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【守りたいものがある】
しおりを挟む某所東京都内工事現場。
雨がしんしんと降り続く中で、白い正装を身に纏いし腰に刀を携えた退魔師たちが集まる。
それぞれが己の得意な武器を持ち、その場で合わせの隊を組む。
彼ら、彼女らが見上げるは天の果てまで届くかの如くそびえたつ塔。
それは妖タワーと名づけられている。
タワーの中には魑魅魍魎が跋扈し、出現して1カ月が経過するとタワーが開き、妖怪が世に放たれる。
それを阻止するため、退魔師たちは命をかけて頂上に存在するタワーの芯……殺生石と呼ばれる石を切るために教会、もしくは企業から集められる。
退魔師は色、階位によって分けられ、将軍→侍大将→大名→戦頭→筆頭→刀持ち→足軽。
左から順に強さを表し、将軍は現在空席となっている。
老若男女問わず、退魔師と認められた者。適合者たちはタワーを消滅させること。退魔することを目的に日々、命がけの戦いをしている。
今回、その集められた中でも特に幼い年齢。高校生ぐらいの女の子が退魔師の集団とは違い珍しく刀以外を腰に携えた青年に問い詰めていた。
「ちょっとお兄ちゃん。付いてこないでって言ったよね?」
「いや、その、俺は……祈祷師だからさ」
「だ~めっ! いくら、お兄ちゃんが多少、剣に自信があるからって適合者じゃない人はタワーに入ったら駄目だよ」
「他の人は入るぞ?」
「よそはよそ、うちはうちですっ!!」
ぴょこんとトレードマークのアホ毛が跳ねる。ツインテールの少女は腕を組んで、虫の居所がよくなさそうだ。
彼女の名前は山中千里(やまなかちさと)。
高校1年生という幼いながらも代々続いた山中道場の剣術師範の娘であり、【赤】朱雀の適合者。世界で10万人に1人の階位、【大名】である。
適合し、変色した紙の色と同じ色に輝く真っ赤な日本刀で妖怪を退治する退魔剣士でもある。
「お~怖い怖い。赤兎(あかうさぎ)ちゃんの説教だぜ」
「あそこの兄弟を見ると今日も生きてるって実感するぜ」
「これを聞くとなごむんだよな~」
他の退魔師たちが軽口を言い合う。
赤兎。千里の退魔師たちでもユニークネーム。優れた退魔師に送られる敬意であり、その者を現すニックネームみたいなものである。
「千里。他の人の目もあるんだし。そろそろ……」
「だ~めっ! もう、何度目かわかんないけどっ! お兄ちゃんは【白】なのっ! そんで、【足軽】で最弱なんだから、タワーに入るのは駄目なのよっ!!」
「……【白】の【足軽】だって立派な適合者だぞ……」
銀二は言いながら目を背ける。
彼の名前は山中銀二(やまなかじぎんじ)。幼少の頃、タワーの被害により家族を失い山中家の養子として迎えられた。
15の時、【白】白虎の適合者として覚醒し、5年以上、教会から要請があれば必ずタワーに昇り続けている。
だが、足軽として最弱である彼は常に生傷が癒えず、他の退魔師に比べて命の危険度は桁違いである。
そもそも、退魔師は大きく分けて職業が三つに分類される。
剣士。術師。祈祷師。
剣士は戦闘能力に秀でており、妖怪を相手に真っ向勝負を挑むことができる能力に適合したものである。
術師は術符能力に秀でて、剣士のサポート、もしくは術符を用いた火、水、雷などの属性を使い、妖怪を討伐するものである。
そして……祈祷師。戦闘能力は剣士に劣り、術符能力は術師の足元に及ばない。
唯一、できることがあれば目くらまし程度の強烈な光を日に一度だけ放つことができるだけ。
妖怪を倒すことができるが他の職業に比べる弱く、できるというだけであり妖怪を討伐することも他の退魔師に比べると難しい……出来ることと言えば、サポートのサポート。
荷物持ちの退魔師と巷でバカにされるほど最弱の職業だった。
それゆえに教会が名付けた名が祈祷師。後ろで祈ることができないという忌み名でもある。
「そう言って何度も大けがしてるじゃないっ! いい加減にしてよっ!!」
「大丈夫だ、いざとなったら帰還の術式を持っている」
「それ1人用だからあまり使ってほしくないのよ!!」
術式。それは退魔術師が作ることができる一品。
様々な条件により効果は違うが、使い方は張るだけで使えるお手軽なものだ。
無論、退魔術師本人が使う者よりは劣るがないよりはましなものだった。
「事故る可能性だってあるんだから……」
「千里ちゃん。まあまあ、その辺にしておいて……」
義理の兄に怒り心頭な彼女を横から別の退魔術師がなだめた。
「実際、お兄さんがいるだけで死角が減るんだし危険は少ないよ」
「でもっ!」
「今回のタワーの色は【緑】。それほど強い妖怪が出る訳じゃないし、回復役の私がきちんと面倒見るわ」
「……う~~~っ!」
千里の前に出て、胸を張って言い切る。
彼女の名は赤坂桃華(あかさかももか)。
千里と同じ朱雀の適合者で剣士とは違い術師として能力を手に入れた高校2年生だ。
「大丈夫よ。『ゾンビ』ちゃんの面倒は見ることができるから」
ゾンビ。それが銀二につけられたニックネームだった。
千里とは違い優れた退魔師でもないのにつけられた理由はただ一つ。妹の陰でタワー上るも、なぜか前に出て勝手に怪我をする。
常にどこかに包帯を巻いているため、誰かがまるで「ゾンビのようだ」とつけられたのをきっかけにそう呼ばれるようになった。
そんなどこでも怪我をする困った義兄を持つ妹は考える。
(今回は見知った人が多いし、桃華さんもいる……万が一があればわたしがなんとかできるし、それなら……)
タワーの色といい、千里もそれならば……といい、引き下がる。
「ふんだっ! 絶対に桃華さんから離れないでよねっ!」
ぷんすかと内心の怒りを抑えきれず千里はその場から離れる。
その背中を銀二が追おうとしたが、目の前にたくましい男性の手が出てきて遮られてしまう。
「千里ちゃんだって危険なことに巻き込みたくないんだ。今、銀二君が行くと逆効果だよ」
「……そうですね。いつも助かります、勉(つとむ)さん」
「いやいや、こっちだって桃華がお世話に……」
そう言いながら照れ隠しに、緑色に変色した髪を掻くのは桃華の父親、赤坂勉(あかさかつとむ)。
【緑】玄武の適合者である。
そんな彼が咳ばらいをし、真剣な目で銀二を見た。
「君達の事情は理解しているつもりだ。だけど、勇気と無謀は違うよ。強さが、実力がないんだったら別の方法があることはわかっているね?
