上 下
5 / 7

【赤兎の実力】

しおりを挟む

 一閃。空間を切り裂くかの如く。一筋に剣筋が刀をおろか人体までも真っ二つに切り裂く。
 無事に助かったのは半分のみ。銀二の言葉に反応したものと銀二自ら庇った千里のみであった。

「おにいちゃん……おにいちゃんっ!!」
「ぶ、じか……?」
「あ、ああぁぁ…………」
「…………」
 千里の視線は銀二のとある部分に向けられている。
 自身のために走ってくれた足……そのうちの一つは地面に無残にも置き去られている。
 銀二はようやく痛みを実感し始めるが気にしている暇がなかった。

 逃した獲物を狩るために赤い妖怪はもう一度、地面に刀を差しその上に昇る。
 地面に伏している者達を眺めると不満のそうな顔をするがすぐにその表情は変わる。
 退魔師たちは反応できなかったものは死んだ。
 赤刀の猿の圧倒的な力を前に戦意を喪失する者達。
 その中でもたった一人。銀二だけは千里を庇いながら赤い妖怪を睨みつけていた。

「―――っ!」

 ――――。

 にやりっと凍てつく笑みを赤刀の猿は見せつけた。
 焼けつきそうな痛みを忘れるほどの恐怖を銀二は感じていたが、怯むことなく睨みつける。
 数秒の時が流れ―――。

 ―――SSS!!

 しびれを切らした赤刀の猿は跳躍し、銀二に向かってくる。
(あぁ……ちくしょう……)
 銀二は悔しかった。
 例え、少しだけでも妹を……千里を守ることができた。
 それ自体は誇らしいことだ。
 だけど……。
「おにいちゃんに……手を出すなぁぁぁ!!」
 烈火のごとく。千里が炎を纏いし刀で割って入った。
 燃え上がる火の粉を思わせるような太刀筋が赤刀の猿に襲い掛かる。

 ―――SSSs!

 赤刀の猿は初めて、千里の攻撃を自身の刀で受け止めた。
 義兄の体を二度も切り裂かれ、ズタボロの姿を見た千里の怒りは頂点に達していた。
「燃えなさい……朱雀!!」
 何枚もの術符を空中にばらまき、すべてを切り裂いた。
 炎の術符に備えられた力が刀へと宿り、激しく燃え上がる。
 本気になった千里は止められない。

 無数の斬撃と共に炎が飛び散り、赤刀の猿はそれを防ぐ。
「いける……いけるぞっ!」
「やってくれ! 赤兎!!」
 生き残った退魔師たちはこのままいけば勝てると思い始めていた。
 妹への声援が飛び交う中で銀二は持っていた術符を張り付け、止血処理をしてその戦いをもう一度見直す。
(だめだ……あれは、駄目だ)
 一見、攻めている千里が有利に見える。
 だけど、それは相手に有効打を与えていればのことだ。
 何度も妖怪を見てきて、観察してきた銀二には赤型の猿には余裕があるように見える。
 それに比べて千里の様子は―――。
「はああぁぁぁぁぁぁっ!!」
 いつ、力尽きて倒れてしまうのではないかと心配してしまうほど顔色は赤く染まっている。
 自分自身の力を制御できず、限界以上の力を引き出していることはずっと一緒にいた銀二にはわかっていた。
(力が……俺にも、力があれば……!!)
 己の無力さに嘆いていた。
 これまで何度も、銀二は同じような光景を見ていた。
 その度に、一歩間違えれば目の前で大切な家族の命がなくなることを考えていた。
 そして、それはまさに現実に起きようとしている。

 ―――SSS!!

「っ!? きゃあぁぁぁぁっ!!」
 一瞬だけ動きが遅れた千里はタワーの壁へと叩きつけられる。
 吹き飛ばされて、ぐったりとして意識を失った。

(奇跡なんて……起きることなんかない)

 千里の命を絶とうと赤刀の猿は追撃を仕掛ける。

 すべては必然。
 弱者は強者に負けるのが世の理。
 ここは強さこそが生死を分ける世界。
 弱者である銀二は強者である千里を守るためには……。

「千里っ!!」

 己の命を楯のするしかない。

「やめろ……千里のこれ以上、手を出すな」

 ―――SS.

 間に割って入った銀二は千里を背に、片足で道を塞いだ。
 猛獣のような眼差しで赤刀の猿を睨みつける。

 まるで時が止まったかと錯覚するほど銀二は長い時間を感じた。
 睨みあい、赤い妖怪が口元を歪めて笑う。

 ―――、SSS……気に入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...