上 下
41 / 58
七章 アーシェの秘密

35話 十八年ぶりの再会

しおりを挟む



 何もない真っ白な空間をカイルと手を繋いで歩く。……歩いているつもりだが、あまりにも何も目印がなくて、前に進んでいるのかもわからない。
 でも不思議と不安な気持ちは一つも湧いてこなかった。カイルと二人ならどこにいても同じだしな。


「どうしたの?何かいい事でも思い出した?」


 おっと……どうやら顔に出ていたらしい。これだけ何も情報がない空間だと、視界だけじゃなく全身の感覚が鈍っているみたいだ。


「何でもないよ。これはどこに向かってるんだ?」


「女神様とケイトさんの所だよ。かなり深い所まで潜ったから、ちょっと時間かかるかもしれないけどね。アーシェはどこまで覚えてる?保存魔法を解いた後の事」


 歩みは止めないままに記憶を探る。前世さっきの出来事が衝撃であまりハッキリと思い出せない……。


「ごめん……覚えてない、かも」


「謝らなくていいよ。むしろそうだと思ってたから。本体に意識を戻した時には深層意識に潜っていってたんだろうね。でもどうしてそんな事したのかが気になったんだ」


 どうして……そうだ、消えたかったからだ。オレはカイルから離れようと思った。だって……


「オレ達、一緒にいちゃいけないんじゃ……なかったのか……?」


「はぁ!?どうしてそう思うのっ?」


 歩みを止めたカイルに両肩をガッチリと掴まれ、真正面に向き合う。
 あれ……?当事者なのに神託を知らない?


「いや……聞いたんだ。お前と聖女は結ばれる運命にあるって。女神が神託を下したらしい。知らなかったのか?」


「そんな運命クソくらえなんだけど。知ってたらエマとのパーティは断ってたかな。アーシェと会う前は愛だの恋だのに全く興味なかったし、変に期待させたら悪いしね。今でもアーシェにしか興味ないのに」


 その顔面は居るだけで勘違いホイホイだと思うが、何も問題にならなかったんだろうか……。
 だったらあの神託とやらは何だったんだ?


「そうだったのか。てっきりオレはお前達の当て馬にでもなるのが自分の役割だと思って……」


「え……そんなクソ神託信じちゃったの?純粋かよー。それで僕から離れようと思った訳?冗談じゃないよね。誰だ……アーシェにそんなくだらない事を吹き込んだのは……」


 イケメンが珍しく苛立った顔をしている。そして口が悪い。まさかコイツの口からクソなんて言葉を聞く事になるとは……。あ、いや、二回目か……。


「か、風の噂だっ。別に誰と言う訳じゃ……」


 何だか告口するみたいで、聖女を突き出すのは憚られた。彼女も彼女なりに必死だったんだろう。オレに庇われるのも余計なお世話かもしれないが……


「ふーん……まぁいいけど。その件は女神様に訊いてみよう」


 またオレの手を引いて歩き出す。そこでふと疑問が湧いてきた。


「そう言えば、今はどう言う状況なんだ?女神に会うなんて……お前も死んだのか?」


 そうだ……女神は世界への直接干渉を極力避けている。自分の名前を秘匿する程度には徹底していたはずだ。よくわからないが、神様ルールと言うやつらしい。そこはオレらの理解の及ばぬ範囲だろう。
 とにかく女神と生きているうちに話すなんてことはあり得ないんじゃないだろうか……。


「うーん、死んではいない、かな……たぶん。でも、今は魂だけが神の領域ここにいる状態らしいよ。あ、アーシェは……ごめん。僕が……」


「大丈夫だ。そうするしか方法はなかったから。ありがとう、オレの願いを叶えてくれて」


 オレはやっぱり死んだか……。また別の何かに生まれ変わるのかな……だとしたら、今度はカイルの側にいられる何かになりたい。
 ケイトみたいに猫でもいいな。


「……もう勘弁してほしいけどね。次にそんな機会があったら、こんな世界めちゃくちゃにしてやる。君と一緒にいられない世界なんて必要ないよね」


 ……目がキマっている。これは本気のやつだな……。なんて……。


「物騒な事言わないでちょうだいっ。あなたにはちゃんと打診してからだったでしょう」


 急に聞き覚えのある女性の声がする。この声は……。


「女神……」


「お久しぶりだわね、かわいい魂。よく戻ってきてくれたわ。あなたには申し訳ない事をしたわね……」


 言いたい事がたくさんあったはずなのに、女神の沈んだ顔を見たら言う気が失せてしまった……。
 はぁ、とにかく何でこんな事になったのか聞きたい。女神は何がしたかった?


「オレの役割って結局何だったんだ……?オレはここに生まれて何をしたら良かったんだ」


「それは……前に言った通りだわ。あなたには自由に生きてもらうだけでいいはずだったの。別の世界から魂を呼び込んだのが初めてだったから、この世界でも馴染めるか心配で……」


「ご主人様……よくぞご無事で。ここからはまた誤解や勘違いを生まないために、ボクも仲介するにゃ」


 いつの間にか足元に二足歩行で杖を持った猫が立っている。燕尾服にシルクハットの相変わらずオシャレな黒猫だ。


「ケイト……久々に見たけど、かっこいいね」


「にゃはは、ありがとうにゃ。妖怪に見えなくて何よりにゃん。……疲れたでしょう、どうぞ、座ってにゃ」


 妖怪……まだ根に持ってたのか。ごめんて。
 ケイトが杖をサッと振ると、椅子が二脚と丸いテーブルにティーセットが並ぶ。
 オレとカイルが隣り合う様に座ると、正面に脚の長い椅子が現れ、ピョンとケイトが飛び乗って座った。


「さて、ご主人様は初めてボクらと会った時の事は覚えてるかにゃ?」


 時間にするともう十八年も前になる。ある程度の事は覚えているつもりだが、どうだろうか……。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

異世界に来たのでお兄ちゃんは働き過ぎな宰相様を癒したいと思います

猫屋町
BL
仕事中毒な宰相様×世話好きなお兄ちゃん 弟妹を育てた桜川律は、作り過ぎたマフィンとともに異世界へトリップ。 呆然とする律を拾ってくれたのは、白皙の眉間に皺を寄せ、蒼い瞳の下に隈をつくった麗しくも働き過ぎな宰相 ディーンハルト・シュタイナーだった。 ※第2章、9月下旬頃より開始予定

神官、触手育成の神託を受ける

彩月野生
BL
神官ルネリクスはある時、神託を受け、密かに触手と交わり快楽を貪るようになるが、傭兵上がりの屈強な将軍アロルフに見つかり、弱味を握られてしまい、彼と肉体関係を持つようになり、苦悩と悦楽の日々を過ごすようになる。 (誤字脱字報告不要)

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

処理中です...