秘密の多い薬屋店主は勇者と恋仲にはなれません!

白縁あかね

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八章 無くなった秘密

38話 容赦ねぇな

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「……ん」


 目を開けると、茶色い天井が見える。チラリと首と目線を動かし辺りを見渡すと、魔石でやんわりと明るいが、どうやら窓もない閉鎖された空間の様だ。
 微かに腹の辺りに重みを感じ、同時に安堵感が込み上げる。
 触れたくて手を動かそうとするが、全身が鉛の様に重くなかなか思う様に動いてくれない。


「……は、ぃ……」


 声もうまくだせない。音になりきれなかった空気が吐き出されただけだった。


 やっとの思いで横腹辺りに触れていた金色の毛束に手が届く。
 早く起きろ……。
 指で挟んでグイッと引っ張ってやった。……つもりだが、実際はちょこっと突っ張る程度にしかならない。


「んん……アーシェ……?」


「はぁー……ふぅ」


 やっと顔を上げたカイルに口をぱくぱく動かして息を吐いた。
 目覚めてすぐは赤子同然とは聞いていたが、声まで出ないとは……これなら赤子の方が動けるのでは?


「うぐ……ごめん、待たせたかな。声もでない?結構重症だね……とりあえず街に帰ろうか。皆んな心配してるだろうしね。ポーションとか色々試してみよう」


 当然の様にお姫様抱っこ。しかも殆ど力が入らないから、頭はコテンとカイルの肩に預けている。
 ……悪い気はしない。


「……あんまり可愛い事してると襲うからね?ダメだよ、我慢してるんだから。元気になったらたんまりご褒美もらうね」


 唯一そこそこ動く首を肩に擦り付けていたら怒られた。
 仕方ないだろ……オレだってずっと我慢してたし。でも今は勘弁してやろう。だって目が笑ってない。
 大人しくカイルにもたれ掛かって荷物に徹する事にした。


 ここは魔王城の地下。オレが十五年間本体を封印していた場所だ。
 元々あった体は女神が回収して、今の体に創り直してくれたらしい。おかげさまで生まれたての赤子同然である。
 少し違うのは、動けない原因は筋力がないとかではなく、体に魂が馴染んでいないかららしい。赤子と違って大人の体に魂を入れるのは大変なんだと。
 どのくらい時間がかかるかは体との相性もあるらしく、流石の女神もわからないらしい。
 動けない間はカイルが世話をすると息巻いていた。正直遠慮したいが、恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。今のところ全く動ける気がしないんだから。


 大人しく抱えられて階段を登っていると、先の方が何やら騒がしい。ドタバタと誰かが駆け降りて来ている様だ。


「勇者様!勇者様ぁっ!!」


 ややこしい気配がする。どうせ話せないし、寝たふりでもしておくか。何とかしてくれ、お前の仲間だろ。


 聖女がオレ達を見とめると、急に足を止める。まだ先からバタバタ聞こえるのは、他の仲間も追いかけてきてるんだろう。


「……どう言う、事ですか?」


「どうとは?」


 もちろん事前に話はまとめてある。
 何があってもオレが魔王であった事を隠すつもりはないと言うと、カイルとケイトが考えてくれた。


 『魔王引き継ぎの際の事故により、オレの本体が魔力暴走を起こす。その体を魔王の分身であるオレが長年封印していたが、段々と封印が弱まり、暴走を抑えきれなくなって魔物が凶暴化してしまった。そこに現れた勇者が魔王の本体を殺す事で、魔の森の魔気は抑えられる。そして、自分の愛し子が死んで悲しんだ女神が、オレを生き返らせた』
 と言う筋書き。


 オレ一番の悪事、魔力をわざと漏らしていた事については、封印でも抑えきれず仕方なく、と言う事になった。魔族と人族との軋轢を生む訳にいかないしね。
 街の人達はただただ襲ってくる魔物を退治していただけで、オレ魔王とは無関係だった事にした。どこで迷惑をかけるかわからなかったしね。


 この筋書きは聖女には酷な話になるだろう。


「この先には魔王がいたのではないのですか?何故その方がここに……」


「カイル!無事だったかい?魔王は!?」


 後から来た仲間も追いついたらしい。安心したまえ、勇者様は無傷だとも。
 魔力暴走は、愛する相手には影響しない……寿命が尽きた後だけじゃないなら教えておいて欲しかったよアーデ。
 何となく恥ずかしいからカイルには秘密だ。


「魔王はここにいるよ。暴走は抑えたから問題ない」


 頭に何か温かい感触が降ってきた。何だこれ。


「そう……だったのね。やっぱり彼が……。気を確かにね、カイル」


 何やら魔法使いに気を使われている。あれ、オレ死んだ事にされた?


「大丈夫だよ、今は眠ってるだけだから。さっき女神様が生き返らせてくれたところで、体の自由がきかないみたいなんだ。街までこのまま連れて行くよ」


「女神様が……生き返らせた……?そんなはず、ありません……。あり得ません!!」


 カイルは歩き出そうと動いたが、すぐに止まってしまった。気配からして、聖女に通せんぼされているみたいだ。


「どうしてそう思うの?事実だし、あり得ないと言われても困るけど」


「っ……でも、御神託はっ」


 そうだよな。聖女の解釈では、オレは邪魔者だし、闇イコール魔王って思ってる。実際には森の魔気の事だったけど……。とにかくオレが女神に生き返らせられるなんてあり得ないと思うよな。


「あぁ……女神様に聞いたよ。前に出した神託通り、僕とは運命の相手だって。これからは二人で手を取り合って仲良く暮らしなさいって祝福してもらったよ」


「……は?」


「さ、とりあえず帰ろう。街の人達が帰りを待ってるだろうから」


 今度こそ聖女の制止を無視して階段を登り始める。チラッと薄目で覗き見ると、呆けた聖女を他の仲間が支えているところだった。
 聖職者である彼女が、オレを殺そうとするくらいだ。相当思い詰めていたに違いない。
 どうか、彼女にも何かしらの救いがありますように。
 しかしコイツ、容赦ねぇな……。


 カイルは振り向く事なく街へと足を進めた。




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