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異世界畜産04・センチピード国①

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「なっ、な、なんなんだいったい!?」

 戦隊スーツのお腹が少しぽっこりしたストックブラックが声を上げる。
 僕たち(畜産戦隊五人+司会のお姉さん+僕とふくちゃん)の目の前には、ファンタジーか冒険ゲームのような衣装を着た、飴色の肌をした人たちがたくさん並んでいた。
 どう見ても、日本人じゃなさそうだし……
 それに、全ての人が、頭に犬耳をつけたり、おしりにしっぽをつけたり、何らかの動物のような恰好をしている。

「ようやった、ようやった。
 まさか本当に召喚を成功させるとは」

 その中でも、一段と偉そうな王様っぽい老人が、横の魔法使いのようなローブを着た猪っぽいおじいさんを褒めていた。
 え?
 召喚?
 魔法使い?
 慌てて辺りを見回すと、ここはストーンヘンジの中心のような場所で……僕たちの足元には、大きな魔方陣が描かれている。
 魔方陣の線はほのかに光を帯びていて、見ている間に、それがすうっと消えた。
 これって、ひょっとして?
 なんか最近よく聞く……
 
「これで、我が国もわしも安泰じゃ」

 ひとしきり、周囲の人々をねぎらっていた老人が、僕たちの方に向き直った。
 なんだか猫背で、皮膚がごつごつした感じのするおじいさんだ。

「さて、諸君。
 わしは、このセンチピード国のオステルダーグという。
 この国の危急を救ってもらうため、異世界より諸君を召喚した」

「「「「「はぁっ!?」」」」」

 畜産戦隊の面々の声がそろう。
 僕は、心の中で、やっぱり、と思った。

「この大陸には、数百年に一度、魔王が復活するという伝説があり――」

 王様っぽい老人の話をまとめると、こうだ。
 このセンチピードという国があるデイリー大陸には、数百年おきに魔王が現れる、という伝説がある。
 それを裏付けるように、約二十年おきに『戦神の加護』を持つ『勇者』が誕生する。
 二十年おきなのは、魔王が現れたときに、勇者が老人だったり赤ん坊だったりするのを防ぐため、と考えられている。
 ただ、このセンチピード国には、魔王を倒す勇者が失われてしまったときのために、勇者に準じる能力を持つ人間を異世界より召喚する秘術が伝わっている。
 それを今回発動したというのだ。

「ってことは、なにか!?
 俺らが勇者ってことか!?」

 ストックブラウン、馬の畜産戦隊が興奮したように叫んだ。
 それに対して、司会のお姉さんが不安そうに眉を寄せる。
 あれ?司会のお姉さんって、ウサギ耳なんて付けてたっけ?

「でも、勇者を倒した魔王と戦わなきゃなんでしょ?
 私たちに、そんな力なんて……」

「なに、案ずることはない。
 異世界より召喚された者は、その際に体内に魔素を取り入れ、この世界の人間にはない能力を得る、と伝えられておる。
 今は、全員がレベル1、ろくなスキルは取れぬじゃろうが」

 王様?の言葉に、ストックホワイトが、戦隊スーツの頭のところに手をかけて、マスクをとった。
 ふぁさっ、と長い髪が揺れた。
 中から現れたのは、凛々しい雰囲気の美女だった。
 長身だし、リーダー格だから、てっきり男の人だと思っていた。
 でも、よく考えてみたら、乳牛はメス、ストックホワイトが女の人でも何の不思議もない。
 マスクを脱ぐ設定でもあるのか、白黒の牛耳と角をつけている。

「突然連れて来られて、そんなことを言われても困ります。
 確かに、異世界召喚、勇者という響きには心惹かれるものもありますが……」

 異世界召喚、転移というのを知っていたらしいストックホワイトの言葉に、司会のお姉さんもうんうんと頷く。
 
「何、案ずることはない。
 諸君のことは、このわし、ひいてはセンチピード国が全面的にバックアップしよう。
 ここでそっぽを向いて何の知識もない外へと出て行くより、わしらに協力し、恩を売るほうがよほど賢い選択だと思うが」

