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果物屋の看板娘・ユーザーに寄り添う
CASE1:ナンシー/あなたはわたしにとって
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夜、いつものようにナンシーとのミーティングを行う。ナンシーが果物をカットしてテーブルに置いてくれた。ありがたくいただく。
「まずは今日もお疲れ様。午後にも施策を打ち出したから忙しかったと思うが、よく動いてくれた」
「いえ! あんなにお客様が来たのは初めてで、途中からお声掛けできないまま通り過ぎていく方も多かったので、反省です」
ナンシーは現状に満足せず、さらに高みを目指している。圧倒的な資質を持っていることに疑いはない。
「うむ、向上心があるのは良いことだ。だが、自分の頑張りもきちんと認めてあげなければな。もしこれから新しい従業員が来たら、ストイックなばかりでもいけないぞ」
「新しい……従業員……!」
「このまま売り上げが伸びていけば、いずれ必要になるだろう。さっき君が言っていたように、お客様の数が増えたことは喜ばしいが、それで接客のクオリティが下がってはもったいないだほう」
「でも私……しばらくは2人でも良いですよ……?」
「この子ったら……!」
しばし2人でじゃれ合う。いかんいかん。話を進めねば。
「さて、あの元問題児は本日めでたく完売だ。なぜ売り上げが伸びたのか、もうわかるな?」
「はい! 旅人さんはこれから長い冒険に出かけます。それには、保存の効かない果物はあまり需要がありませんでした。これが今までの話です」
うんうん、と相槌を打つ。
「しかし! 保存性だけに絞ってアピールすることで! 旅人たちの心をガッチリ掴んだ、というわけですね!」
気付けば、全く無意識のうちに拍手をしていた。
「ブラボー……君は俺の誇りだ……!」
「クラーク様……!」
そう、前回の朝食作戦同様、今度は旅人の使い道に寄り添った提案をしただけで、本質は全く同じだ。あの果物は少し加工すれば大幅に日持ちするようになる。
やはり普通の果物と味を比べると見劣りはするが、わざわざラージアップル・ベンディの苦手な分野で戦うことはない。こいつの強みが生きる場所、生きる相手に戦えば良いだけのことだ。
そして、押し出す時にはシンプルに。これが鉄則だ。ついついあれもこれもと言いたくなるが、それが罠なのだ。帯に短し襷に長し。押しどころが増えれば増えるほど焦点がぶれる。
とはいえ、まだ油断はできない。まだ売れ残りの商品が残っている上に、朝食の売り上げ増加の推移がだんだんと緩やかになってきた。次の手を考えなければ。
◇◆◇◆◇◆◇
それからいくつもの施策をうち、しばらくは数字はゆるやかに伸びていたものの、ついに停滞してしまった。
お昼休みを利用してナンシーとミーティングをする。今日はナンシーがサンドイッチを作ってきてくれた。ありがたい。
「さて、次の策について話そう。まずは……」
「あっあの! その事についてお伝えしたいことがあります!」
珍しくナンシーが俺の話を遮って少し驚く。
「ああ、なんだい?」
「すみませんお話の途中に……実は……もうかなり生活に余裕ができるくらいの売り上げは確保できていまして、父と母の治療費も、とっくに賄えるようになっております!」
「な、なにぃ!!」
そういえば最初にそんなことを話していた気がする。売り上げを上げることに必死になりすぎて忘れていた。全く、ゴールが曖昧なまま突き進んでしまうのが俺の悪い癖だ。だが、なんと喜ばしいことか。
「良かったじゃないか!! いやぁめでたい」
「はい! 全部全部、クラーク様のおかげです。本当に、ありがとうございます!!」
涙ぐみながら頭を下げられた。
「ナンシーの頑張りあってこそだ。このお店の何よりの強みは、ひたむきな君のその姿勢だよ。なんにせよ、ここでの俺の役目はもう終わったようだ」
