レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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ウェブ版鍛冶見習い102・『霧の森』のヴァンパイア➁

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前回のあらすじ・クイーンビーの部屋を抜けて、十三階へ。


 にっこりと笑った魔物の、口元まで持ち上げられた爪が鋭く伸びる。
 先程までなかったはずの背中の羽根がひらめくと、瞬きの間にその姿はオイラの背後へと移動し、大きくふりかぶった爪が首筋を狙ってくる。
 手の中に召喚した、速さ補正の剣。
 身をひねって剣を向けられるような余裕はない。
 そのまま前のめりに倒れこみながら、リュックの金具を外して遠心力をつけて睦月へと投げつけた。
 道々鉱石や素材を詰め込んできたリュックはかなりの重量だ。
 (リュックに入りきらない分を『鉱石転送』で送っている)
 速さ補正の加わったそれを受け止めるのは、オイラにも無理だろう。
 それを、睦月は片手でひょいと受け止めた。
 ヴァンパイアは、その不死性と吸血による支配・増殖ばかりに目が行って見逃されがちだけれど、最たる脅威は、その怪力だ。
 優し気なほっそりとした体に、大木を握りつぶすほどの力が秘められている。
 睦月が、受け止めたリュックをドシンとおろした。
 そのときには、既に睦月の前にオイラの姿はない。
 リュックは目くらまし。
 一瞬オイラを見失って周囲を見回した睦月の眼前に、既にオイラは迫っていた。

「あーあ、またやられたね」

「どーも、毎回ありがとね」

 赤い舌で口元をなめ、肩をすくめる睦月とオイラはハイタッチした。

「睦月、ひっさしぶりー。
 如月きさらぎは元気?
 どーしたの、こんな明かりなんか付けて」

 にこやかに挨拶を交わすオイラと睦月に、最初目を点にしていたユーリが表情を徐々に戻り出し………食ってかかる。

「ちょっと待てちょっと待てちょっと待てーーっ!
 出合頭に戦ってた二人が、なにのどかに談笑してるのっ!?」

「え?
 だって……」

「いつものことだし?」

「魔物には割とあるよね、挨拶代わりに攻撃、って?」

 珍しくもない、といった感じで答えるオイラに、ユーリがわなわなと震える。

「なんなの、そのはた迷惑な習慣!?」

「まあ、魔物の友情は、人とは違うし。
 でも、友だちなのは確かだよね?」

 確認するように見やった睦月は、にっこりと笑ってオイラの肩に手を置いた。

「もちろん。
 ノアは大切な友人だよ」

「それにね、睦月の牙は貴っ重ーな鍛冶素材なんだよ。
 だから、わざと戦って取らせてくれてる面もある」

「もちろん、手加減したりはしないし、ノアのスピードが私より少しでも劣れば、遠慮なく噛みつかせてもらうけどね」

 この世で一番手に入れづらい鍛冶素材は、ヴァンパイアの牙と言われている。
 ヴァンパイアという魔物との遭遇率は、そこまで低いわけではない。
 しかし、ヴァンパイアの死体というのは灰になってこの世に残らない。
 ではどうやってヴァンパイアの牙をとるのか?
 それはもちろん、生きているヴァンパイアの口に手をつっこんで折り取るしかない。
 ヴァンパイアに噛まれると眷族けんぞくになってしまう。
 素材をとるか、自身の魂をとるか。
 たいていの冒険者は、魂をかけてまでいち素材にこだわらないだろう。
 ルル婆とララ婆がオイラの倉庫で発見して驚いていたのもそのせいだ。

「なんかおかしい、なんかおかしいって!」

 頭を抱えているユーリはさておき、歓迎してくれる睦月と一緒に歩いて行くと、家々から手に手にグラスや料理の皿を持った村人が現れ、瞬く間に賑やかな祭りが始まる。
 ポンポンと夜空に赤い花火まで打ちあがった。
 呆気に取られて、さっきまで頭を抱えていたはずのユーリまで口をポカーンと開けている。

「君らが来ているのは、眷族のコウモリたちが知らせてくれたからね。
 慌てて歓迎の準備をしたんだよ。
 私たちには必要ないけれど、君らに明かりは必要だろう?」

 チェロやオーボエの音色に乗って、何人かの村人たちが踊り始める。
 一人は、背中からコウモリの羽が生えた若い女性。
 一人は、サロペットに麦わら帽子の透明人間。 
 一人は、首のない鎧姿の騎士。
 一人は、まんま二足歩行の狼といった感じの木こり風の男性。
 一人は、ホウキを持ってガマガエルを肩に乗せたおばあさん。
 チェロを演奏しているのは骸骨で、オーボエを演奏しているのはミイラ男だ。
 小柄で耳のとがったおじいさんが出てきて、焼き菓子の乗ったお盆をオイラの前に差し出してくれた。
 しわくちゃの顔に、ゴマ塩のあごひげ、くすんだ赤いジャケットに銀のボタン。
 これは、えーっと、小人?
 確か昔、母ちゃんがトムチットトットっていう小人の絵本を読んでくれたっけ。
 オイラの腰ほどの身長しかない。

