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異世界畜産09・ガウチョ?➁
しおりを挟む前回のあらすじ・桜は冒険者登録することにした。
「それじゃあ、このレベル判定の魔道具の上に手を置いてくれ」
目の前のローテーブルの上に差し出された白い石板の上に、ギルマスが20本の蝋燭を並べた。
レベル判定の魔道具というのは、レベルを熱に変換して示すもので、溶けた蝋燭の数が今の僕のレベルらしい。
ちょうど僕の真ん前に、手のひらの形のくぼみがあって、僕はそこに手を乗せる。
「こりゃあ……」
くたっ、とゆっくり倒れた蝋燭の数は一本。
どう見てもこれは、レベル1。
異世界に来たっていったら、チートとまでは高望みしないけど、何かの恩恵があっても良さそうなものなのに。
この世界に来てから、まだ何にもしてないから、当たり前っていえば当たり前なのかもしれないけど、なんだか僕の今までの人生を否定されたような気さえする。
眉尻を下げて泣きそうな顔をしている僕に、ギルマスも困ったように首を振った。
「レベル1かぁ……。
普通、お前さんくらいの年ならレベル3はあるもんなんだが。
どんな箱入りだっつぅんだ。
悪いが規定でな、レベル5以下の人間は、冒険者登録不可なんだ」
「えっ?」
冒険者登録が出来ないとなると、冒険者の仕事が出来ない。
冒険者ギルドにお金を預けることができない。
異世界転移の定番といえば冒険者、戦闘能力がなくて戦うのが怖くても、素材採集とか薬草摘みとか、何某かの収入減があるはずだった。
シルダール王子に売った音楽の値段が、日本円に換算してどれくらいの価値になるのかは分からないけれど……日本に戻る方法が見つかるまで、僕とフクちゃん二人が暮らしていくのに充分な金額とは思えない。
ホテルか宿屋住まいだとしたら、大体1日一万円、一か月で三十万、一年だったら三百六十万、その他に食費。僕たちはこの世界のものを何も持ってないし、服だって日用品だって買わなきゃならない。
レベル1ってことは、モンスターとかがいたとしても僕が戦うなんてできっこないし、旅をするなら護衛だって必要だろう。
冒険者っていうとパーティってイメージがあるし、何人もに何日もボディーガードしてもらうなんて、いったい幾らかかるのか……。
ひょっとしたら、その間の食費とか宿代も雇い主持ちなのかもしれない。
走馬灯のように次々と『お金が必要な場面』が浮かんできて、僕は思わず頭を抱えた。
「デントコーン王国にゃあ、通称『始まりの洞窟』ってのがあってな、例えレベル1でも比較的安全にレベルアップできるし、最近じゃあその他にも低レベル向けのダンジョンが発見されてるなんて噂も聞くが……。
生憎、この国にあるのは中級ダンジョンか、割と危険な魔物の領域ばっかりでな。
新人冒険者へのサポート体制が不十分なんだ。
だが、冒険者ギルドカードは魔物の領域への通行許可証も兼ねているから、レベル5以下の人間には安易に発行できねぇ。
ひよこの死刑執行書にサインしてやるようなもんだからな」
慰めるように頭をわしゃわしゃと撫でられても、ちっとも気分が浮上してこない。
つまり、レベル1の僕には、冒険者になるのは無理だって言われているわけで。
「一回特例を作っちまうと、それこそ孤児どもがこぞって冒険者登録しに来ちまうからなぁ。
それに、特例ってなぁ目立つ。
お前さんは避けた方が無難だろうよ」
「ちょっと待ってください。
それじゃあ、その孤児とか……冒険者になる人は、どうやってレベル6までレベルを上げればいいって言うんですか?
まさか、生まれつきとか?」
僕の問いに、ギルマスが目をパチパチと瞬いた。
大きなしっぽまでもが、地面をなでるようにゆっくりふぁさっと動いた。
これは……やらかした?
この世界の人には、常識すぎる質問だっただろうか?
でも、僕が異世界から来たって知られたくないのはシルダール王子であって、僕じゃないような気もするし?
「坊主が箱入りだってのは再認識した。
一から説明するぞ。
人間、誰しも生まれたときはレベル1だ。
これは変わらねぇ。
そして、レベル1からレベル2になるのに必要な経験値、その量も変わらねぇと言われている。
まぁ、何をして幾つ経験値が入ったか、レベルアップまで残りいくつか、なんてものが目に見えて分からねぇ以上、確認のしようもねぇが。
で、経験値を得る方法だが、坊主は魔獣と戦うことでしか経験値は入手出来ねぇと思ってるのか?」
言われて、僕は首をかしげた。
大抵のゲームがそうだから、そう思ってたけど……?
