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一章 勇者様の秘密
1話 やっと現れた強者
しおりを挟むカランカランーー
「いらっしゃ……あら?ヴァンさん。どうしたの?」
「おー……アーシェ。ローヒール一本くれ。それと……模擬剣かせ。メンテしといてやる」
「え!出番!?」
武器屋のヴァンさんが入ってきた。ヴァンさんは模擬戦闘システムで八段階中七番目の闘士をしている。灰色の髪とキリッとした黒い目。ザ・武器屋って感じの屈強なダンディーさんだ。まだ三十前半だから、おじさんと言ってはいけない。実際見た目も若いしね。
模擬戦闘システムとは、冒険者ギルドが主催する、冒険者の戦闘力の底上げと保護を目的とした戦闘演習の事で、街の有志を募って集まった人が闘士として冒険者の相手をする。
この街アンタレスは、魔王城に一番近く、人類最後の砦とも言われている街である。
数年前から魔王城周辺の森に魔気が増すと共に、強力な魔物が出現するようになり、魔の森と呼ばれる様になった。
その魔物を目当てに冒険者が集まる街ではあるが、それが冒険者ギルドを悩ませる一番のタネだった。
何せ、どいつもこいつも弱いのだ。この街に住む成人なら、木の棒一本でも倒せてしまうレベルの者ばかり。このまま討伐に出かけても帰って来ないのが目に見えている。
そこで始まったのが、模擬戦闘システムである。一段階は街の子ども達数人。二段階は街の若者達の誰か。三段階は本屋のトムじいさん。四段階は宿屋のパールおばさん。五段階は役所のジムさん。六段階は防具屋のドンさん。七段階が武器屋のヴァンさんで、八段階が薬屋のオレ、アーシェである。
段階をクリアするごとに魔の森の探索範囲が広くなり、まずは一段階をクリアしない事には街から先に進む事さえ許されない。
この街まで来る様な冒険者は、どいつもこいつも自信だけは立派に持っていて、演習と言うと受けたがらないのは目に見えていた。
これも実力のない者が無駄死にしない為に始めた事だが、今では冒険者の伸び切った鼻をへし折るのが目的になりつつある。予想外の副産物だが、この街で悪さはできないぞと言う抑止力にもなっているようだ。
大体の冒険者が二段階をクリアできず、一段階で許可がおりる『子ども達の遊び場』で狩りをしてお金を稼ぎ、二段階に挑戦するのを繰り返しているのが現状である。
最終目標が魔王討伐なだけに、街の住人からすると、とても残念な状態だ。
魔王城に近い事もあり、街に来るまでに出る魔物も弱くはない。初めて来る冒険者は、大抵街に着く頃にはポーション類を使い果たしており、まずは薬屋に来る。そんな訳で、街にいる冒険者はほぼ全員会った事があるはずなんだけど……そんなに強いやついたか?それに、他の段階をクリアしたなんて話も聞いてない。そんな中、ヴァンさんが俺の模擬剣のメンテを申し出てきた。
ポーションを使い切る事なくこの街に辿り着き、オレに情報がくる前に七段階までクリアしたって事だ。
街に来て早々に暴れまわってくれたみたいだけど、それだけの実力者か……。オレはいそいそとポーションと模擬剣をヴァンさんに渡した。
「なんだよ、ニヤニヤしやがって。引き締めていかねーと知らねーぞ」
だってヴァンさんが認めたやつでしょ?ワクワクするじゃん。仕方ないじゃん。何せオレの出番は初めてだ。ここで滾らん男はいないでしょ。
「でも、剣だけでいいんでしょ?」
「あぁ。軽く相手してやれよ。じゃないとせっかく出た芽が潰れちまうぞ」
ヴァンさん、オレを何だと思ってんだよ。ただの薬屋になんて言い草だい。
オレの本来の得物は刀だ。剣は相手に合わせた武器であり、本気で戦うに値しない時に使う。
オレはぷくっと頬を膨らませた。狙ってやったんじゃない、思わずだよ。子どものフリをしている弊害か……。
「わかってる。明日でいいの?」
「当たり前だろ。俺とやり合ったんだぞ。そこそこ痛めつけてやったわ。それにな、俺はやられたんじゃねぇ。通行許可をやっただけだ。今頃宿屋でぶっ倒れてんだろうよ」
ヴァンさんはケラケラと笑う。宿屋ね。後でポーション持って行かなきゃ。
模擬戦は明日だし、クリームでいいかな。念の為ローヒールとローマジックも持って行くか。いや、ハイヒールも持ってこ。ヤな予感するもん。
カゴにポーションをアレコレ詰めていく。
「やり過ぎてないよね?待望の強者なんだから、大事に育てないとダメだよ?」
「問題ねーよ。むしろあの程度でへこたれるやつなら待望の強者でもなんでもねぇ。そんな事よりアーシェ、来い」
ヴァンさんはドサっと窓際の椅子に座り、両手を広げる。
ジトっと見つめながら言っても、全然効果がない。ヴァンさんってば、絶対オレの事まだ赤ちゃんだと思ってるよ。やっぱ第一印象って大事だよね。これでも立派な成人男性なんですけど。
カゴ詰めの作業を中断して、ヴァンさんの前に立つ。ヒョイと持ち上げられたかと思うと、膝の上に横抱きにされ、肩にヴァンさんの頭が降ってきた。
「やっとだ。アーシェ……やっとお前を……」
オレを支えていた腕にぎゅっと抱きしめられる。
それ以上何も言わないヴァンさんの頭を撫でた。
「ありがとう、ヴァンさん。でもまだこれから育てなきゃ……でしょ?これからもまだまだよろしくね、パパ」
ゆっくりと顔を上げたヴァンさんのほっぺに軽くちゅっと唇を寄せる。
ヴァンさんがずっと自分の子どもみたいに接してくるから、オレもヴァンさんを父親みたいに思う様になったんだよね。
ヴァンさんからもオレのほっぺにちゅっと返してくれる。
「あぁ、あんな雑魚にかわいい我が子はやれねーな」
「ちょっ、雑魚って言っちゃってんじゃん!負ける気ないのに今からしんみりしないでよ!まったく……元気になったなら、とっととオレの模擬剣ピカピカにしてきてくださーい」
ニヤリとするヴァンさんの膝からぴょんと飛び退いて、店の扉を開ける。
来た時から少し元気がなさそうだったけど、うまく励ませたみたいで良かった。
「はいはい。できたらギルドに預けとくぞ」
ヴァンさんはヒラヒラと手を振って帰って行った。
営業終了後、オレは赤いフード付きのポンチョを羽織り、ポーションが入ったカゴを持って宿屋に向かった。
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