「ありがとう。
 ってか、なんか前より住人増えてない?」

 目を細めて数えるけれど、人間の理の外にいるだろう彼らは、器用にオイラの認識を外し、あちらから現れたと思うとこちらへ消える。

「あれから色々あってね。
 各地を追われた夜の住人たちが集まって来たんだ。
 それでも君は変わらず恩人だ。
 君のお友達も、歓迎するよ?」

「ね、ねぇ、ノア。
 こっ、こっ、ここって……」

 ユーリがオイラの袖にしがみつく。
 背後を見やれば、もれなく全員、頬をけいれんさせつつ固まっていた。

「あ、ごめん、紹介が遅れたね。
 こちら、オイラの友だちの睦月。
 ヴァンパイア?」

 睦月を見やりつつ確認すると、睦月がにっこり微笑んで頷く。

「うん、ヴァンパイア」

「ば、ば、ヴァンパイアって!
 僕の鑑定に、『ヴァンパイア(真祖しんそ)』って出てるんだけど!?」

「……出てる」

 ユーリの言葉に、リリィも頷く。

「真祖ってなに?」

 オイラの疑問に、睦月が応えてくれる。

「始まりのヴァンパイアだよ。
 ヴァンパイアってのは、一般に吸血行為で増えていく。
 血を吸われただけの生き物が最下位。
 さらに血を与えられた者は同族と認められる。
 まあ、下に行けば行くほど、血が薄くなるってのは理解してもらえるかな?
 それの始まりが、真祖と呼ばれる」

「そっ、そっ、それだけで済ませないでよっ。
 ヴァンパイアの真祖は、Sランクだ!
 単独で一都市を滅ぼせるだけの、災厄クラスだよっ!」

「そうなの?」

「うーん、そう言われてるねぇ。
 僕はただ、ここで仲間と愉快に暮らせれば、それでいいんだけど」

 ポリポリを頬を掻く睦月は、そんな凶暴な魔物には思えない。
 まあ、いいか。
 要はリムダさんと同じ感じだ。

「あ、で、こっちが端から、ユーリ、カウラ、リリィ、マリル兄ちゃん。
 今日はちょっと、預けてたものを引き取らせてもらおうと思って」

 睦月と連れ立って睦月の家を目指すオイラの袖を、ユーリが引っ張る。

「ちょ、流さないでよ!」

「なんで?」

「だって、ヴァンパイアだよ!?
 ヴァンパイアの食料は、人間なんだよっ」

 ユーリのところはばからない叫びに、一瞬、村の住人の目がいっせいにこちらを向いた気がした。
 睦月を害する気なら許さない。
 そんな無言の圧力に、首筋がピリピリする。

「え?
 だって、オイラだってイノシシとか食べるし?」

「そういう問題じゃないでしょ!?」

「でもオイラ、食べたイノシシの家族から、親のカタキって狙われたこともなければ、川で泳いでても、魚を食べる人間は魚の敵、って魚に攻撃されたこともないよ?
 そりゃ、縄張りを荒らせば怒って追いかけて来たりもするけど。
 オイラだって生きるために食べる。
 ヴァンパイアだって生きるために吸う。
 何か違うの?」

 首をかしげてユーリを見れば、ユーリは絶句し、一方で睦月は爆笑した。

「そんなことを、人間の側に言われるとはね。
 はは、相変わらずで嬉しいよ、ノア。
 君のおかげで如月も元気にしている。
 ぜひ顔を見て行ってやってくれ」

 先導する睦月に付いて行けば、カウラに手を引かれてユーリもついてくる。
 マリル兄ちゃんも、そういやそうだな、とか言いながらついてきた。
 リリィは、小走りにオイラの横へ来て、手をぎゅっと握る。
 そんなリリィを見て、睦月が「ふむ」と顎に手を当てた。

「そちらのお嬢さんは、実に私らに似ているね。
 ヴァンパイアではないようだが……
 人の世で暮らすのは苦労するだろう。
 どうだい、良かったら、私らとここで暮らさないか?
 この村には子どもが少なくてね。
 そうしてくれたら如月も喜ぶ」

「……如月って?」

 リリィがおずおずと睦月を見上げる。
 普段感情の見えないリリィだけれど、ずっと間違われてきた魔物の始祖?を見て、思うところがあるんだろう。

「私の娘だよ。
 赤ん坊のころ、ノアに助けてもらったんだ」

 柔らかく微笑む睦月は、本当に如月を大切にしている。
 それが分かったからこそ、オイラは前に、かなり頑張って二人を助けた。

「もう3年くらい前になるかな?
 このダンジョンに通ってた時期にね、クイーンビーの部屋を通り抜けてすぐくらいで、睦月と如月に会ったんだ。
 睦月は、赤ちゃん抱えてオロオロしてて。
 赤ちゃんは、ずいぶん衰弱してるみたいだった」

 実を言うと、最初、睦月はオイラを狩って、オイラの血を赤ん坊に飲ませようとした。
 生後三ヶ月ほどの赤ん坊を抱えて、泣きそうな顔をしながら襲いかかってくる人型の魔物。
 赤ん坊の口元は赤くにじんでいて、おそらく血を拭きとったんだろうと思えた。
 おくるみの首元も汚れていて、何度も血で汚れて洗ったのだろうと思えた。
 その頃のオイラは、今よりもずっと弱かったし、遅かった。
 彼がまともな状態だったら、一撃だってよけられなかったに違いない。
 でも、彼は狼狽し、混乱していて。
 震えてさえいた。
 必死によけるオイラの耳に、かすかな声が届く。
 人型の魔物が、憑かれたように小さくつぶやいていた。

 『何か、何か食べてくれないと。
  死んでしまう、死んで、死んで……
  この人間の血は飲んでくれれば……』

 そこまで聞いて、オイラはプッツーンとキレた。

 『赤ん坊に、血を飲ませる馬鹿がどこにいるってんだよ!
  赤ちゃんには!
  ミ・ル・ク!だっつーの!』


後書き
牛雑学・子牛は、生まれながらに下の前歯は生えている。なので、ママのおっぱいを傷つけないように、歯の上に舌を乗せて、舌で包むようにおっぱいを飲む。まあ、人間もそうなんだけど、牛の場合、下の歯しかないから顕著。
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