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2話 part4
しおりを挟む雅臣は、それが絶対の真実であるかのように、涼しい顔をしたまま私に言った。
思わず私は「え?」と腹立たしさを露わに声を上げた。
自分も人に憑依できる? こいつは馬鹿なのだろうか。頭がおかしくなっているのだろうか。
「特殊体質だ。人間が相手なら、触れるだけで誰にでも憑依することができる」
誰かこいつを止めないのか? 私は圭や清水に鋭い視線を飛ばしたが、彼らは特に雅臣の言っていることを気にしていないようで、私の視線を恐れているだけだった。
清水を睨み続けていると、彼は観念したように「こいつの言ってることは本当だよ!」と早口で答えた。
「馬鹿を見るような目で俺を見るな。お前は俺の言葉を疑っているみたいだが、お前も見ただろ? 俺が圭に憑依したのを」
圭に憑依した? はっとした。そう言えば、私が圭に襲いかかった時、それまで茶髪だった圭の髪が雅臣の髪色へと変わった。目つきも、言われてみれば圭のものではなかった気がする。
「もういい。見れば納得するだろ。清水、手伝ってくれ」
ソファーから立ち上がり、清水を見下ろしながら彼は言った。
「いいの? 雅臣。部外者に機密事項漏らして」
巻き込まないでほしいと懇願するような目で、清水は雅臣を見上げた。しかし雅臣は気にもしていないようで、「事の重大さを知りもしないで、このことを広められたら、それこそ俺の首が飛ぶ」と清水の腕をつかもうとした。
「マジかよ」と嘆きながら、清水は身体を丸めた。
「見てろよ。こうやって、人に触れれば」
話していた雅臣が清水の腕に触れた瞬間、声色が変わった。
「こうやって、他人の身体に入り込める」
話の後半は、清水の声だった。気づくと雅臣がいた場所には誰もいない。清水が座っていたソファーには、私の見たことのない男が座っていて、その男が私に話しかけていた。目を凝らすと、顔や体格は清水だった。高い鼻に並びの良い歯。着ている服も清水のものだ。だが髪は雅臣の、あの夕日のような明るい色に変わっていた。
私は目の前にいる清水とも、雅臣ともつかない男に常識を覆され、驚きで立ち尽くした。
「めちゃくちゃ驚かれてるぞ」
カップ麺を食べながら、圭はクスクスと笑った。目の前の男は雅臣なのか、清水なのか。結局どっちなのだ。息を整え、とりあえず今の状況を受け入れようと、私は目の前の男に尋ねた。
「あの、雅臣さんですか? それとも清水さんですか?」
私は目の前の得体のしれない男に聞いたのだが、なぜか圭が答えた。
「話してるのは雅臣だよ。身体は清水だけど」
「じゃ、清水さんはどこに行ったんですか?」
そうだ。雅臣が話しているとなれば、身体の持ち主である清水の中身はどこにいったというのだ?
「ちゃんといるよ。清水の身体の中に雅臣と清水、両方がいる状態なんだよ。でも実権は雅臣が握ってるから、身体を動かしたり、物を見たり、話したりしているのは雅臣。清水は休憩中。だけど清水にも会話は聞こえてるよ」
「あれだ」と圭は続けた。何かを思いついたのか、割りばしを口に咥えたまま、床を見つめて身体を前後に揺する。
「雅臣と清水を足して二で割った状態。それがこの姿」
圭の説明に、「違うだろ」と雅臣は清水の身体でいちゃもんをつけてきた。
「脳みそが二個になった状態。俺の脳みそと清水の脳みそが一つの身体に繋がっている状態。それが例えとしは近い」
彼の説明を聞いて、私はやっと分かったような気がした。おそらく、ちゃんと分かってはいないのだが、私の頭では到底理解できないことが起きているということは分かった。感覚として理解する程度しか、私にはできないのだろう。
忘れていた。私はそんなに頭が良くなかった。
「今の俺は、清水の身体に完全に入り込んでいる状態。憑依している状態だ。俺が切り替えようと思えば、今すぐ清水に意識を渡してやれる。だけど、俺が計らわない限り、清水は出てこない。昨日、お前は俺と清水の関係の、清水の側に立たされていたっていうわけだ。今、俺たちが話している会話は、清水にも聞こえている。俺は完全に清水を掌握しているわけではないからな。だけど俺が完全に清水の身体も意識も乗っ取ったら、清水は俺に憑依されている間の記憶を失う。俺が緩めれば……」
「俺が戻って来れるっていうわけだよ」
口調が突然変わった。目の前の私ににっこり微笑む姿は雅臣ではなく、清水だった。
明るい髪色が清水の髪の襟はしから消えていくと、清水の身体から雅臣が抜け出てきた。自分の髪色を連れ、まるで清水から分身するかのように。
「これが昨日、お前が経験したことの実態だ」
私の身体に、他人が入り込んでいた。私の身体なのに他人が動かし、私の心や意識を掌握して、自分の思い通りに私を誘導していた。
「どうして、私が……」
「言ったろ? お前は憑依するには持ってこいの人間だったんだ。武芸を習得している人間は重宝する。俺たちの世界じゃ常識だ」
戻った雅臣は、再びソファーへと座った。
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