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一章 勇者様の秘密
10話 出会い sideカイル
しおりを挟むあれ?僕、いつの間に横になったっけ……。
ここがどこかもわからず、体も動かせない。不安に駆られ、鈍い感覚を使って辺りを探る。
不意に頬を温かい何かが包んだ。不安な気持ちが嘘の様に掻き消える。
何だろう……ずっとこのままであってほしい。その願いも虚しく、頬から温もりが消えてしまった。
残念に思っていると、今度は口の辺りに違和感を感じる。急に何かが流し込まれ、驚いて少し咽せてしまった。
「んぐ……」
「ポーションです。ゆっくりでいいので飲んでください」
近くからハッキリと声が聞こえる。とても柔らかな澄んだ声。
気付くと全身の感覚が戻り、視界もクリアになってきた。
「いい調子ですよ。はい、これでお終いです。体起こしますね」
誰かに身体を起こされ、背中にクッションが当てられる。
「これは……どうなって……」
自分に何が起こったのか理解できない。僕を起こしたであろう人物を確認すべく顔を向ける。僕は息を呑んだ。
「私特製のポーションです。状況が状況でしたので、断りもなしに飲ませてしまいました。申し訳ありません。はじめまして、勇者様。私は薬屋のアーシェ、冒険者ギルドからアフターケアの依頼を受けて来ました。ちょっと診せてくださいね。どこか痛む所はありませんか?」
天使がいる……。アーシェ……この天使はアーシェと言うのか。見た目ももちろん好感がもてるけど、それだけじゃなくて……触れられて、声を聞いて、目で見て確信した。この天使は僕にとってなくてはならない存在だと。
何でそう思ったかなんてわからないけど、そう思うのだから仕方ない。
アーシェは僕の顎を持ち、口を開け中を覗き込んだかと思うと、耳に髪をかけてきた。
触れた所が温かい。すぐに離れてしまうのがとても残念だ。もっと、触れてほしい。
「あぁ……大丈夫。ありがとう、アーシェ……素敵な名前だね、アーシェ」
鼓動が早くなり、少し息があがる。僕からも触れたくて、アーシェの手を握った。少しでも近づきたい……何だろ?この気持ちは……。
「アーシェ……僕は」
さっきまでは自分の状況すらわからず混乱していたのに、アーシェを目の前にすると、それは些細な事で、いかにしてアーシェに触れて触れられるかの方が重要だった。
「全快したようでよかったです!それでは!オレは!!これで失礼しますね!」
アーシェは僕の手を振り解き、扉を開けて廊下に出て行ってしまった。
「あ!アーシェ!待って!」
行かないで!僕から離れないで!ずっと傍にいて!……ずっと?
「ではまた!明日も頑張ってくださいねー」
部屋の扉がバタンと閉められた。
ふと、先程の空間での出来事が思い出される。
いつもその人の事を考える
ずっと一緒にいたい
いつまでも触れ合っていたくなる
その人でいっぱいになって、溢れる
あぁ……これが。
ベッドから飛び降りて扉の外に出る。どこに行った?ガヤガヤと人の気配がする方へ走る。柵から下を覗くと、アーシェの姿が見えた。
「勇者様がお目覚めになりました!お顔も綺麗に治しましたから、ご確認くださ……」
「アーシェ!待ってくれ!」
階段を降りるのも時間が惜しい。柵を超えて叫びながら飛び降りた。
「カイル!無事でよかったわ!」
「あんた、大丈夫なのかい!?」
「うわぁぁん!良かったです勇者様ぁ!」
着地地点でマーサ達に取り囲まれる。待って!お願いだアーシェ!
「ご確認いただけましたね!?ではこれで失礼致します!何か不都合がありましたら冒険者ギルドへお願いしまーす!」
伸ばした手も虚しく、アーシェは店から出て行ってしまった。
「本当に治ったんだね!心配したよ」
「こんな奇跡があるなんて……。あぁ、神よ感謝致します」
「流石は勇者様ね!」
呆然と立ち尽くし、アーシェが出て行った扉を見つめる。胸の辺りにポッカリと穴が空いた様に虚しい。
はぁ、なんて事だ……。好きって幸せな気持ちになるだけじゃないの?
いつもは頼りになる強引な仲間達も、今は僕とアーシェを引き離した邪魔者にしか見えない。
色んな感情が溢れて止まらない。自分にこんな激しい一面があったなんて知らなかった。
「ありがとう。ごめん、疲れてるから部屋で休むね」
心配してくれたところ悪いけど、今の僕に余裕はない。どうしたらまたアーシェに会える?グルグルと曖昧だった記憶を呼び起こす。
アーシェは薬屋って言ってた……。確か闘士の人も行けって教えてくれて。商店街の外れ……。
僕はヒリヒリする足を動かし、部屋に戻る。そう言えば靴履いて来なかったな。まだキャッキャと声が聞こえるけど、もう聞く必要もない。
扉を閉めてベッドに倒れ込む。今日はもう寝て、明日朝一でアーシェに会いに行こう。
逸る気持ちを抑え、目を瞑った。
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