「……わかってます」
銀二はうつむきながら答えた。
「そうかい? 少しは真剣に考えてくれたまえ。千里ちゃんのためにもね」
「そうですね」
2年ほど前までは事情が違った。
そもそも、彼が己の命を懸けてまでタワーを上る理由はたった一つ。
殺生石の呪いによって倒れた義理の姉を救うためである。
殺生石の呪いが世界で蔓延し、退魔石を奉納しなければ死んでしまう。
義理の両親までも失い、当時は適合者でなかった千里を持つ銀二には、養っていくための金と優先的に退魔石を受け取れる退魔師になるという。
自らの進路と安全を引き換えにタワーを上る覚悟を決めた。
結果。今日まで生き延びることができたが彼が犠牲にしてきたものは多かった。
15歳という戦場に出るには、幼い年齢でありながらも彼は修羅の戦場を駆け抜け生き延びた。
しかし2年前、事態は急変した。
守るべき存在であった義理の妹の千里が【赤】の適合者として選ばれ、大名という階位を手に入れた
その強さは銀二の想像をはるかに超えるほどだった。
銀二の【足軽】の戦闘力を一般人に例えると約3人分の働きをすることができる。
だが、【大名】となれば比べる大将すら違う。
戦車10台分。それ以上の機動力と破壊力を千里は刀を振るい見せつけることができる。
銀二は妹と同じ戦場に立っているが格が違う。
危険度は銀二のが高い。
心配になった千里は何度もタワーを上らないように懇願した。
それでも、5年間タワーを上り続けたプライドと妖怪の強さを知った彼に義理の妹を見送るなんて行動はできなかった。
例え、妹よりも弱かったとしても……兄として引くわけにはいかなかった。
「今回は【緑】同士だし、相性がいい。けど、万が一があるから桃華の傍は離れないようにね」
「わかりました」
「でもなぁ……君はそう言って妖怪が来たら前に出るからなぁ」
「はは」
「笑い事じゃないよ? 君にも家族がいるんだからあまり前に出てはいけないよ。【白】の適合者は妖怪には勝てないんだから」
勝てないという言葉が重くのしかかる。
「……はい」
この世の中には相性というものが存在する。
相性が良ければ有利に事が進む事が多く、相性が悪ければはその逆である。
タワーの内部にはびこる妖怪。それを退治する退魔師たちにも相性が存在している。
(はぁ……なんで俺は【白】なんだよ……)
【白】の適合者は弱い。それが世間の認識であり、この世の常識となっている。
赤→青→緑→赤とループのように相性が存在し、黒と白も存在する。
が、【黒】黒竜の黒はどの属性にも有利に働き、白はどの属性にも不利に働く。
四神の一柱として呼ばれながらも、手に入る能力はわずかばかりの身体能力とひどく使い勝手が悪い閃光の護符を作成できることのみ。
白虎がいると手間がかかる。
タワーを入る者たちの常識であった。
もちろん、その中に銀二も含まれている。
(でも、世間は狭いよな。数万人に1人の適合者がこんなにも身近にいるんだから)
銀二はぼんやりと考えているとタワーを管理していた退魔教会の職員たちが駆けつけてくる。
「そろそろ扉が開きます。どうか皆さん……ご無事で」
「はい、任せてください」
自信満々の勉が答える。
その腰には緑色の刀が獲物はまだかと光り輝き始める。
それに呼応するように集まった退魔師たちの刀がそれぞれの色を輝かせた。
銀二も自分の腰に備え付けられたものを見る。
大幣(おおぬさ)……神社などでお祓いで振るアレである。
他の退魔師と比べると頼りない淡い光を放っている。
「……行くか」
銀二は覚悟を決めて、タワーの中へと入っていった。
教会の職員たちは退魔師の師団が中に入っていくのを見送ると撤退の準備に入った。
タワーがあるのはここだけではない。
他の場所でもタワーは存在しているため常の教会は人手不足である。
そのため、数名の教会員が退魔師の師団を見送るとすぐにそちらに向かわなければならない。
(次は秋葉か……直帰できそうだし今日は……ん?)
教会員の1人がバックミラー越しにタワーの色が少しおかしいと感じ取った。
「……おい、何か様子がおかしくないか?」
「そうか?」
「いやだって……タワーの色って昨日までは少し白かったような……」
「気のせいだろ? 雨が降ってるし、そのせいだろ」
「それもそうか……」
なんだか釈然としない気分のまま教会員は退去した。
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