 王様?のセリフに引っかかるものを感じたのか、ストックホワイトは唇を噛んで少し考えてから……思い切りよく頷いた。 

「分かりました、勇者とかいうのになるより他に道はないようですね」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 ストックホワイトの全員を代表したような言葉に、僕は思わず待ったをかけた。

「畜産戦隊の皆さんは、アクションの経験もあるでしょうし、訓練すれば戦えるようになるかも知れません!
 でも、僕らはヒーローショーを見に来ていた一般人です。
 ふくちゃんはまだ幼稚園児だし、僕も学校があるし、戦力になれるとはとても思えません!
 僕らだけでも帰してもらえませんか?」

 そう言って、僕の足にぎゅっとしがみついて隠れているふくちゃんを見る。
 あれ?なんでふくちゃんの頭にも、緑色の耳と、角があるの?
 畜産戦隊のグッズ?
 買ってあげた覚えはないんだけど……

「へっ、何言ってんだ坊主。
 魔王を倒さなきゃ帰れねぇってのが、こーいうののパターンだろ?
 いや、むしろ、そしたら俺らは魔王を倒した勇者さまだ、そのままこの世界に残ってハーレムってのも悪くねぇな」

 やはりマスクを取って、スタックブラウンが僕を見る。
 その頭には、馬の耳がくっついていて……
 あれ?あの耳、今、動いた?
 ブラウンの興奮に合わせて、こっちを向いたり王様のほうを向いたり、せわしなく動いている。
 見回せば、召喚された僕たち以外の、センチピードとかいう国の人たちも、みな、何らかの動物っぽい特徴を持っている。
 これってひょっとして、ファッションとかじゃくて、獣人、とかいう?

「召喚された人間が、異世界へ戻った、という記録は残っておらん。
 帰れるとすれば、そうじゃな、召喚された目的である、魔王を討伐したとき、と考えるのが妥当じゃな」

 王様の言葉に、僕の脳裏に絶望が広がる。
 でも、ここ、異世界なんでしょ!?
 もしも牛がいない世界だったらどうするのさ!?
 僕がそう言い出すより早く、頼りがいのありそうなストックホワイトのお姉さんが重ねて言う。

「心配しなくても、君たちのような子どもに、命がけで戦え、などと言うつもりはない。
 私たちが魔王を倒すその時まで、この国に保護してもらえばいいだろう。
 オステルダーグさんとおっしゃいましたか?
 私が考えるに、彼らは巻き込まれたようなもの。
 その程度の配慮はしていただけますよね?」

「おお、彼らの種族にもよるが。
 戦闘に向かない種族ならば、王宮にこもっていてもらっても一向に構わんよ。
 わしらとしては、勇者にふさわしい加護持ちか、スキル持ちが一人でもいてくれれば万々歳じゃからの」

 好々爺然として頷く王様だけれど、聞き逃せないことを言っていた。
 
「種族?
 種族っていうのは……?」

「おお、これは説明が遅れたの。
 わしは、アルマジロの獣人。
 ここにおる王室魔法使いのアルテリは、ペッカリーの獣人じゃ。
 アルマジロは防御に優れ、ペッカリーは環境適応能力が高い、という種族的特徴がある」

 僕らを召喚した、と褒められていたローブのおじいさんは、猪っぽいと思っていたけれど、ペッカリーという動物の獣人?らしい。って……

「獣人!?」

「獣人て……あの獣人か?
 猫耳とかウサ耳のかわいこちゃんかと思やぁ……」

 ちょっと残念そうに、マスクを取った和牛のストックブラックが王様を見やる。
 あれ?
 てっきり、マスクの下は牛耳だろうと思っていたのに、ネコ科っぽい黒い耳と、虎縞《とらじま》の長いしっぽがのぞいている。

