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二章 魔の森の秘密

17話 魔王フェルゴール

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「これをずっと自分で抑えてたんだ……。やっぱりアーデはすごいな」


 目の前に魔力の渦を纏ったアーデが座っている。とんでもない魔力が広い空間に充満し、外へ溢れ出ていた。


 アーデはオレに愛していると言ってくれた事はない。
 何故言ってくれなかったか今ならわかる。オレに辛い想いさせたくなかったんでしょ?
 でもさ、話し方や接し方で愛情は充分に伝わっていたし、全然ダメだよ……。
 暴風吹き荒れる中、オレには全く影響がない。こんなに深く愛されていたんだ……。


 アーデは最後の瞬間を謁見の間で迎えた。きっと死期を悟ってわざと広い部屋を選んだんだと思う。
 抜け殻だって言われてもすぐに攻撃なんてできっこない。目は瞑っているけれど、生きていた時と変わらない姿。せめて悪役みたいに変身してくれればいいのに。
 オレはアーデの膝に顔を埋めた。


 躊躇っている間にも次々と魔力が溢れ出てくる。わかってるよ、早く止めなきゃいけない事くらい!
 このままじゃ何も進まないな。深呼吸をして心を落ち着け、この三年間を思い出す。アーデに初めて触れられた時の温もりは、今も鮮明に覚えている。
 オレはどうしたい?ずっと一緒に過ごしたかったけれど、それはもう叶わない。アーデには安らかに眠ってもらいたいな。


「アーデ、親不孝なオレを許して……オレもアーデを愛してるよ」


 この日、オレは魔王フェルゴールを魔王城の地下深くに封印した。
 オレは魔王を倒す事ができない。魔族のみんなもできなかった。


 かなり外に魔力が溢れてしまったな……。外の様子を見回りに行かないといけないのに、身体が言う事を聞いてくれない。
 呆けていると、謁見の間の扉が勢いよく開かれた。


「アーシェ様!大変です!魔物に人族の村が襲われています!とんでもない数で、我々だけでは抑えきれません……」


「っ!場所は!?すぐに向かう!」


 何をやってるんだオレは!!
 アーデが守って来た平穏を壊してしまうなんて……本当にオレは親不孝だ……。


 魔族のみんなが魔物と戦ってくれている。急いで人族の村に向かったが、そこは既に火の海で、地獄絵図そのものだった。


 思念体の体を成長させ、必死で刀を振るう。
 何故かどんな武器もしっくりこなかったのに、刀だけは長年連れ添った相棒の様に手に馴染んだ。
 アーデが作ってくれたオレの愛刀……。


 落ち着いた頃には何人も死者が出ていた。
 村人はもちろん、魔族も数人亡くなっている。濃い魔力が溢れ、魔物が強化されていたせいだろう。


 オレのせいだ。オレが躊躇ったせいで、大量の魔力が溢れてしまった……。やっぱりオレは……。
 ボロボロと涙が零れる。泣いたって結果は変わらない。心ではわかっているのに、涙腺が壊れてしまったのか、涙は止まる事を知らない様だ。


「おい、何泣いてんだ。お前らのお陰で助かったぞ。ありがとな」


 黒く力強い瞳が優し気にオレを見ている。こんな時に不釣り合いな視線。大きな手がオレの髪を撫でた。


「違う。オレのせいだから。お陰じゃない」


 撫でられていた手を払いのけると、男は怪訝な顔をする。


「お前のせい?何の事だ」


「オレが魔王を抑えられなかった。魔物が強かったのはそのせいだ」


 男は眉間にシワを寄せ、灰色の髪を片手でガシガシ掻いている。


「それってわざとなのか?」


「わざとと言えばわざと。オレにはすぐ動けなかった」


「そもそも何でお前が魔王とやり合ってんだよ。てかお前いつくだ。まだ若えだろ」


「息子だから。止めるのは当たり前。三歳だけど、歳は関係ないでしょ」


 男はこれでもかと目を開いて驚いている。魔王の息子なんて滅多に会うもんじゃないもんね。


「……複雑な事情は察した。親父が相手なら仕方なかったんじゃねぇか?しかしお前……三歳とは。魔族ってやつは成長がはえーんだな」


「今は刀が振りやすいように大きくなってるだけ。本当はこれ。オレ人間だし」


 思念体の成長を元に戻す。男の身長は成長しても見上げる高さだったのに、縮んだせいで更に見上げる事になってしまった。


「待て待て待て待て。魔族の常識がわかんねぇからハッキリ言えなかったが、人間だと?ならこれはお前のせいじゃねぇ。お前が気に病む必要は一切ねぇぞ。子どもは守られるもんだからな」


 男はひょいとオレを抱き上げた。見上げなくて良くなったお陰で、首が痛くない。いつの間にか涙も止まっていた。


「とりあえずみんなの所に行くぞ。俺はヴァン。お前は?」


「アーシェ……」


「よし、アーシェ。お前の事を俺達に色々聞かせてくれ」


 それから罪滅ぼしのつもりで、オレは全て偽りなく話した。
 この惨状にしては結構な人数が生き残ってくれていたらしく、ここを修理しながら生活していくらしい。復興はオレ達も手伝わせてほしい事も伝えておく。


 オレ達が死者を出しながらも戦った姿を見ていた村人たちは、魔物が魔族の配下にない事も信じてくれたらしい。少し訝しむ者もいたみたいだが、ヴァンの説得もあり、渋々ではあるが納得した様だった。


 それから国王からの支援を受けつつ、村は順調に復興していった。
 懸念していた宣戦布告はなく、お金しか支援して来ない国王は無能に違いない。今必要なのは人員だろう。現状把握すらしないつもりか?
 正直、戦争になってしまったらしまったで、魔王を倒してもらえると思っていただけに残念だ。


 そうだ、国王に戦力を出させればいい。その為には国王の危機感を煽る必要があるな。


 結局アーデが守った平和を壊しちゃうのか。でも、もうこうするしか……。
 魔族のみんなは守らなきゃ。隣国に逃して、それから……。これから忙しくなりそうだ。


 村を壁で囲み、堀を作る。重厚な門からしか森と行き来できない。これで村は安全だ。


 オレは魔王の封印を少し弱める。魔王城一帯の森全体に高濃度の魔気が溢れる程度に。


 それから村は凶悪な魔物から王国を守る砦、アンタレスとして名を広め、多くの冒険者や商人が訪れた。今や移民も増えて、村の規模から街と呼べる程に活気が溢れている。


 これもヴァンさんやトーマ、あの時の生き残ったみんなのお陰だ。


 魔物がいつ王国内に侵入してくるかわからない恐怖に慄いて、軍隊でも寄越してくれるかと期待したが、さすがの無能王。この十五年動きなし。
 少し薄めの魔気を範囲を広げて拡散しても効果なし。仕方がないので年々魔気の濃度を上げている。このままだと国民に被害が出ますよ国王様よ。


 冒険者を鍛えて大人数で魔王城を攻めさせるしかないかと思い始めた頃にやっと国王が動いた。


 さぁ。待望の勇者様だ。ここまで付き合ってくれた村のみんなにはとても感謝している。
 あの時できなかった罪滅ぼしを……やっと終わらせる事ができるから。みんな、もう少しだけ待っててね。




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