秘密の多い薬屋店主は勇者と恋仲にはなれません!

白縁あかね

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七章 アーシェの秘密

36話 女神との邂逅

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「おーい、おはよー。そろそろ起きる時間よー」


「……ん。何……?誰?」


 何もない真っ白な空間。言葉通り何もない、もちろん床も。
 目の前にはすこぶる美人なお姉さんがぷかぷかと浮いている。
 何だ、夢か。


「夢じゃないわよ。私はアムテミス、こう見えてえらぁい神様でーす」


「コスプレ似合ってますよ。まだ眠いんで、おやすみなさい」


 夢しかないだろこの状況。他に何があんだよ。勘弁してくれよ……オレは……え?オレは……誰だ?


「自分が置かれている状況がわかってきたかしら?忘れてるだろうから軽く説明するわね。あなたは死にました。なので新しい体に転生してもらいます。ただし、今までいた世界じゃなくて、私が作った世界にね」


「は?死んだ?世界?待ってくれ、意味がわからん」


「そう?どの辺りがわからなかったかしら?」


「わからないと言うより……混乱、している」


 女神は頬に手を添えて、鼻からふーっと息を吐いた。
 頭をかこうしとして……そこで気付く。オレ……手足、どこだ?


「そう言えば魂は繊細だったわね。いいわ、あなたが質問してくれたら答える事にしましょ。ゆっくりで構わないわよ。それと……ケイト」


「はい、女神様。何かご用ですかにゃ?」


 うぉっ、いつの間にやらオレの隣に猫が立っている。
 そう、。妖怪?
 二足歩行で杖を持ち、シルクハットにおしゃれな燕尾服まで着ている。妖怪にしては洋風過ぎるだろうか。


「あははははっ、よっ妖怪……あはははは!」


「……失礼な。ボクは女神様にお仕えする精霊にゃ」


 爆笑する女神に仁王立ちで胸を張るオシャレな猫。
 ……おやすみ。


「現実を見るにゃっ。ちゃんと話を聞いておかないと、後悔する事になるにゃ」


 ツンツンと杖で小突かれる。痛っちょ、それめっちゃ痛い。
 ただの球体なオレは、なす術なく杖に突かれ続けるしかなかった。
 ビリヤードの玉じゃないんですけど。


「はーっ、こんなに笑ったのいつぶりかしら。いいわねあなた、やっぱり新しい風を呼び込むには正解な方法だったようね。世に送り出す前からこんなに笑わせてくれるなんて、お礼にあなたには素敵な人生を歩んでもらわなくちゃ。で、何か聞いておきたい事はあるかしら?私達とあなた達とでは価値観や倫理観、何もかもに大きな差があって、理解に苦しむ事もあるかもしれないから、ケイトにはクッションの役割をしてもらうわ」


「にゃるほど、わかりましたにゃ。珍しく丁寧な対応ですにゃ。いつもならズバズバ転生先を決めてしまうにょに」


「そりゃね!大事な大事なかわいい魂ですもの。短過ぎる時間しかないけど、しっかりとおもてなしさせてもらうわ」


 この猫は通訳みたいなもんかな?よくわからないけど……とりあえず気になる事を聞いてみるか。


「どうも……。じゃあ、なんでオレは何も覚えてないんだ?正直自分でもよくわからない不思議な感じがする……。色んな事を理解しようとしたら、それに伴った知識とか経験が必要だろ?でも、オレは何も覚えてないのに、お前達の言う事もある程度は理解できるぞ」


 さっきまで涙目だった女神は、真剣な顔でオレの話を聞いてくれた。


「良い質問ね。まず、何で覚えてないかについては、魂が生まれ変わる時に、今までの記憶を魂の奥深くに沈めてしまうからよ。別に残しても構わないんだけど、それだと何度も生まれ変わるのに支障が出てくるの。魂は繊細だから、覚えている記憶が多ければ多いほど複雑になって耐えられなくなるのよね。最近私達の間で別の世界から招いた魂は特別に記憶を残して転生させるのが流行りではあるんだけど……あなたの場合、今回初めて別の世界から招いた魂だから。何があるかわからないし、とにかく馴染んでもらうのを第一に考えてね。で、あなたのその不思議な感覚については、記憶は深層意識に沈めただけで、正確に言えば失われた訳ではないからよ。かっこよく言えば、今までの記憶は魂に刻まれているってやつ。環境に加えてそれも大いに自我の形成に関わっているのよ。直近の記憶である物ほど影響があるわ。今のあなたは前の記憶からのみで自我を形成している状態ね」


