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連載
ウェブ版 ラウルのダンジョンへの旅➂
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前回のあらすじ・ヘカトンケイルを倒して進んだ魔方陣の先にはセルケト(サソリ女神)がいた。
「ええっ!?」
「セルケトは毒の研究家なんだよ。
趣味は毒物の摂取」
サソリの下半身を持つだけあって、セルケトは毒のエキスパートだ。
『ありがとう、ノア。
今まで味わったことのない甘露だったわ。
お礼に、そうね。
ノア以外の誰かが、私と戦うので許してあげる。
ノア以外の誰かが私に勝てば、全員、好きな魔方陣を通してあげる。
でも負ければ……ノア以外の全員には死んでもらうわ』
「ノアだけずりーぞ」
あっちのほうで、サボテンを観察していたマリル兄ちゃんが、ヤジを飛ばしてくる。
『どのみち、ノアは殺そうったって捕まらないもの。
別にあなたも、逃げられるなら逃げてもいいのよ?』
流し目を送られて、マリル兄ちゃんは、どうせ殺されるなら、色っぽいねーちゃんに、ってのも一興か?などとつぶやいている。
「じゃあ、テリテおばさんとでいいかな?
オイラと違ってパワーファイターだよ」
テリテおばさんには連戦で悪いけど、ご隠居や満月先生に戦ってもらうわけにもいかないし。
っていうか、テリテおばさんは強いって言ってたけど、満月先生が戦うとこなんて、子どもの頃以来、見たことがない。
見た目は真ん丸なタヌキだし。
「ああ、話はついたかい?
ここらはうちのへんより寒いね。
砂漠だってのに。
砂漠ってのは炎天下だと思ってたんだけどねぇ。
眠くってしょうがないんだ、さっさと終わらせちまおう」
テリテおばさんは熊の獣人。
熊の獣人は、普通、寒くなると冬眠する。
けれど女の人は比較的動けるそうで、テリテおばさんも冬の出稼ぎなんかしているけど、寒くなると眠くなるのはどうしようもないそうだ。
それを知らないセルケトは、バカにされたように思ったのだろう。
青筋を立てて、サソリのしっぽがゆらりと持ち上がる。
『へぇ、いい度胸じゃない。
私を前にして、眠いですって!?』
剣呑な空気に、セルケトの足元にいた眷族のサソリたちが、ずざざざっと岩陰に退避する。
それに合わせて、オイラもユーリとカウラをひっつかんで退避した。
「へぶしっ」
テリテおばさんの豪快なくしゃみが戦いの合図になった。
戦闘モードになったセルケトの周りには、微弱な毒の風が渦巻いている。
それを吸い込んだんだろうけれど、テリテおばさんにはあまり効いていないようだ。
セルケトの本命の毒は、サソリの尾。
それ以外にも、爪やサソリの足に引っかかれただけでも麻痺毒がまわる。
パワー形のテリテおばさんと、セルケトは相性が悪いように……見えた。
『きゃああっっっ』
脚の多さを生かし、速さで攻めるセルケトの無数の攻撃を、一見ゆっくりに見えるほど無造作にかわし、テリテおばさんがセルケトのサソリの尾をむんずっとつかんだ。
セルケトの尾の毒も、マンティコアと同じ、針に触れなければ毒は回らない。
そのままぐわんっぐわんっと振り回し、遠心力に任せてポイっと離した。
確かに、あらかじめ、殺さないで、とはお願いしてあったし、友だちだって言ってあったから、岩とかに叩きつけるのは勘弁してくれたのかも知れない。
しかし勢いそのままに砂地に激突したセルケトは、砂煙を巻き上げながら数十メートルスライディングし、巨大なクレーターを作り上げた。
何とか立ち上がりはしたものの、茫然とした表情で眠そうなテリテおばさんを見つめる。
『のっ、ノア。
どこがパワーファイターなのよっ、速いじゃないっ!
何者なの、あの人!?
