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17 間違いなく人生最悪の目覚め

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 貴族であることは見破られたとしても、それ以外は完璧に正体を隠せていると思っていた。
 なのにすべてがバレバレであった事実にヘコむ。
 だが枕に顔をうずめるラウラをよそに、ゲオルクはなおも首を捻った。

「しかし、そうなると騎士団が森にいたのが気になるな」
「そういえばそうね。なんだったのかしら」

 騎士団は忙しいと村人の要請を退けていたというのに、その騎士が森の中をうろうろしていた。

「あの森にカーバンクルがいるという言い伝えを知っていたのか、そもそも――」

 なんだか難しい顔をしてゲオルクが黙り込む。
 そういえば彼は、森の中でずっと腑に落ちない表情を浮かべていたように思う。

 ベッドでごろりと寝そべって考え込むゲオルクを見ていたら、不意に顔を上げた赤い瞳と目が合った。

「ラウラの聖力のことを、元婚約者は知っていたのか?」
「え?」

 知っていたかどうかと聞かれれば――。

「知っていたわ……彼だけは」

 心から信じていたから。
 だから打ち明けたし、だから惜しみなく彼に力を使った。
 それもすべて、二人で歩む未来に希望を持っていたからだ。

「彼にだけは打ち明けたのよ……」
「ほぉー、なるほどなぁ」

 思い出すだけで心が引きちぎれそうな話をしているというのに、ゲオルクが「なるほどなぁ」のひとことで済ませる。

「ちょっとぉ、聞いておいてそれはないわ」

 なんだか肩透かしをくらった気分だった。
 聞いて同情してくれとは思わないが、もうちょっとなにかひとことくらいほしい。
 けれどこうもあっさり引き下がられると、そう気にするほどでもないことなのかな? と思えてくるものだから不思議である。

「とりあえず現状はわかったからな。ま、ラウラはなにも気にせず今夜は大人しく寝てろ。ほらせっかくのベッドだぞ!」
「え、ええ。ありがとう……? あの、ゲオルクは?」

 とは、なんだかやけに含みのある言い方ではないか。

「俺は部屋を見張っておこう。そろそろ護衛の仕事もしようではないか!」

 そう言って、こちらを向いたままドンとベッドの上に胡坐をかいて座った。
 どういうことなのかさっぱりわかないが……もしかしなくとも、今夜はこうしてゲオルクに見張られながら寝ろとでもいうのだろうか。とても落ち着かない。

「また明日も歩くんだ。よく寝ておけよ」

 やはりこのまま寝ろということね。
 などと思っている間に灯りまで消された。
 暗い部屋の中で浮かび上がるゲオルクのシルエットの圧がとても強い。
 爛々とした瞳がこちらをじっと見つめてくる視線をビシバシ感じる。

 気まずいなぁ。なんて思ったのもつかの間、自覚していた以上に疲労を溜めていたらしいラウラの身体は、気を失うように一瞬で眠りに落ちた。
 そして、予感というのは的中するものである。



 暗闇の中、なにか物音がする。
 なにか騒がしい気がする。

「…………んん……?」

 わずかに身じろいで、薄らと目を開けたら――ビュンッと目の前をなにかがかすった。

「――……っ!?」

 まどろんでいた意識は一瞬で覚醒した。
 ギョッとして目を見開いたら、仰向けであったラウラの眼前でまたもなにかが風を切った。

 その瞬間、恐怖に歪む見知らぬ男の顔が通り過ぎ、バッチリと目が合う。

(ぎょええええぇぇぇっ!?)

 あまりのことに声が出なかった。
 固まるラウラの目の前を、同じ男の顔が何度も通り過ぎていく。そのたびにぶつかるような音と呻き声が聞こえ、目の前を通り過ぎる男の顔が段々とボコボコに歪んでいく。こわすぎる。

(なに、なになになにごとっ!?)

