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一章 勇者様の秘密
11話 模擬戦闘システムの目的 sideカイル
しおりを挟む翌朝、結論から言って僕はアーシェに会えなかった。店に行くと『本日臨時休業』の張り紙がしてあったからだ。
一晩経っても気持ちは落ち着かなかったけど、冷静に振舞えるようになってきたし、少しだけでも会えたらと思ったんだけど……。驚かせただろうし、謝りたかったな。
今日は予定通り模擬戦を再開する事になった。
仲間に話を訊くと、どうやらあんなにボロボロにされたのに、結果は合格らしい。
次が最後だ。きっとまたとんでもない目に遭うに決まっているけど、今の自分には都合がいい。少しでも気を紛らわせたいし。でも、もしかしたらまたアーシェがアフターケアに来てくれるかもしれないって下心も湧いてくる。
僕って本当はこんなやつなんだ……。悲しくなってきたかも……。
複雑な心境のまま、冒険者ギルドへ向かう。中で昨日と同じようにトーマさんが受付に座っていた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました。これから模擬戦の再開は出来ますか?」
「おはようございます。元に戻って良かったですね」
「えぇ。ご心配をお掛けしました」
……あの、トーマさん半笑いなんですけど。ニコッと返したつもりだけど、きっと引き攣ってるだろうな。喜んでもらえて良かったデス。
「最後の模擬戦は、パーティの皆様もご参加いただきますが、準備はよろしいですか?」
「は?団体戦なのかい?」
「いえ?」
リサの質問に、トーマさんが逆に『は?』と言いたそうな顔をする。
「一対多です。闘士一人と勇者様パーティでの戦闘になります」
「へぇ?そりゃあ聞き捨てならないね。あたしらが弱いって言いたいのかい?」
「え?はい。昨日の戦闘を見て何も感じなかったのですか?残念ですね」
トーマさんは困った顔でこめかみに拳をコツンと当てる。いっけねーのポーズだけど、今すると違う意味にみえるよね……。
でもトーマさんの言わんとする事はよくわかる。何せ僕は昨日の戦闘で、ルール上はクリアしてるけど、勝利できたのは一段階の子ども達にだけだ。
「はぁ!?何だって!もっぺん言ってみな!」
「では、残念な頭の持ち主でいらっしゃるようなので、ご説明いたしますね。便宜上、このシステムは模擬戦と言う形式をとっていますが、目的は参加者の強化です。要するに指導して差し上げているのですよ」
「何でたらめ言って……!」
「リサ。彼の言う通りだよ」
リサの言葉を途中で遮る。ハッキリ残念な頭って言ったな。あれはもうワザとだよね……。
それにしても指導が目的か。そうだと思った。どの闘士も普通に戦ったら勝てない人ばかりだったし……。特にヴァンさんのと戦力差は、僕なんかが勇者でいいのかと思う程だ。
「勇者様は賢明で助かります。あなたの様なプライドだけ無駄に高く、実力がない冒険者が多くて、指導演習となるとそもそも受けていただけないのですよ。なので、基本一対一の模擬戦闘になったのです」
なるほど。確かに、最後の砦まで来る様な冒険者達だ。今更指導なんて受けないだろうな。
「そうなるとまた別の問題がおきましてね。複数で来られると面倒くさ……何度も模擬戦をしないといけなくなるので、パーティは代表者一名のみお相手しています。しかし、それはあくまで魔王城までの通行許可取得の話で、魔王討伐は別です」
「別……?と言うと?」
「七段階までクリアすると、魔王城付近まで通行許可が下ります。そして、八段階は魔王城への入場許可、つまり魔王討伐に向かえるって事です。そうなると、パーティみなさんの実力を向上させたいわけですよ」
要するに、今まではただの通行許可をもらうだけの最低限で、これからが本当の戦闘力向上の為の訓練……と。
「最後の戦闘では、闘士を倒す事が目的となりますが、当然大人の闘士達を一人も戦闘不能にできなかった勇者様に、最後の闘士は倒せません。とにかく耐えて、少しでも多くの事を学んでください」
「……わかりました」
わかってる。それでもやっぱり悔しいものは悔しい。さっきから黙っているマーサとエマも渋い顔をしている。二人もわかってたんだな。いや、リサもわかってるけど食ってかかったんだろう。
正直、僕達はこの街に来るまで戦闘面において苦労した事はない。彼女達も王家に選ばれた実力者だ。自信もあったし、それだけの実力を持ち合わせていた。
しかし、この街ではこの程度の強さは普通。むしろ弱い方なんだろう。それだけこの街は危険度が高い。魔王城に近く、凶暴化した魔物からこの国を守っている。
そんな街の人達がずっと倒せずにいる魔王。それを僕達は倒さなければならない。
「みんな、聞いてくれる?僕達はこれまで、この街の人達に守られてのうのうと生きてきた。今度は僕達がこの街の人達を守るべきだと思う。魔物に脅かされる事なく、平穏に暮らしてほしい」
この街を守る事は、結果的にここに住むアーシェも守れる。こんな時にまで君の事を考えてしまう……。
「その為に、僕はもっと強くなりたい。この街の人達よりも強くならないといけない。だから……」
「そうね、その通りだわ」
「はい。私もそう思います。力を合わせて、もっともっと強くなりましょう!」
「はぁ、わかったよ。意地を張っても仕方ないしね」
全てを言わなくてもわかってくれる。やっぱり根は良い人達なんだな。
「ありがとう。すみません、お待たせしました、トーマさん。パーティで模擬戦に参加させてください」
「ご理解いただけた様で何よりです。ではご案内致します。武器はより実践に近い状況を経験していただきたいので、愛用の物をお使いください」
トーマさんは僕達に促すと、スタスタとギルドの奥に続く通路を歩き出す。模擬剣を使わなくて良い程の実力差なんだとは思いつつ口にはださない。
「あれ?昨日とは違う場所なんですか?」
トーマさんは一番奥にある扉の前で僕達の方に向き直った。
「これから起こる事、見聞きした事は他言無用でお願いしますね。第八段階については、闘士の希望で極秘事項ですので、ギルド内で行います。これが守られない場合は殺傷が行われた時と同じ対応を致しますので、ご承知おきください」
殺傷と同じ……。この街から追い出されるって事か。
トーマさんはキィーと音をたてて扉を開く。扉の先には地下へ続く階段がみえる。暗くて先は見えない。いつの間に持っていたのか、ランタンを片手に階段を降りていく。
「ご理解いただける方のみついてきてください。それから、ここから先は私語も謹んでくださいね」
僕達は慌ててトーマさんに続く。階段は短く、三度折り返して建物二階分程度降りた所で扉があり、開くと明るい広間に出た。どうやら地下の演習場らしい。
「それではどうぞ中程までお進みください。闘士がお待ちです」
ふと演習場の中央を見て、僕は驚愕のあまりピタリと動きを止める。
小柄でツヤツヤした暗めの青色を後ろで編んだ……天使。
そこには僕が会いたくて仕方がない人が、会いたく無い場所で待っていた。
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