20 / 133
番外編1
鍛冶見習い・コミック一巻発売御礼SS
しおりを挟む「んノーーーーアぁぁちゃぁぁぁぁぁぁああああんんっっっっ」
三月も終わり。
一月の頃からずっと食べてきたフキノトウも残っているものはすっかりトウが立って、とうとう終わりだなぁ、コシアブラはまだ先だし、あ、そろそろタラの芽が出てくるかも、なんて小さな葉っぱの出てきたフキを見ながらテリテおばさんと山菜談義に花を咲かせていると、なんだかとても馴染みのある声が押し寄せて来た。
テリテおばさんが、片眉を上げて鼻にシワを寄せる。
「また、面倒なのが帰ってきたね」
うん、この圧倒的な存在感。
土竜でもやって来たかという豪快な足音。
そういえば久しぶりだなー、なんてのんきに待っていたら。
べちこーーんっ
大きくて巨大な(同じ意味だけどあえて使わせて欲しい)胸に物凄い勢いで衝突され弾き飛ばされ、さらには地面に着地するよりも早く空中でキャッチされて抱え込まれた。
むぎゅむぎゅと大きくて柔らかな胸に、これでもかと抱き込まれる。
……うん、これだけ柔らかくても、あれだけスピードが乗ってると全く柔らかく感じないということが良く分かった。オイラじゃなかったら死んでると思うんだ、コレ。
「久しぶりぃぃぃ、ノアちゃぁぁんっ」
「ふぐっ、ふぐぐっ」
全身の骨がミシミシと嫌な音をたてる。その上、オイラの顔はみっしりとした大きな胸に埋まって息も出来ない、しゃべれない。
オイラを抱きしめている太い腕を何とかベシベシと叩くと、ようやく気がついたのか、オイラの両脇を持ってぷらんと高く持ち上げてくれた。
たかいたかーい、ってこれほんと高いから。室内なら確実に天井破って二階に頭が突き抜けてる。外にいて良かった。
「久しぶりだね、シャリテ姉ちゃん」
「久しぶりーーっ、うわぁ、ノアちゃんのにおいだーーっ」
ちょっとヨレたオイラを嬉しそうに見上げ、おとなりのテリテおばさんの娘、テリテおばさんより大柄な(鼻のいい)熊の獣人で恋愛小説が大好きな、マリル兄ちゃんの姉ちゃん――シャリテ姉ちゃんは、再びオイラをむぎゅうと抱きしめた。
さすがに今度は窒息しないように気を遣ってくれたみたいだけど、そのぶんぐりぐりと顔に頬ずりされて顔面がこねられる。
オイラのこと、ぬいぐるみか何かだと思ってない?
「ほらほら、そこまで。
何か用があって帰ってきたんじゃないのかい?」
テリテおばさんに頭をガシッと押さえられて、シャリテ姉ちゃんはハタと我に返ったような顔つきになった。このシャリテ姉ちゃんを物理的に抑えられる辺り、やっぱりテリテおばさんは最強だと思う。(エスティの前じゃ言えないけど)
「そうだった!」
「また釣り竿が折れちゃった? 新しいの、何本か打って倉庫にあるから……それとも、何か別の魚なら新しく打ち直す?」
このシャリテ姉ちゃんは極度の釣り好きで、しかも常人にはないパワーを持っている。
そんなわけで、竹や木、魔物素材など色々な釣り竿を試してきたものの、すぐに壊してしまうとかで、今ではオイラの打った合金の釣り竿に落ち着いている。粘りとしなりがあって耐久度の優れた釣り竿を作るのにかなり苦労した。
『鳥の大湿原』という魔物の領域にある『静寂の湖』の主を釣りたい、と何ヶ月もキャンプを張って粘ったりしている。前回釣り竿を持って行ってからもう三ヶ月。オイラの打つ釣り竿も日々精進を重ねているとはいえ、今までにない最長記録だ。
「ううん、違うの!