「って、え?
 たいらさん、しっぽ……耳も……
 えっ、えっ、私もっ?」

 初めて気づいたように、司会のお姉さんがストックブラックのしっぽを指さし、自分の頭のウサ耳に触ってビックリしている。

「おっ、おおっ!?
 ホントだ、なんだこりゃあっ!?」

 見回すと、ストックホワイト(乳牛)のお姉さんが牛、ストックブラック(和牛)が虎、ストックピンク(豚)が猪、ストックイエロー(ヒヨコ)が猿、ストックブラウン(馬)が馬、司会のお姉さんがウサギの特徴を持っている。
 ふくちゃんは……緑っぽい耳に、鹿っぽい角、これって何の動物だろう?
 僕の耳は自分では見えないけれど、触って見ると、ふくちゃんと同じような角があった。

「この世界に、獣の血を持たぬ人間はおらん。
 異世界からの召喚者も、この世界に召喚される折に、最も相応しい動物の因子を発現する、と言われておる」

 王様の説明に、僕は首をかしげる。
 ストックブラックが牛じゃなくて虎、ストックイエローが鶏じゃなくて猿なのは、ひょっとしたら実は虎とか猿が好き、って可能性があるのかもしれないけど……
 僕とふくちゃんが、鹿っぽい角なのは、なんなんだろう?
 僕とふくちゃんが、一番なじみ深い生き物っていったら、牛だ。
 伯父さんちでは、犬も猫も鶏も飼っているから、そのへんになるっていうなら、まだわかる。
 でも、鹿なんて触ったこともないし……?

「その過程で、この世界にはない獣人が現れることもある、と伝わっておる。
 諸君の中に、勇者に相応しい生き物がいれば、わしらとしては実にありがたい」

「そりゃ俺だろ、俺!
 まさか虎になるとはなぁ!
 幸乃ゆきの、お前さんは牛みたいだなぁ。
 牛より、虎だろっ!?勇者って感じだろ!?」

 牛、虎、猪、猿、馬、兎……?
 そ、う、だ、干支だ!
 十二支!!!
 そこまで考えて、僕はサァーーッと青ざめた。
 鹿の角。
 緑っぽい、よく見るとウロコのある耳。
 僕とふくちゃんは、辰年生まれだ。
 さっき、王様が言っていた、この世界にはいない獣人の可能性が一番高いのは……辰の、獣人じゃないかな?
 このままだと、僕……はともかく、ふくちゃんが、魔王と戦わされることになっちゃう!?

「ほう、珍しいな。
 おぬしは何の獣人じゃ?」

 王様の言葉に、ビクッとする。
 けれど、王様が話しかけていたのは、ストックイエローだった。

「多分、猿かな?
 いつもより顔が赤いし、毛の感じも」

 自分では客観的に分からず、首をかしげているイエローに代わって、ピンクが答えている。

「ほぉ、猿の獣人とは初めて見る。
 この世界にも猿はおるが、人に近すぎるせいか、獣人には現れぬと聞いておる」

「そっ、そうなんですか。
 僕とふくちゃんは、鹿の獣人かな?」

 ははっ、とさり気なくつぶやいて予防線を張ったつもりだったけれど、ちょっと頬が引きつっていたかもしれない。
 王様は、僕たちをチラッと見るとため息をついた。

「そうじゃの。
 その角を見たときには、竜の獣人かと期待したが……
 竜の獣人ならば、背中に翼があるはずじゃ。
 ちと毛色は変わっておるが、鹿の獣人じゃろうな」

 ふーーっ、と心の中で息を吐く。
 どうやら、この世界の竜というのは、西洋っぽいドラゴンのようだ。
 日本の竜には羽がなくてホントよかった。

「では、部屋に案内させよう。
 今後については、また後日。
 今日のところは、ゆっくりと休んで欲しい」

 王様の呼んだ侍従について、僕たちは与えられた部屋へと引き上げた。


後書き
牛雑学・酪農家の牛舎には、雌牛しかいない。雄が生まれても、生後二か月未満で売ってしまう。ドナドナドーナドーナー
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