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番外編
鍛冶見習い番外編・十五夜特別SS
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「いーいお月様だねぇ」
ススキに団子、里芋を備えた三方を前に、オイラは地面に座り込んで空を見上げた。
少しだけ雲のかかった空には、見事に真ん丸なお月様が浮かんでいた。
「そうだなぁ。
去年、一昨年と雨だったから、久しぶりの芋名月だ」
オイラの隣でぐいのみを舐めつつ、マリル兄ちゃんが相槌を打つ。
デントコーン王国の成人は十五歳だから、マリル兄ちゃんはもうお酒を飲んでもいい年だけれど、マリル兄ちゃんが飲んでいるのは珍しい。
マリル兄ちゃんは、どちらかというと、静かに飲むタイプみたいだ。
持っているぐいのみには菊の花が浮いていて、芋名月と重陽の節句がごっちゃになっている。
一方で、オイラたちの後ろの方は、早めに仕事を終えたテリテおばさん、マークスおじさん、里帰り中のシャリテ姉ちゃん、うちの父ちゃんにご近所さん、ジェルおじさんまで加わって、どんちゃん騒ぎになっていて、リムダさんがかいがいしくお世話して回っている。
ご近所さんも、まさかリムダさんが、火竜でも五指に入る高位竜だとは思いもしないだろうなぁ。
「毎年思うんだけど、何も、当日に全部の芋ほりしなくても良くない?」
「俺も、供える分だけでいいと思うんだけどなぁ。
母ちゃん、こういうイベント好きだから」
今日の昼間は大変だった。
誰がこんなに食べるの?ってほど植えてある広大な里芋畑の芋掘りに、当然ながらオイラも駆り出された。
まあ、季節の風物詩だし、オイラもうちで食べる一年分の里芋をもらうから、まぁいいんだけど……
里芋というのは、地面から子どもの手首くらいある太い黄緑色の茎が何本も生えて、オイラの身長くらいのところに、お盆より大きな葉っぱが付いている。
子どもの頃は、よくマリル兄ちゃんや近所の子たちと、傘に見立てて遊んだ。
茎を束ねて持って引っこ抜くと、たくさんの小さな芋が、大きな親芋から生えている。
親芋も食べようと思えば食べられるのかも知れないけれど、固いから大抵は捨ててしまって、新しく実った小芋のほうを食べる。
「ほら、ノアも食えよ。
芋掘りに参加したモンの、当然の権利だ」
そう言って、マリル兄ちゃんがきぬかつぎと醬油の小皿を差し出してくれる。
きぬかつぎっていうのは、里芋をただ茹でただけの料理だけれど、普段は剥くのに苦労する里芋の皮が、つるっとぬるっとするっと剥けるのが楽しくて、子どもの頃からのオイラの好物だ。
煮っころがしもいいけれど、こっちのほうがサッパリしているし、何よりも皮がぷちんと弾ける感触がクセになる。
「コロッケもうまいけど、これはこれでいいよな」
里芋のコロッケは、マリル兄ちゃんの得意料理だ。
ここにはないけど、後ろのどんちゃん騒ぎの真ん中には、ちゃんと作って置いてある。
大量の里芋をむくのは骨だけれど、里芋を大量消費する農家には、芋かき臼っていうのがあって、完璧に真っ白に、ってわけにはいかないけど、芋と芋をこすり合わせて、だいたいの皮はむけるようになっている。
マリル兄ちゃんいわく、芋は金っ気を嫌う。
だから、布巾とかで皮をこそげ取るのが正式なんだそうだ。
でもそんなの、大量にやってたら何時間かかるんだ、ってわけで、その意味でも芋かき臼は、一石二鳥の優れもの。
「で、ノア?
なんか用があるんじゃなかったのか?」
「あ、そうそう、忘れてた。
マリル兄ちゃんに、オイラの作った包丁もらってもらおうと思って」
傍らのリュックから、オイラがごそごそと白木の鞘に収まった包丁を取り出すと、なんだかマリル兄ちゃんがしょっぱい顔をした。
「……包丁?」
「うん、マリル兄ちゃんなら、剣より包丁のほうが喜んでくれるかなーって」
「いやー。
剣のほうがいいかなー?」
棒読みに視線を逸らすマリル兄ちゃんの顔を、オイラは下からのぞき込む。
「なんか文句ある?」
「いや、だってあれだろ?
