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06 やっと聞いてくれるんですね

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 ようやく水浴びから戻ってきたゲオルクは全裸だった。
 ぼんやりしていたラウラは飛び込んできた光景に目が点になる。

「……どうしてぇ!?」

 咄嗟に手で目元を覆ったが、バッチリと瞼に焼き付いてしまった裸体に顔が熱くなった。
 異性の裸など、まともに見たことのなかったラウラには刺激が強すぎる。

「あんなボロ布、まとっていられないだろう」

 ゴソゴソと街で購入した着替えを取り出すゲオルクは、全裸を見られようがなにひとつ気にならないようだ。
 恥じるこちらの方がおかしいのだろうかとさえ思える。彼と一緒にいると基準がわからなくなってくる。しかしラウラの言動はまともなはずだ。

「それはそうだけど――……」

 顔を赤くしながら指の隙間から窺うと、逞しい背中が見えた。
 巨体にふさわしい隆起した筋肉が圧巻である。
 だが、その全身が至るところ傷跡だらけであったことに目を奪われた。

「ゲオルク、あの、その傷は……」

 思わず口にしたら本人は一瞬なんのことだかわからない様子でキョトンとしたが、自身の身体を見下ろして「ああ」と腑に落ちたようだった。

「奴隷になる前のものも多いが……まあ、奴隷なんてこんなものだな! すまない、慣れてないと驚いただろう!」

 わはははと豪快に笑うがラウラは言葉を失ってしまった。
 奴隷となった彼らの扱いの一片を知ってしまったこともあるが――本心から平然と笑い飛ばしているだろうゲオルクの信じられないほど頑丈な精神力にだ。
 こちらが絶句してしまうほどの傷跡だというのに、彼にとっては虚勢ではなく本当に些細なことであるらしい。

 奴隷商人の店主が「返品は絶対に不可だ!」と叫び、二度と戻ってくんなとばかりに追い出された理由がなんとなくわかった気がした。

「それよりも濡れたままなにをしているんだ!? さっさとローブを脱げ!」

 物思いにふけっていたら、その間に着替え終わったゲオルクが驚くほど手際よく火を起こしていた。
 そしてびしょ濡れのまま膝を抱えて座っていたラウラのローブを剥ぎ取る。

「他もすべて脱いで着替えたらどうだ?」
「ええ!? いえ、大丈夫! こうやって火に当たっていれば乾くもの!」

 正直張り付く衣服は気持ち悪いのだが、彼のようにここで全裸着替えはラウラの矜持に反する。そう言って火に手をかざしたラウラに「ふーん」とだけ言って、ゲオルクは火のそばに枝を立てローブを干した。
 そしてちぢこまるラウラに荷物からドライフルーツの残りを取り出して投げてよこす。

「とりあえずこれでも食ってろ。今日はここで野宿だな」

 周りを見渡せば、すでに薄暗くなってきた。確かに今夜はここで過ごすのが賢明だろう。
 空腹に耐えきれずモゴモゴとフルーツを齧っていると、火を挟んで向かい側に腰かけたゲオルクがボサボサの髪を適当に紐で束ねながら口を開いた。

「それで、ラウラはどこに向かうんだ?」
「ああ、ようやく話を聞く気になってくれたのね」

 なんだか勢いだけでここまで来てしまったが、やっとまともに話し合いができそうな空気が訪れた。
 どこから説明したものかと迷ったが、ひとまず先に目的地をハッキリさせておきたい。

「あのね、隣国に渡りたいの」
「……船か?」
「そう。だから行き先は港街ウルベスクよ」

 現在は国の中心である王都近くに広がるインクロリア領の端。港街であるウルベスクとのちょうど中間といったところだ。徒歩と乗り合いの馬車を使ってだいたい数週間の道のりになるだろう。

「では、追われているというのはどういうことだ?」

 当然の質問に、ラウラはギュッと手を握り締めた。

「それは妹が――どうやら私を殺したいほど、邪魔らしいから、それで……」
「ほう、なるほど。それは物騒だな」
「え、まあたしかに物騒だけど……それだけ?」

 ラウラとしては意を決して打ち明けたのだが、うんうんと軽い調子で頷くゲオルクの様子に肩透かしをくらう。

「だって事実なのだろう?」
「それはそうだけど」

 一緒に深刻な顔で思い悩んでほしいわけではないが、ここまであっさりした反応をされるとそれはそれで複雑だ。

「しかし、姉に対してそこまでするのか?」
「あの子はやるわよ。実際にそれを口にしているのを聞いたもの」
「つまり、その妹が仕向けた追手から護衛してほしいということか」
「妹というか……家族も婚約者もみんな妹の味方だもの。家から仕向けられた、というのが正しいかしら」
「ふーん。ラウラは嫌われてたんだなぁ」

 グサァッ! と心臓に槍を突かれたような一撃であった。
 遠慮もなにもあったもんじゃない言いようではないか。なにも改めてハッキリ言わなくても、と、涙目でぎゅっと膝を抱えて口をへの字に曲げる。

「……その婚約者というのはラウラの婚約者か? なんだ? 妹にでも寝取られたか?」
「こういうところだけ察しがいいのはやめてぇ!」

 二撃目が見事に核心を突いてくる。
 ここまでくると、今まであれほど話を聞いてくれなかったというのに、頭の回転が速いことがむしろ癇にさわる。

「もう『元』だもの、元婚約者」
「そして今は妹の婚約者」
「やかましい!」

 握っていたドライフルーツを投げたら、口を開けてキャッチされた。悔しさに頬を膨らませたら、ニヤリと口角を上げてくる。

「なるほどな。まあ、そこまでわかれば十分だ」

 そう言ってゲオルクは立ち上がると背筋を伸ばす。

「ウルベスクまで無事に送ってやる。この俺が護衛してやるんだ。大船に乗った気でいたらいい。となると、まずは……」

 自信満々に言い放ったかと思えば、近くの木に立てかけてあった新品の大剣を肩に担ぐ。
 そして彼はぐるりと周囲を見回し――牙をむくような笑みを浮かべた。

「……っ!」

 その瞬間、ゲオルクの空気が変わった。
 ゾワリとラウラの全身が総毛立つ。
 店で初めて対面したときの恐怖が蘇った。

「いい加減飯だな。ちょうどよく肉が大量に出てきたぞ」

 つられて周囲へ目を走らせると、すっかり暗闇に沈んだ森の奥に、こちらを窺うような爛々と光る瞳がいくつも浮かんでいた。

「ま、魔獣……!?」

 いつの間にか完全に囲まれていたらしい。「この辺は魔獣も多い」と言っていた店主の言葉を思い出す。
 ラウラが悲鳴をあげたのと、魔獣が一斉に飛び出してきたのは同時であった。
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