クラとフクの異世界畜産有限会社 ~アフリカに行ったら銅像が立つと言われた雨男が異世界に行ったら~

寺尾友希(田崎幻望)

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異世界畜産06・センチピード国➂

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前回のあらすじ・桜は城から逃げようとフクちゃんを説得した。


 結論からいうと、僕らはアッサリ捕まった。
 なかなか起きない、寝ぼけたふくちゃんを背負っていたのもあるけれど、何より、僕たちの行動は見張られていたようだ。
 縄でグルグル巻きにされた僕とふくちゃんは、昼間に会ったオステルダーグという王様より、もう少し年上だろう眼鏡をかけたおじいさんの前に連行された。

「ほお、君たちか。
 この城から逃げ出そうとしておったというのは」

 王様とよく似た雰囲気の、けれど王様より年かさで瘦せているおじいさんは、こんな時間だというのに、執務机に向かって書類を見ていたようだ。

「むぐっ」

「ああ、必要ないよ。
 くつわは外しておやんなさい」

 書類をめくりながら、こちらを見もせずに言うおじいさんの言葉に、僕らを連行した騎士が口に巻いてあった布を外してくれる。

「申し遅れたね、私はこの国の第一王子で、シルダールという。
 アルマジロの獣人だよ。
 摂政職も兼ねていてね、この通り仕事に追われている公僕だよ」

 ようやく書類が一段落したのか、眼鏡を外して眉間をもむ様は、本当に忙しいんだろうな、という雰囲気を醸し出している。
 なんだか、見た目は似ているのに、昼間の王様とは随分雰囲気が違う。
 って、あれ?

「第一王子?」

「そう、わが国では、国王は生涯現役、生存中に退位することはない。
 我が国王陛下は、九十五になられるが、ご存命でね。
 七十になるが、私が第一王子だ」

「じゃあ、昼間に会った王様は……」

 僕の言葉に、シルダール王子は渋い顔をした。

「王様?
 弟……オステルダーグが、そう名乗ったのかね?」

「い、いえ、そういえば、僕が勝手にそう思い込んでただけです」

 確かに、最初は偉そうなおじいさん、王様っぽいおじいさん、と思っていたのが、勝手に脳内で王様に変わっていた気がする。

「そうか、勝手に王を僭称するようなら、いい口実になると思ったのだがね」

 何の口実なのかは怖くて聞けなかったけれど、このシルダール王子が、オステルダーグ王子を好ましく思ってないだろうことは何となく分かった。

「あれは、第二王子だよ。
 私よりは十ほど年下になる。
 それで……なぜ君たちは、この城から逃げようとしておったのだね」

 そんな、逃げようとなんてしてません、とか言いたいところだったけれど、夜中だというのに僕らは寝間着ではなく、召喚されたときの衣服をきっちり着込んでいる。
 その上、逃亡資金の足しにしようと思って、部屋にあった小物とかもコッソリと荷物に忍ばせてきている。
 とてもじゃないけど、言い訳なんて通用しそうにない。

「それは、王様……じゃなかった、オステルダーグ王子の言ってることが、噓だと分かったからです。
 本当は、魔王なんていなくて、勇者も死んでないんですよね?
 大国からばかり勇者が出ているからって、悔しがった王様が、勇者になれる人間を召喚したんだって知りました。
 他の国への牽制とか、大きな顔がしたいとか、そういうことのために、僕らを利用しようとしているんですよね?」

 座り込んだ地面から顔色を窺《うかが》っていると、シルダール王子はふっと口元だけで笑った。

「ただ気が良いだけの子どもかと思えば、なかなかどうして機に聡い。
 その通りだ。
 君が調べたことも、半分は合っている」

「半分?」

「確かに、我が国から勇者を排出するのは、国王陛下の悲願だ。
 だが、勇者召喚の儀式を取り仕切ったのは、陛下ではない。
 君が会った、第二王子のオステルダーグだよ。
 陛下はもう、寝付いて長いからね」