ノアの打つ剣て、母ちゃんに持ってきた鎌みたいな?
切る端から、食い物が燃えてく包丁は、ちょっと、なぁ」
肩をすくめてため息をつくマリル兄ちゃんの膝の上に、取り出した包丁をほいっと乗せた。
「ちょっ、ノア、何すんだよ。
母ちゃんの鎌だって、熱すぎてそこらに置いとけねぇっつーのに」
慌てて飛びのいたマリル兄ちゃんが、首をかしげる。
地面に転がった包丁を不思議そうに取り上げると、鞘を抜いた。
「これ……マグマ石じゃ、ない?
透き通った……
すげぇ綺麗な……
ってこれ、まさか?」
「うん、ミナモ石」
「ミナモ石だぁ!?」
マリル兄ちゃんが目を見張って、オイラと包丁とを交互に見やる。
「ミナモ石の包丁、って、超一流の料理人でも、滅多に持てねぇシロモノだぞっ?
マグマ石の鍋と並んで、料理人の見果てぬ夢って呼ばれるくらいの……
マグマ石ならともかく、ミナモ石なんて、どこで手に入れたんだ、お前?」
マグマ石の鍋、って、実在したんだ。
確かに保温調理とかに良さそうだよね。
「剣の砕けた欠片をいっぱいもらったんだよ。
その中にあったんだよ」
「はぁ?
剣の欠片?
ミナモ石だけで鍛えた剣なんて存在するのか?」
ミナモ石は、水の気を持つ鉱石。
マグマ石が火竜の棲み処で見つかるように、ミナモ石は水竜の棲み処でしか産出されないという。
流通なんてほとんどしていない、幻の石だ。
もちろんとても貴重なので、剣や包丁として世に出ても、その多くは、合金の中の一つにミナモ石を使っている、という刃物になる。
「んーとね、オイラ、合金還元てスキルがあって。
だから、剣の欠片を、元の金属に戻せるんだよね」
貴重な金属が、貴重な故に合金にされ、合金を元に戻せないから、その貴重な金属は使い捨てにされる。
だからただでさえ少ない金属がもっと少なくなる、という悪循環が起こる。
「なんだそりゃ?
ほとんど反則だな。
でも、大変だったんじゃないのか?
その剣の欠片の中から、ミナモ石探すの。
ありがとな。
大切にする」
マリル兄ちゃんが、万感を込めて包丁を握りしめる。
うん、正直、滅茶苦茶大変だった。
エスティとの戦いで砕けたミナモ石の剣の欠片は、父ちゃんに回収されちゃったし、もう父ちゃんの手によって伝説級のランスに鍛え上げられている。
だまされて持っていかれた母ちゃんの愛剣の代わり、とばかりに母ちゃんの仏壇の横に立てかけられたそれを、包丁にしたいから壊していい?と言いだす勇気は、オイラにはなかった。
そんなわけで、またイチから、大量の欠片の山から、あるかないか分からないミナモ石の合金を探す羽目になった。
『合金還元』を繰り返しては、金属の破片を種類ごとに寄り分けて……
使いまくったから、ほとんど一瞬で『合金還元』を発動できるようになったよね。
でも、そこまで苦労しても、マリル兄ちゃんに包丁を贈りたかった理由は……
「……聞いてるんだろ、ノア?
俺が、春にはここを出てく、って話」
マリル兄ちゃんの何かを押し殺したような声に、オイラは無言でうなずいた。
「俺はさ、料理すんのが好きなんだ。
でも、農家の長男だし、姉ちゃんは冒険者になって出て行っちまったから、俺がこのうちを継いでくもんだと思ってた。
料理人になりたい、なんて、ひと言だって言ったことなかったんだぜ?
