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一章 魔族の村
7話 ただいま
しおりを挟むはぁー……ついにここまで来た。オレは今、無駄にイカつい開かれた門の前に立っている。
中に見える建物は、村の集会所みたいなもんだけど、実質長老会の本部と化している。
白い壁の上に黒い瓦の乗った塀に囲まれており、外からみるとただの広い平屋だが、広い中庭があって、真上からみると四角く穴があいている。外側に縁側のある建物が多いが、ここは外に面した出入り口は正面と裏口の二箇所のみ。内側にぐるっと一周廊下があって、中庭はザ日本庭園と言った様相を呈している。どの部屋に行くにも絶対に見える様になってるんだな。真ん中にある池にかかった橋はいつ誰が通るのやら。無駄に立派な装飾だ。体裁を気にするご老人らしい物件である。会議場は一番奥の、入り口から中庭を挟んだ向こう側にあったはずだ。
門を抜けた瞬間、幕を通った様な感じがする。確か、敷地内が魔力によって満たされていて、防犯だかの効果がある……だったかな。詳しくは知らないが、悪意は感じないので問題ないだろう。
心労的な意味でもやっと来たと言う感じだが、体感的にも同じ気持ちだ。村の中程にあるお陰で、あまり階段を登る事なくほぼ横移動だけで辿り着いたが、問題はオレの体力の無さだけではなかった。まさか靴までフルセットで用意されているとは……。厚底にも程があると言いたくなる様な高さの下駄で、太い三本の柱で支えられている。着いたら脱ぐんだからいらんだろうに。この高さでも裾がずってしまうのだから、やはりこの衣装はヨナの嫌がらせなのでは?と思ってしまう程だ。
これを魔族は魔法で浮かせ、転ばない様にもできると言うから、ほんと繊細な魔力創作である。
裾だけは何とか浮かせて、後は転ばない様に慎重に歩いてやっと辿り着いたのだ……早く脱ぎたい。
門から本館までそこそこの距離が飛石と言う嫌がらせを何とか突破し、立派な玄関の引き戸をガラガラと開ける。
外で誰か迎え入れてくれても良さそうなものだけど、まあいないわな。開けてすぐに一人いただけでもマシではあるか。
だだっ広い玄関で男が正座をしていた。
「ようこそお戻りくださいました、魔王アーシェ様。既に長老会の皆様がお待ちです。どうぞお上がりください」
会釈をする男の生え際の真ん中から立派な一本角が生えていて、耳は長く尖っている。見た事がある様な、ない様な……。あまり記憶にない人と言う事は、恐らく長老達の一派に所属している人だろう。オレと関わりがあるのは、長老達とはあまり接点のない人達ばかりだったからなぁ。例えるなら魔王派?かな。そもそも、長老達とは会う機会はほとんどなかったに等しい。
今も目の前の一本角男の視線がどこかオレを値踏みするように上から下までねっとりとした視線を向けてくる。少しニヤけて鼻の下が伸びているのは何なんだ。バカにしすぎだろう。
魔王が保護した人族の子どもってやつは、長老達にとって良い存在ではなかったのだと再確認できた。
しかしここで黙ってるのも癪だな。
「どうもありがとう。悪いけど手を貸してもらえるだろうか?あまりこう言った衣装を着る機会がなかったものでね。歩くのすら不恰好だったろうに、君の目には隠す事が出来ていた様で良かったよ」
嫌がらせのつもりか知らんが、オレは現魔王な訳よ。敵意くらい隠せ下っ端め。
にっこりと微笑みながら、手にはこれでもかと魔力を込めて差し出す。魔力量によっては触った瞬間吐くかもな。
「お……お戯れを……。私などが貴方様に触れるなど、出来るはずがございません」
先程までのいやらしい視線はどこへやら。滝の様な冷や汗をかきながらオロオロと目が泳いでいる。
ふん、脅しだけで狼狽えるなんて、長老派も堕ちたもんだな。こんな舐め腐った奴にはお灸を据えてやるわ。
差し出していた手を軽く振り、ふっと息を吹きかけて集まった魔力を撒き散らした。男の行く先にバラバラと飛び散ったそれは、撒菱の様に踏んだ者にダメージを与える。
「そう、悪かったね。長老達をこれ以上待たせてはいけないな。早速案内を頼めるかな」
「……か、かしこまりました」
男はくるりと背を向けたはいいものの、足を踏み出せずにいる。すり足でも無駄だぞ。普通の撒菱と違って魔力だからな。触れた時点で効果がある。
ほれほれ、とっとと踏んで足の血行を良くせんか。足ツボマッサージ器程度に調整してやったんだ、ありがたく思うが良い。礼はいらんぞ。
土間から式台に、下駄を脱いでわざと大きな音をたてて上がる。廊下に登る時もドスドスと踏み鳴らし、さながら追い込み漁の様だ。
