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三章 二人だけの秘密
20話 フラグのつもりはなかった
しおりを挟むなかったはずなんだよ、そんな機会なんて。
勇者と二人きりになるなんて二度とごめんだわって思ってたはずなんだけどね?
ポーションの素材になる薬草をざくざく採集しながら、楽しそうに草をむしる勇者を眺める。
おっかしーなー。こんなはずじゃなかったんだけど。
オレは今、見事に勇者と二人きりで薬草を採集している。
休日はポーションの素材を採集するって言ったのを覚えていたらしい勇者に誘われたからだ。
もちろん二人きりの時は本来の姿になるって約束も守っている。そもそも薬草採集の時はいつも元に戻してるけどね。大きい方が便利だし。
何でのこのこ付いて来てんだって?
それこそオレが聞きたい。なんでよ。
初めて勇者と二人きりで過ごしたあの日から、やたらと勇者がオレに会いに来た。そりゃもうほぼ毎日よ。その度にまた一緒に過ごしたいだのしつこくて……。勇者のおばあちゃん武勇伝は面白かったけど、そうじゃなくてさ!
こんなに頻繁に来られたら、ご褒美でモチベーションが上がるだのって話は意味ないじゃんってな事を口走っちゃったわけ。
「じゃあ闘士達の演習が終わる度に僕と過ごしてくれるんだね」
って笑顔が返ってきて……。罠すぎるでしょ。
それからまたあっと言う間にパールさんを卒業した勇者とこうして過ごすハメになった。
ここ数日伸び悩んでいるって聞いてたのに、オレと約束を取り付けた翌日にはまたぐいぐい成長し始めたらしい。
本当にご褒美的な効果があるなら……まぁ時間を作るのはやぶさかでは無いけどね。
それに、あんまり言葉にはしたくないんだけど……勇者と過ごすのは、別に嫌ではない。
むしろ心地良いような、ぽっかりと空いていたところにぴったりとハマったような感じ。
お互いに友達として見れたなら、とても良好な関係を築いていただろう。
でも勇者はそうじゃない。オレと、その……こ、恋人ってやつになりたいんだろう……か?
そう言えば具体的にどうなりたいとかは言われた事がなかったな。
ちょっと聞いてみる?でも、勇者の気持ちは知ってるし、それには応えられないのに、聞いてしまっていいものなんだろうか……。
「……シェ、アーシェ?」
「あっ、はい。どうしました?」
「頼まれた薬草がカゴいっぱいに採れたし、そろそろ休憩にしないかなって」
勇者が背負ったカゴを見せてくる。そこには採集を頼んだ数種類の薬草がこれでもかと詰め込まれていた。すげーな、あんまり採れないやつもちょこちょこ混ざってる。
これがケイトが言ってた運がいいってやつだな。
「そうですね、少し先に川がありますから、手を洗ってお昼にしましょうか。少しですが、軽食を持ってきたので」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
場所を移動して昼食をとる。勇者と二人並んで良い感じの岩に座った。川のさらさらと流れる音が沈黙を誤魔化してくれている様だ。
さっきのアレ、訊くか迷ってんのよ。だってさ、勇者が望む関係性が、オレの望む関係性と近ければ、今みたいにお互い全く別の方向を向いた関係じゃなくなるかもしれないじゃん。
オレは別にコイツが嫌いじゃないし、仲良くしたく無い訳でもない。必要以上に仲良くなるのも良くないっちゃないけど……。
あーもー!何でオレがこんなに悩まないといけない訳!?段々腹立ってきたわ。
ジロリと勇者を睨みながら、バクバクとサンドイッチを頬張った。
「ごちそうさまでしたー……。ア、アーシェ?とっても美味しかったよ?」
ちげーよ。感想言えって事じゃねーから。
「お粗末さまです。お気に召していただけて良かったです」
昼食の包みをわしゃわしゃカゴに突っ込む。態度悪いとか知るか。
「アーシェ、僕何か気に障る事しちゃったかな?」
「いえ、考え事をしていて段々と腹立たしくなってしまっただけです。少しすれば落ち着くと思いますので、放っておいてください」
片頬をプクッと膨らませる。今、色々話しかけられたら余計にイライラしそうだわ。
