悪役令嬢の中の人はアラフォー神絵師でした。

寺尾友希(田崎幻望)

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4 悪役令嬢の裏取引

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◇◇◇

 わたしは、重要なことを失念していた。
 この世界で、蒼花先生ことルミカーラ嬢は、王太子殿下の婚約者ではない。
 ということは、卒業パーティでの婚約破棄も、断罪も、断罪返しも――発生しないということだ。
 いやマジで、なんで今まで気付かなかった自分。
 むしろ、卒業パーティまで十日という時点で気付いてまだマシだったか。
 先入観というか思い込みというか、卒業パーティでサイゼル子爵が召喚獣をぶっ放す前提で動いていたけれど、よほど追い詰められでもしない限り、まともな貴族がそんな愉快犯的な真似をするはずがない。まあ、サイゼル子爵はまともじゃないけど。
 ということは、あのイベントは起こらない?
 しかし、ルミカーラ嬢のフォルゲンシュタイン公爵家が、サイゼル子爵の外患誘致、裏切り行為に関しては調査してくれているはずである。
 となると、サイゼル子爵はひっそりと拘束され逮捕される方向だろうか。その際に召喚獣の魔法陣を起動しない保証はないけれど、場所が子爵邸に変われば、被害は抑え――抑えられるか? サイゼル子爵邸は、子爵なだけあって、貴族街でも庶民街寄りにあるし、屋敷の規模も貴族にしてはこじんまりとしている。卒業パーティは王太子殿下が参加する都合上、結構な数の警備も配置されていたけれど、貴族の逮捕・起訴は、下手したら召喚状を持った使者一人に護衛数人で貴族家を訪れたりする。それでも逆らわず逃亡せず召喚に応じるのが貴族の矜持らしいけれど、隣国と通じていて極刑間違いなしの子爵は間違いなく抵抗するだろう。召喚獣を町中に放せば、かなりの被害とパニックが起こる。その混乱に乗じて逃げようとするかもしれない。
 そんなことを、つらつらと話してみると、ルミカーラ嬢――蒼花先生は、あっさりと頷いた。

「分かったわ。それじゃあ、公式通り、婚約破棄されましょう」

「は? 婚約していないのに、ですか?」

「……こちらとしてもね、ちょっと手詰まりらしいのよ。貴女の証言で、サイゼル子爵が隣国、モービッツ神聖国と通じているのはほぼ間違いないのだけれど、限りなく黒に近い灰色。証拠はことごとく抹消しているみたいね」

 サイゼル子爵は用心深い。
 何なら、わたしの母さんに毒を盛り、病を治してやると偽って引き取り、軟禁している証拠は掴めたそうだが、何せわたしも母さんも平民である。貴族が平民に多少の無理を通したところで、せいぜいが罰金刑。拘束すらされない。
 サイゼル子爵を確実に拘束し、情報を引き出し、処罰するためには、外患誘致の罪を明確に証明する必要がある。けれど、フォルゲンシュタイン公爵家の影をもってしても、その確たる証拠が掴めないのだと。
 貴族は『疑わしきは罰せず』の権利が保障されている。どんなに状況証拠がクロでも、確証がなければ裁判でひっくり返されてしまう。

「だからね、卒業パーティで私が断罪され、貴女が王太子殿下の婚約者――ひいては妃になるというのは、子爵の悲願なわけよね。それが叶ったら、貴女の知る『レイつま』のように、子爵はきっと言うわ。モービッツの神への祈りの言葉を。我が国の民が知るはずのない言葉を。それを追い詰めれば、きっと召喚用魔法陣すら使うでしょう。召喚用魔法陣は、我が国では未だ解明されていないモービッツ神聖国の秘術。それを持っていること自体が、彼の国と通じている証拠になるわ」

「いやでも、子爵邸だとしても逃げるのに召喚用魔法陣を使うんじゃ……?」

「卒業パーティなら、王太子殿下も参加されるもの。戦力を集めやすいのよ。周りは学園だから、一般市民を巻き込むこともないし。それに……せっかく、悪役令嬢が主役の物語の、当の悪役令嬢に転生したんですもの。悪役令嬢断罪からのぎゃふんは物語の華でしょう? 知らないところで進行されるなんてつまらないじゃない。特等席で見物したいわ」

 ……それが本音ですね、蒼花先生。
 っていうか、最近は『ぎゃふん』じゃなくて『ざまぁ』って言ってましたよ。わたしが転生する前ですから、十五年は昔の話ですけどね。

「ふふ、これで殿下からの協力も取り付けやすくなったことだし、騎士団長どころか近衛一師団くらい呼べるかしら」

「え? 今、なんて?」

 蒼花先生――ルミカーラ嬢がボソッと言った内容が聞き取れず、思わず聞き返すものの、ルミカーラ嬢はもっさりした髪の先をクルクルともてあそんで口元だけで笑った。

「いいえ? なにも。こちらの話よ」

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