レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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番外編1

鍛冶見習い番外編・お正月SS

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※本編は春の終わりですが、お正月特別編です


「あー、やっぱりノアの作る雑煮は格別だなぁ」

「ダシがいいからね。
 テリテおばさんの作るお汁粉だって美味しいじゃない?」

「うちにいると、正月っぱらから、母ちゃんに使われまくるんだよ……」

 なんだかんだ理由をつけては、となりのマリル兄ちゃんは、毎年、お正月じゅううちで管を巻いている。
 雑煮が美味しい、って言ってくれるのはうれしいけど、モチだって野菜だってテリテおばさんちのだもの、ダシくらいしか違いはないはずだ。

 冬の農閑期は出稼ぎに出ているテリテおばさんも、大晦日とお正月だけは、家族(主にマークスおじさん)と過ごしに帰ってくる。
 久しぶりに会うテリテおばさんとマークスおじさんは傍目にもラブラブで、年頃の息子としては気まずいのかも知れない。

「たのもーー」

「ノアしゃん、いるかーい?」

 そこに、玄関から声がした。

「あれ、婆ちゃんたち。
 あけましておめでとうございます?
 どうしたの、珍しいね」

 玄関にいたのは、ルル婆とララ婆だった。
 母ちゃんが生きていたころは、よくうちで新年会をしていたらしいけれど、お正月に婆ちゃんたちがやってくるのはかなり久しぶりだった。
 って、問題なのはそこじゃない。
 まるで道場破りのような、ララ婆の格好だ。
 何故にこの寒空に、袖のちぎれた道着?
 付けひげ?
 背負った『七つ道具』って書かれた四角いカバンは何なのかな?

「明けましておめでとう、ノアしゃん。
 これ、お年玉」

「あ、ありがとう。
 とりあえず、あがって、雑煮でも食べる?」

 さっきまでマリル兄ちゃんと入っていたこたつには、既に酔いつぶれた父ちゃんが転がっている。
 ついでに、父ちゃんが面白づくに酒をなめさせた、黒モフとタヌキまで転がっていた。

「今回は、お願いがあって来たんだよ、ノアしゃん」

「またララがね、悪いクセを出して」

 勢い込んで言うララ婆と、仕方なさそうに首をすくめるルル婆。

「?」

「ノアしゃんの、『秘密の倉庫』。
 しょの錠
じょう
を、ぜひともあたしゃに開けさせとくれっ」

「はい?
 婆ちゃんたちなら、好きに入ってくれていいよ?」

「違うんだよ!
 言っただろ、あたしゃにしたって、あのレベルのカギを見たのは、これで二回目。
 一回目は、とある大きな寺の秘仏を納めた宝物殿だった。
 代々の住職一人だけが開けることが出来て、百年に一度だけの御開帳で一日だけ公開しゃれる仏像を守る鉄壁の錠だ。
 いくらあたしゃでも、腕試しに開けしゃしぇてくれ、と言うわけにはいかなかったのしゃ。
 しょれが!
 ましゃかあんなとこでお目にかかるとは。
 あんな見事な錠前を目の前にしといて、『大盗賊』が試しゃずにおれるか、ってんだい。
 前回は、急なことでろくな道具もなかったから諦めたが。
 今回は準備万端整えたからねっ」

「……。
 つまり、腕試しに、うちの倉庫のカギを開けてみたい、ってこと?」

「ララの病気みたいなものしゃね。
 自分が開けたことのない錠前を見ると、開けてみたくて居ても立っても居られなくなるんじゃ。
 しょのために、わざわざソイ王国から、ここまで来るんじゃから」

「ちゃんと元に戻るように開ける!
 壊しゃないから、ねっ、ねっ?」

「いやまあ、別にいいけど?」

「やっぱりダメかい……
 って、え?
 いいのかいっ!?」

 食いつかんばかりの勢いで、ララ婆がオイラににじり寄る。

「え、いいよ?」

「やったー!
 じゃあ、しゃっしょく行くよ!
 ルル!
 こいつぁ春から縁起がいいよっ」

 ルンルンとスキップしながら倉庫に向かうララ婆の後を、オイラとルル婆が付いて行く。

「いいのかい、本当に?
 いくら中身を盗む気がない、って言っても、特殊な錠であればあるほど、持ち主は盗賊稼業のもんに見しぇるのを嫌がるからねぇ。
 いくら名の売れた『大盗賊』にだって、まっとうなカギ以外で開けられちゃあ、安心して同じ錠前を使っていられない、ってね」

「いやだから、婆ちゃんたちなら、いつ好きに入ってくれてもいいんだ、って。
 エスティからもらったのだから、壊れちゃうとちょっと困るけど。
 ところで、『盗賊』って、スキルでカギを開けるんじゃないの?」