ホントに人間?』
「うちのお隣りのテリテおばさんだよ」
『隣りんちのおばさんっ!?』
「本業は農家で、今は冬の出稼ぎに行く途中」
『あは、ははっ』
セルケトが引きつった笑いを浮かべる。
『どーなってるのっ、この国の農家はっ!?』
「神サマにそんなこと言われるなんてなー」
「まあ、母ちゃんだし」
「なんまんだぶなんまんだぶ」
相変わらず、ご隠居がテリテおばさんを拝んでいるけれども。
「あ、ここはソイ王国で、テリテおばさんちはデントコーン王国だから、この国の農家じゃないかな?」
オイラの言葉に、眠そうなテリテおばさんがコテンと首をかしげる。
「そういえばここはどこなんだい?」
「ソイ王国にある、『風の大砂漠』だよ」
「おや、ソイミールを通り越しちまったねぇ。
むしろデントコーンの王都からより遠いんじゃないかい?」
「今んとこそうだねぇ。
『風の大砂漠』は、ソイ王国の中でも西寄りだから」
「じゃあこれは……密入国かい?」
テリテおばさんの言葉に、ユーリとカウラが騒ぎ出す。
王子と王女である彼らのこと、法を破るなんて思ったこともないんだろう。
「大丈夫だよ。
またすぐ転移の魔方陣をくぐって、デントコーン王国に戻るから」
ね?とセルケトを見ると、しぶしぶとうなずく。
『仕方ないわね。
どうにも、そのお隣りのオバサンのほうが、私より強いみたいだし。
でも、私だって負けたわけじゃないんだからねっ!?
次に来るときは覚えてなさいよっ!
とっときの毒を調合して待ってるんだからっ』
毒を使う、とか言っちゃってる時点で、どうなんだろう。
ツンデレ発言にしか聞こえないのはオイラだけだろうか。
「ところで、さっき、好きな魔方陣、とか言っていたようだけど、どういうことかな?
ここにはヘカトンケイルの魔方陣からつながっている魔方陣だけでなく、他の魔方陣ともつながっている魔方陣もある、と聞こえるね」
冷静な満月先生が顎をつまんで辺りを見回している。
「そうだよ。
セルケトは優秀だから。
全部で4つの魔方陣の守りを兼ねてるんだ」
オイラの解説に、セルケトが目に見えてでれっとする。
『やだなー、優秀だなんて。
そんな褒めても何もでないぞ、こんにゃろー』
照れてくねくねしているところは、かわいいを通りこしてちょっと気持ち悪い。
でも褒めておいて損はないので、もうちょっと褒める。
「お世辞じゃないよ。
事実、4つもの魔方陣の守りを兼ねてるなんて、他に知らないし。
セルケトには優秀な眷族もいっぱいいるしねー」
サソリたちが退避していた岩陰からザワザワと出てきている。
それが、端からぽぽぽっと仄かに赤くなる。
……サソリにそういう機能はなかったはずだけど。
まあ、セルケトの眷族だし。
「普段は砂に埋もれちゃうから、セルケトに案内してもらわないとまずたどり着けないよね。
だから、あえてテリテおばさんに戦ってもらった、ってのもある」
『まあ、最初に、うっかりノアと賭けをしちゃったのが失敗の元よねー。
おかげで、何回か繰り返す内に、他の魔方陣の場所も全部知られちゃったしー。
あげくにこんな大人数、通す羽目になっちゃうしー』
実を言うと、オイラだけなら、だいだいの場所の記憶と臭いを頼りに、ピンポイントで魔方陣を踏めたりする。
ただ、場所が砂漠だけに、魔方陣の上に厚く砂が積もっていたりすると、踏んだだけじゃ魔方陣は作動しないし、砂をどけている間にセルケトの攻撃をくらったりする。
だから今回は、セルケトの好きそうなお土産をチョイスしてきた。
テリテおばさんなら勝てると思ってたけど、うまくいって万々歳だ。
「まあまあ、セルケト。
オイラはセルケトと戦えて楽しいし。
これからもちょくちょく来るから、よろしくね。
で、通りたいのは、『霧の森』への魔方陣なんだ」
「『霧の森』!?
デントコーン王国の中でも南東方面だよ?
ちっともソイミールに近づかないじゃないか!」
ユーリが美しいまなじりを吊り上げる。
「まあまあ、転移の魔方陣というのは、目的地に直結しとるもんじゃないらしいからのぉ。
ノアちゃんにも考えがあるんじゃろうて」
ご隠居が僕につかみかかろうとしていたユーリの首根っこをつかみ、ひょいと摘み上げてなだめてくれる。
こうやってみると、確かにご隠居は強いのかも知れない。
レベル40のユーリを子猫みたいに扱えるんだから。
なんで古道具屋のご隠居に、強さが必要なのか知らないけど。
ひょっとしたらご隠居も、出稼ぎで冒険者とかやっていたりしたんだろうか?
