レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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番外編4

鍛冶見習い番外編・ご老公漫遊記④(ソイミール)

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前回のあらすじ・ソイミールの代官に囚われてピンチのユーリの元に、ご隠居の高笑いが響き渡った。



「なんだこのジジイはっ!?」

「ひとーつ人の世の生き血をすすり、ふたーつ無様な悪行三昧。
 三つ三日月ハゲがある、四つ横にもハゲがある、五ついつものハゲがある、六つ向こうにハゲがある、七つ斜めにハゲがある、八つやっぱりハゲがある、九つここにもハゲがある、十でとうとうつるっパゲ!」

 おじいさまのふざけた口上の合間合間に、タイミングよく鼓の音がポポンと鳴る。
 おかしいな、芝衛門もマイカも鼓とか持ってないのに。
 控えてる御庭番とかかな?
 ソイミールの内偵を進めていた御庭番衆も、まさかこんな茶番に付き合わされるとは思ってもみなかっただろうに。
 はぁ。
 僕の両手が自由だったならなー。
 頭かかえられたのに。

「おちょくってるのか、このジジイはっ!?」

 いきり立つイタチの十手持ちの配下に、おじいさまがなだめるように手先を振る。

「滅相もない。
 わしは、そこなるユーリの祖父での。
 可愛い孫と観光に来てみれば、遊びに出た孫がなかなか帰って来ん。
 それで迎えに来たまでじゃ」

「コイツの爺さんだと?
 コイツぁ、散々俺らをおちょくってくれたんだ、タダで帰してやるわけにゃあいかねぇな。
 それとも爺さんが、コイツの詫び代、代わりに払ってくれるとでも言うのかよ!?」

「ほぉ、それはそれはうちの孫が、とんだ粗相を。
 ところでユーリ」

 おじいさまが僕に向き直り、口元に手を当てて、ぷぷっと笑う。

「ぷぷっ。
 なんじゃそのザマは。
 魔法頼りのおぬしが、魔力封じの魔道具をはめられて?
 普段の大口が見る影もないのぉ」

「ぐっ。
 そっ、それより、シアンの様子がなんか変なんだよっ、助けてやって、おじいさまっ」

「はて?
 わしはその子と、見ず知らずじゃしのぉ」

「なっ。
 シアンを見捨てるって言うのっ!?」

「ユーリが頭を下げて頼むなら、考えてやらんこともないかのぉ。
 世話になったんじゃろ?
 ん?ん?
 会って間もないおぬしを心配して、代官屋敷に乗り込んでくるほどの良い子なんじゃろ?
 ん?」

「どこまで知ってるって言うのっ!?」

「はて。
 わしに知らぬことなど、この世にあったかのぉ?」

「おじいさまの馬鹿っ!あほっ!すっとこどっこいっ!」

「それが、人にものを頼む態度かのぉ?」

 僕とおじいさまのふざけたやり取りに、イタチの配下たちが青筋を浮かべておじいさまたちを取り囲む。
 ……あれ?
 代官……はいるけど、イタチの十手持ちがいない?

「さっきから黙って聞いてりゃ、人様の庭で何ふざけたことぬかしやがるっ」

 興奮して殴りかかったイタチの拳が、おじいさまの鼻先一センチでピタッと止まる。

「なっ!?
 くっ、てめぇっ!?」

 イタチの腕をつかんだ丸まっちい芝衛門の手は、イタチの獣人がいくら振りほどこうとしてもピクリとも動かない。
 当然だ。
 イタチの獣人たちは、僕の『鑑定』ではレベル40~45だった。
 対して、芝衛門はレベル378。
 文字通り、赤子の手をひねるようなものだろう。

「手を、出したの?
 よくぞ、このわしに手を出した。
 ユーリだけならまだしも、このわしに手を出したともなれば……」

 おじいさまの口の端が、にんまりと吊り上がった。

「芝さんや、マイさんや。
 構わないから、こらしめておやんなさい」

「「はっ」」

「ものどもっ、曲者だっ、出会え、出会えーーっっっ」

 それからの代官屋敷は……なんて言うか、もう。
 一方的蹂躙じゅうりんもいいとこだった。
 わらわらと出てくる代官屋敷の用人を、弾むように飛び跳ねる芝衛門が剣の柄で打ち倒し、マイカが筋肉に任せてちぎって投げる。
 ところどころ、黒装束の御庭番も活躍していたみたいだったし。
 芝衛門やマイカにはとても敵わないと見てとった小賢しい数人が、おじいさまを人質に取ろうと襲いかかり、土魔法で固められたりしている。

「そこまでだっ!」

 入り乱れていた全員が、代官の一声でいっせいに動きを止める。
 代官側の8割は、地面に倒れてうめいているけど。
 僕の目の前では、ぼーっとしているシアンの首に脇差を突き付けている代官の姿があった。
 ……だから、シアンを助けてって最初に言ったのにっ。

「どこの誰かは知らないが、そこまでにしてもらおうか。
 代官屋敷に押し込んで、大した狼藉だ。
 だが、ご老体はこの少年たちを取り戻しに来たんだろう?
 それならば、とんだ勘違いだ。
 この少年は、自らの意思で私の紹介する貴族へ小姓奉公に出るんだよ。
 そうだね?」

「……はい、お代官様」

 表情のない顔で、シアンが答える。
 まずい、このままじゃ、代官は言い逃れて、シアンも、地下にいるっていう少年たちも、助けられなくなっちゃうかも知れない。
 あとちょっと、あとちょっとなのに。