それなのにさ、母ちゃんに言われたんだ。
うちのこたぁ気にしなくていい、アンタの好きに生きな、って」
それが嬉しかったのか悲しかったのか、マリル兄ちゃんの声からは判別できない。
ただ、感情を押し殺したような声に、オイラは無言でうなずくだけだ。
「そう言われてさ、初めて気が付いたんだ。
俺、料理人になりたかったんだ、って。
だから……
俺、この冬の出稼ぎが終わったら、王城の近くの料理屋に、修行に行く」
何かを決断したようなマリル兄ちゃんに、オイラはあえて茶化した言い方を向けてみる。
「でもさ、マリル兄ちゃん、もう十八でしょ?
普通、そういうのって、もっとちっちゃいうちに行くもんじゃないの?」
オイラの言葉に、マリル兄ちゃんは照れたように笑い、オイラの頭をガシガシとなでまわした。
その撫で方、テリテおばさんそっくりだよね。
「って、小僧奉公じゃねぇんだっつーの。
修行だ、修行。
親方は頑固おやじだって言うけど、認められるように頑張るよ。
でな、何年かかるか分かんねぇけど……
二番板まで上り詰めたら、帰って来るから」
「へっ?」
思ってもなかったマリル兄ちゃんの言葉に、間抜けな声が出てしまった。
てっきりオイラは、マリル兄ちゃんは、修行先でのれん分けしてもらって、料理屋を開くのが夢なんだと思ってた。
「俺の夢は、ここで、父ちゃんや母ちゃんや俺の作った、野菜とか牛乳とか肉とか使った、農家レストランを開くことなんだ。
俺が、当たり前に食って育ってきた美味いもんを、みんなに食べてもらう。
うん、それが俺の夢」
「……そっか」
「うん」
ずっと一緒に育ったマリル兄ちゃんが、王都内とはいえ、離れてしまうというのが寂しかった。
それでも笑って送ろうと、ミナモ石の包丁を打った。
異国では、刃物を贈るのは別れの印だと聞いたことがある。
そんなこと言ってたら、オイラは知り合い中と別れなきゃになっちゃうけど、一生懸命、気持ちを込めて打った。
結果的に、精魂込められたミナモ石の包丁はオイラ初の【希少級】に打ちあがって、「攻撃補正一万越えの包丁って」とリリィに呆れられてしまったけれど。
「マリル兄ちゃんは、本当にやりたいことを見つけたんだね」
ずっと、マリル兄ちゃんは、鍛冶をやっていないときの父ちゃんに似てると思ってた。
マリル兄ちゃんにも、父ちゃんにとっての鍛冶みたいな、真剣になれるものがあればいいのに、そう思った。
「まっ、だから泣きべそかくんじゃねぇぞ?」
「泣いてないしっ」
楽しそうにオイラの頭をかき混ぜるマリル兄ちゃんこそ、なんだか少し泣きそうに見えた。
そのとき。
「あっ」
がしゃぁああんっ
「んにっ」
目の前にあった三方が盛大にひっくり返り、団子をくわえたタヌキが、真ん丸な目で一瞬振り返ってから逃げ出した。
「こらっ、タヌキぃ!」
オイラの声で目を覚ました黒モフが、首元でふわぁぁあっ、とあくびする。
騒ぎを聞きつけて寄って来たテリテおばさんが、倒れたススキを直しているオイラの頭を、マリル兄ちゃんそっくりにガシガシと撫でた。
「団子泥棒は、芋名月の縁起物さね。
こりゃあ今年はいいことあるよぉ」
赤い顔をして上機嫌なテリテおばさんを目で追って、大量にあったはずのつまみがほとんどなくなってることに気づいたマリル兄ちゃんが、台所へと走っていく。
こんな優しい日常が、大好きだ。
変わっていくこともあるけれど、変わらないこともある。
明日もまた頑張ろう、と、オイラは丸いお月様を見上げた。
