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第二幕 プロローグ

第二幕 プロローグ side???

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 魔の森の魔気が晴れた。これの意味する事を知らない魔族はいない。
 あんな膨大な魔力を制する者がいようとは……。
 ついにこの時が来てしまったと嘆く者、やっとくたばったかと嘲笑する者。
 俺のこの気持ちはどちらだろうな。


 外が見える様に大きく開け放たれた戸。外気は冷たく、頬は刺された様にチリチリと痛む。
 この肌の色では赤くなろうとも誰にも気付かれる事はない。ただ一人を除いては。
 ……いや、もう誰もいないか。
 キセルも咥えていないのに、口から吐き出されるため息は白い。


 藺草の香がする床に片膝を立てて座り、目の前の円卓には酒瓶が一つと、対になった二つの盃が置かれている。
 誰もいない席と、自分の前に置かれた盃に、並々と酒を注いだ。
 縁側の先に見える月を肴に、盃の中の酒を一気に煽る。
 お前も呑める歳になっただろう。好んで呑むかは知らんが、今日くらいは付き合え。


 山の裾に沿ってならぶ暗い色の瓦屋根も、そろそろ白く染まる時期が迫っている。静まり返った村の中は、寒さも相まって喪の雰囲気に拍車をかけていた。


 ふん……普段は人族が魔王である事にグダグダと喧しい年寄り連中も、今日ばかりは大人しいものだな。宴会でも始めるかと思っていたぞ。
 今更魔王などお飾りだと思っていたが、何だかんだと言っても、影響は大きいのだな。


 そんな静けさに似付かわしくない足音がドタバタと響き、部屋の前で止む。
 チッ……無粋な。


「何事だ。こんな夜に……騒がしいぞ」


「もっ申し訳ありません!しかし若様、大変でございます」


 今更恭しく引き戸を開ける男……長老会の誰ぞの倅だったか。まぁどうでも良い。
 男は敷居と畳縁を跨いで頭を伏せる。
 ……どうでも良いが、こいつの代でこの家は終わりだな。


「良い。早く用件を申せ」


 無礼に対する礼儀は持ち合わせていないのでな。そのまま伏せているがいい。


 持っていた盃を机にカツンと音を立てて置く。魔王崩御以上の一大事などあるものか。
 つまらぬ用件ならその首を掻き切ってくれる……。


「ま……魔王アーシェより魔報です。そのうち戻る、と……」


「……なっ」


 んだと……生きている?あの状態からどうやって……。
 口元を手で押さえ、ぎりっと力を込める。


「詳しい事は戻ってから話すとの事ですが……如何なさいますか?」


「……間違いなく魔王からの魔報か?」


「はっはい、間違い御座いません。直接ご覧になりますか?」


 不毛な事を聞いたな……俺自身が一番わかっているだろうに。しかし確かめずにはいられない。
 先程から土下座の体勢を崩さぬ男から、微かに感じる。俺が間違うはずもない者の魔力……。


「いらぬ。帰ってくるのであれば、出迎えの準備をせねばな。しかし今日はもう遅い、明日から動けば良かろう。下がれ」


「はっ」


 男の気配が消えた事を確認して、力を込めて抑えていた表情を崩す。


「くははっ……生きていたか。アーシェ……アーシェ」


 チラリと部屋の隅にある鏡を見る。
 誰にも見せる訳にもいくまいよ……。こんなドス黒い心の内を。醜く歪み、口角が上がる事をやめられないこの顔を。これはたった一人に向ける為の感情だ。


 あの死にたがりが俺を捨てて逃げた時……あの時程自分が魔族である事を憎く思った事はない。魔力量の差が大き過ぎて手出しができぬ……。基本魔族は自分より多くの魔力を持つ者に反抗する事はない。できぬに等しいか。
 魔王城の地下に通い、触れる事すらできず小さな体が俺と同じ様に成長していく様を見ている事しかできなかった。動けない人形など、死んでいるも同然なのにな……何度殺してやりたいと思った事か。
 もうとは生きて会う事もないと思っておったが、それが……。


「生きて帰って来る……くくっ……早く戻って来い。次こそは逃がさん……」





********************








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