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五章 魔王の秘密
30話 最後の瞬間 sideカイル
しおりを挟む階段を降りきると、広い空間に出た。真ん中に台座があり、そこには美しい青年が眠っている。
導かれるままにゆっくりと近づき、台座に腰掛け青年の頬をそっと撫でた。
「やっと会えた。地下で眠る君、扉の先で封印された魔王……。やっぱり君なんだね、アーシェ」
髪はほどいているが、それ以外は二人きりの時と変わらない姿。本当に綺麗だ。
「僕は君をさぞかし困らせた事だろうね。でも、後悔はしてないよ。君を好きな気持ちは微塵も間違っていないんだから」
少しでも温もりを感じたくて、コツンと額を重ねた。
触れたところからじんわりと温かさが広がり、次第に目元に集まってくる。
「後悔しているとしたら、勇者としてここに来てしまった事だ……」
ポタポタとアーシェの顔に雫が落ちる。
あれ……?あー、もう。君が関わると本当に知らない自分が出てきて驚くよ。涙なんて流したことないのに。
パッと顔を上げて、ぐしぐしと目元を拭った。
「魔王をこんなに好きになる勇者なんて、どこのラノベ?って感じだよね……らのべ……?」
僕は何を言って……?
「勇者。やっぱりできないかにゃ?」
聞き覚えのある声に顔を向けると、ケイトさんがピョンと台座に飛び乗り、アーシェの顔の横に座るところだった。
「……したくは、ないですね」
力なくへらりと笑って答える。
「ふにゅ、なら少しボクの話に付き合えにゃ。ご主人様の話、聞きたいかにゃ?」
アーシェの話?聞きたくない訳ないよね。
一も二もなくこくこくと頷いた。
「時間もにゃいし、とりあえずそーゆーものだと思って最後まで聞いててほしいにゃ。ご主人様はね、お前を創った女神様……アムテミス様のお気に入り。異世界から初めて招いた魂で、とても大切にされていたにゃ」
ケイトさんに最初に釘を刺されていなかったら、口を挟んでしまっていただろう。
何とかコクンと頷くに留めた。
「アムテミス様は初めて招いた魂に、自分で創った世界で幸せに暮らして欲しいと願いを込めて送り出したんだけど、それが問題だったにゃ」
ケイトさんは少し言いづらそうに耳を足でガリガリとかいている。
「アムテミス様は……と言うより、神々全般に言えることにゃんだけど、我々下々の物からすると大雑把なところがあってにゃ。ご主人様にいくつかの特殊な加護を与えたんだけど、それがにゃ……。自分で創ったばかりの、ボクにもよくわからにゃい加護だったにゃ。安全性も他の加護との相性も検証できていないにょに……。結果的に膨大な魔力が付与されてしまったにゃ。昔からあるものならボクにも鑑定できるんだけど、ご主人様に付いている加護はボクにも何かわからなかったにゃ。既に生まれた命から加護を取り除く事はできなくて、正常に作り替えるには、体を壊すしか方法がなかったにゃ。ボクはそれを伝える為に、遣わされた精霊にゃ。酷な役だったにゃ……簡単に言えば死ねって言いに行くんだから」
ケイトさんはその時の事を思い出したのか、心なしか落ち込んでいる様に見えた。
「でも、ボクが着いた時には既にご主人様は親に捨てられていて、どこにいるかわからなくなってたにゃ。ボクも受肉させて世界に降りてきてるから、女神様と連絡を取る手段もなくて……。それから見つけるのに一年かかって、出会えた時にはご主人様には大切な家族ができてたにゃ。それが前魔王、ご主人様の養父にゃ。当然、ご主人様は死ぬ事を拒否したにゃ。前魔王が崩御するまでは」
悲しげな赤い瞳は、チラリとアーシェが大切に抱えているナイフを見る。
「前魔王は死後、今みたいに暴走を起こしたにゃ。止められるのはご主人様だけと言う状況に追い込まれ、このナイフで……。その時に漏れ出た魔力の影響で、近くの村もほぼ壊滅。加護のせいで前魔王の力を受け継いでしまって、努力して制御できるようになっていた自分の体も、制御しきれなくなったにゃ……。だから自分で自分を封印したにゃ。それからのご主人様は……正直言って見てられなかったにゃ……。死にたくても死ねず、ずっと自分の死に場所を求めて必死に足掻いて……誰にも心を許さずこの十五年を過ごしたにゃ。躊躇わずに自分を殺してもらえる様に……自分と同じ悲しみを、自分を殺してくれる人と残される人達に負わせない為に。それは人間として生きている上で、とても辛い選択だったに違いないにゃ。でも、お前はそんなご主人様を救ってくれた。死ぬ事だけが唯一の道だって言ってたご主人様が、お前が来てから毎日楽しそうだったにゃ。そんなお前にこんなことを頼むのは酷だとはわかってるにゃ。でも……もう、ご主人様を解放してあげてほしいんにゃ」
涙の溜まった赤い瞳を細め、アーシェの顔に頬擦りをする。ずっと近くで見守ってきたケイトさんも辛かったに違いない。
「アーシェは……解放したら、どうなるんですか?」
「アムテミス様は作り替えると仰っていたから、またどこかに生まれ変わるはずにゃ。今度こそ絶対に幸せにしてもらう様に訴えてやるにゃ」
そうか……生まれ変わって幸せになれるならそれで……。いや、生まれ変わるなら会いに行けばいい。僕の事を覚えているかわからないけど、君にまた笑いかけてもらえるなら何だってするよ。
「アーシェは僕が幸せにします。生まれ変わったら迎えに行く」
そっとアーシェが持つナイフを手に取る。
「ありがとう、それなら安心にゃ。ボクもついて行ってやってもいいにゃ」
「ふふ、いいですね。一緒に行きましょう」
黒い手が差し出される。拳を作ってぷにっと肉球に押し当てた。
「さあ。後は頼んだにゃ。思念体が壊れた今、この体を抑える事はもう誰にもできない……。お前はご主人様を救い、世界も救う。気に病む必要はないにゃ」
「……はい」
ケイトさんは台座から降りて背を向けた。
気を遣ってくれたんだな……でも、僕はもう決めている。ここでアーシェの命を奪うのは僕。仕方なくじゃなく、これは僕の選択だ。だから、この後アーシェを何があっても幸せにする。たとえ君に選ばれなくても……傍にいて支えていく。
「……一旦お別れしないとね。すぐ行くから待ってて」
ナイフを逆手に持ち直し、胸元に当てる。
「愛してるよ。アーシェ」
もう片方の手を柄に添え、力を込めて一気に心臓を貫いた。
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