「ひっひいぃっ!」
爪先に撒菱が刺さりそうな距離まで追い詰められた男がたまらず悲鳴をあげる。
「騒がしい……何を遊んでいる。何年経っても子どものままだな、アーシェ」
オレが巻いた魔力の上を、何食わぬ顔で歩いて来る男。オレに近い魔力量を誇る彼には大してダメージはないのだろう。誰かなんて聞かなくてもすぐにわかる……あの頃より大きく成長しているが、多くの面影が残っていた。何より片側で三つ編みに結われた髪が、昔を思い出させる。
「ヨナ……」
「うむ、良く似合っているぞ。美しいな」
目の前まで来て手を差し出してくる。顔は穏やかに笑っている様に見えるが、怒っていないのだろうか……。真っ直ぐにオレを見つめる目には、嘘はないと思わせるに足る誠実さが宿っている。元々整った顔つきだとは思っていたが、成長したヨナは美しいを通り越して神々しいまである。イケ面にはカイルでそこそこの免疫ができているが、ヨナはまた違ったジャンルのイケてる面だ。そんなやつから面と向かって美しいだなんて、そんなの誰でもこうなるよな!?差し出された指先をちょいと摘み、もう片方の手で熱くなった顔を冷ます為に手でパタパタと扇ぐ。
うぐ……これも有効なのかよ防寒……。
意味がないと悟ってすぐに手を止めた。
「どーも……ってかお揃いかよっ!仲良しか!」
ヨナの服装……形は昔にアーデが着ていた物に近いが、生地も色合いもオレと同じ物だ。いや、似合ってらっしゃるけども。成人してまさか誰かと双子コーデの様な服を着る事になるとは思わなかった。しかもこんな時に……。
「ふっ、仲良し……だろう。良い生地が手に入ったのでな。ついでに作ったまでよ。そう言えば同じ物は恥ずかしいのであったか?今から着替える時間も服も無し。諦めるしかなかろう」
「ぐっ……」
確信犯の顔とはまさにこの顔だろう。わざとかよ……でも何の為に?
ヨナに連れられ歩き出そうとした時、まだ一本角男が突っ立っている事に気付いた。あ、忘れてたわ撒菱。魔力の主導権を破棄し、撒菱を霧散させると、男は脱兎の如く逃げ出した。何と言う腰抜けか……。ヨナも大きなため息をつく。
「あれが時期長老の一人だ、笑えるだろう?礼儀もなっていなければ品もない……おまけに度胸も矜持もな。世も末とはこの事よ。次代で長老会自体解散になるやもしれんな」
そこまで無いと逆に何ならあるんだと言いたくなる。
親の魔力が遺伝子やすい魔族は、親が担っていた役割を子どもが次ぐ事が多い。あいつ、長老の子どもかよ……アレで。
くつくつと喉を鳴らして笑う美丈夫は、言葉とは裏腹にどうでも良いとでも言いたげな表情をしている。実際そう思っているんだろうな。今でこそ自分を推している長老会も、魔王になったら味方ではなくなる。魔王派と長老会は例えるなら与党と野党みたいなものだ。決定権のある魔王に何かとケチをつけるのが仕事だと思ってやがる。今ヨナを推しているのも、オレが魔王である事に反対しているに過ぎないんだろう。そう言う役割が必要なのもわかるが、あいつらは反対だけして解決案は持ってこない。正直言ってただの老害と化している。胡麻擂りじじいもいるらしいが、それこそ何の為に長老会があるのかわからない。
「丁度いいからなくせばいいじゃん。ヨナが魔王になったらね」
暗にオレは関わりたくないと言う意味を込めた言葉だ。これから先何年続けるかわからないが、魔族の寿命からしたらオレが魔王でいられる期間なんてたかが知れている。めんどくさい奴らの相手より、オレは人間相手の方に力を注いだ方が有意義だろう。
「ふっ、お前の好きな様にするがいい。俺はお前が魔族との関わりを断たなければそれで良い」
指先だけ触れていたオレの手を、手のひらが合わさる様に握り直される。顔は笑っているが、目がこの手を離す事は許さないと言っている……。
またオレは自分の事ばかり考えていたらしい。怒られる事だけに気がいって、相手が何故怒るのかを理解できていなかった。
ヨナの考えている事はわからないけど、オレが今言わなければいけない言葉があるのはわかる……。
「……ただいま、ヨナ」
「ああ……よく戻った、アーシェ」
繋いだ手を引かれ、ふわりと優しく抱きしめられる。オレも自然とヨナの背中に手を回し、頭の装飾に気をつけながら広い胸板にそっと顔を寄せた。
帰ってきたのは昨日なのに、今やっと帰るべき場所に戻ってきた様な……不思議とそんな気がした。
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