「じ、じゃあ、クラーク様……!」
両手を体の前で合わせて、潤んだ瞳で俺を見つめている。白い肌もだんだん赤くなってきているようだ。なんと可愛らしい。
「だが、まだ油断はできない。これからも気をぬくことなく。商いに励むんだ。そして困ったらいつでも屋敷を訪ねたまえ、いいね?」
「はい! ……え……?」
笑顔そのままにナンシーは小首を傾げた。どうしたのだろうか。
「あ、あの……」
「どうした?」
「えっと……その……」
モジモジとずいぶん話づらそうだ。もしかして、オーバーワークだっただろうか。彼女にはずいぶんと無理をさせてしまった。くそっ、俺としたことが、従業員の管理すらろくにできないのか。
「最初に、儲けさせてやるって言われた時には、やっぱりびっくりしましたけど……でも、どんどんお客さんが増えて、仕事が増えて、大変だったけど……クラーク様はいつも気遣ってくれて」
よかった。労働環境への不満、という話ではなさそうだ。こうしてお昼を利用してミーティングをしたことも多かったから、密かに悩んでいたんだ。
「だから……最初におっしゃってた『約束』通り……クラーク様のお嫁さんになっても……いえ、お嫁さんにしてください……!」
ナンシーは真っ赤になってそう言った。潤んだパープルの瞳が美しい。だが、
「すまない……君を嫁にすることはできない……」
そうはっきりと告げた。ナンシーの顔が絶望に染まる。うつむき、静かに泣き始めた。
「私じゃ……ダメですか……」
しゃくりあげながら、なんとか言葉を紡ぐナンシー。
「違うんだナンシー……君はもう……俺には、娘にしか、見えないんだ」
そう言うとナンシーがピタリと動きを止めた。涙でぐずぐずのまま顔を上げた。真顔だ。その顔があっという間にまた泣き顔、あれ?怒り顔になっていく。怒った顔も可愛いなぁ。
「なんでずがぞれえええええええええ」
あ、怒ってる。この子、まじで怒ってる。急いでお店から逃げ出した。
後ろから「ばかーーー! だいすきーーー」という言葉が聞こえてくる。ヘヘッ、俺も大好きだぜ!娘としてな。
俺のハーレム計画は初手で失敗を迎えたが、異世界での俺の戦いはまだまだ続く。
「まずは今日もお疲れ様。午後にも施策を打ち出したから忙しかったと思うが、よく動いてくれた」
「いえ! あんなにお客様が来たのは初めてで、途中からお声掛けできないまま通り過ぎていく方も多かったので、反省です」
ナンシーは現状に満足せず、さらに高みを目指している。圧倒的な資質を持っていることに疑いはない。
「うむ、向上心があるのは良いことだ。だが、自分の頑張りもきちんと認めてあげなければな。もしこれから新しい従業員が来たら、ストイックなばかりでもいけないぞ」
「新しい……従業員……!」
「このまま売り上げが伸びていけば、いずれ必要になるだろう。さっき君が言っていたように、お客様の数が増えたことは喜ばしいが、それで接客のクオリティが下がってはもったいないだほう」
「でも私……しばらくは2人でも良いですよ……?」
「この子ったら……!」
しばし2人でじゃれ合う。いかんいかん。話を進めねば。
「さて、あの元問題児は本日めでたく完売だ。なぜ売り上げが伸びたのか、もうわかるな?」
「はい! 旅人さんはこれから長い冒険に出かけます。それには、保存の効かない果物はあまり需要がありませんでした。これが今までの話です」
うんうん、と相槌を打つ。
「しかし! 保存性だけに絞ってアピールすることで! 旅人たちの心をガッチリ掴んだ、というわけですね!」
気付けば、全く無意識のうちに拍手をしていた。
「ブラボー……君は俺の誇りだ……!」
「クラーク様……!」
そう、前回の朝食作戦同様、今度は旅人の使い道に寄り添った提案をしただけで、本質は全く同じだ。あの果物は少し加工すれば大幅に日持ちするようになる。