『『霧の森』ならこっちよ。
あっちの守りも強いから、気を付けて……って、大丈夫よね』
セルケトが案内してくれつつ、テリテおばさんを見て首をふっている。
小声で、私も鍛え直さなきゃー、とかつぶやいてるのが聞こえる。
次に来るときには、こっちも気合入れ直さないとまずいかな?
「じゃ、セルケト、いろいろありがとね。
……せぇーのっ」
魔方陣を踏むと、淡い赤い輝きと共に、手を振ってくれているセルケトの笑顔が薄くなる。
そして次の瞬間。
「なにここ!?
ぜんぜんまったく何にも見えないじゃん!」
ユーリの不満げな声が響く。
すぐ脇にいるはずの、そんなユーリの顔すらもがうっすらとしか見えない。
「目が変になったのかな?
真っ白だ」
手を伸ばして目の前をかき分けようとするカウラの、指の描く筋までもが見えるようだ。
ここは『霧の森』。
その中でも最奥、最も霧の深いエリアだ。
隣の人間の顔も見えないような真っ白い闇。
来たことのないユーリとカウラがビックリするのももっともだ。
けど。
何か忘れてやしないだろうか。
どっがぁぁああんんっっっ!
すぐ近くで轟音が響き、霧が渦巻く。
「おや、ちょっとやり過ぎちまったかねぇ?」
テリテおばさんの呑気な声が響く。
砂漠にいたときよりずいぶん元気だ。
そういえば、湿度のせいか、『霧の森』のほうがかなり暖かく感じる。
「なっ、なにが……?
ユーリ、分かる?」
「……!」
視界をあきらめ、魔力探知に切り替えたらしいユーリが、息を飲む。
「あっちの木の下で伸びてるの……
ニーズヘッグだ。
眠り竜とも呼ばれる、亜竜だよっ!?」
ニーズヘッグは、視力が極端に低い。
だからこそ、熱感知を発達させ、この視界の利かない『霧の森』の中にも順応し、最強の存在となっていたんだけれど……
「亜竜の肉ってうまいのかなっ?」
「だから魔方陣の守りを食おうとするんじゃないって」
テリテおばさんとマリル兄ちゃんには、関係なかったようだ。
後書き
牛雑学・牛は基本的におバカ。でも、人を見分けて、『この人はエサくれないからねだってもムダ』『この人はエサくれる人だー!ちょうだいちょうだーい』といった鳴き分けをする。私が牛舎でうかつにしゃべると、子牛の大合唱が巻き起こる。近所迷惑。ただ、この前同性のヘルパーさんが「おはようございます!」と言ったら鳴いてた。やっぱりおバカ。
「ええっ!?」
「セルケトは毒の研究家なんだよ。
趣味は毒物の摂取」
サソリの下半身を持つだけあって、セルケトは毒のエキスパートだ。
『ありがとう、ノア。
今まで味わったことのない甘露だったわ。
お礼に、そうね。
ノア以外の誰かが、私と戦うので許してあげる。
ノア以外の誰かが私に勝てば、全員、好きな魔方陣を通してあげる。
でも負ければ……ノア以外の全員には死んでもらうわ』
「ノアだけずりーぞ」
あっちのほうで、サボテンを観察していたマリル兄ちゃんが、ヤジを飛ばしてくる。
『どのみち、ノアは殺そうったって捕まらないもの。
別にあなたも、逃げられるなら逃げてもいいのよ?』
流し目を送られて、マリル兄ちゃんは、どうせ殺されるなら、色っぽいねーちゃんに、ってのも一興か?などとつぶやいている。
「じゃあ、テリテおばさんとでいいかな?
オイラと違ってパワーファイターだよ」
テリテおばさんには連戦で悪いけど、ご隠居や満月先生に戦ってもらうわけにもいかないし。
っていうか、テリテおばさんは強いって言ってたけど、満月先生が戦うとこなんて、子どもの頃以来、見たことがない。
見た目は真ん丸なタヌキだし。
「ああ、話はついたかい?