「一言で言えば生まれ変わる為の下処理済みって事だにゃ」


 ……なっげぇ。そして通訳短っけぇ。でも何となくわかった。オレが前世で悪さしたとかで島流し的なのにあったのかとも思ったけど、そうじゃないらしい。


「ふぅん……。前世まえのオレってどんなやつだったの?あんまり今と変わってない?ってか、何で死んだ?感覚的に老けてない気がするから老衰とかじゃねーよな……たぶん」


「うーん、そうね。大きな変化はないけど、なりたかった自分に近付こうとしてる感じがあるかしら。ちょっと可愛らしい変化が起こってるわ。何で死んだかは……知らない方がいいわね」


 微笑ましく笑っていたはずの女神の顔が急に暗くなる。
 え、何……余計に気になるけど。


「日常は穏やかなものだったわよ。努力家だし、誠実だし、あなた自身には何も問題はなかったわ。ただ、最後は自分で命を断つ程つらい目にあったのね。次では私が守るわ!自分では死ねない様にするから安心してっ」


「女神様、ほぼ言っちゃってるにゃ」


「あらやだ……聞かなかった事にしてちょうだい。とにかくこれからの人生には関係のない事よ」


 そりゃそうか。思い出したところで戻れないしな。安心は……できないけど。


「つらい事を忘れられてラッキーって思う事にするよ。で、今までと違う世界で生まれ変わるってさ、オレに何か不利益があるのか?」


「うーん。記憶も沈めたし、体もこちらの世界で生まれた者を用意するから、特にないとは思うけど。あぁ、でもね。今回、今のあなたの自我は残したまま転生させようと思ってるの。その方があなたにも楽しんでもらえるだろうし、こちらとしても新しい風が入ってきて嬉しいしね」


「そもそもの話、神々は停滞した世界に別の世界から魂を招く事で、新たな変化を期待していらっしゃるにゃん。それは記憶を残していればいる程顕著になるけれど、招かれた魂には負担になる事もあるにゃ」


 だからオレの記憶は忘れさせるけど、自我は残す、と。


「ご明察にゃ」


「……あのさ、さっきからオレの考え読んでね?」


「……女神様、この領域の説明は」


「してなかったわね」


 テヘペロはここでも健在なのか、女神が舌を出してウインクをかましてくる。効かんわそんなもん。


「はぁ、ここは神々の領域の一部『魂の休息地』と呼ばれる場所にゃ。下界の物が唯一、天界の物との接触を許された場所で、主に魂の転生先を決める時に使ってるにゃ。だから天界の物相手には嘘がつけない様になってるにゃ」


「ふーん……ちなみに嘘ついたらどうなるの?」


「特に罰則が設けられている訳じゃにゃいけど、神からの不興を買ってもいい事はないと、次の生で思い知る事になるにゃ」


 成程ね。まぁ今のオレに嘘をつく理由もないし、問題ねーな。


「そうそう。大丈夫大丈夫。で、他に聞いておきたい事はあるかしら?」


 ……流したな。まあいいけど。


「生まれ変わったらオレは何をしたらいいの?新しい風だか何だかわからんけど、使命的なのでもある訳?」


「特にないわ。強いて言えば、私の世界で自由に生きてほしいのよ。あなたの思うままにね。さて、もっと話していたいところだけど、そろそろ生まれる時間かしら。私達は世界に直接関わる事を神間のルールで避けているから、生まれた後にあまり手助けができないの。だから、あなたの為に色々加護を創っておいたから、うまく活用してちょうだい」


 え、待て。今言ったのが一番重要なやつでは?


「じゃあ元気でね、一瞬だったけど楽しかったわ。新しい人生に幸あれー」


 手を振る女神が段々と遠くなっていく。
 はぁー!?嘘だろ、これで終わり?加護って何だよ!わかんなきゃ活用も何もあるか!


 そしてオレは無事生まれ変わり、親や孤児院からも追い出されるハメになったのである。
 ふざけんなよっ!!




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