やはり普通の果物と味を比べると見劣りはするが、わざわざラージアップル・ベンディの苦手な分野で戦うことはない。こいつの強みが生きる場所、生きる相手に戦えば良いだけのことだ。
そして、押し出す時にはシンプルに。これが鉄則だ。ついついあれもこれもと言いたくなるが、それが罠なのだ。帯に短し襷に長し。押しどころが増えれば増えるほど焦点がぶれる。
とはいえ、まだ油断はできない。まだ売れ残りの商品が残っている上に、朝食の売り上げ増加の推移がだんだんと緩やかになってきた。次の手を考えなければ。
◇◆◇◆◇◆◇
それからいくつもの施策をうち、しばらくは数字はゆるやかに伸びていたものの、ついに停滞してしまった。
お昼休みを利用してナンシーとミーティングをする。今日はナンシーがサンドイッチを作ってきてくれた。ありがたい。
「さて、次の策について話そう。まずは……」
「あっあの! その事についてお伝えしたいことがあります!」
珍しくナンシーが俺の話を遮って少し驚く。
「ああ、なんだい?」
「すみませんお話の途中に……実は……もうかなり生活に余裕ができるくらいの売り上げは確保できていまして、父と母の治療費も、とっくに賄えるようになっております!」
「な、なにぃ!!」
そういえば最初にそんなことを話していた気がする。売り上げを上げることに必死になりすぎて忘れていた。全く、ゴールが曖昧なまま突き進んでしまうのが俺の悪い癖だ。だが、なんと喜ばしいことか。
「良かったじゃないか!! いやぁめでたい」
「はい! 全部全部、クラーク様のおかげです。本当に、ありがとうございます!!」
涙ぐみながら頭を下げられた。
「ナンシーの頑張りあってこそだ。このお店の何よりの強みは、ひたむきな君のその姿勢だよ。なんにせよ、ここでの俺の役目はもう終わったようだ」
「じ、じゃあ、クラーク様……!」
両手を体の前で合わせて、潤んだ瞳で俺を見つめている。白い肌もだんだん赤くなってきているようだ。なんと可愛らしい。
「だが、まだ油断はできない。これからも気をぬくことなく。商いに励むんだ。そして困ったらいつでも屋敷を訪ねたまえ、いいね?」
「はい! ……え……?」
笑顔そのままにナンシーは小首を傾げた。どうしたのだろうか。
「あ、あの……」
「どうした?」
「えっと……その……」
モジモジとずいぶん話づらそうだ。もしかして、オーバーワークだっただろうか。彼女にはずいぶんと無理をさせてしまった。くそっ、俺としたことが、従業員の管理すらろくにできないのか。
「最初に、儲けさせてやるって言われた時には、やっぱりびっくりしましたけど……でも、どんどんお客さんが増えて、仕事が増えて、大変だったけど……クラーク様はいつも気遣ってくれて」
よかった。労働環境への不満、という話ではなさそうだ。こうしてお昼を利用してミーティングをしたことも多かったから、密かに悩んでいたんだ。
「だから……最初におっしゃってた『約束』通り……クラーク様のお嫁さんになっても……いえ、お嫁さんにしてください……!」
ナンシーは真っ赤になってそう言った。潤んだパープルの瞳が美しい。だが、
「すまない……君を嫁にすることはできない……」
そうはっきりと告げた。ナンシーの顔が絶望に染まる。うつむき、静かに泣き始めた。
「私じゃ……ダメですか……」
しゃくりあげながら、なんとか言葉を紡ぐナンシー。
「違うんだナンシー……君はもう……俺には、娘にしか、見えないんだ」
そう言うとナンシーがピタリと動きを止めた。涙でぐずぐずのまま顔を上げた。真顔だ。その顔があっという間にまた泣き顔、あれ?怒り顔になっていく。怒った顔も可愛いなぁ。
「なんでずがぞれえええええええええ」
あ、怒ってる。この子、まじで怒ってる。急いでお店から逃げ出した。
後ろから「ばかーーー! だいすきーーー」という言葉が聞こえてくる。ヘヘッ、俺も大好きだぜ!娘としてな。
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