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一章 魔族の村
4話 魔力至上主義 sideカイル
しおりを挟む「ふふふ、ぐっすり。かわいいですね」
「寝てるとガキの頃とあんまり変わんねぇな」
僕の膝の上ですやすやと眠るアーシェを二人の魔族が覗き込んでいる。
泣き疲れて眠ってしまい、全く起きる気配がなくて、仕方がないので胡座をかいて横抱きにした。床に寝かせると言う選択肢はないよね。一緒に寝るなら別だけど。
少し目にかかる前髪をすいて目元を晒し、赤くなってしまった目尻にキスをする。起きてたらまた怒られただろうな。
「本当に……かわいいです」
「こんなに大切にしてくれる相手に出会えるなんて、この子は幸せ者ですね。色々鈍い子なので、自分自身で気付くまでには時間がかかるでしょうが……。これからも良き仲でいてやってください」
立ち上がったマクロムさんが、部屋の隅にある押入れから座椅子を出しきて、僕に座る様促した。
「ありがとうございます。一生愛し続けますから、何があっても」
「勇者殿はなかなかご立派な青年だな。こっちからお願いしますって頭を下げたいくらいだわ」
僕が座るのを見届けた二人が元いた席に座る。これはまだ話があるのかな?
背筋を伸ばして二人に視線を合わせると、今までへらへらと笑っていたミクロムさんが真剣な顔で口を開いた。
「勇者カイル殿、この度は我らが魔族の長アーシェを救っていただき、謹んで感謝申し上げる。本来であれば、魔族の問題は我々で解決すべきではあったが……どうしてもできなかった……。貴殿や人族の方々には大変な迷惑をかけた事だろう。申し訳なかった……」
茶舞台から一歩引いた二人が、深々と頭を下げる。
急に謝られるとは思わず、驚いて反応が遅れてしまった。
「そんなっ、頭を上げてください。僕なんかはまだ一年も一緒にいない新参ですし、街の人達も迷惑だなんて思っていないはずです。どうか、謝らないでください。アーシェは何も悪くない、誰も悪くなんてありませんから」
二人はゆっくりと頭を上げてくれたが、顔は暗いままだ。
アーシェの頑張りを、二人には否定してほしくなくて言ったが、そもそも僕に謝ってもらう事は何もない。
確かに、あの愛する人の胸を貫くナイフの感触は、未だに僕を蝕み続けている。アーシェが近くにいないと安心できないし、側でないと眠れもしない。
でもそれは、僕の選んだ事であり、誰に感謝も謝罪もされる事ではないと思っている。
「それに、僕はまだアーシェについて知らない事がたくさんあります。お二人の事も、ここに向かう道中で聞いた程度ですから……。だから、少なくとも僕に頭を下げる必要はありません」
愛していると言いながら情けない事だけど、僕はアーシェがこの世界でどうやって生きてきたのかを殆ど知らない。辛い事を思い出させたくなくて、アーシェに直接訊ねることもしなかった。
「そう……か。すまない、余計な事を言った様だ。アーシェからはどこまで聞いている?」
自分の中で整理できた頃には話してくれるだろうと、あえて過去には触れてこなかった。かと言って知りたくないかと言われたら知りたいに決まっている。本人に聞けないのは少し残念だけど、ここで話すって事は僕も知っておいた方がいいって事だろう。
「森で前魔王様に拾われて、三歳まで魔王城で過ごしたと。その三年は魔族の方々にお世話になったくらいしか……」
「そうか。まあたった三年だし、そんなに語る事もねぇけどな。アーシェが何で魔王になったかは……聞いてないか?」
今までアーシェと交わした会話を思い返してみる。よく考えたらアンタレスに来る前の事はあまり話してくれなかったな……。
「えっと……魔族の皆さんから選ばれたと聞いていますが……」