ここらはうちのへんより寒いね。
砂漠だってのに。
砂漠ってのは炎天下だと思ってたんだけどねぇ。
眠くってしょうがないんだ、さっさと終わらせちまおう」
テリテおばさんは熊の獣人。
熊の獣人は、普通、寒くなると冬眠する。
けれど女の人は比較的動けるそうで、テリテおばさんも冬の出稼ぎなんかしているけど、寒くなると眠くなるのはどうしようもないそうだ。
それを知らないセルケトは、バカにされたように思ったのだろう。
青筋を立てて、サソリのしっぽがゆらりと持ち上がる。
『へぇ、いい度胸じゃない。
私を前にして、眠いですって!?』
剣呑な空気に、セルケトの足元にいた眷族のサソリたちが、ずざざざっと岩陰に退避する。
それに合わせて、オイラもユーリとカウラをひっつかんで退避した。
「へぶしっ」
テリテおばさんの豪快なくしゃみが戦いの合図になった。
戦闘モードになったセルケトの周りには、微弱な毒の風が渦巻いている。
それを吸い込んだんだろうけれど、テリテおばさんにはあまり効いていないようだ。
セルケトの本命の毒は、サソリの尾。
それ以外にも、爪やサソリの足に引っかかれただけでも麻痺毒がまわる。
パワー形のテリテおばさんと、セルケトは相性が悪いように……見えた。
『きゃああっっっ』
脚の多さを生かし、速さで攻めるセルケトの無数の攻撃を、一見ゆっくりに見えるほど無造作にかわし、テリテおばさんがセルケトのサソリの尾をむんずっとつかんだ。
セルケトの尾の毒も、マンティコアと同じ、針に触れなければ毒は回らない。
そのままぐわんっぐわんっと振り回し、遠心力に任せてポイっと離した。
確かに、あらかじめ、殺さないで、とはお願いしてあったし、友だちだって言ってあったから、岩とかに叩きつけるのは勘弁してくれたのかも知れない。
しかし勢いそのままに砂地に激突したセルケトは、砂煙を巻き上げながら数十メートルスライディングし、巨大なクレーターを作り上げた。
何とか立ち上がりはしたものの、茫然とした表情で眠そうなテリテおばさんを見つめる。
『のっ、ノア。
どこがパワーファイターなのよっ、速いじゃないっ!
何者なの、あの人!?
ホントに人間?』
「うちのお隣りのテリテおばさんだよ」
『隣りんちのおばさんっ!?』
「本業は農家で、今は冬の出稼ぎに行く途中」
『あは、ははっ』
セルケトが引きつった笑いを浮かべる。
『どーなってるのっ、この国の農家はっ!?』
「神サマにそんなこと言われるなんてなー」
「まあ、母ちゃんだし」
「なんまんだぶなんまんだぶ」
相変わらず、ご隠居がテリテおばさんを拝んでいるけれども。
「あ、ここはソイ王国で、テリテおばさんちはデントコーン王国だから、この国の農家じゃないかな?」
オイラの言葉に、眠そうなテリテおばさんがコテンと首をかしげる。
「そういえばここはどこなんだい?」
「ソイ王国にある、『風の大砂漠』だよ」
「おや、ソイミールを通り越しちまったねぇ。
むしろデントコーンの王都からより遠いんじゃないかい?」
「今んとこそうだねぇ。
『風の大砂漠』は、ソイ王国の中でも西寄りだから」
「じゃあこれは……密入国かい?」
テリテおばさんの言葉に、ユーリとカウラが騒ぎ出す。
王子と王女である彼らのこと、法を破るなんて思ったこともないんだろう。
「大丈夫だよ。
またすぐ転移の魔方陣をくぐって、デントコーン王国に戻るから」
ね?とセルケトを見ると、しぶしぶとうなずく。
『仕方ないわね。
どうにも、そのお隣りのオバサンのほうが、私より強いみたいだし。
でも、私だって負けたわけじゃないんだからねっ!?
次に来るときは覚えてなさいよっ!
とっときの毒を調合して待ってるんだからっ』
毒を使う、とか言っちゃってる時点で、どうなんだろう。
ツンデレ発言にしか聞こえないのはオイラだけだろうか。
「ところで、さっき、好きな魔方陣、とか言っていたようだけど、どういうことかな?