「ふむ。
 その少年は、自らの意思でお代官を頼ったと?」

 あごひげを撫でながら問うおじいさまに、代官が満足げにうなずく。

「そうとも」

「じゃが、お代官こそ、何か勘違いをとしるな。
 おぬしの今の罪は、貴族に貧しい少年を斡旋あっせんしたことではない。
 このわしに、拳を向けさせたことじゃわ」

「はっ?」

 代官が目を丸くしたとき。

「『茨の鎖』っ!」

「なっ!?」

「『風化ふうか』っ!」

「ぐわっ」

 『茨の鎖』で代官の腕を絡めとり、『風化』で両手を戒めていた縄を弱め、引きちぎる。
 そのままの勢いで、斜め下から跳ね上げた僕の美脚が、代官の手から脇差を蹴り飛ばした。

「シアンっ!」

 代官の手から解放されて、崩れ落ちたシアンを地面にぶつかる寸でのところで抱きとめる。

「シアンっ、しっかりしてっ」

 せっかく無傷で取り戻したシアンだったけれど、その両頬を、真っ赤になるまでバチンバチンと平手で叩く。

「シアンっ!
 僕が分かるっ!?」

「……いひゃいです、ユーリしゃん」

「良かった、良かった!
 どうしちゃったかと思ったよぉぉ」

 シアンを抱きしめて半泣きになっている僕の腕の中で、シアンが、寝ぼけた声で、「あれ、ユーリさん意外と胸がない」とか言っている。

「貴様っ、代官に向かって何と無礼なっ」

 怒りの声に振り返ってみれば、僕が蹴飛ばした腕をおさえて、代官が顔を赤くしてぷるぷるしていた。

「芝さんや、マイさんや、もういいでしょう」

「はっ」

 おじいさまの言葉を受けて、芝衛門とマイカがおじいさまの両脇に戻る。
 芝衛門が、懐から王家の家紋の描かれた印籠を取り出した。
 ……このために、わざわざ作ったんだよね、アレ。

「この方をどなたと心得る。
 先のデントコーン王国国王、クレイタス四世陛下にあらせられるぞ。
 が高い、ひかえおろう」

「はあっ!?
 そっ、その御紋は、確かに王家の……」

 代官が目を真ん丸に見開き、それからわなわなと震えると、庭にまで降りて地面にひれ伏した。
 その姿を目にして、まだ無事だった用人たちは慌てて、うめいていたイタチの獣人やカラスの獣人、用人たちも何とか身を起こして平伏した。

「まっ、まさかクレイタス四世陛下とは存ぜず、とんだご無礼を……」

「ソイミール代官、グリーンバレー・シュードモナス。
 その方、ソイミール代官の地位を利用しての悪行三昧、目に余るものがある。
 王子の誘拐、貴族への仕官とだましての人身売買、国際的に禁止された国家間の人為的な魔獣の移動、絶滅を危惧される希少な動物の乱獲、余罪は計り切れん」

「おっ、お待ちを、クレイタス陛下!」

「ええい、見苦しいわ。
 腹を切れ、と言いたいところじゃが、素直に死なせてもらえると思うでないぞ。
 売られていった子どもたちの居所、黒幕、目をつけておる希少動物の生息地、吐いてもらわねばならぬことは山とある」

 先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は微塵もない。
 底光りのする眼光は、腹の底まで冷えるような冷気を放っている。
 これが、おじいさまがノアたちを先に行かせた理由だろう。
 ノアがいるとこで、おじいさまがこの顔をすることは、きっとない。
 ノアがいるところで、厳しい沙汰なんて言いづらい、こんな、何百人も殺しているような顔なんて見られたくない。
 まして、わざと僕を拉致させて罪に問う、とかいう卑怯な手を使ったわけだし。
 王族に手を出したとなれば、極刑をまぬがれない。

「しかし、ユーリ。
 よく魔力封じの魔道具を抜け出したのぉ」

「魔道具は僕のオハコだからね。
 事前に、おじいさまから現物も見せてもらったし」

 魔力封じの魔道具は、決して対象者の魔力をゼロに封じるものじゃない。
 魔法が発動できないほどの魔力に抑えるだけのもの。
 なぜなら、人間の生命活動に魔力は多少なりとも関わっているから、完全にゼロにしてしまうと、具合が悪くなったり意識障害が起こったりする。
 多少なりとも魔力が動かせるなら、その僅かな魔力で働きかけ、魔道具に誤作動を起こさせることも出来なくはない。
 ……理論上は。
 まあ、すんごい精度の魔力制御が必要だったよね。
 シアンがピンチだったからこそできた、火事場の馬鹿力っていうか。

「さすがはわしの孫じゃ」

 珍しく褒めて、僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
 髪型が乱れるんだけどなー。
 これで一件落着、ようやく、元の着物ドレスに戻れるね。
 そう思った僕の背後から。
 思いもかけない一言がふってわいた。

「お待ちをっ、クレイタス陛下。
 全ては、あなた様のご指示ではありませぬかっ」



後書き
牛雑学・酪農家にとっておがくずは不可欠なもの。子牛の下に敷いてペットシーツ代わりに、母牛の下に敷いて汚れ防止、移動させる牛の足元に敷いて滑り止め、ぬかるみにハマった車のタイヤの下に敷いて滑り止め、手術した後の血だまりにまいて血を吸収させて回収、うっかりコケてぶちまけたミルクだまりにまいて吸収させてはきよせたり。
ええ、一斗缶につまづいてミルクぶちまけましたけど、何か?
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