 ゆっくりと視線を横に向ければ……薄暗い部屋の中、見知らぬ男の両足を掴んだゲオルクがその場でグルグルと回り男をぶん回していた。

 悪夢かと思ったが現実であった。

 回転するたびに男の顔が寝ているラウラの上を通りすぎていたのだ。だがいかんせん狭い室内のため、ぶん回すたびに男の顔がどこかしらにぶつかっている。むごい。
 その足元には、すでに床に倒れ伏している男も一人いる。
 倒れている方はなにをされたのか定かではないが、床の上でビクビクと痙攣していた。こわい。どこを見てもこわい。改めてなにごとだこれは。

 ひと通り現状を理解し、部屋の状況を確認してから――ラウラは静かに、ゆっくりと布団を頭まで被って目を閉じた。

 今夜は大人しく寝てろと言われているのだ。
 ならばできることは、ひとつしかない。

 いっそ気を失ってしまいたかったが逆に意識は冴えわたる。ひとまず音が静まるまで待とう。
 などと生きた心地のしない心境で息をひそめていたら、次第に物音がしなくなった。小さな呻き声はわずかに響いているが。
 そっと目元まで布団を下げて様子をうかがってみる。

「……お、終わった……?」

 ドドドドドと暴れる心臓を抑えて小さく問えば、気付いたゲオルクがひと仕事終えたようにパンパンと手を叩きながら笑顔で振り返った。
 月明かりに照らされたこの光景での笑顔は、こわい。

「すまないな。なるべく静かに終わらせようと思ったが起こしたか!」
「お、起きるわよぉ……」
「来るかとは思っていたが本当に来てな。いやぁびっくりした」

 そうはまったく見えないほどに容赦なくやりたい放題していたようだが。
 自分でも驚くほど情けない声しか出ない。ベッドで横になったまま身体はブルブルと震えている。腰が抜けて起き上がれない。

「なに? なんなの? これなに、誰?」
「知らんが、突然窓から入ってきたんだ。襲ってきたからやり返したらこうなった」
「説明されてもなにひとつ腑に落ちないわ!?」
「まあ今から聞いてみよう」

 そう言ってゲオルクは横たわる男たちの前に屈む。

「お前たちのせいで大事なご主人様が起きてしまったぞ。インクロリア侯爵家の差し金か?」
「知らな――」

 ゴキッ!
 痛そうな音をさせて、男の顔に拳が飛んだ。

「依頼内容は?」
「本当に知らな――」

 バキッ!
 さらに慈悲のかけらもない拳が飛ぶ。

「騎士団は関係ないのか?」
「なんの話――」

 ゴンッ!
 ついには頭突きまで炸裂した。

 こんなやり取りを数回続けたところで、観念した……というより朦朧とした男たちからわずかだが聞き取ることができた内容は、ある程度予想していたものだった。

 ハッキリと家名は口にしなかったが、依頼はおそらくインクロリア侯爵家から。
 内容は秘密裏に娘の始末を望むということ。
 どうやら騎士団は関与していない。

「やっぱり我が家からの差し金だったのね」

 というか、正確には妹からだろうが。
 
 家族からのラウラに対する答えを、これ以上ないほどわかりやすく明確に示された。
 予想していたとはいえ、なかなかストレートに現実を突きつけられる。

 気付けばゲオルクの横に並んで前のめりに話を聞いていたラウラは、顔の原型を無くして突っ伏す男を前にため息をこぼした。
 横でそんなラウラの様子を伺うゲオルクの気配を感じる。

「こいつらは縛って置いておきましょう。強盗として突き出してもらうように書置きを残して、急いで発つわ」

 ひと息で告げたら、横から「おお」と意外そうな声があがった。
 意外そうで――楽しそうな声だった。

「さすがに泣くかと思ったが、いい顔をしているじゃないか」
「そうよね、自分でもこんなに心穏やかだとは思わなかったわ」

 自分でも不思議なほど、素直に現状を受け入れられた。

 お互い顔を見合わせて、ふふふと思わず笑う。
 ほんの数日前、あの店の扉を潜る前のラウラであれば、ここで突き付けられた現実に落ち込んでいたか泣き崩れていただろう。虚勢を張ってはいたものの、その内心は不安しかなかったのだから。

 まあそもそも、ゲオルクがいなければあっさりと殺されていただろうが。
 そうなのだ。彼がいなければ。

「私のことを嫌っている相手のために泣くなんて、そんなの楽しくないじゃない。でしょう?」

 言えば、赤い瞳がわずかに目を見張った。
 そして愉快で仕方がないとばかりに細められる。

「それはそうだ」

 はっはっはと豪快に笑うゲオルクの横にいれば、大概のことは気にするまでもないと思えてしまうからやはり不思議だ。

 こうして二人はさっさと村を引き上げた。
 港町ウルベスクまではまだ道のりも長い。こんなところでもたもたしている暇もないのだ。
 殺されかけたというのにラウラの心は不思議と晴れやかだった。
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