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一章 魔族の村

3話 ミクロムとマクロム

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「色々聞きたいんだけど……まずは失礼があってはいけないから、お連れ様を紹介してもらえる?」


 マクロムがお茶をみんなの前に置いてオレの前に座る。
 旅館の客室を想像してもらえればわかるだろうか。畳が敷き詰められた部屋に四角く大きな茶舞台と座布団が置かれた空間。
 隣にはカイル、斜め前にはミクロムが胡座をかいて座っている。
 オレ?もちろん正座してますとも。何故かカイルまで正座だ。


「はい……えっと、人族の勇者でカイル。オレの暴走を止めてくれて……その、オレの大切な人……です」


 うぅおおぉ……これ想像以上に恥ずかしい。
 親戚のお兄さんお姉さん辺りに恋人紹介してる感じ。
 二人にはオレがバブバブ言ってた頃からお世話になっていて、オシメを替えてもらった事もあるくらい多くの恥を晒してきたが、今日も今日とて恥ずかしい。


「カイルと言います。お二人はアーシェが昔にお世話になっていたと聞きました」


 カイルが会釈をして目の前の二人に目を合わせる。
 昔の話はまだあまりしていないが、二人については事前に話をしてある。


「ふふふ、そうですね。ちょっと前の事なのに、大きくなったアーシェを見るともう懐かしく感じます。私はマクロム、この人はミクロム。二人で前魔王、アーデルファルト様にお仕えし、赤ん坊だったアーシェのお世話を仰せつかっていました。時間で言うと三年と言う瞬き程の期間ではありましたがね……」


 マクロムには十五年がちょっとで、三年は瞬きの間らしい。魔族は長生きだから、人族とは時間の感覚にズレがあるんだよね。
 うー、そんな怖い顔でみないでください。お気持ちは重々承知の上、しっかり反省もしております故……何卒ご容赦ください……。
 あの時は余裕がなくて、逃げる様にアンタレスに移り住んだ。それをまだ怒っていらっしゃる……。


「こんなちっさかったのにな。ガキの成長は早いもんよ。しかしあのアーシェが恋人を連れて来るなんてなぁ。まあ……仲が良いのは良いんだがよ、長老会の連中と会う前はやめとけよ?何言われるかわからんからな」


 ミクロムが親指と人差し指で作った『こんな』と言う隙間は、あってせいぜい二、三センチ。さすがの赤ん坊でもそんなちっさくねーよ。
 そして、見える範囲上から下までオレをジロジロと見て来る。
 ……何?なんか嫌な予感するんだけど。


「何の事?」


「いや、だから、お前の中に勇者殿の魔力が入り込んでる。昨夜辺り励んだんだろ?そーゆーの、人族お前らにはどうか知らねーけど、魔族俺らは奥ゆかしいからよ。特に年寄りにはうるせーのが多いんだ。あ、お前らには体内魔力読めないんだっけ?」


 ケラケラ笑いながら言ってるけどさ……何?体内魔力……そんなん見えてんの?昨夜励んだって……えっ!?


「ーーーっ!!?だからやだって言ったのにーっ!カイルのばかあほおたんこなすーっ!!」


「セックスすると魔力が混ざるんですか?」


 って事は何だ!?会った瞬間からオレ達の関係がバレバレだったと言う事かっ!怖いっ!いやーっ!!
 オレの渾身のパンチを軽々と受け止めて、止めた手と恋人繋ぎにして膝の上に戻される。もうバレたから遠慮しませんってかこの野郎っ!
 そして無視するな!ハッキリせ……せっ、せっ……って言うなーっ!
 うぅ、やると魔力が混ざるなんて聞いてない……。


「んー、正確には子作りすればだな。子種に魔力が宿ってるから、受けた方に混ざるんだ。他の体液にも魔力は宿ってるが、ちゃんと子種を中に注がんとそこまでは入り込まんから安心していいぞ」


 やめてーっ!オーバーキルっ、オーバーキルだからぁっ!!一体どこに安心できる要素があると言うのかっ……。
 絶対に今、オレの顔は真っ赤になっている。断言できるわ。こんな恥のオンパレードがあるものなのか!?
 確かに子どもは体内で魔力が混ざってできるとかは聞いたけども……。
 魔族だけの話かと思ってたわ!


「成程、牽制になりますね。いい事を聞きました。ありがとうございます」


 良い笑顔のカイルがお礼を言っている。何にもありがたくないが?恥の大盤振る舞いでしかなかっただろ。わかってるか?どっちがどっちの役割で、な……か出しまでしたのがバレとんじゃ。しかもさっきミクロムはって言った。考えたくないから何がとは言わないが、そこまでバレていると言う事だ。それが何でそんなに嬉しそうなんだ!


