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12 ヤンデレ溺愛執着モノ?

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◇◇◇
(sideリーシャ)

「た、助けてくださいルミカーラ様……っ!」

 ルミカーラ嬢たちとの合同結婚式まであと二ヶ月。
 わたしは、這々ほうほうの体で王太子宮を抜け出し、フォルゲンシュタイン公爵家へと帰ってきた。
 王太子殿下の、『結婚した後に住む部屋の意匠とか、色々相談があるし、お試しで泊まりに来なよ』という甘言によく考えもせずに頷いてしまった二週間前の自分を心底殴り飛ばしたい。『確かにずっと住むならベッドの硬さとか枕の具合とか重要よね。実際に寝てみないと分からないことも多いし。寝具にはこだわりたい派』とか前世のノリで気軽に考え、一日だと思い込んでお邪魔した私は、王太子宮に二週間もの間軟禁されていたのだ。
 権力怖い。
 現代日本なら、確実に警察のお世話になる案件だとしても、絶対王政下の王太子を逮捕出来る組織なんてこの国にはない。

「なんなんですか、あの人! 突然人が変わったように、あ、愛してるだの好きだの、誰にも見せたくない閉じ込めたいとかって言い出して……!」

 赤面するわたしに、ルミカーラ嬢はもっさりした髪を掻き上げながら、愉快そうに笑った。

「あら、ようやく気がついたのね、あの朴念仁ぼくねんじんきさきにと望んで無理を押し通したリーシャさん本人に、自分の気持ちが微塵も伝わってないってこと」

「き、気持ちって……! 王太子殿下がわたしを妃にしたいのって、いろいろやらかしたわたしを手元で監視しておきたいからですよね……?」

 ルミカーラ嬢の隣には、ごく当たり前な顔をして、クマ先生――じゃなかったベアトルト王弟殿下が座ってマドレーヌを食べているけれど、王弟殿下もまた前世の記憶持ちということで、聞かれても問題なかろうと意識の外に追いやっておく。

「まぁ、まだそんなことを言っているの? 監視したいだけなら、座敷牢ざしきろうにでも押し込んでおけばそれで足りるじゃない。平民出身で、養父は既に王家の監視下なんだから、誰からも文句は出ないわ。それをうちに借りを作ってまで公爵令嬢に仕立てて、『聖女』にまで祭り上げて王太子妃に迎えるのよ? 立派に愛されてるじゃないの」

 中身がアラフォーのルミカーラ嬢はさらっと言ってくれるけれど、わたしはカァッと耳が熱くなる。

「あ、あ、愛……? でもあの人、わたしのこと閉じ込めるとか言ってたし、名目だけの王太子妃とか、お飾りの妃とか……」

「だから、子爵令嬢をお飾りにする意味がないでしょう? むしろ公爵令嬢を娶ってお飾りにして、その影で子爵令嬢を側妃にする、とかだったら分かるけれど。純粋に独占欲よ」

「え、まさかそんなヤンデレみたいな?」

 ようやく分かったのか、というようにルミカーラ嬢は肩をすくめると紅茶を含んだ。

「王子様からのヤンデレ執着溺愛もの。前世で流行ったわよね。うらやましいわぁ」

「そ、そんな棒読みで言わないでくださいよ。ルミカーラ様だって、人ごとじゃないんですからっ。どうやら王太子殿下、わたしがルミカーラ様の話題ばっかり出すもんですから、わたしがルミカーラ様のことを好きなんじゃないかって疑ってるみたいで! 女同士だしあり得ない、親友なんですっ、っていっくら言っても信用してくれなくて! このままじゃわたし、ルミカーラ様に会えなくなっちゃいますよぉ」

 神絵師の神絵が一番に見られるフォルゲンシュタイン公爵家での生活が天国だったのにぃ、とえぐえぐ泣くわたしの向かいで、ルミカーラ嬢がボソリとつぶやいた。

「ヤンデレが留守している間にコソコソ逃げて、ヤンデレが浮気を疑っている相手の家に相談に来るとか、逆鱗逆撫で間違いなしじゃないの。監禁コースまっしぐらなの分かってないのかしらこの子?」

「え、何かおっしゃいました?」

 ルミカーラ嬢は、貴族的な黒い顔でニッコリと笑った。

「我が家としてはね、ただでさえ過剰な力を持っている上に、これ以上王家に反逆を疑われるような真似をするわけにはいかないの。分かってくれるわよね?」

「え? え?」

 何を言われているのか良く分かっていないわたしが戸惑う内に、ルミカーラ嬢はいつも持ち歩いているスケッチブックをパラパラとめくった。スケッチブックには全ページ、縁飾りのように召喚用魔法陣が描かれている。印刷機などないこの世界、全てが手描き。
 ルミカーラ嬢の門弟となった我が義父は、きっちりと役目をこなさせられているようだ。

「わたしがいない間に、新しい絵がこんなに増えてる! それも、久しぶりに人外じゃなくて男性の立ち絵ですか! 相変わらず美しい……って、コレ、王太子殿下ですよね! うわ、そっくり」

