レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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ウェブ版鍛冶見習い103・『霧の森』のヴァンパイア➂

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前回のあらすじ・『暗闇のダンジョン』十三階には、夜の住人の街があった。




 オイラに怒鳴られた魔物が、呆然と立ちすくむ。

 『で、でも、この子の母親は死んでしまって……』

 『赤ちゃん、血ぃ飲んで元気になったわけ?』

 魔物は涙を浮かべて、かすかに首を横に振る。

 『はぁ。オイラのうちの近所に、牛飼ってるうちがあるから。
  来れないってんなら、オイラが持ってくるから』

 話を聞くと、睦月はヴァンパイアの国の貴族だったそうだ。
 それも、真祖の一人だけあって、公爵。
 その国では貴族は全員ヴァンパイアで、獣人はみんな平民。
 睦月には娘が一人いたけれど、その娘が、とある獣人と恋に落ちた。
 身分違いは身分違いだけれど、もちろんそんな場合にも抜け穴はある。
 ヴァンパイアの貴族が獣人を伴侶に迎える場合、血を交わして、ヴァンパイアの一族に引き入れてから結婚する。
 ところが。
 何千人かに一人、ヴァンパイアに血を吸われ、ヴァンパイアの血を飲んでもヴァンパイアにならない特異体質の人間がいる。
 睦月の一人娘の恋人が、まさにそれだった。
 ヴァンパイアにとっては、まさに天敵。
 吸血鬼ハンターの素質を持つ人間。
 人間にとってもヴァンパイアにとっても、祝福されざる恋。
 二人は、睦月にさえ全く相談することなく、姿を消した。
 そして。
 ヴァンパイアの国を出た娘は、当然、はぐれの魔物として人に追われることになる。
 追われ、流れ、流れて……
 ついに睦月が娘を見つけたとき、恋人は既に娘をかばって死に、娘も虫の息、腕の中にはまだ首も座らない赤ん坊がいた。
 真祖でこそないものの、純血種である睦月の娘は、もちろん相当強かったけれど、お産の後の弱っている時期を襲われてはひとたまりもなかった。
 娘は死に、睦月には赤ん坊が残された。
 睦月は国を捨て、爵位を捨て、名を捨てて、赤ん坊と共に落ち延びる道を選んだ。
 なぜなら、その赤ん坊は……

「私の娘、如月は、ダンピールなんだ。
 ヴァンパイアと人のハーフ。
 とてもかわいい娘だよ」

 ダンピール。
 ヴァンパイアと人間、両方の血を受け継ぐだけでなく、特殊なスキルを持ち、最強の吸血鬼ハンターとなれる種族。
 それも、ヴァンパイアの天敵と言われた父親と、純血種である母親の血を引く。
 ヴァンパイアの国に連れ帰るわけにはいかなかった。
 けれど、睦月はヴァンパイア。
 昼間は極端に弱くなる。
 それで目指したのが、『暗闇のダンジョン』と呼ばれるこの場所だった。

「ヴァンパイアも、牙が生えそろわない内は、ミルクを飲むんだ。
 ただ、如月は、赤ん坊のうちに母親を失ってね。
 私は、自分の牙で獲物が狩れなくても、血さえ飲んでくれれば……とやっきになっていたんだけれど。
 いくら血を飲ませても、如月は衰弱していくばっかりだった。
 何度も吐き戻してね。
 そんなころ、ノアと知り合った。
 ノアは、赤ん坊に血なんか飲ませる馬鹿がいるか、と、ミルクを持ってきてくれたんだ。
 それも、毎日。
 如月が、ミルク以外のものも食べられるようになるまで、何か月もね」

 睦月の言葉に、みんなが目を丸くする。
 ちなみに、睦月と如月というのも、国を捨ててからの仮名だ。
 本当の名前は、伴侶以外には明かさないそうだ。

「ノアは、ヴァンパイアの赤ん坊を助けたの?」

 今度はカウラが、オイラの顔をじいっと見つめて尋ねる。

「そうだよ?」

「さっきのユーリとの話。
 私にも、理解できなくはないよ。
 たとえ狼や虎の子でも、目の前で弱っていたら、私だって拾って育てるかも知れない。
 その子の親が、人を食べていたとしても。
 その子に、人を殺す力があったとしても。
 でも……ひとつだけ聞いていいかな?
 もし、もし、ノアの家族が、友人が魔獣に食べられそうになったとき。
 ノアは、それを見過ごすの?
 もしノアのお父さんが魔獣に殺されたとして、ノアはその魔獣を憎まないの?」

 真剣なまなざしのカウラが、さらに続ける。

「私の母親が小さい頃、王都はアンデッドに襲われたんだ。
 母様はあんまりその頃のことを話さないけれど、母様の大切な人が何人も死んで、母様の背中には、今も無残な傷跡が残っている。
 父上が助けに入らなかったら、多分、死んでいただろうって母様は言ってた。
 この村にいるのは、アンデッドだよ。
 母様の敵だ」

 唇を噛んで、今にも泣きそうなカウラが拳を握りしめる。
 オイラもカウラも、産まれる前の話。
 それでも、風化するにはまだ不十分な時間だ。
 思いつめた表情のカウラに、ユーリもつばを飲む。
 オイラは、あっけらかんと答えた。

「そんなの、憎むに決まってるじゃん」

「え?」

 カウラが不意を突かれたようにキョトンとする。

「父ちゃんを殺す?
 そんなの八つ裂きもいいとこだよ。
 父ちゃんを殺した魔獣を、オイラが逆に食ってやる。
 ってか、さっきから散々、カウラたちを守るためにダンジョンの魔物と戦ってるよね?
 知らない魔獣より、家族や友だちが大切なのは当たり前じゃない」