 そこまで言って、シルダール王子は苦々し気な顔になった。

「神輿は軽い方が担ぎやすい、とはよく言ったものだ。
 私は王位に興味はないが、オステルダーグが王位に付き、オステルダーグを担いだ貴族が中枢を担えば、この国は終わりだということくらいは分かる。
 弟はね、甘言に踊らされているのだよ。
 この国だけに伝わる、『召喚』の儀を用い、勇者に相応しい者を用意できれば……
 この国から勇者を見つけ出した実績でもって、第一王子である私を蹴落とし、王位に座れるだろう、と。
 確かに、父王の歓心は買えるだろう。
 けれど」

 なぜか、先ほどとは違うビン底グルグル眼鏡を取り出すと、シルダール王子は指先で弄び始めた。

「頭の痛いことに、他国からの目というものを、全く考えていない。
 新しい勇者が見つかっていない、などという事態ならともかく、ほんの五年前に、大賢者の『鑑定』のお墨付きを得た勇者が、大国・ソイ王国から立ったばかりだ。
 確かに、ソイ王国の勇者は評判が芳しいとは言えない。
 だがしかし、ここでソイ王国の勇者は偽物だ、センチピード国の勇者が本物だ、などということを言い出したらどうなることか……
 まして、それが真実ならともかく、明白にこちらが偽物ときている」

 そこで、シルダール王子はグルグル眼鏡をかけ、僕たちのほうをじーっと見た。
 真面目なおじいさんが、そんなものをかけているのは普段なら笑える絵面だと思うけれど、なぜだか僕は全てを見透かされているような嫌な感じがした。

「あ、あの……?」

「さらに頭の痛いことに、明白な偽物でもない、か……」

「え?」

「縄も解いておやんなさい」

 シルダール王子の言葉に、ひかえていた騎士が、ためらいがちに僕とふくちゃんの縄をほどいてくれた。
 僕に背負われているときにも半分寝ていたふくちゃんは、すっかり僕に寄りかかって眠っている。
 縛られていた自覚もなかったかもしれない。

「小さい子にも、悪いことをしたね。
 そんなわけで、私は『勇者召喚』には懐疑的だ。
 君たちが、逃げたいと言うならば、協力しよう」

「……え?」

 突然の言葉に、僕は目を瞬いた。

「正直、君たちを消してしまったほうが、私としては後腐れなくて楽なのだが……」

「えっ!?」

 顔をひきつらせた僕を、眼鏡を取ったシルダール王子が楽し気に見やる。

「この眼鏡。
 これはね、『鑑定』の補助の魔道具なんだよ。
 この世界で、『鑑定』を使えるのは、『大賢者』ルル様の弟子筋だけでね。
 オステルダーグは知らないことだが、この私も、若い頃ルル様に師事したことがあった。
 『鑑定』というのは、相手の種族、レベルが文字で見える魔法だが、この補助の魔道具を用いることで、ステータス、スキル、称号までもを知ることができる」

 初めて聞く言葉ばかりで、チンプンカンプンだったけれど、「種族」というところに僕はびくっとした。

「聞いたこともない『辰』という生き物の獣人。
 『雨男』と『晴れ女』というスキル。
 極め付きが、二人ともにある『龍神の加護』。
 間違いなく、召喚された者の『当たり』が君たちだ」

 バレた。
 サァーーッっと血の気が引いて行くのが分かる。
 それにしても、『雨男』と『晴れ女』のスキルって……
 こんなときじゃなかったら、全力でツッコミたいところだ。

「ナ、ナンノコトデショウカ」

「隠さなくてもいい。
 自分たちが、鹿の獣人でないことくらいは気付いていただろう?
 私は、君たちが逃げる手伝いをしてやってもいい、と言っているんだ」

「……なんで、ですか?」

 さっき、自分でも言っていたのに。
 僕たちを消したほうが楽だ、と。

「それはね、加護持ちを殺すと、国にその神の災厄があると言われているからだよ。
 まして、君たちのスキルを見るに、君たちをひいきしている神は、天候の神のようだ。
 戦の神や軍の神なら、戦を起こさねば済む話だ。
 けれど、天災だけは、私の力ではどうにもならないからね。
 国民の危難と、私の手間を天秤にかけた結果だよ」

