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一章 勇者様の秘密
12話 肉球には癒しの効果がある
しおりを挟むほわーっ!ついに来ちゃったよ!恥ずかしいよこのヤロー!!
極力目が合わない様に俯くが、抵抗虚しくザリザリと足音が近付き、少し手前で止まる。
あわわわわわ……どうしようどうしようどうしよう!サラッと昨日のお礼言われて、やっぱりオレの勘違いだってわかっちゃうのが怖くて、私語禁止でってお願いしちゃったんだよなぁ。オレから何か言わないといけないよね……。とりあえず自己紹介してとっとと始めちゃおう!そうしよう!
「ふぅ……ようこそいらっしゃいました。昨夜はまともなご挨拶もできなかったので、改めまして。私はアーシェ、薬屋の店主です。よろしくお願いします」
うっわ。めっちゃ勇者こっち見てる。そんなに見られたら穴が空きますやめてください。何考えてんのかわかんないけどすんごく怖い!
「私達の事はご存知なんでしょうが、こちらも自己紹介するわね。私はマーサ、魔法使いよ」
「あたしゃ弓使いのリサ。あんたが相手なんてね。そんな弱っちい見た目してるから騙されたよ」
「私は聖女エマと申します。昨夜は私の勇者様をお救いいただき、ありがとうございました」
ほぉ、私の……?何かちょっとイラッとする響きだな。
しかし聖女様ねぇ……。聖女でも欠損までは再生できないんだな。そうなるとオレにはただの僧侶と聖女の違いがわからん。
そして勇者。お前何で黙ってんの。みんな待ってるよ?聖女が勇者の腕を揺する。
「……?勇者様?」
「えっ、あ。ごめん、何?」
「今、闘士の方に自己紹介をしていたのですけれど……」
「あぁ……えっと。勇者、カイルです。アーシェ……昨夜は」
「私語は謹んでくださいとお願いしたはずですが。紹介が済んだのなら戦闘準備をお願いします」
ナイス、トーマァ!!
トーマが勇者の言葉を遮り、オレにパチンとかわいらしいウィンクをする。私語禁止にしたから、オレが話したくない事をわかってくれたんだな。ありがとうの気持ちを込めて、トーマを拝む。
「それでは、八段階戦闘を開始します。両者準備はよろしいですか?」
「私はいつでも」
「はい、よろしくお願いします」
それぞれ武器握って身構えた。そんな中、勇者の目がオレを射抜かんばかりに見つめている。だからそんな目で見ないでほしい……。
「それでは、戦闘……開始」
ドサドサドサドサーー
「あの……アーシェさん。今朝から何度も聞いて申し訳ないんですが、昨日あれから何かあったんですか?」
「いや!何もないよ!これはアレだよ、勇者がめちゃくちゃオレを見てくるから、穴が空くかと思ってついやっちゃっただけだから!ほんとに!」
開始と同時に勇者一行が倒れ、トーマがため息をつく。朝早くからギルドに来たオレに、何かあったと勘付いているらしく、今日だけで何度目かの質問だ。
何回訊かれたって言える訳ないじゃん!勇者に迫られたと勘違いして逃げたなんて!今も勘違いだったと認めるのも恥ずかしくて逃げてるなんて言えるもんか!
恥ずかしすぎて、つい一撃で気絶させてしまった。わかってるよ、もっと手加減して訓練させないといけない事くらい。ちゃんと悪いと思ってますとも。でも今は恥ずかしくて無理!
「勇者は何か言いたそうにしていましたけど、全く身に覚えもないんですか?」
「ないないない!なーんにもないっ!ちゃんと治療して帰っただけだよ」
トーマにジト目で見られても可愛いだけでダメージなんてないもんね!
「そうですか。まぁいいですけど。次はもっと手加減してくださいよ。今の攻撃なんて、俺にも避けられません」
「わかってるよぉ……。たぶん今日は目ぇ覚さないと思うから、おじさん達に宿屋まで運んでもらえる様にお願いしてくる。オレはもう帰るから、ローヒールでも飲ませておいて。じゃーね!」
逃げる様に地下演習場を出てから、勇者運搬を頼んで家に帰ってきた。今日は店を開ける気力もない。
我が家は薬屋と併設した二階建ての一軒家で、こぢんまりとした住み心地の良い家だ。
二階の自室に戻り、ベッドへダイブする。
「おかえりにゃん。どうだった?勘違いだった?」
見なくてもわかるニヤニヤ声で訊いてくる。オレをご主人様と言うクセにご主人様扱いしてくれない黒猫をジトリと見ながら手招きして呼び寄せた。
「話してないからわかんない。でもどっちにしても知らない方が良い気がするからこのまま忘れてやる!」
素直に近付いてきた黒猫のピンク色の肉球を親指でぷにぷにする。ふがぁ、落ち着くー。
そうだよ。勇者がオレに迫ってきていたとしても、オレが勇者の気持ちに応える事はできないし、勘違いなら余計に覚えておく必要もない。知らぬ存ぜぬで通した方がいい案件なのだ!
「ふにゃあー。ボクにあたるのも程々にしてくれにゃ。もう今日はおやすみにするのかにゃ?」
「うん!今日はもう何にもしない。とりあえず今から昼寝して忘れるから!ケイトは散歩でもしてきなよ」
ケイトを肉球ぷにぷにの刑から解放する。決して八つ当たりしていたのではなく、あれは一言多いケイトへの罰なのだ。そう、八つ当たりじゃない。ないったらない。
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