レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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番外編1

電子版特別SS・エスティの芋掘り?

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電子版用ssとして書きましたが、発売時期がずれてしまったのでこちらで公開します。


 今日は見事な五月晴れだ。
 五月といえば、鯉のぼり? 五月人形? ちまき? 柏餅?
 いやいや農家にとっての五月は、新じゃがの季節。
 え?もちろん、他の作物だってあるよ?
 タケノコが生えてくるのだって五月だしね。
 でも、イヌ科は基本的にイモ系大好きなんだよね。
 じゃが芋の本格的な収穫は梅雨の前か後で、もうちょっと先になるんだけれど。農家は自分たちが食べる分だけ少しずつフライングして掘り始める。三月に植えたじゃが芋の葉っぱの下には、もうちゃんと小さな芋が出来ているし、この時期のみずみずしい皮の薄い小さな芋も、旬の味って感じがしてオイラは好きだ。
 特に掘りたては甘くてとても美味しい。
 ちなみにこの時期に掘った芋は傷みやすいから、ほとんど流通することはない。
 農家の醍醐味ってやつだ。
 オイラは農家じゃないけれど、芋植えにも芋掘りにも駆り出されるんだもの、農家の贅沢を味わったって罰は当たらないと思う。

「ほぉ、一面の緑じゃな。『ぽてと』はどこにあるのじゃ?」

 例のごとく付いて来たエスティが、腰に手を当てて畑を見回した。

「ここにあるのは、フライドポテトじゃなくて、その原料のじゃが芋だよ。女王さんが好きな、フライドポテトにポテトチップス、肉じゃがにシチュー、じゃが芋を使った料理は多いよ。はりきって収穫してくださいな」

 テリテおばさんに言われて、腕まくりをして張り切るエスティとは対照的に、背後でラムダさんがゴンゴンと柵に頭をぶつけている。

「女王竜が……芋掘り? 私の陛下が畑仕事……」

 そんなラムダさんを歯牙にもかけず、何故か農業にも詳しいセバスチャンさんがエスティに注意している。

「お嬢様、じゃが芋というのはどんな小さな芋でも、畑に残せば芽が出て面倒です。もれなく回収してください。
 この場所には、後でさつま芋を植えるそうですから」

「芽が出る?
 芋というのは種じゃったのか?」

「いえ、種とは別物で……種というのは、両親二人の血を継いでおりますが、芋というのは芽を出して増えるものの、片親の血だけしか引いておらぬのです」

「単性生殖か。
 我と同じじゃの」

「さすがお嬢さま、理解がお早い。
 ただし女王竜とは異なり、単性生殖で増える植物というのは伝染病に弱いのです。全てが同じ個体なわけですから、同じ弱点を持つわけですな。
 ここより遥か北西にある人の国では、その昔、主食にしていたじゃが芋に伝染病が流行り、ほぼ全滅して、人口の半数が餓死したほどだと聞き及んでおります」

「なんと。
 芋で増えられるなら花や種などいらぬではないかと思うたが、意味があるものなのじゃな」

 顎に手を当てて、淡い紫色のじゃが芋の花を見つめるエスティの後ろで、ラムダさんが『女王竜と芋が同じ……芋と……』とか言いながら撃沈している。

「ほらほら、話してないで手を動かしておくんなさいよ」

「任せておけ」

 テリテおばさんの言葉に、勢い込んで畑を掘り返そうとしたエスティが、ふと土の上に転がった、てらてらと緑色に変色したじゃが芋へ目をとめた。
 一週間ほど前に、どれくらい大きくなったかと試し掘りしたときの拾い忘れだ。

