レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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番外編1

鍛冶見習い・コミック一巻発売御礼SS

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「んノーーーーアぁぁちゃぁぁぁぁぁぁああああんんっっっっ」

 三月も終わり。
 一月の頃からずっと食べてきたフキノトウも残っているものはすっかりトウが立って、とうとう終わりだなぁ、コシアブラはまだ先だし、あ、そろそろタラの芽が出てくるかも、なんて小さな葉っぱの出てきたフキを見ながらテリテおばさんと山菜談義に花を咲かせていると、なんだかとても馴染みのある声が押し寄せて来た。
 テリテおばさんが、片眉を上げて鼻にシワを寄せる。

「また、面倒なのが帰ってきたね」

 うん、この圧倒的な存在感。
 土竜でもやって来たかという豪快な足音。
 そういえば久しぶりだなー、なんてのんきに待っていたら。

べちこーーんっ

 大きくて巨大な(同じ意味だけどあえて使わせて欲しい)胸に物凄い勢いで衝突され弾き飛ばされ、さらには地面に着地するよりも早く空中でキャッチされて抱え込まれた。
 むぎゅむぎゅと大きくて柔らかな胸に、これでもかと抱き込まれる。
 ……うん、これだけ柔らかくても、あれだけスピードが乗ってると全く柔らかく感じないということが良く分かった。オイラじゃなかったら死んでると思うんだ、コレ。

「久しぶりぃぃぃ、ノアちゃぁぁんっ」

「ふぐっ、ふぐぐっ」

 全身の骨がミシミシと嫌な音をたてる。その上、オイラの顔はみっしりとした大きな胸に埋まって息も出来ない、しゃべれない。
 オイラを抱きしめている太い腕を何とかベシベシと叩くと、ようやく気がついたのか、オイラの両脇を持ってぷらんと高く持ち上げてくれた。
たかいたかーい、ってこれほんと高いから。室内なら確実に天井破って二階に頭が突き抜けてる。外にいて良かった。

「久しぶりだね、シャリテ姉ちゃん」 

「久しぶりーーっ、うわぁ、ノアちゃんのにおいだーーっ」

 ちょっとヨレたオイラを嬉しそうに見上げ、おとなりのテリテおばさんの娘、テリテおばさんより大柄な(鼻のいい)熊の獣人で恋愛小説が大好きな、マリル兄ちゃんの姉ちゃん――シャリテ姉ちゃんは、再びオイラをむぎゅうと抱きしめた。
 さすがに今度は窒息しないように気を遣ってくれたみたいだけど、そのぶんぐりぐりと顔に頬ずりされて顔面がこねられる。
 オイラのこと、ぬいぐるみか何かだと思ってない?

「ほらほら、そこまで。
 何か用があって帰ってきたんじゃないのかい?」

 テリテおばさんに頭をガシッと押さえられて、シャリテ姉ちゃんはハタと我に返ったような顔つきになった。このシャリテ姉ちゃんを物理的に抑えられる辺り、やっぱりテリテおばさんは最強だと思う。(エスティの前じゃ言えないけど)

「そうだった!」

「また釣り竿が折れちゃった? 新しいの、何本か打って倉庫にあるから……それとも、何か別の魚なら新しく打ち直す?」

 このシャリテ姉ちゃんは極度の釣り好きで、しかも常人にはないパワーを持っている。
 そんなわけで、竹や木、魔物素材など色々な釣り竿を試してきたものの、すぐに壊してしまうとかで、今ではオイラの打った合金の釣り竿に落ち着いている。粘りとしなりがあって耐久度の優れた釣り竿を作るのにかなり苦労した。
 『鳥の大湿原』という魔物の領域にある『静寂の湖』の主を釣りたい、と何ヶ月もキャンプを張って粘ったりしている。前回釣り竿を持って行ってからもう三ヶ月。オイラの打つ釣り竿も日々精進を重ねているとはいえ、今までにない最長記録だ。

「ううん、違うの!
 っていうかもちろん、その釣り竿も全部もらってくけど!
 今回は! いつもお世話になってるノアちゃんに、お土産ーーっっっ」

「お土産?」

 オイラを片手に抱えたまま、シャリテ姉ちゃんが庭のすぐ前のあぜ道に出ると、そこにはむしろを被せた大八車が放り投げられていた。
 ……表現がおかしい?
 いや、でもそれ以外に表わしようが…… 停めてあるとはとても言えない。
 多分、ここまで大八車を引っ張ってきたけど、オイラのところに来るのに放り出したって感じかな?
 
「なんだ、どうした? って、やっぱりシャリテちゃんか」

 その頃には、鍛冶場にいたはずの父ちゃんまでもが顔を見せた。
 武具を打ってる最中なら、雷が落ちようと竜に攻撃されようと脇目も振らない父ちゃんだから、ちょうど作業の区切りが付いたところだったらしい。
 そっちを見ている内に、ひょいとシャリテ姉ちゃんは傾いでいた大八車を立て直し、片手で器用に縄を解くと、むしろをぺいっと引っぺがした。
 その途端、父ちゃんの顔に喜色が浮かぶ。

「初鰹か!」

 大八車の上には、氷が入ったいくつもの桶に何十本もの鰹がこれでもかというほどに満載されていた。
 あれ、確か初鰹って、戻り鰹とかと比べてべらぼうに高かったはず……?