頷いた僕に、ギルマスはハァとため息をついた。
「それじゃあ、町にいる大抵の人間はレベル1か?
魔獣ってなぁ普通、『魔物の領域』にしかいねぇ。
『魔物の領域』に入れるのは冒険者だけだ。
冒険者になれるのはレベル6以上必要。
結論は?」
「あれ?
誰も冒険者になれない?」
さらに首を傾げた僕に、ギルマスは苦笑する。
「普通の仕事をしてたって経験値は入る。
荷運びをしたって靴磨きをしたって経験にはなるからな。
職人ならレベル5~12、客商売ならレベル3~10が相場ってとこか。
ただ、日常生活をして入る経験値ってなぁ微々たるもんだ。
成人するまで働く必要のなかったお坊ちゃんなら、まあ、レベル1でもおかしかねぇやな」
確かに、僕はまだ高校生だったし、仕事といえば紋次郎伯父さんちの手伝いにアルバイトくらいしかしたことがなかった。でもなんだか釈然としない。
ただ、この国の子どもの労働環境がどんなものなのかは知らないけれど、生きるために働くことを余儀なくされる環境なのだとしたら、一般的な日本人である僕が、箱入りと言われるのも仕方ないかとも思う。
「客商売より職人のレベルが高いのは、危険が多い、命を懸けた仕事のほうが入る経験値が多い、と言われてるからだな。
そんなわけで、一般人より冒険者や兵士のレベルのほうが高い傾向にある。
冒険者はレベル6が新人、20で一人前、40でベテランてとこか。
兵士は高くてレベル20ってとこだが、こりゃまあ、あくまで人間相手の商売だからな。魔獣相手よりゃ命の危険は少ねぇってことなんだろう」
命の危険を乗り越えると強くなる?
なんだか、某戦闘民族みたいな。
じゃあ、わざと死にそうになってレベルアップ、とかいう裏技も使えるかな?
あれは、仙人の豆とかないと無理?
「レベルアップしたことのない箱入り坊主に一応付け加えてやるが、レベルアップすると、1レベルに1ポイント、スキルポイントというものが手に入る。
種族の特性にもよるが、そのスキルポイントを振り分けることで、例えば筋力を大幅にアップさせたり、攻撃力をアップさせたり、防御力をアップさせたりもできるな。
そのスキルボードは本人にしか見えねぇから、坊主がどんなスキルを取れるのか俺にも分からねぇが……
鹿系なら、魔法も取れるんじゃねぇかと思う」
「魔法ですか!?」
僕の興奮した声に、ギルマスは微笑ましそうに頷いた。
魔法ってのは、冒険者を目指す若者の共通の憧れなのかもしれない。
魔道具があったり、異世界から人間を召喚する魔法使いっぽい人がいたりする世界なんだもの、きっとあるだろうとは思っていたけど、やっぱりあるんだ。
「草食系の種族は魔法寄りのスキルボードであることが多い。
肉食系は、剣とか槍とか、肉弾戦寄りが多いな」
アリクイ……って、肉食になるのかな?
細面のアリクイの印象とは程遠い、筋骨隆々としたギルマスを見てそう思う。
って、あれ?
僕は鹿じゃなくて辰の獣人。
辰って……草食?
何食べてるの!?
雲とか霞とかだったら……最悪、この世界で僕
とフクちゃん
だけスキルが取れない、とかいうオチはないよね!?
「なんだか顔色がくるくる変わってて見てる分にゃ面白ぇが……
レベルの必要性は分かったか?
レベル1とレベル6にゃあ雲泥の差があるんだ。
例えどんなに体を鍛えてたって、レベル5分を『腕力』スキルに振ってる人間にゃあ、スキル無しは逆立ちしたって勝てねぇのよ」
そこで、ふと思った。
「レベル5分?
レベル1には、スキルポイントはないんですか?」
さっきから、口の中で小さく『スキルボード』とか言ってみてもサッパリ見えない。
レベル判定の魔道具みたいに、スキルボードを見る魔道具でもあるんだろうか?