 微動だにしない瞳を見ているうちに、僕にも分かった。
 この人は、本当に、僕らのことをそこらの小石程度にしか思っていない。
 ふくちゃんがまだ小さいとか、僕が弱そうだとか、そんなことは微塵も良心に響かないんだろう。
 異世界から来た見ず知らずの僕たち二人と、この人が守るべき国益のどちらをとるか。
 そんなのは、天秤にかけるまでもない明白な選択なのだ。
 沈黙する僕を何ととったのか、シルダール王子は顎に手をやった。

「ふむ。
 王城から逃がすのは手引きしてやれないこともないが、その後、君たちがいないことに気づいた弟は、追手をかけるだろう。
 殺されることはないだろうが、捕まるのはお互いにマズい話だ。
 私が君たちをそそのかしたと思われるのも心外だしね。
 私の手の者に守らせるわけにもいかない。
 君たちも、私のことを全面的に信用する気にはなれないだろう……。
 そうだ。
 君たちは、私の知らない世界から来たのだろう?
 何か、私にとって価値のあるものを持っていたりはしないかね?」

「え?
 価値、ですか?」

「そう、何かあるのならば、私がそれを買い取ろう。
 君たちはその金で、自由に護衛を雇えばいい。
 城下にある冒険者ギルドに依頼すれば、それなりの者が捕まるだろう」

 思いがけない提案に、僕は慌てて自分の持ち物を思い浮かべる。
 戦隊ヒーローショーの最中に召喚されてしまった畜産戦隊の人たちは、ほとんど何も持たずに来てしまったようだけれど、僕は違う。
 そのとき身に着けていた斜めがけのショルダーバッグの中には、それなりに何だかんだ入っていた。
 タブレット、スマホ、財布、ティッシュ、ハンカチ、除菌スプレー、キーホルダー、フリ〇ク、ふくちゃんのオヤツ、キャラメル、折り紙、小さいぬいぐるみ、ヒーローショーを見るときに下に敷いていたシート、水筒……。
 ダメだ、ろくなものが浮かばない。
 タブレットやスマホなんて、丸一日以上充電してないから、電源が入るかも怪しいところだし。
 デジカメがあれば良かったけれど、畜産戦隊と一緒に写真を撮ってもらうために、係の人に渡したままだった。
 ふくちゃんもバッグを持っている。
 その中身もだいたい知っているけれど……。
 髪を縛るボンボンのついたゴム、おもちゃのアクセサリー、プニキュイの変身道具、ゲームのカード、神社のお守り……。
 ダメだ、本格的に役に立たない。
 異世界物の鉄板の、コショウとかシャンプーとか持ってれば良かったんだけど……コショウを持ったまま異世界に来るって、いったいどんな状況?
 僕だって、異世界に来るって分かってたら、コショウの一キロや二キロ持ち歩いてたさ。
 だけど、しょうがなくない?
 コショウを持ったままヒーローショーを見に行こう、なんて、思いつきもしなかったんだから。
 この世界では珍しくて、日本では珍しくないものなんて、何があるのか分からないし。

「こ、これでどうでしょう?」

「なんだねコレは?」

 思い余って、外国人には鉄板と噂の手裏剣を折り紙で作ってみたけれど、冷たい目で見られて終了してしまった。
 そ、そっか。
 忍者の概念を知らないとどうしようもないか。
 思いつめた僕は、ふと、ショルダーバッグのベルトにつけたクリップに目を止めた。

 
後書き
牛雑学・牛においては、人間でネックとなる倫理観が云々、というものがないので、人工授精に関しては滅茶苦茶進んでいます。判別精液による雌雄産み分けも普通に行われます。
 
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