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08 なにごともなく終わるわけがなかった

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 翌朝、初めての野宿は予想以上にスッキリと目覚めることができた。
 緑に囲まれた清々しい朝の空気をめいっぱい吸い込んだら、なんだか生臭い気がしたがきっと気のせいだと起き上がる。

 すると――日に照らされ、まざまざと浮かび上がった昨夜の戦闘と殺戮で血みどろとなった周辺一帯が視界に飛び込み、ラウラは悲鳴をあげた。

「どうした!?」

 驚いたようなゲオルクの声にそちらを向けば、森の片隅に魔獣の死骸を積み上げてそれらを解体している血まみれ姿が目に入る。
 残念ながら気のせいではなかったようだ。

「ぎゃああああああっ!」

 朝からラウラの悲鳴が二度も森に木霊した。


 すっかり食欲など失せたが、軽く朝食を終えてから森を発つことにする。
 血痕に囲まれた中での食事は再びの吐き気を催したが、ここでまた嘔吐しようものなら再び池に放り投げられること間違いなしなので、口を押えて我慢した。
 対して、平然と肉の残りを食べ尽くしたゲオルクの精神力にも再び戦慄した。

 どうやら先ほどのゲオルクは魔獣の素材を取り出していたらしい。
 魔獣は魔石以外にも骨や皮、角や爪など売れるところが多々あるし、種によっては驚くほど高値がつくものもある。
 昨夜襲ってきたサーペントは牙と皮がいい金になると、ゲオルクは満足そうだった。確かにそれは助かる。

 そして二人は、ようやく港町ウルベスクに向けて出発した。
 魔獣が出没するようなうっそうとした森に人通りがあるはずもなく、ひとまず徒歩で近くの村を目指すことにする。

 そう思って一日中ひたすら歩いたのだが、一向に人どころか建物の影も形も見えなかった。

「道はこちらで合っているのか?」
「たぶん」

 休憩していると、近場の岩の上に立ったゲオルクが遠くを見渡しながら訊ねる。
 昨日彼がラウラを担いで手当たり次第に暴走したため、方向感覚が若干怪しいが、こちらで正しいはずだ。荷物から地図を取り出して広げてみると、やはりこのまま進んだ先に小さいが村がある。

「ほら、ここに村があるはずよ。こちらの細い街道を来てしまったから遠まわりになったし、誰にも会わなかったんだわ」

 人目を避けて古く細い街道を選んだのだが、思っていた以上にこの街道は今では使われていなかったのだろう。ラウラが指で差しながら言えば、岩から飛び下りて地図を覗き込んだゲオルクも頷いた。

「ふーん、確かにそうだな。まあこのペースなら明日には着くだろうから、今日はここで野宿するか」
「それがよさそうね」

 見上げれば、すでに日は沈みかけている。
 ラウラが頷くなりゲオルクは街道の脇に今日も手際よく火をおこして、周囲から食べられそうな野草や木の実を採ってきた。

 それらを小さな鍋に放り入れ、今朝池で汲んだ水と、街で買い出しした非常食用の干し肉と調味料も一緒にまとめて煮たら、あっという間にスープが出来上がる。

「適当にぶち込んだだけだけど、それなりに食べられるぞ」

 そう言って器を差し出してくるゲオルクの一連の動きを、ラウラは半ば呆然と眺めていた。

「ありがとう。……なんというか、ゲオルクは強いわよね。生命力が」
「よくわからんが、まあ死ぬ気はしないな」
「ええ。死なないと思うわ。しぶとそうだもの」

 踏んでも蹴っても刺しても、ましてや潰しても死ぬ姿が思い浮かばない。
 この人が死ぬことはあるのかな? とさえ思えてしまう。それほど逞しさが段違いの生き物だ。

 こうして、この日は至極平和に一日を終えようとしていた。
 なんの危機もなかったことに、逆に不安を抱いてしまいそうになるほどに。

 しかし、夜中になってラウラはふと目を覚ます。
 なんだか苦しそうな呻き声が聞こえた気がして耳を澄ませば……それは、たき火の向こうで横になるゲオルクからであった。

「……ゲオルク?」

 呼びかけても返事がない。
 こちらに向いている背中が、気のせいでなければ苦しそうに上下している。

「ねぇ、どうしたの?」

 身体を起こして顔を覗き込んだら、上気したような赤い顔に、明らかな苦悶の表情を浮かべて呻くゲオルクがいた。

「……うっ、ぐあ――」
「大丈夫!? どこか苦しいの?」
「――やめろっ!」

 肩に手を乗せたとたん、強く払われる。

「まずい、今はまずいんだ。まずいから身体に触るな……っ!」
「ええ!? まずいってなにが?」

 訳がわからずラウラがオロオロしていると、じとりとした目でゲオルクが見上げてくる。気のせいでなければ涙目だ。この生命力の塊のような男が。

「ラウラは、俺を護衛として買ったんだよな? それ以外ないよな?」
「え? そうだけど、どうして? それがなにか関係あるの?」
「だったらこれはなんだ!?」

 叫ぶなりゲオルクが飛び起きた。
 呆気にとられていると、見ろとばかりに下半身を差し示す。言われるがまま視線を下げて――ラウラは目玉が飛び出さんばかりに瞠目した。

 そして一瞬にして顔が真っ赤に染まったのが自分でもわかった。

「えっ!? え、え!? ええ!?」

 示された下半身とゲオルクの顔を何度も往復したら、肯定するように深く頷かれる。

「頼むから、一度隷属契約の内容を確認してくれ。今すぐに」

 切羽詰まった様子で首を反らせて首輪に埋め込まれた魔石を見せてくる。

「待って、わかったからちょっと待って」

 ラウラも焦りながら隷属の魔道具に付いている魔石に触れて魔力を流し込んだ。
 魔道具に施された魔術は、魔力を流し込むだけで発動する。

 流した魔力を通して、ゲオルクとの間に交わされた隷属契約の内容が伝わってきたのだが――その内容にラウラの顔は真っ青になった。

「ど、どういうこと……?」

 ラウラがゲオルクと結んだのは、護衛の役割も担う戦闘奴隷の契約だけではなかったのだ。

「戦闘奴隷のほかに労働奴隷と……せ、せせせ性奴隷ぃ!?」

 悲痛を滲ませるほど裏返った声が、煌めく星空の下響き渡った。
 そしてその言葉通り――ゲオルクの局部は疑いようがないほど、天を衝くかのごとく猛々しく盛り上がっていたのだ。
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