「話聞いてたか!?やめとけって言ってんだが!?」


「え、やめる訳……なくない?」


「なくなくなーいっ!!」


 クッソーっ!一瞬悩んで考えた結果がそれか!?思わず一昔前のギャルみたいになっただろうが!
 ほんっと話通じないな!


「大丈夫だよ。時と場所と場合は考えるから」


「嘘つけーっ!!」


 よくもそんな曇りなき眼で言えたな。もう昨日の狼藉を忘れたのか!?


「アーシェ、落ち着きなさい。別に悪い事ではないんだよ?あなたの立場を考えると、長老達の前では自重した方がいいくらいのものだからね。先程カイル殿が仰った通り、魔族の中でも牽制に使われる事もあるんだから、時には必要な事もあるでしょう。そんなに乱暴な言葉を使ってはいけません。まったく、誰に似たのやら……」


 マクロムがジロリとミクロムを睨む。そのまま怒りの矛先がミクロムに向けばいいのに。


「では、本題に入りましょうか。ここから出ていった後の事について、教えてもらえるね?」


 ま、そうはいきませんよね……。マクロムの笑顔がとても怖い。


「はい……出てってから最近までは魔報で送ってた通りだよ。始めはアンタレスの人達に殺してもらおうと思ったけど……ダメだった。だから、街に集まってきた冒険者に殺してもらえないかと思ったんだけど、弱いわ根性なしだわでうまくいかなくて……。王家からの軍政を期待してたら、カイルが来てくれたんだ。マクロム達が聞きたいのはそこからだよね?」


 羞恥心を抑える為に湯呑みに入った緑茶の様なお茶を啜る。マクロム特製の薬草茶。美味しい……。


「そうだね、その辺りから魔報もなくなって心配してたんだよ。正直、君が死ぬなんて誰も思ってなかったからね。森の魔気が薄れた時はそれはもうお葬式みたいだったんだから。君からの魔報がなかったら翌日には次期魔王についての会議が開かれていただろうね」


 う……そんな事になってたの?ほとんど動けなくて大変だったけど、魔報送って良かった。


「それは……ご迷惑をお掛けしました……。実際一度死んだけどね。オレが女神から死ねって言われてたの覚えてる?あれがさ……魔力制御できる体に創り直すから、一度死ぬ必要があるって意味だったんだ。アーデの魔力は女神に連れて行ってもらったよ。だから今は思念体なしに生活できてる。めちゃくちゃ弱くなっちゃったけど……」


「そう、期限付きで生き返っているとか、また死ななければならない訳ではないんだね?本当に……これからは普通に生きて……はぁ。ならいいよ、あなたが元気で生きていてくれるならそれでね……」


 途中から声が震えている。顔を顰めて口に手を添えると、横のミクロムが肩を抱いた。
 そっか……生き返ったしか伝えられてなかったから……。オレの状況なんてわかる訳ないのに、そこまで気が回らなかった……。


「……ごめん、なさい……。心配かけて、本当にごめんなさい……」


「わかりゃいいが、次はねぇぞ。それから、今度からたまには帰って来い。人族の村に立派な家があるのは知ってるが、ここもお前の家なんだからな」


 オレのばか。自分の事ばっかり考えて、全然周りを見ていなかった。こんなにオレの事を想ってくれる人達がいたのに……。


「う、うぅ……ごめっなさ……ひっく……うっうう、うぅー……」


 情けないし嬉しいし悔しいし……色んな感情がごちゃ混ぜになってぼたぼたと涙が零れてしまう。オレが悪いのに何で泣くんだ……。止まれ、止まれっ。


「アーシェ……君は頑張ってたよ。大丈夫。みんな君が好きだから心配してくれるんだ。ヴァンさんもトーマさんも。僕が魔王城に向かう時、二人に殺されかけたよ。あれはきっと君を守りたかったんだ。何を犠牲にしてでもね。それだけ周りから愛される君は、とても素敵な人だ。大丈夫」


 ぐしぐしと目を拭っていた手を止められて、横から力強く抱きしめられる。
 大丈夫と言いながら頭を優しく撫でられ、胸の辺りでジクジクしていた気持ちがやんわりと解れていく。
 オレは泣き疲れて眠るまで、カイルの胸の中で子どもの様にえんえんと泣き続けた。




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