「じゃあ、なんで……」

「でも、父ちゃんを殺した魔獣が、食べるためじゃなくて、ただ殺すために殺したとしたら、そっちのほうが腹が立つ。
 殺したからにはちゃんと食えって思うよね。
 それに。 
 見たこともない人間より、友だちになった魔物のほうが大切。
 カウラだって、狼に友だちを食われたとして、狼を絶滅させよう、なんて思わないでしょ?」

 オイラの言葉に、カウラはユーリと顔を見合わせる。

「思わなくもない……けど。
 ノアの言いたいことは何となく分かるよ。
 一人に恨みがあるからって、種族全部を憎むのは間違ってる、ってことだよね」

「まあ、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって言うからね。
 カウラがアンデッドと仲良くなれないならしょうがない。
 ってか、ヴァンパイアってアンデッドと魔獣の中間だけどね。
 子どもも生まれるし。
 ただ、カウラがこの村の人たちに攻撃しようってんなら、オイラが全力で立ちふさがるけど」

「それって、事実上、私は何も出来ないってことじゃないか」

 カウラは袖口で浮かんでいた涙をぬぐい去ると、気を取り直したようにひとつ頷いた。

「うん、私は、無駄なことは嫌いだからね。
 ここでは何もしないことにしておくよ」

 オイラたちのやり取りを、無言で見守っていた睦月がニコニコと笑っている。
 まあ、オイラが邪魔しなくても、睦月がいる限り、カウラはこの村の人たちに指一本触れられなかっただろうけど。

「ってかさ、さっき、透明人間とか魔女とかいなかった?
 おとぎ話の住人だと思ってたのにさぁ。
 透明人間いるとか、王城の防衛網、どうやって組み直せばいいって言うんだよぉ」

 ユーリがとんちんかんなことを嘆きつつぶすくれている。

「ん?
 魔女?
 って、ユーリとかルル婆とどう違うの?」

「ルル様は大賢者。
 僕は魔法使い、もしくは魔術師。
 大賢者ってのは、あらゆる魔法に精通した者のこと。
 魔法使いってのは、呪文とか魔方陣で精霊や世界の理に働きかけて、物理的に何かを起こす人間のこと。
 魔女ってのは、呪いとか占いとか薬とか……僕に言わせると、なんで?って方法で、よく分からないことを起こす人間だよね。
 あと、小動物やアンデッドを使役してる場合もあるよ」

 どうやら、ユーリの定義で言うと、ユーリの理解できない魔法を使うのが魔女、ってことでいいんだろうか。
 ん?
 魔女?呪い?

「あーっ!」

 不意に声を上げたオイラを、睦月が不思議そうに見る。

「ねっ、さっきの人、ホントに魔女?
 後で話してもいいかな?」

「ノアだったら構わないと思うけど、どうしたんだい?」

「知り合いにね、魔女の呪いをかけられてる子がいて。
 呪いをかけた本人じゃなくても、何か分かんないかなー、と思って」

 オイラの頭に浮かんだのは、スキュラだ。
 『妖精の森』の守護。
 確か妖精たちは、スキュラは魔女の呪いで変化した姿で、元はニンフだったと言っていた。 

「魔女の呪い?
 そう、それは珍しいね。
 最近の魔女たちは、滅多に他人に呪いなんてかけないんだが……」

「あー、最近じゃないかも。
 むしろ何千年レベルとか」

「ならあり得るね。
 でも、それほど前から続く強い呪いだと、今の魔女に解けるかどうか」

 顎に手をやる睦月に、今度はユーリがつめよる。

「ねっ、ね!
 なら、僕には透明人間、紹介してよ。
 透明人間が御庭番に加わってくれたら、最強の諜報機関になるじゃん!」

 さっきまで、どうやって透明人間から王城を守ろうかと考えていたのに、もう思考を切り替えたらしい。
 味方に引き込もうとしている。

「紹介するのは構わないけど、君に協力するかは本人次第だよ?
 あの人はもう年で、寒がりだから。
 透明人間が透明人間として活躍するには、服を着てるわけにはいかないからねぇ」

「何それ、透明人間な意味ないじゃん」

「ここはそういう村なんだよ。
 人がいいために各地を追われた闇の住人だちが集まってくる。
 だからこそ、私も安心して赤ん坊の如月を育てることが出来たんだ」

 再び如月に戻った話題に、マリル兄ちゃんが、納得顔で、ぽんと手を打った。

「そうか。
 そういや何年か前、ノアがうちから毎日毎日牛乳を持ってったことがあったな。
 その後、離乳食とかにも凝り出して。
 近所に赤ん坊もいなかったし、どうしたのかと思ってたけど、なるほど、ここに持ってきてたわけね」

「ということは、君が、ノアのお隣りのテリテおばさん?」

「いや、テリテは俺の母親で、俺はマリル」

「そうか!
 では君も私たちにとっての恩人だ。
 三年前は本当に助かったよ、ありがとう。
 心から歓迎するよ」

 話しながら歩いて来たオイラたちは、一軒の家の前に着いていた。
 睦月が割とかわいいデザインのこじんまりとした家の扉を開くと、中から小さな女の子が飛び出して来て、その胸に飛び込んだ。

「いい子でお留守番していたかい?」

「うん!」

 にいっと笑ったその子の口元からは、白い牙がのぞいていた。




牛雑学・牛の赤ちゃんは、早ければ生後三日、遅くても十日で離乳食を食べ始める。
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