「ね、姉ちゃんこれどうしたの!?
 初鰹なんて、『初鰹 銭と辛子で 二度涙』って川柳があるくらい高いもんでしょ? それに、まだ三月だよ? 初鰹ってどんなに早くても四月が走りなのに」

 王都っ子は粋で気風が良い。流行り物が好きで、洒落たものが好きで、宵越しの金は持たず、初物好き。中でも初鰹にこだわる人は多くて、欲しい人が多くて物が少なければ、当然高くなる。
 父ちゃんは食べ物の値段なんて把握してないから、「こりゃあマーシャルと酒盛りだーーっっ」とか叫んでお隣のマーシャルおじさん(テリテおばさんの旦那さん)を呼びに走って行っちゃったけど、「お土産わーい」って値段じゃ済まない気がする。これだけの量、下手すると銭どころか小判が切り餅で飛んでいく。

「よく知ってるわね、ノアちゃん」

「手習い処で、満月先生と銀月先生が言ってた。だから、親御さんに無理言っちゃダメだよ、って」

「ああね」

 オイラの行っていた手習い処の満月先生は狸の獣人。まん丸で小柄な体型から満月先生というあだ名が付き、そのとばっちりで、そこにお手伝いに来ていた銀髪の牛の獣人の先生は銀月先生と呼ばれていた。シャリテ姉ちゃんもマリル兄ちゃんもオイラも同じ手習い処に通っていたので、当然面識はある。

「まぁまぁノアちゃん。『嫁を質入れしても初鰹』っていうくらいだし、初物は七十五日寿命が延びるってぇ縁起物だ。細かいことは後だよ後。鰹は足が速いんだから」

 テリテおばさんが舌なめずりしながら、鰹を満載にした大八車に再び縄をかけるとひょいと肩に担ぐ。
 いや、大八車って担ぐものじゃあないと思うんだ。っていうか、よく崩さずに担げるね、それ。
 っていうか『嫁を質入れしても初鰹』って嫁になってる人が言うセリフじゃないでしょ。
王都は出稼ぎの男の人が多くて、男女比率が三対一とかおかしなことになっている。その貴重な嫁を質入れしてまで食べたい、っていうあたり、王都民の初鰹への並みならぬ思いが伝わってくるけど……正直オイラは、初鰹のサッパリした味もいいけど、戻り鰹の脂ののった味も好きだし、そこまでこだわりはない。戻り鰹の照り焼きとか最高。

「心配しなくていいって、ノアちゃん。
 初鰹の一本釣り漁船に、魔獣からの護衛依頼で乗ってたんだけど……ほら、海面が真っ黒に泡立つほどの魚影とか、目の前でバンバン釣り上げられてく鰹とか見てたらもぉ、いてもたってもいられなくなって!
 釣り竿借りて参戦しちゃったのよね。
 そしたら、船が沈みかけるほどの大量で!
 お礼と依頼料代わりに、アタシが釣った鰹の百分の一をもらってきたの!」

 ……百分の一って言いました? この、大八に山積みの鰹の百倍?
 そりゃ船沈むよ。
 なんでも、最近の鰹の一本釣り漁は、氷を作れる魔法使いを乗せて船団を組んで十日以上もかけて漁を続けるらしい。海の「魔物の領域」は陸よりも分かりづらく、魔物の生息域も曖昧なことから遠洋漁の場合は船団に数人の冒険者を雇って乗せる。
 シャリテ姉ちゃんはAランク冒険者。本来なら、自分のランクに満たない依頼だけど、「魚」「釣」の二文字に飛びつきCランクやDランク冒険者ばかりのところにほとんど依頼料なしで無理やりねじ込んだそうだ。
 ちなみに、釣ってる最中に鰹の群れを狙って現われた海鳥っぽい魔獣は竿の一撃で弾き飛ばしたそうだ。
 うん。シャリテ姉ちゃんの釣りを邪魔してはいけない。
 面白尽くに釣りのじゃまをしたマリル兄ちゃん(当時八歳)が、みのむしになって近くの木からぶら下げられていた。その時はぴょんぴょん動くのが面白くて下から木の枝で突っついて遊んだけど、自分がそうなるのは御免被りたい。

「で、マリルは!?
 隠れてないで出てきなさいよぉ、アンタの取り柄は料理だけなんだから!」

 あー……。

「マリル兄ちゃんならいないよ?
 料理屋に料理の修業に行ってるから」

 オイラの言葉に、シャリテ姉ちゃんがピキッと固まった。
 ギ・ギ・ギ、と油の切れたゼンマイ人形のようにオイラを見下ろす。

「……そうだった、すっかり忘れてた……
 そういえば、いないって聞いてたのに!
 じゃあどうするの、あれ! マリルなしで全部片付けるわけぇぇ」

 その後、シャリテ姉ちゃんが釣ってきた大量の鰹は、お刺身にしたりタタキっぽくしたりして、新タマネギとショウガ、辛子で美味しく頂いた。でも、テリテおばさんとシャリテ姉ちゃんがたたき切った鰹は……なんていうか、美味しいんだけど……せっかくの初鰹に申し訳ないっていうか……
 刺身には切り方っていうか、包丁の腕も大事だよね。と思い知った一件だった。
 全員で、微妙な面持ちで残った鰹をご近所や鶴亀堂のご隠居にお裾分けに走った。さすがに大食いのシャリテ姉ちゃんとテリテおばさんがいても、ひたすら刺身ばかりの鰹は食べきれなかった。
 いや、美味しいんだよ、美味しいんだけど……

 早く帰って来てぇぇ、マリル兄ちゃぁぁぁんっっっっ
 

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