っていうかもちろん、その釣り竿も全部もらってくけど!
今回は! いつもお世話になってるノアちゃんに、お土産ーーっっっ」
「お土産?」
オイラを片手に抱えたまま、シャリテ姉ちゃんが庭のすぐ前のあぜ道に出ると、そこにはむしろを被せた大八車が放り投げられていた。
……表現がおかしい?
いや、でもそれ以外に表わしようが…… 停めてあるとはとても言えない。
多分、ここまで大八車を引っ張ってきたけど、オイラのところに来るのに放り出したって感じかな?
「なんだ、どうした? って、やっぱりシャリテちゃんか」
その頃には、鍛冶場にいたはずの父ちゃんまでもが顔を見せた。
武具を打ってる最中なら、雷が落ちようと竜に攻撃されようと脇目も振らない父ちゃんだから、ちょうど作業の区切りが付いたところだったらしい。
そっちを見ている内に、ひょいとシャリテ姉ちゃんは傾いでいた大八車を立て直し、片手で器用に縄を解くと、むしろをぺいっと引っぺがした。
その途端、父ちゃんの顔に喜色が浮かぶ。
「初鰹か!」
大八車の上には、氷が入ったいくつもの桶に何十本もの鰹がこれでもかというほどに満載されていた。
あれ、確か初鰹って、戻り鰹とかと比べてべらぼうに高かったはず……?
「ね、姉ちゃんこれどうしたの!?
初鰹なんて、『初鰹 銭と辛子で 二度涙』って川柳があるくらい高いもんでしょ? それに、まだ三月だよ? 初鰹ってどんなに早くても四月が走りなのに」
王都っ子は粋で気風が良い。流行り物が好きで、洒落たものが好きで、宵越しの金は持たず、初物好き。中でも初鰹にこだわる人は多くて、欲しい人が多くて物が少なければ、当然高くなる。
父ちゃんは食べ物の値段なんて把握してないから、「こりゃあマーシャルと酒盛りだーーっっ」とか叫んでお隣のマーシャルおじさん(テリテおばさんの旦那さん)を呼びに走って行っちゃったけど、「お土産わーい」って値段じゃ済まない気がする。これだけの量、下手すると銭どころか小判が切り餅で飛んでいく。
「よく知ってるわね、ノアちゃん」
「手習い処で、満月先生と銀月先生が言ってた。だから、親御さんに無理言っちゃダメだよ、って」
「ああね」
オイラの行っていた手習い処の満月先生は狸の獣人。まん丸で小柄な体型から満月先生というあだ名が付き、そのとばっちりで、そこにお手伝いに来ていた銀髪の牛の獣人の先生は銀月先生と呼ばれていた。シャリテ姉ちゃんもマリル兄ちゃんもオイラも同じ手習い処に通っていたので、当然面識はある。
「まぁまぁノアちゃん。『嫁を質入れしても初鰹』っていうくらいだし、初物は七十五日寿命が延びるってぇ縁起物だ。細かいことは後だよ後。鰹は足が速いんだから」
テリテおばさんが舌なめずりしながら、鰹を満載にした大八車に再び縄をかけるとひょいと肩に担ぐ。
いや、大八車って担ぐものじゃあないと思うんだ。っていうか、よく崩さずに担げるね、それ。
っていうか『嫁を質入れしても初鰹』って嫁になってる人が言うセリフじゃないでしょ。
王都は出稼ぎの男の人が多くて、男女比率が三対一とかおかしなことになっている。その貴重な嫁を質入れしてまで食べたい、っていうあたり、王都民の初鰹への並みならぬ思いが伝わってくるけど……正直オイラは、初鰹のサッパリした味もいいけど、戻り鰹の脂ののった味も好きだし、そこまでこだわりはない。戻り鰹の照り焼きとか最高。
「心配しなくていいって、ノアちゃん。
初鰹の一本釣り漁船に、魔獣からの護衛依頼で乗ってたんだけど……ほら、海面が真っ黒に泡立つほどの魚影とか、目の前でバンバン釣り上げられてく鰹とか見てたらもぉ、いてもたってもいられなくなって!