 ルミカーラ嬢が手を止めたところにあったのは、王太子殿下そっくりな人物画だった。
 その下に何やら見慣れないサインがあって、わたしは首を傾げる。

「あれ、コレ、ルミカーラ様のサインじゃないですよね?」

「王太子殿下のサインよ」

「えっ、じゃあわたしより先に王太子殿下に見せたんですか! 王弟殿下は仕方ないとしても、王太子殿下に負けたなんてなんか悔しい……」

 ボソリと文句を言うわたしに苦笑を浮かべると、ルミカーラ嬢は絵の上に手のひらを乗せた。
 次の瞬間、スケッチブックの魔法陣が淡く輝く。

「召喚魔法『人物召喚・王太子レイオット』」

「えぇっっ!?」

 光が収った後、その場にはここ数ヶ月ですっかり見慣れた黒い笑顔を浮かべた王太子殿下が立っていた。

「え、え、殿下、辺境伯領に出かけられていたのではっ!?」

 王都から騎馬で五日はかかる辺境伯の領都に向かっているはずの殿下の突然の登場に、わたしは思わずジリジリと後ずさった。
 顔が熱を持つのが分かる。
 だって、あの卒業パーティで、王太子殿下かわたしのどちらかは死ぬと思っていたのだ。王太子殿下と共に生きるビジョンなんて何も浮かんでなかったし、王妃の話を承諾したのだって、ルミカーラ嬢の心意気に応えるためだった。
 それなのに、困る。今さら名前を尋ねて、激怒するかと思った王太子殿下の言動が、あんなに甘くなるなんて。オカン体質だなぁと思っていた王太子殿下の行動に、いちいちドキドキしてしまうなんて。

「ルミカーラ嬢の召喚魔法は本当に秀逸だよねぇ。必要なのは、肖像と本人のサインだけ。仮稼働で音を伝え、本稼働で本人を呼び出せる。リーシャが公爵家にのこのとやって来たら稼働させてくれとは言ったけれど、まさか、僕が王太子宮を出て当日に呼ばれるとは思ってもみなかったなぁ。ねぇ、愛しいリーシャ。僕の帰りを僕の宮で待っていて欲しいってお願いしたよね? 僕たちには話し合いが必要だと思うんだ」

「ひぇっ」

 にっこりと笑った王太子殿下にがっしりと腕を掴まれ、わたしはズルズルと引きずられていく。

「た、助けてくださいルミカーラ様!」

 ドナドナされつつ手を延ばしたわたしに、ルミカーラ様はご機嫌な様子でハンカチを振った。

「よーく話し合いなさいねぇ! 馬に蹴られちゃうから、わたくしたちを巻き込まない方向でね! 嫌いじゃないんでしょう、殿下のこと。いい加減素直になりなさーい!」

――悪役令嬢の中の人、アラフォー神絵師は、どうやら転送魔法陣と通信装置までその画力で可能にし、今日も最強に無敵なようです……




あとがき
『レベル596の鍛冶見習い』書籍3巻発売、コミック4巻発売中、よろしくお願いします(゚゚)(。。)ペコッ
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感想 16

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みんなの感想(16件)

ぬこぽん。
2023.01.27 ぬこぽん。

とりあえず感想。







面白かったです。転生神絵師夫婦に幸あれ!

解除
荒谷創
2022.09.26 荒谷創

ははははは

ヤンデレ覚醒ww
ファイトー♪

この技術応用すれば政治的にも軍事的にもヤバい代物になるので、これ以上の発展は考えましょう。
ヤンデレ王子の私的利用に留めておくのが吉ですね。

やろうと思えば敵国の首都に間者一人送り込むだけで、完全武装の兵士を何人でも送れる。
恐い、恐い。



解除
荒谷創
2022.09.25 荒谷創

基本的に、どんな漫画/小説/アニメーション他でも何かを学べるものであると考えます。
私が学生の頃は遥か遠い昔の話なので、最近の子達がどんなものを好むのかは判りませんが。
よく聞くのはDr.STONEや働く細胞、ちょっと古めのギャラリーフェイクなどですか。
ブラックジャックをはじめとする手塚治虫先生の作品、ドカベンなどの熱血スポーツ漫画などは古いですが、良いものです。
ヨコハマ買い出し紀行やハクメイとミコチなどの作品は情緒を育むには向いている方でしょうか。
普段はお下劣だっりハチャメチャだったりするけれど、不意にドキッとさせられるパタリロ!やこちら葛飾区亀有公園前派出所だって悪くありません。
一つだけ注意したいのは、暴力などを賛美傾向で取り扱った作品です。
格闘漫画などではなく、犯罪に分類される行為を主人公が行うタイプの作品の事です。
世の中は綺麗事では無い訳ですが、いたずらに理不尽な死や暴力団、不良、暴走族、テロリスト、詐欺師、博徒などを『カッコいい』とする様な作品は子供には見せたく無い代物ですね。
事の理非、善悪の基準、人格面の形成がある程度以上確立している大人が娯楽で楽しむ分には良いのですが、それらが未熟で、外部からの刺激に左右されてしまいがちな思春期の子供には文字通り『刺激が強すぎる』と感じます。
特に視覚から情報を得る人間にとって、漫画やアニメーションは直接的に影響を与えかねません。
出来れば、読みながら自分の頭で、ものを考えられる作品が良いと思います。




解除

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