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四章 失踪の秘密
26話 そう言えばキミ運良かったね
しおりを挟むソワソワする。
オレは今、左手に釣竿とバケツを引っ提げ、右手には連日の演習でザラザラになった左手を握って歩いている。
誰の手でしょうね?決まってるけど。
魔の森の端にある、小高い丘の上にできた湖。そこは魔の森で唯一、魔気の影響を受けていない場所だった。要するに安全地帯。街の若者に人気のデートスポットである。
何で今そんな事を考えてるのかって?
それは、ソコに向かってるからですね。
成長著しいとはこの事で、二十日大根の如くグングンと成長したカイルは、ついにドンさんの演習まで終了。
今回のご褒美はオレから誘った。
デートスポットだってところには特に意味はない。ないよ。
釣りならきっとゆっくり話せるでしょ。
と、思っていた時期がオレにもあった。
そう言えばキミ、運良かったね。爆釣やないか。
釣りを始めてからずっとカイルの釣竿は動き続けている。
ちなみにオレの釣り竿は一向に動く気配もない。いや、普通はこうよ?
だから釣りに誘ったんだもの。
カイルは申し訳なさそうにしながらも楽しくてやめられないらしい。
こんだけ笑ってくれるならまあいいんだけどね。
存分に釣りを楽しんだ後、やっとゆっくり話ができると思ったら、今度はシカやウサギ、リスに鳥……何せ多くの動物がカイルを取り囲む。
このまま小さな触れ合い動物園ができるんじゃないだろうか。
どうやら釣りが終わるのを待っていたのはオレだけじゃなかったらしい。
あまり魔の森で動物を見ることはないが、この辺りは魔物が大人しい分、動物にとって過ごしやすい環境の様だ。
「ご、ごめんね?何でか昔からこんな感じで……よく動物が集まっちゃうんだよね。おばあちゃんがよく僕を狩りに連れて行って、集まった動物を捕まえてたんだ」
撒き餌かな?勇者フェロモンは人だけじゃなくて動物にも有効らしい。段々ともふもふで体が埋もれていく。
「いいよ。魔の森でこんな光景が見られるなんて思わなかったし。ぷふふ、見てて面白いしね」
「あ、ちょっと……わわわっ。アーシェー、面白がってないで助けてほしいかなぁ、わぷ」
あ、ついにカイルが埋もれて見えなくなった。仕方ないな。
動物達に向けて、蝋燭を吹き消す様にふーっと息を吹きかける。
瞬間、毛玉と化していた動物達は、ビクッと強張ったかと思うと一目散に散っていった。
「大丈夫?」
尻餅を付いていたカイルを助け起こす。
髪の毛ボサボサじゃん。ぷぷ、ひよこの産毛みたい。
「うーん、なんとか?ありがとう。一瞬だったね、どうやったの?」
カイルがわしゃわしゃと髪を整える。そのままでも良かったのに。
「魔力を吹きかけただけだよ。この辺りの動物は特に敏感かと思ってね。カイルにもできるよ。全身に少し魔力を纏うだけでも効果があると思う。多く放出すれば威圧にもなって、戦闘で有利になる事もあるよ。次の演習でヴァンさんに教わるといいんじゃない?」
「あー、あの全身ビリビリするやつかな。あんなの浴びせられたら怯んじゃうよね。魔王も怯んだりするのかな?」
「ぷはは、怯む魔王とかちょっと間抜けで面白そうだね。オレも見た事なかったけど」
やっとゆっくり話せるな。だいぶ日も落ちてきて、湖はオレンジ色にキラキラと輝いている。
カイルの手を引いて、二人で湖のほとりに腰を落ち着けた。
「……気にならないの?」
あえて意味深な言い方をしたのに、カイルはいつもの穏やかな顔のままだ。
「んー?そりゃもちろん気になるよね。アーシェの事なら何でも知りたい」
気になってたのに黙っててくれたんだな。
「カイルは優しいね。だからこそ、オレと仲良くなったって辛くなるだけだ」
「また難しく考えてる。僕はどうしたってアーシェが好きなのは変わらないよ。辛くなったって受け入れる」
繋いだままだった手をギュッと握られ、夕日に照らされた瞳がオレを真っ直ぐに見つめていた。
「カイル、オレ……っ」
「アーシェ?」
握られた手をやんわりと離す。どうやら今日はゆっくり話せる日ではなかったらしい。
「んーん、何でもない。帰ろうか」
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