釣り竿借りて参戦しちゃったのよね。
そしたら、船が沈みかけるほどの大量で!
お礼と依頼料代わりに、アタシが釣った鰹の百分の一をもらってきたの!」
……百分の一って言いました? この、大八に山積みの鰹の百倍?
そりゃ船沈むよ。
なんでも、最近の鰹の一本釣り漁は、氷を作れる魔法使いを乗せて船団を組んで十日以上もかけて漁を続けるらしい。海の「魔物の領域」は陸よりも分かりづらく、魔物の生息域も曖昧なことから遠洋漁の場合は船団に数人の冒険者を雇って乗せる。
シャリテ姉ちゃんはAランク冒険者。本来なら、自分のランクに満たない依頼だけど、「魚」「釣」の二文字に飛びつきCランクやDランク冒険者ばかりのところにほとんど依頼料なしで無理やりねじ込んだそうだ。
ちなみに、釣ってる最中に鰹の群れを狙って現われた海鳥っぽい魔獣は竿の一撃で弾き飛ばしたそうだ。
うん。シャリテ姉ちゃんの釣りを邪魔してはいけない。
面白尽くに釣りのじゃまをしたマリル兄ちゃん(当時八歳)が、みのむしになって近くの木からぶら下げられていた。その時はぴょんぴょん動くのが面白くて下から木の枝で突っついて遊んだけど、自分がそうなるのは御免被りたい。
「で、マリルは!?
隠れてないで出てきなさいよぉ、アンタの取り柄は料理だけなんだから!」
あー……。
「マリル兄ちゃんならいないよ?
料理屋に料理の修業に行ってるから」
オイラの言葉に、シャリテ姉ちゃんがピキッと固まった。
ギ・ギ・ギ、と油の切れたゼンマイ人形のようにオイラを見下ろす。
「……そうだった、すっかり忘れてた……
そういえば、いないって聞いてたのに!
じゃあどうするの、あれ! マリルなしで全部片付けるわけぇぇ」
その後、シャリテ姉ちゃんが釣ってきた大量の鰹は、お刺身にしたりタタキっぽくしたりして、新タマネギとショウガ、辛子で美味しく頂いた。でも、テリテおばさんとシャリテ姉ちゃんがたたき切った鰹は……なんていうか、美味しいんだけど……せっかくの初鰹に申し訳ないっていうか……
刺身には切り方っていうか、包丁の腕も大事だよね。と思い知った一件だった。
全員で、微妙な面持ちで残った鰹をご近所や鶴亀堂のご隠居にお裾分けに走った。さすがに大食いのシャリテ姉ちゃんとテリテおばさんがいても、ひたすら刺身ばかりの鰹は食べきれなかった。
いや、美味しいんだよ、美味しいんだけど……
早く帰って来てぇぇ、マリル兄ちゃぁぁぁんっっっっ
26
お気に入りに追加
15,276
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18


夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉
陣ノ内猫子
ファンタジー
神様の使い魔を助けて死んでしまった主人公。
お詫びにと、ずっとなりたいと思っていたテイマーとなって、憧れの異世界へ行けることに。
チートな力と装備を神様からもらって、助けた使い魔を連れ、いざ異世界へGO!
ーーーーーーーーー
これはボクっ子女子が織りなす、チートな冒険物語です。
ご都合主義、あるかもしれません。
一話一話が短いです。
週一回を目標に投稿したと思います。
面白い、続きが読みたいと思って頂けたら幸いです。
誤字脱字があれば教えてください。すぐに修正します。
感想を頂けると嬉しいです。(返事ができないこともあるかもしれません)

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。