レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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番外編4

鍛冶見習い番外編・ご老公漫遊記➂(ソイミール)

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前回のあらすじ・ユーリは単身、代官のところへ乗り込むことに。



「ほぉ、これはこれは。
 なんという美しい男の子だろうか」

 舐めるような視線に、おぞ気が走る。
 僕は後ろ手にしばられ、猿ぐつわまでされて、柱にくくり付けられていた。

「けっけっけ、魔法が使えるたぁいえ、まだまだガキだな。
 仲間がいるとは思わなかったのか」

 僕の魔法で顔面をすすけさせているイタチの獣人が、得意満面で僕を見下ろす。
 あの時。
 『熱の風』で黒焦げにした男を先導させて、親玉のところに乗り込んでやろうと、シアンの家を出てしばらく。
 不意に僕は、背後から出てきた腕に絡めとられ、抵抗する内に、さらに別の一人に鳩尾みぞおちこぶしを入れられて意識を失った。
 まだ胃の辺りが鈍く痛い。 
 しばらく雑炊くらいしか食べられないかも知れない。
 捕まるのは想定内だったけど、意識を失ったのは想定外だった。

「んーーっっっ」

「ほぉ、威勢がよいな。
 魔法使いは呪文を封じればただの人だ。
 今、魔法封じの魔道具を取りにやっている。
 悪いが、それまで、猿ぐつわを取ってやることはできんよ」

 自由になる足を振り回して、ニタニタと笑う初老の男を蹴っ飛ばそうとするものの、意外な素早さで避けられ、パシッと足をつかまれた。

「どれどれ、危ない足だが、ここもまた美しいな」

「ふぐーーっ」

 僕の今の格好は、ぴっちりした乗馬ズボンにひらひらのブラウスだ。
 そういうのがたまらなく好きな趣味人がいるとかで、芝衛門が用意したものだけど、この際、裏目に出てるとしか思えない。

「よお、お手柄だったそうだな」

「親分」

 どこかで聞いた声に視線をめぐらせれば、何日か前に、僕をかどわかそうとしたイタチの十手持ちが来ていた。

「あんときにゃあ邪魔が入ったが、またのこのことこの街にやって来るたぁ、随分とめられたもんだな。
 あんときのあめ売りはどこにいる?
 おとなしく吐きゃあ、痛い目には合わせねぇでやってもいい」

「おいおい親分、この子は魔法使いなんだ、猿ぐつわを取ってやるわけにはいかんよ。
 それに、大事な商品だ。
 早々傷をつけてもらっちゃあ困る」

「へっ、お代官様もたいがい悪ですな」

「そちこそ」

 ふはっはっは、と黄表紙でお約束の笑い声をあげる。
 ということは、この初老の男……ハクビシンの獣人が、この街の代官か。
 飴売りマイカの居所なんて、例え猿ぐつわを取られたとしても僕は知らないし、おじいさまと一緒だろう、ってことくらいしか分からない。
 ノアに抱きついた筋肉達磨なんて、僕の安全と引き換えになるなら、喜んで売るとこなんだけど。

「で、猫のほうはぬかりないのか?」

「ええ、そりゃあもちろん。
 5日ほど前にソイミールに届いて、今は運び屋を手配してるとこでさぁ。
 このところ、鼻薬ぃ嗅がしていたソイ王国側の役人が交代になっちまいましてね。
 そっちの手配に手間ぁ食ったが、万事ぬかりありやせんよ。
 ただ、ようやく捕まえた希少種を、運ぶ途中の手違いで死なせちまった馬鹿がいましてね。
 うまくいきゃあ二千両からの取引だったが……それでも、まあ、あんな畜生が一匹百両からになるんだ、ぼろい商売ですよ」

 どうやら、この十手持ちと代官は、綿毛猫の取引についてしゃべっているらしい。
 僕の口が自由なら、もっと色々と聞き出してやるとこなんだけど。

「はは、だが、こちらと違って畜生商売は一時の流行りものだ。
 長続きするものではあるまいよ。
 しっかりと本業にも腰を入れねばな」

「本業ですかい、これが」

「おっと、本業は代官だったか」

 はっはっはっ、と笑ったところに、障子を開けて配下の一人が顔を出す。

「お代官様、お申し付けのものをお持ちしました」

「そうかそうか。
 これでようやく可愛い声が聞こえるというものだ」

「!?」

 抵抗する間もなく、僕の首にカチッと細い金属の首輪をはめられた。
 それと同時に、さるぐつわの麻布あさぬのが取り除かれる。

「この変態っ!
 僕をどうしようっていうのっ!?」

「ほぉ、威勢のよい男の子だ。
 この勝ち気、美貌、これは小判を積む好事家が大勢おるだろう」

「僕を売るつもりっ!?」

「まあ、親分さんに喧嘩を売った我が身を恨むんだね。
 ああ、いい子にしていれば、そうひどい目にも合わんだろうさ」

「僕が喧嘩を売ったんじゃなくて、そっちが先にさらおうとしてきたんじゃないかっ!
 僕は反撃しただけだしっ」

 僕の言葉に、代官は意外そうにパチパチと目を瞬いた。

「そうなのかね?」

「……お代官様の好みの少年かと思いやして」

「ふむ。
 借金も罪もない通りすがりの少年、というのは少々気が引けるが、ここまで知られてしまったら後には引けないな。
 まあ、君もここまで来たら諦めたまえ」

「だ・れ・がっ」

 とっさに幾つかの呪文を唱えてみるものの、首元で魔力の制御が阻害される。
 やっぱりさっきはめられた首輪が、魔法封じの魔道具だったのか。

「お代官様」

「ん?」

 代官屋敷の用人が、すすすっと廊下を渡ってきて、ハクビシンの代官に何やら耳打ちする。

「なんと?
 それはまあ、なんと律義な。
 ……そこの少年」

「なにさっ!?」

「そちの友人が、そちを返せと訪ねて参ったそうだよ」

「友人?」

 眉の間にしわが寄る。
 おじいさまや芝衛門が、わざわざ代官屋敷に僕を訪ねて来るはずもなし。
 ということは?