ここにはヘカトンケイルの魔方陣からつながっている魔方陣だけでなく、他の魔方陣ともつながっている魔方陣もある、と聞こえるね」
冷静な満月先生が顎をつまんで辺りを見回している。
「そうだよ。
セルケトは優秀だから。
全部で4つの魔方陣の守りを兼ねてるんだ」
オイラの解説に、セルケトが目に見えてでれっとする。
『やだなー、優秀だなんて。
そんな褒めても何もでないぞ、こんにゃろー』
照れてくねくねしているところは、かわいいを通りこしてちょっと気持ち悪い。
でも褒めておいて損はないので、もうちょっと褒める。
「お世辞じゃないよ。
事実、4つもの魔方陣の守りを兼ねてるなんて、他に知らないし。
セルケトには優秀な眷族もいっぱいいるしねー」
サソリたちが退避していた岩陰からザワザワと出てきている。
それが、端からぽぽぽっと仄かに赤くなる。
……サソリにそういう機能はなかったはずだけど。
まあ、セルケトの眷族だし。
「普段は砂に埋もれちゃうから、セルケトに案内してもらわないとまずたどり着けないよね。
だから、あえてテリテおばさんに戦ってもらった、ってのもある」
『まあ、最初に、うっかりノアと賭けをしちゃったのが失敗の元よねー。
おかげで、何回か繰り返す内に、他の魔方陣の場所も全部知られちゃったしー。
あげくにこんな大人数、通す羽目になっちゃうしー』
実を言うと、オイラだけなら、だいだいの場所の記憶と臭いを頼りに、ピンポイントで魔方陣を踏めたりする。
ただ、場所が砂漠だけに、魔方陣の上に厚く砂が積もっていたりすると、踏んだだけじゃ魔方陣は作動しないし、砂をどけている間にセルケトの攻撃をくらったりする。
だから今回は、セルケトの好きそうなお土産をチョイスしてきた。
テリテおばさんなら勝てると思ってたけど、うまくいって万々歳だ。
「まあまあ、セルケト。
オイラはセルケトと戦えて楽しいし。
これからもちょくちょく来るから、よろしくね。
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「『霧の森』!?
デントコーン王国の中でも南東方面だよ?
ちっともソイミールに近づかないじゃないか!」
ユーリが美しいまなじりを吊り上げる。
「まあまあ、転移の魔方陣というのは、目的地に直結しとるもんじゃないらしいからのぉ。
ノアちゃんにも考えがあるんじゃろうて」
ご隠居が僕につかみかかろうとしていたユーリの首根っこをつかみ、ひょいと摘み上げてなだめてくれる。
こうやってみると、確かにご隠居は強いのかも知れない。
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ひょっとしたらご隠居も、出稼ぎで冒険者とかやっていたりしたんだろうか?
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あっちの守りも強いから、気を付けて……って、大丈夫よね』
セルケトが案内してくれつつ、テリテおばさんを見て首をふっている。
小声で、私も鍛え直さなきゃー、とかつぶやいてるのが聞こえる。
次に来るときには、こっちも気合入れ直さないとまずいかな?
「じゃ、セルケト、いろいろありがとね。
……せぇーのっ」
魔方陣を踏むと、淡い赤い輝きと共に、手を振ってくれているセルケトの笑顔が薄くなる。
そして次の瞬間。
「なにここ!?
ぜんぜんまったく何にも見えないじゃん!」
ユーリの不満げな声が響く。
すぐ脇にいるはずの、そんなユーリの顔すらもがうっすらとしか見えない。
「目が変になったのかな?
真っ白だ」
手を伸ばして目の前をかき分けようとするカウラの、指の描く筋までもが見えるようだ。
ここは『霧の森』。
その中でも最奥、最も霧の深いエリアだ。
隣の人間の顔も見えないような真っ白い闇。
来たことのないユーリとカウラがビックリするのももっともだ。
けど。
何か忘れてやしないだろうか。
どっがぁぁああんんっっっ!
すぐ近くで轟音が響き、霧が渦巻く。
「おや、ちょっとやり過ぎちまったかねぇ?」
テリテおばさんの呑気な声が響く。
砂漠にいたときよりずいぶん元気だ。
そういえば、湿度のせいか、『霧の森』のほうがかなり暖かく感じる。
「なっ、なにが……?
ユーリ、分かる?」
「……!」
視界をあきらめ、魔力探知に切り替えたらしいユーリが、息を飲む。
「あっちの木の下で伸びてるの……
ニーズヘッグだ。
眠り竜とも呼ばれる、亜竜だよっ!?」
ニーズヘッグは、視力が極端に低い。
だからこそ、熱感知を発達させ、この視界の利かない『霧の森』の中にも順応し、最強の存在となっていたんだけれど……
「亜竜の肉ってうまいのかなっ?」
「だから魔方陣の守りを食おうとするんじゃないって」
テリテおばさんとマリル兄ちゃんには、関係なかったようだ。
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牛雑学・牛は基本的におバカ。でも、人を見分けて、『この人はエサくれないからねだってもムダ』『この人はエサくれる人だー!ちょうだいちょうだーい』といった鳴き分けをする。私が牛舎でうかつにしゃべると、子牛の大合唱が巻き起こる。近所迷惑。ただ、この前同性のヘルパーさんが「おはようございます!」と言ったら鳴いてた。やっぱりおバカ。
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