「おお、なるほどの。確かに見たことがある気がするのぉ。
 これが『ポテト』になるのか」

 そのまま拾って、ひょいパクッ、と口に放り込んだエスティに、その場にいた全員が目を丸くして慌てる。

「吐いてっ、エスティ、吐き出して!」 

「緑色になったじゃが芋は毒なんだよ、女王さんっ」

「陛下ともあろう方が、地面に落ちているものを食べるなんてっ」

 一人だけなんだか毛色が違う気がするけれど、必死に取りすがるオイラたちを尻目に、エスティは小首をかしげる。

「ジャリジャリしておるぞ。ほんにこれが、あの『ぽてと』になるのかや?」

「生で食べたら米だってジャリジャリだよ!
 それよりペッして!」

「そう慌てるでない、ノア。
 我に人間にとっての毒なぞ効くわけがなかろう」

 その言葉に、ほっと息を吐いたオイラたちは顔を見合わせる。 

「良かった。
 そうか、エスティ、竜だもんね」

「それじゃあ女王さんなら、フグの踊り食いだって出来ちまうかもしれないね」

 ふともらしたテリテおばさんの言葉に、エスティが耳聡く反応した。

「なんじゃ、フグというのは?」

「毒のある魚だよ。毒に当たっても食べたいって言われるくらい美味しいらしいけど」

 高いからオイラは食べたことはないんだよね、と続ける前に、エスティが叫んだ。

「食べたい! 食べたいぞ、我は!」

「いや、フグを捌くには特別な調理免許が必要で、さすがのマリル兄ちゃんも無理だから」

 断ろうとしたオイラに、エスティが満面の笑みを向ける。

「我は、食べたいと申したのじゃ」

 毒のあるフグが普通に流通しているわけはなく、オイラは結局、マツ翁を拝み倒してツテをたどってもらい、何とかフグを入手するはめになった。
 専門の料理人さんまで用意してもらったのに、ぱくりと踊り食いしてみせたエスティの感想は、ピリリとして旨いのぉ、今度は風呂桶一杯食べたい、頼むぞ、というものだった。
 ごめん、マツ翁。
 見た目のごつさに似合わず、ただでさえ苦労性で胃が弱いのに、また胃が痛くなるお願いを聞いてもらう羽目になっちゃった……
 とか思ったけれど、さすがのマツ翁でも風呂桶一杯分の毒魚を用意するのは不可能で、ジェルおじさんのところまで話がいく大事になってしまった。
 もうこの際、竜に毒物が効くのかどうかの臨床実験だと思えば安いもんだ、とのやけくそっぽいジェルおじさんの言葉で、国家予算に臨時補正まで組み込んで、フグ漁の船団が組まれることになった。
 風呂桶いっぱいどころか船でおかわりできるほどのフグを供えられたエスティはご機嫌で、『今の国王は名君じゃな』とかリップサービスをかましていた。

「ふむ、毒がある魚というのは旨いのぉ」

 と、すっかり毒魚にハマったエスティ。
 酒とはまた違った酩酊感が癖になる――って、それ、多少なりとも毒が効いてるんじゃないの?
 竜を毒で倒そう、とかいう人が出ないとも限らないから、言わないけど。

「オニオコゼにイソギンチャク、ヒョウモンダコにアンボイナ、海の生き物には毒があるものが多いの。
 美味美味」

 ご機嫌で各種毒魚をつまんでいるエスティに、ふと、前にルル婆に聞いたことを思い出した。

「そういえばさ、生物最強の毒をもってるのって、クラゲなんだってよ。
 キロネックスっていう。
 人を死に至らせるまで、確かアンボイナは最短二時間、ヒョウモンダコは最短一時間で」

「ふむ、その毒クラゲは?」

「一分」

「……。
 食べたい! 食べてみたいぞ、我は!」

 あちゃー。
 この流れなら、そう言うよね、そうだよね。
 やらかした、という顔をしながら振り返ると、今まで呆れた顔でエスティの食いっぷりを眺めていたジェルおじさんが全力で首を横にブンブン振っていた。

「フグやオニオコゼは捕獲する人間に毒で攻撃することはないと聞いているが、クラゲは違う。
 絶対に漁師に人死にが出る。
 無理だ」

「ふむ、根性がないのぉ」

「ジェルおじさんは王様なんだから、非力な国民に理不尽な災難を負わせるわけにはいかないんだよ。
 エスティだって、何か食べたいものがあるからって部下に命懸けで獲って来い、とは言わないでしょ?」

 オイラの言葉に、エスティはコテンと可愛らしく小首を傾げた。
 うん、これ、言っちゃうタイプなんだろうな、きっと。
 普段のラムダさんたちの苦労がしのばれる。

「ははは、そうじゃ、人が当てにならぬのなら仕方がない。
 水竜女王に頼んでみるとするかのぉ」

 話題を逸らすように、ぽん、と膝を叩きながらエスティがそう言うと、ごぉっと突風が巻き起こった。
 人型のまま空へと飛び立ったエスティは、『無限の荒野』の上空まで行くとくるりと宙返り、竜形態に変わると北の方角へ向かって物凄い速さで飛んで行った。

「よいしょ、と」

 エスティが吹き飛ばし、倒していったなんだかんだを元に戻していると、呆然と北の空を見ていたジェルおじさんに声をかけられた。

「なんだ、その。
 火竜女王ってのは、いつもああなのか?」

「うん、まあ、通常運転だよね」

「あんなのと友だち付き合いしてんのか。
 すげぇな、ノア」

 うーん、エスティが吹き飛ばしていった納屋の屋根は、オイラ一人で直すのは、ちょーっと厳しいかな?
 セバスチャンさんとか手伝ってくれないかなー。


 後日、毒クラゲ・キロネックスの感想をエスティに聞いた。

「生物最強という割に、さほど毒を感じなかったぞ。
 水竜は普通に食すと言うておったしな」

 とのことだった。
 あー、キロネックスの天敵って、確かウミガメだもんね。最強の毒も、ウミガメ系には効かないわけだ。
 口に出すと絶対怒られるので、オイラは心の中だけでそうつぶやいた。



                   参考・ゆるゆる危険生物図鑑(学研)

後書き
一巻五月発売用に書いた電子版特典SSですが、緊急事態宣言を受けて発売延期になったために没になりました。その原稿に加筆したものです。
結局、一巻電子版SSは季節関係ない「ノアの名前の由来」になりました。
一巻の発売は六月三日だそうです。
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