「いや、それは微妙に違う。表面上最終的には満場一致だから間違いではないが……皆じゃなく一部の推薦だ。魔族にとって魔力量は絶対だから反対する者はいなかったが、別の方を推薦する意見があったんだ。魔王の死期が迫ると自然と次の魔王足り得る魔力を持った子が生まれる。もちろん今回もお生まれになっているが、その方自身がアーシェ推薦派だった事もあって、大きなゴタゴタはなかったんだが……。魔王就任直後にそいつが出てっちまったからな。今はもう一人の候補の方がこの村の長みたいなもんだ。ご本人はアーシェが魔王だの一点張りだが、それを老害共が良く思っていない。」
そいつと言いながら、目線がアーシェに注がれる。三歳でアンタレスに移り住んだと聞いていたけど、まさか魔王になってすぐだったとは。
老害って、さっき言ってた長老会の事だよね。
「なら、アーシェがここにいるのは危険なのでは……?」
物騒な話だけど、邪魔なら殺せばいいってなってもおかしくない。今のところ刺客がいる様な気配はないけど……。
「命を狙われるかもしれないって心配ならいらんよ。勇者殿だから言うが、他言無用で頼むぞ。……魔族は自分より魔力の多い者を害する事はしない。俺達は何をするにしても魔力が宿るんだ。例えばこうやって頭を撫でるだけで、俺の魔力が撫でた頭に残る。それがもし相手を害する行為だった場合、自分より強い魔力には跳ね返されて、自分がその苦痛を味わう事になるんだ。殺しちまった日にゃ、死ぬ程の苦痛が一生続くだろうよ」
マクロムさんの頭を撫でてわかりやすく説明してくれてるけど……。
「そっ……れは……」
人族に言ってはダメなやつでは……?魔力の強い誰かを懐柔できれば、魔族は壊滅的な被害が出る可能性があるって事だ……。
「信用しているぞ、婿殿」
「あ……ありがとうございます」
ミクロムさんは悪い顔でニヤリと微笑み、マクロムさんはクスクスと笑った。
うわぉ……アーシェが魔王になった時に嬉しかったって言った気持ちがわかる……認められるってこんなに嬉しいんだね。
でもコレに関しては本当に聞いて良かったのかな?かなりプレッシャーをかけられた気がするんだけど……。
「あまり気負われなくてもいいですよ。今や山奥でひっそりと住んでいますが、本来我々は他種族を殺す事に何の抵抗もありませんから、あまり弱点にはなりません」
おっと……つい顔に出ていたらしい。マクロムさんにフォローされてしまった。
しかし成程だよね。負ける気はさらさらない訳だ。アーシェも強かったし、きっとこの人達も強いんだろうね。
「そう言った性質上、魔王は魔力量の多い者も少ない者も平等に扱われる様、上に立ってまとめ上げる必要があります。しかし、強すぎる抑圧は独裁を招きかねないので、代々魔王は魔族全体に害をなす事については制約魔法で禁じます。アーシェも例外なく制約をかけてはいますが、個人や少数には関係のない制約ですから、わざわざ苦痛を味わってまで殺そうとする者もいないと言う事です」
外で恭しい感じだったのも、わざわざ家にかえってからアーシェを怒鳴りつけたのも、魔王の威厳を保つ為か。
何にせよ、アーシェが安全ならとりあえず一安心かな。
「そうですか……それなら良かったです」
「そうそう、だから安心して出歩いてくれても問題ないからな。そう言えば数日後にアーシェの帰還を祝って祭を開く事になってるから、一緒に回ってくるといい。色んな出店が並ぶから、楽しめると思うぞ」
「こんな山奥ですからね。何かあるとすぐにお祭り騒ぎになるんですよ。お祭り用の可愛い服も用意しておきますから、楽しみにしておいてくださいね。もちろんカイル殿の分も用意しますよ」
「……何から何までありがとうございます」
気を遣って明るい話題に変えてくれたみたいだ。
そして可愛い服を楽しみにしておけと言う辺り、僕の事まで把握されているらしい。
まあ、わかるか。
人族の父親にも、魔族の保護者方にもお許しをもらった事だし、これからは遠慮しなくてもいいよね。……元々し忘れてたかもしれないけど、そこは気にしてはいけないところかなぁ。
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