。
特に目の前の騎士なんて、金髪碧眼のせっかく綺麗な顏が残念にみえるほど、目玉の飛び出した驚愕顔を晒している。
この手鏡は、魔道具による変装を解除するものであった。
元に戻ってしまった鏡に映る自身の容姿を見て唇を噛む。
同時に喜色の滲んだ声がした。
「ラウレナ……!」
弾むような声に思わずがっくりと肩を落とす。
こちらにしてみれば嬉しいどころか絶望だ。
「お久しぶりですね、アイオス様……」
元婚約者との真の再会であった。
――と、澄んだ青い瞳を溢れんばかりの喜びに輝かせる元婚約者と、渋面を浮かべるラウラの横で。
「ラウレナが本名か?」
「そうよ」
「……それでラウラか。なんの捻りもないなぁ」
「急だったんだから仕方がないでしょう!?」
ゲオルクはやはりいつも通りであった。
こんなときに自分でも思っていた恥ずかしいところにツッこみを入れないでほしい。
少しは空気を読んでほしい。
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