「そ、か……。それは、僕が聞いて少しでも気が楽になる事はない?話せばスッキリするかもしれないよ?」
よく考えたら、オレが勝手に迷って、勝手に怒ってるだけなんだよな。
気を遣わせた事にも若干の罪悪感が湧いてくる。
あーもー。悶々と考えるのもバカらしくなってきた。言ったらスッキリする?なら聞けばいいさ。
「では、勇者様はオレを好きだと言ってくれましたね。それで、どうなりたいんですか?」
「どう……なりたいか?」
「ええ。オレは好きと言う気持ちには応えられませんが、こうして勇者様と一緒にいる事自体は嫌じゃありません。むしろ楽しく過ごせていると思っています。でもそれはお互いに一方通行な気がして嫌なんです。もう少しお互いにどうしたいかを擦り合わせていけないものかと考えていました」
勇者が困り顔で口元を片手で押さえる。
そうだよ、オレだけ悩むなんて不公平だ。お前も少しは考えろ。
「アーシェは……これからも僕と仲良くしてくれるの?」
「それは勇者様次第です。オレは必要以上に人と親しくなるのを好ましく思っていません。だから、もし勇者様からお誘いいただけなくなったら、オレからお誘いする事はないでしょう。去る者はわざわざ追いません」
「それは、僕から行動すれば、受け入れてくれるってこと?」
「全てを受け入れる事はありませんが、嫌な事以外はね。あまり親し過ぎるのも困りますけど……」
徐に勇者が立ち上がって、オレの前で膝立ちになった。目線より少し高い位置にあるアクアマリンの瞳が、オレを真っ直ぐに見つめている。
「僕は少しでも君と一緒にいたい。たわいない会話で笑い合ったりする時間はとても幸せで……離れたくなくて。もっと、もっとって欲が出てきて……でも君を困らせたいわけじゃない。ふふ、難しいよね」
「……」
複雑な感情が入り混じった言葉に、オレも一緒にいたいとは返せない。
あー……いつの間にこんな気持ちになっていたんだろうか。コイツが毎日毎日会いにくるのがいけないんだ。避けても避けても構うから……。オレは一人でも平気なはずだったのに……。
これ以上踏み込んではいけないと頭の中で警鐘が鳴る。
キラキラと光るアクアマリンから目が逸らせない。
「だから僕も知りたい。アーシェはどこまでなら僕を受け入れてくれるんだろうね?これから僕がしたい様にするから、嫌なら教えて?」
「そもそも嫌がられそうだと思う事はしないでください……」
「ふふ、善処するけど何が嫌がられるかよくわからないからね。とりあえず、僕の事は名前で呼んでほしいなぁ。ねぇ、カイルって呼んで?敬語もなしでね」
勇者が少し屈んで目線が近くなる。心臓がバクバクしてるのは気のせいだと思いたい。
「カ、カイル様?」
「んーん、カイル。様はなし」
「……カイル。これでいい?」
「うん!すごくいい。それから、僕はアーシェに少しでも触れていたいし、触れて欲しい。嫌じゃない?」
カイルは膝の上に乗っていたオレの両手に触れる。
こくんと首を縦に振った。
「じゃあ、これは?」
そう言うなりカイルは片手を恋人繋ぎのように指を絡ませ、もう片方の腕はオレの腰に回して体を密着させる。
顔を首元に埋めるもんだから、カイルが息をする度にくすぐったい。なんだか犬に飛びつかれている気分だ。
「ぷっ、ふふふ。くすぐったいよカイル」
「ごめん、アーシェからいい香りがして……つい」
「いや……汗臭いでしょ。嗅がないで……」
思わず身じろぐと、カイルは首元に埋めていた顔をあげる。思いの外近くにあったそれは、とても真剣な眼差しで……。
「アーシェ、嫌じゃなかったら……目、閉じて」
段々と顔が近づいてきた。流石にわかる。これはオレがずっと避けてきたやつだ。ダメだとは思っても、嫌だと言う気持ちは一切沸かない。
体のすぐ横に置いていたカゴがトサっと地面に落ちる。
オレは繋がれた手を握り返し、そっと目を閉じた。
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短編BL小説『ゆるふわコハルと不憫なマコト』公開中。
良ければそちらもよろしくお願いします。
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