「ユーリさんっ」

「シアン!?
 いったい何しに来たのさっ!?」

「僕の代わりに、ユーリさんが連れていかれたなんて、心配で心配で……」

「このお人好しっ。
 何のために僕が捕まったと思ってるの!?」

 案の定、用人に襟首をつかまれて連れてこられたのは、灰色の髪に緑の瞳、猫の獣人のシアンだった。
 っていうか、僕は代官に近づくために、シアンを利用しただけなのに。
 シアンが僕を心配する必要なんて、爪の先ほどだってないはずなのに。

「だって、僕の身代わりにユーリさんがなる必要なんて、これっぽっちもないじゃないですかぁっ!」

 身動きできないところにしがみつかれて、おいおい泣かれても、なぐさめることも出来やしない。

「それは……えっと、あれだよ。
 そう、僕ね、昔、シアンのお父さんにすっごいお世話になったから!
 シアンは小さくて覚えてないかも知れないけど!」

「……それ、今考えたでしょ!?
 第一、僕とユーリさん同い年じゃないですかぁっ」

「泣いてるのに意外と冷静だな、この坊主」

 成り行きを見守っていたイタチの十手持ちがツッコミを入れる。

「とにかくっ!
 この子は僕と関係ないんだっ、この美しい僕がいれば充分でしょっ!?
 お母さんがきっと心配してる、この子は帰してあげてっ」

「ダメですっ!
 ユーリさんこそ、うちの借金には何の関係もありませんっ、僕が残ります、ユーリさんは帰してあげてくださいっ」

 口々に言い募る僕とシアンに、代官と十手持ちは顔を見合わせる。

「どうしやす、お代官様」

「この茶番劇も見ていて楽しいが、そろそろ飽きてきた。
 ねぇ、子どもたち。
 せっかくネギを背負ってやって来た美味しそうな鴨たちを、みすみす逃す猟師がいると思うのかい?
 二人とも仲良く、私の友人たちの玩具になって……おっと、間違えた、小姓奉公の口を紹介してあげよう。
 なに、大人しくよく主人に仕えれば、裏長屋住まいよりずっともいい暮らしが出来る。
 親兄弟に仕送りも出来るだろうよ」

 品のいい代官の優し気な口調に、シアンが目をしばたかせる。

「……本当ですか?」

「ちょっ、シアン、ダメだよだまされちゃ!?」

「え、だって、お代官様が、僕なんかにこんなにも親身になってくださるなんて」

「しっかりしてってば!
 あんなに嫌がってたじゃないっ、どうしたっていうの!?」

 ああ、もう、僕の両手が自由なら、シアンのほっぺをひっぱたいてやるのに!
 ……ん?
 そうだ、なにかおかしい。
 僕からじゃ顔は見えないけれど、シアンの口調が、なんだかぼんやりしている。

「なにも怖がることはない。
 屋敷の地下には、何人も、そちらのように、親の借金のために奉公に出ようという男の子たちが奉公に出る日を心待ちにしておる。
 自身も立身出世が叶い、孝行にもなる。
 これほどよい話が、またとあろうか。
 私は心から、この街の貧しい子どもたちの行く末を案じているのだよ」

「……はい、お代官様」

「では、地下の座敷牢ざしきろうの中で、大人しくしていてくれるね」

「……はい」

「シアンの馬鹿っ!
 座敷牢とか言われてるのにっ!
 いい加減どうにかしてよっ!
 おじいさまーーーっっっ」

 僕の叫びが、虚しく夜空へと吸い込まれて行ったとき。
 ポポポンッ、と場違いなつづみの音が響き渡った。

「!?
 なんだ、何事だ?」

「いえ、それが全く……」

「かーっかっかっかっか!
 そこまでにしてもらいましょうか」

 高らかな高笑いと共に現れたのは、両脇に芝衛門とマイカを従え、黄色い着物に茶色いちゃんちゃんこ、紫の頭巾ずきん、長い杖……黄表紙の『ご老公』のコスプレを見事に再現した、クレイタス四世その人だった。



後書き
F1(ハーフ)のオスの子牛が産まれました。母親が経産牛だったせいか、とても大きな牛で、産まれてすぐに歩き出すわ、産まれて三十分もしないのに自分からミルクをぐいぐい飲むは、色々と規格外の子でした。(産まれて半日くらいした子牛はお腹が空いているのでミルクの飲みがいいけれど、産まれてすぐの子牛はなかなか飲まないことが多い。
牛雑学・最初にとてもミルクを飲むのが上手な子牛は、二回目・三回目で苦労することが多い。……ええ、この子もご多分に漏れず。立って飲むのは滅茶苦茶下手でしたよ。(一回目はまだうまく立てないので、寝たまま飲ませることが多い。けれど普通、子牛は立ってミルクを飲む)
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