「大抵の人間はな、赤ん坊の内に無意識に『生命力強化』にスキルポイントを振っちまってるから、レベル1でスキルポイントを持ってる奴はいねぇな。
スキルポイントに余剰がある場合だけ、スキルボードは見ることが出来る。
お前さんもレベルが上がったら見てみりゃあいいさ」
なるほど。
赤ん坊の内に……って、僕やフクちゃんは赤ん坊の頃、この世界にいなかったはずなんだけど?
スキルボードが見られないってことは、召喚のとき、無意識に使っちゃったのかな?
何か有用なものだといいんだけど。
体の調子からしても、日本にいたときとさほど変わっているようには思えないし、『生命力強化』ではない気がする。
「もっと豊かな国や温暖な国で、子どもが生きやすい環境だと、レベル1でもスキルポイントが残ってることがあると聞くが……
『生命力強化』のスキルレベルが1あるだけで、マラリアの感染率が五割下がり、泥水を飲んでもさほど腹を下さなくなり、三日水がなければ死ぬはずのところが五日に伸びると言われている。
この国で暮らすにゃ必須のスキルだな」
ってそれ、『生命力強化』無しの僕が生き残れるとは思えない。
マラリアって、確か、蚊が媒介する病気だっけ?
日本じゃあんまり聞かなかったけど、「世界で一番人間を殺している生き物って蚊なんだって」とか、前にフクちゃんが言ってた気がする。
まったり危険性生物図鑑、とか好きなんだよねフクちゃん。
あの年で普通に本が読めるのは凄いと思うけどさ。
とにかく、レベルが上がって『生命力強化』が取れるようになるまで、何としても蚊に刺されないようにしなきゃ。
O型は刺されやすいとか、血がカロリー過多だと刺されやすいとかいうけれど、僕もフクちゃんもO型だ。
足の裏を洗うと刺されにくいんだっけ?
痒いとかそんな問題じゃなくて命に関わる。
それと生水。
マテ茶はお湯で淹れるからセーフ。
そんなことをつらつらと考えていた僕の前で、ぽんっ、とギルマスが手を打った。
「えっと、どうしました?」
「そうだ、お前さん、農家になりゃあいい」
「へっ?」
農家って、それこそ住所とか住民票が必要な代表格なんじゃないんだろうか?
身元も不確かな人間に、土地を貸してくれるとも思えない。
まあ、第二王子も、まさか僕がイキナリ農家になるとは思わないだろうけど……
「冒険者にゃしてやれない以上、他の手段で国の外に出る必要があるだろ?
近所の農民ですって格好をして、それこそ背負い籠に野菜でも入れて、町に売りに行く農家の若者、もしくは売りに行った帰りの農家の若者って風だ。
それなら、子ども連れでも不自然さはねぇし、むしろいいカモフラージュになる」
「ああ、なるほど」
そういう手もあるんだなー、と何気なしに聞いていた僕は、ギルマスの次の言葉に目をむいた。
「さらに牛でも引いてりゃあ完璧だな」
「牛!?
この世
せ
……じゃなかった、この国にも、牛がいるんですかっ!?」
掴みかからんばかりの勢いで聞いた僕に、ギルマスが呆気にとられてギシギシと頷いた。
「あ、ああ。
むしろ牛がいない国なんてあるのか……?」
「牛っ!
牛がいる!
なんだか僕にも希望が見えて来ましたっ」
立ち上がって踊りださんばかりの僕に、少し引いた様子のギルマスが声をかける。
「お前さん、牛が好きなのか?」
「好きです!
牛の畜産農家になるのが、僕の夢なんです!」
「農家ってなぁ家業を継ぐもんで、なりたくてなるもんじゃあねぇと思ってたが……」
「そんなことを言っているから、農業が廃れていっちゃうんですよ!
牛は本当に可愛いんですよ。
手をかければかけただけなついてくれるし、ある程度言葉も理解するようになるし、あのミルクちょうだいちょうだいって寄ってくる勢いといったら!
ブラシかけて、ここ掻いて、って僕に伝えてくるんですよ!
僕が特に好きなのは、大きな鼻の横の細かいひげがピンピン生えているところで、あ、前足の蹴り爪の下の毛が薄いところも可愛いですよね。あと――……」
引いているギルマスには全く構わず、僕の熱い牛談義はその後一時間ほど続いた。
後書き
牛雑学・牛の妊娠期間は十か月、大人になるまで二年。生まれるのは一回に一頭。対して、豚は出荷まで半年、生まれるのは一回に八~十頭。豚肉より牛肉のほうが高いのは、もうとょうがないよねー。
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