後書・先日、同じ日の朝と夜に、子牛が二頭産まれました。双子ではないものの、父親が同じなので兄弟です。朝産まれのほうは、なかなかミルクを飲んでくれず、夜産まれのほうは立つのが下手で、寝てばかり。仕方がないので、朝君のほうは一食ぬいて、夜君のほうは何回か寝ながら飲ませて(通常子牛はミルクを持って行くと立ち上がる)、三日経ってようやく普通にミルクをねだるようになってくれました。まだミルクを飲むのが下手な新生児に初乳を飲ませるのは変な筋肉を使うので筋肉痛…。双子のママは大変さが身に染みました。
ススキに団子、里芋を備えた三方を前に、オイラは地面に座り込んで空を見上げた。
少しだけ雲のかかった空には、見事に真ん丸なお月様が浮かんでいた。
「そうだなぁ。
去年、一昨年と雨だったから、久しぶりの芋名月だ」
オイラの隣でぐいのみを舐めつつ、マリル兄ちゃんが相槌を打つ。
デントコーン王国の成人は十五歳だから、マリル兄ちゃんはもうお酒を飲んでもいい年だけれど、マリル兄ちゃんが飲んでいるのは珍しい。
マリル兄ちゃんは、どちらかというと、静かに飲むタイプみたいだ。
持っているぐいのみには菊の花が浮いていて、芋名月と重陽の節句がごっちゃになっている。
一方で、オイラたちの後ろの方は、早めに仕事を終えたテリテおばさん、マークスおじさん、里帰り中のシャリテ姉ちゃん、うちの父ちゃんにご近所さん、ジェルおじさんまで加わって、どんちゃん騒ぎになっていて、リムダさんがかいがいしくお世話して回っている。
ご近所さんも、まさかリムダさんが、火竜でも五指に入る高位竜だとは思いもしないだろうなぁ。
「毎年思うんだけど、何も、当日に全部の芋ほりしなくても良くない?」
「俺も、供える分だけでいいと思うんだけどなぁ。
母ちゃん、こういうイベント好きだから」
今日の昼間は大変だった。
誰がこんなに食べるの?ってほど植えてある広大な里芋畑の芋掘りに、当然ながらオイラも駆り出された。
まあ、季節の風物詩だし、オイラもうちで食べる一年分の里芋をもらうから、まぁいいんだけど……
里芋というのは、地面から子どもの手首くらいある太い黄緑色の茎が何本も生えて、オイラの身長くらいのところに、お盆より大きな葉っぱが付いている。
子どもの頃は、よくマリル兄ちゃんや近所の子たちと、傘に見立てて遊んだ。
茎を束ねて持って引っこ抜くと、たくさんの小さな芋が、大きな親芋から生えている。
親芋も食べようと思えば食べられるのかも知れないけれど、固いから大抵は捨ててしまって、新しく実った小芋のほうを食べる。
「ほら、ノアも食えよ。
芋掘りに参加したモンの、当然の権利だ」
そう言って、マリル兄ちゃんがきぬかつぎと醬油の小皿を差し出してくれる。
きぬかつぎっていうのは、里芋をただ茹でただけの料理だけれど、普段は剥くのに苦労する里芋の皮が、つるっとぬるっとするっと剥けるのが楽しくて、子どもの頃からのオイラの好物だ。
煮っころがしもいいけれど、こっちのほうがサッパリしているし、何よりも皮がぷちんと弾ける感触がクセになる。
「コロッケもうまいけど、これはこれでいいよな」
里芋のコロッケは、マリル兄ちゃんの得意料理だ。
ここにはないけど、後ろのどんちゃん騒ぎの真ん中には、ちゃんと作って置いてある。
大量の里芋をむくのは骨だけれど、里芋を大量消費する農家には、芋かき臼っていうのがあって、完璧に真っ白に、ってわけにはいかないけど、芋と芋をこすり合わせて、だいたいの皮はむけるようになっている。
マリル兄ちゃんいわく、芋は金っ気を嫌う。
だから、布巾とかで皮をこそげ取るのが正式なんだそうだ。
でもそんなの、大量にやってたら何時間かかるんだ、ってわけで、その意味でも芋かき臼は、一石二鳥の優れもの。
「で、ノア?