「ダンジョンの宝箱なんかはしょうだね。
 ダンジョンの難易度が高ければ高いほど、奥へ行けば行くほど、宝箱を開けるには高い『開錠』のスキルレベルがいる。
 無理にこじ開けると、大抵、宝箱に仕込まれた罠なんかに引っかかるからね。
 けど、ノアしゃんの倉庫とか。
 大昔の遺跡とか、はぐれ竜の棲み処とか。
 後は普通のドロボーが盗みに入った先の金庫とか。
 ダンジョンの外にある錠前には、スキルのほかに、技術が必要なんだよ。
 ララは、しょっちの技術も天下一品でね」

 ルル婆と話しながら歩いていると、向こうからテリテおばさんがやってきた。

「ノアちゃん!
 うちのマリル知らないかい?
 牛のお産が始まってるっていうに、どこほっつき歩ってるっていうんだか」

「マリル兄ちゃんなら、うちのこたつで雑煮食べてたよ?」

「やっぱりかい!
 まったく、マーリールーーー!」

 思わず足を止めて、オイラとルル婆はテリテおばさんの行く末を見守る。
 すると、うちの中から、

「げっ、母ちゃん!」

「こら、逃げるんじゃないっ!
 シュガーが初めてのお産なんだよっ!?
 そんな手でも猫よりゃましだ、とっととおいでっ」

「正月の一日から、何の因果で羊水まみれのドロドロになりたいっつーんだよっ」

「牛のお産に正月なんぞ関係あるかいっ。
 赤ん坊の前足が片足しか出てこないんだよっ。
 早く獣医のテラ先生呼んどいでっ」

「なっ、早く言えよっ!
 シュガーが生きるか死ぬかの大ごとじゃねーかっ」

 ドッタンバッタンと、マリル兄ちゃんが転がり出て来た。

「おう、ノア。
 雑煮ごっつぉさん!
 またなぁぁ」

 手を振りながら、あっという間に走り去って行った。

「ああ、ノアちゃん。
 マリルがいつもごめんねぇ」

「いいんだよ、テリテおばさん。
 今度オイラも、テリテおばさんのお汁粉ごちそうになりに行くね」

「ああ、待ってるよ。
 お汁粉は二日寝かせたくらいが美味しいからね」

 笑顔で手を振りながら、テリテおばさんは牛舎方面へ帰っていった。

「農家は農家で大変じゃね」

「最強の農家でも、お産は思うようにならないんだねぇ」

 ルル婆と一緒に秘密の倉庫の中に入ると。
 地面に、『盗賊七つ道具』を広げ、エスティからもらった錠前に、針金のようなものを二本差し込んで、難しい顔をしているララ婆がいた。

「んーむ、こりゃあ、他の錠前とは根本的に違うねぇ」

「そもそもそれ、カギないからね」

「へっ!?」

 愕然とした表情で、ルル婆が振り返った。

「あれ?
 見てなかった?
 この前、オイラがカギ開けたとこ?」

「……個人識別機能。
 しょうか、つまり!
 この錠前の形はフェイク、鍵穴もフェイク!
 ノアしゃんの、指紋とか体温とか手の形とか……?
 いや、しょんなもの、同じような人間がいないとも限らない」

「それね。
 カギが開いてるときに触ると登録できるから。
 終わったら、婆ちゃんたちも登録しとく?」

「しょれだ!」

「どれ?」

「魔力だよ!
 魔力のパターンだ!
 魔力なら千差万別、同じものは二つとしてない!
 個人を識別しゅるにゃ、またとない材料だ」

 興奮して叫ぶララ婆に、ルル婆の冷静なツッコミが入る。

「で?
 ノアしゃんの魔力のパターンを、再現することは出来るのかい?」

「ふ、ふふふふふふふ……」

「ララ婆?」

「『盗賊』スキルの中で、使い道が全く分からなくて、今までほっぽっといた開かずの扉が、今開くよ!
 『魔力解析』からの!
 『魔力波再生』!
 スキルポイント取っといて良かったよ!」

 勝ち誇った表情をしたルル婆が、淡く真珠色に光る右手でオイラに触れ、ついで、魔法の錠前に触れた。

 ガチャッ。

「ついにっ、ついに開いたよぉおおおおっっっ」

 ガッツポーズを決めて、魔法の錠前を外したルル婆が、満面の笑みで秘密の倉庫の扉を開く。

「……。
 竜の骨でダシを取るな、って言っただろうにぃぃぃぃぃっっ」

 あ、母屋だと場所とるから、って、倉庫で雑煮のダシ取ってたの、忘れてた。




作者後書
昨夜、子牛がうまれました。ホルスタインのオスです。うちにはの残らない子だけれど、元気に育ってもらいたいものです。これで、年末年始で産まれた子牛は四頭になりました。
牛雑学➂・人間の赤ちゃんは頭から産まれるけれど、牛の赤ちゃんは前足から生まれる。
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