なんか用があるんじゃなかったのか?」
「あ、そうそう、忘れてた。
マリル兄ちゃんに、オイラの作った包丁もらってもらおうと思って」
傍らのリュックから、オイラがごそごそと白木の鞘に収まった包丁を取り出すと、なんだかマリル兄ちゃんがしょっぱい顔をした。
「……包丁?」
「うん、マリル兄ちゃんなら、剣より包丁のほうが喜んでくれるかなーって」
「いやー。
剣のほうがいいかなー?」
棒読みに視線を逸らすマリル兄ちゃんの顔を、オイラは下からのぞき込む。
「なんか文句ある?」
「いや、だってあれだろ?
ノアの打つ剣て、母ちゃんに持ってきた鎌みたいな?
切る端から、食い物が燃えてく包丁は、ちょっと、なぁ」
肩をすくめてため息をつくマリル兄ちゃんの膝の上に、取り出した包丁をほいっと乗せた。
「ちょっ、ノア、何すんだよ。
母ちゃんの鎌だって、熱すぎてそこらに置いとけねぇっつーのに」
慌てて飛びのいたマリル兄ちゃんが、首をかしげる。
地面に転がった包丁を不思議そうに取り上げると、鞘を抜いた。
「これ……マグマ石じゃ、ない?
透き通った……
すげぇ綺麗な……
ってこれ、まさか?」
「うん、ミナモ石」
「ミナモ石だぁ!?」
マリル兄ちゃんが目を見張って、オイラと包丁とを交互に見やる。
「ミナモ石の包丁、って、超一流の料理人でも、滅多に持てねぇシロモノだぞっ?
マグマ石の鍋と並んで、料理人の見果てぬ夢って呼ばれるくらいの……
マグマ石ならともかく、ミナモ石なんて、どこで手に入れたんだ、お前?」
マグマ石の鍋、って、実在したんだ。
確かに保温調理とかに良さそうだよね。
「剣の砕けた欠片をいっぱいもらったんだよ。
その中にあったんだよ」
「はぁ?
剣の欠片?
ミナモ石だけで鍛えた剣なんて存在するのか?」
ミナモ石は、水の気を持つ鉱石。
マグマ石が火竜の棲み処で見つかるように、ミナモ石は水竜の棲み処でしか産出されないという。
流通なんてほとんどしていない、幻の石だ。
もちろんとても貴重なので、剣や包丁として世に出ても、その多くは、合金の中の一つにミナモ石を使っている、という刃物になる。
「んーとね、オイラ、合金還元てスキルがあって。
だから、剣の欠片を、元の金属に戻せるんだよね」
貴重な金属が、貴重な故に合金にされ、合金を元に戻せないから、その貴重な金属は使い捨てにされる。
だからただでさえ少ない金属がもっと少なくなる、という悪循環が起こる。
「なんだそりゃ?
ほとんど反則だな。
でも、大変だったんじゃないのか?
その剣の欠片の中から、ミナモ石探すの。
ありがとな。
大切にする」
マリル兄ちゃんが、万感を込めて包丁を握りしめる。
うん、正直、滅茶苦茶大変だった。
エスティとの戦いで砕けたミナモ石の剣の欠片は、父ちゃんに回収されちゃったし、もう父ちゃんの手によって伝説級のランスに鍛え上げられている。
だまされて持っていかれた母ちゃんの愛剣の代わり、とばかりに母ちゃんの仏壇の横に立てかけられたそれを、包丁にしたいから壊していい?と言いだす勇気は、オイラにはなかった。
そんなわけで、またイチから、大量の欠片の山から、あるかないか分からないミナモ石の合金を探す羽目になった。
『合金還元』を繰り返しては、金属の破片を種類ごとに寄り分けて……
使いまくったから、ほとんど一瞬で『合金還元』を発動できるようになったよね。
でも、そこまで苦労しても、マリル兄ちゃんに包丁を贈りたかった理由は……
「……聞いてるんだろ、ノア?
俺が、春にはここを出てく、って話」
マリル兄ちゃんの何かを押し殺したような声に、オイラは無言でうなずいた。
「俺はさ、料理すんのが好きなんだ。
でも、農家の長男だし、姉ちゃんは冒険者になって出て行っちまったから、俺がこのうちを継いでくもんだと思ってた。
料理人になりたい、なんて、ひと言だって言ったことなかったんだぜ?
それなのにさ、母ちゃんに言われたんだ。
うちのこたぁ気にしなくていい、アンタの好きに生きな、って」
それが嬉しかったのか悲しかったのか、マリル兄ちゃんの声からは判別できない。
ただ、感情を押し殺したような声に、オイラは無言でうなずくだけだ。
「そう言われてさ、初めて気が付いたんだ。
俺、料理人になりたかったんだ、って。
だから……
俺、この冬の出稼ぎが終わったら、王城の近くの料理屋に、修行に行く」
何かを決断したようなマリル兄ちゃんに、オイラはあえて茶化した言い方を向けてみる。
「でもさ、マリル兄ちゃん、もう十八でしょ?
普通、そういうのって、もっとちっちゃいうちに行くもんじゃないの?」
オイラの言葉に、マリル兄ちゃんは照れたように笑い、オイラの頭をガシガシとなでまわした。
その撫で方、テリテおばさんそっくりだよね。
「って、小僧奉公じゃねぇんだっつーの。
修行だ、修行。
親方は頑固おやじだって言うけど、認められるように頑張るよ。
でな、何年かかるか分かんねぇけど……
二番板まで上り詰めたら、帰って来るから」
「へっ?」
思ってもなかったマリル兄ちゃんの言葉に、間抜けな声が出てしまった。
てっきりオイラは、マリル兄ちゃんは、修行先でのれん分けしてもらって、料理屋を開くのが夢なんだと思ってた。
「俺の夢は、ここで、父ちゃんや母ちゃんや俺の作った、野菜とか牛乳とか肉とか使った、農家レストランを開くことなんだ。
俺が、当たり前に食って育ってきた美味いもんを、みんなに食べてもらう。
うん、それが俺の夢」
「……そっか」
「うん」
ずっと一緒に育ったマリル兄ちゃんが、王都内とはいえ、離れてしまうというのが寂しかった。
それでも笑って送ろうと、ミナモ石の包丁を打った。
異国では、刃物を贈るのは別れの印だと聞いたことがある。
そんなこと言ってたら、オイラは知り合い中と別れなきゃになっちゃうけど、一生懸命、気持ちを込めて打った。
結果的に、精魂込められたミナモ石の包丁はオイラ初の【希少級】に打ちあがって、「攻撃補正一万越えの包丁って」とリリィに呆れられてしまったけれど。
「マリル兄ちゃんは、本当にやりたいことを見つけたんだね」
ずっと、マリル兄ちゃんは、鍛冶をやっていないときの父ちゃんに似てると思ってた。
マリル兄ちゃんにも、父ちゃんにとっての鍛冶みたいな、真剣になれるものがあればいいのに、そう思った。
「まっ、だから泣きべそかくんじゃねぇぞ?」
「泣いてないしっ」
楽しそうにオイラの頭をかき混ぜるマリル兄ちゃんこそ、なんだか少し泣きそうに見えた。
そのとき。
「あっ」
がしゃぁああんっ
「んにっ」
目の前にあった三方が盛大にひっくり返り、団子をくわえたタヌキが、真ん丸な目で一瞬振り返ってから逃げ出した。
「こらっ、タヌキぃ!」
オイラの声で目を覚ました黒モフが、首元でふわぁぁあっ、とあくびする。
騒ぎを聞きつけて寄って来たテリテおばさんが、倒れたススキを直しているオイラの頭を、マリル兄ちゃんそっくりにガシガシと撫でた。
「団子泥棒は、芋名月の縁起物さね。
こりゃあ今年はいいことあるよぉ」
赤い顔をして上機嫌なテリテおばさんを目で追って、大量にあったはずのつまみがほとんどなくなってることに気づいたマリル兄ちゃんが、台所へと走っていく。
こんな優しい日常が、大好きだ。
変わっていくこともあるけれど、変わらないこともある。
明日もまた頑張ろう、と、オイラは丸いお月様を見上げた。
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