上 下
154 / 187
20 帝都攻め 1

154

しおりを挟む

 帝都を横断した勇者は、西門で待機。魔法と弓矢の雨霰にさらされながら突っ立って待っているが、サシャは一向に出て来ない。何かあったのか心配に思うが、姫騎士軍に戻っているのかもしれないと走り出した。
 勇者の勘は正解。サシャは屋根を飛び交いショートカットしたので、勇者より先に帝都を出ていた。勇者を待つのも面倒なので、先に帰ったというわけだ。

 その先に帰ったサシャはと言うと……

「やり過ぎていないか!?」
「ま、まさか、人殺しなんか……」
「作戦通りやったんでしょうね?」

 姫騎士、魔王、コリンナの追求にあっていた。

「ちゃんと手加減したしぃ。誰も死んでない……しぃ。たぶん」

 自信なさげに報告するサシャに、魔王は血の気の引いた顔に変わる。

「ちょ! 魔王のあんたがなんでそんな顔するしぃ! あんたは人族を滅ぼす側だしぃ!!」

 へなへなと倒れそうになる魔王に、そんな事ができるわけがない。それに気付いたサシャも、きつく当たる事はやめるのであった。


 そうしていると、勇者が土煙を上げながら姫騎士達の元へ戻って来たので、サシャは慌ててフードを深く被り直す。

「お! 最長老も戻って来てたのか。心配したんだぞ~」

 近付く勇者に、サシャはさっと姫騎士の後ろに隠れる。持病の勇者アレルギーが出るので、あまり近付かれたくないのだろう。
 その事に気付いた姫騎士は、空気を読んで勇者に話し掛ける。

「最長老様からは先に話を聞いたが、勇者殿はどうだったのだ?」
「ああ。言われた通り、穴を開けて来たぞ」
「ならば次の段階に移行しよう!」

 姫騎士は両手を上げて、勇者にお姫様抱っこの催促をする。その時、背中にチクッとした痛みが走り、恐る恐る振り返る。
 サシャだ。サシャが刀を抜いて、姫騎士の装備している鉄の胸当てを背中から穴を開け、チクッとする程度で留めたのだ。
 そんな事態が起きているとは知らず、魔王とコリンナは姫騎士にギャーギャー文句を言っていたが、姫騎士の耳には入らなかった。

 ひとまず姫騎士は勇者を伴って歩き、十分サシャから距離を取ると勇者の背中におぶさる。さすがにサシャにあんな事をされたあとに、お姫様抱っこをしてもらう勇気は無かったようだ。
 だが、勇者に手を回して抱きつけるので、これはこれでアリかと思う姫騎士であった。


「姫騎士……姫騎士!」
「え……あ、ああ」

 帝都西門に着いたところで勇者は姫騎士に降りるように言ったのだが、姫騎士は幸せな時間を満喫していたので反応がない。勇者が大声を出して、やっと気付いて背中から降りた。
 そうして勇者の隣に立った姫騎士は、音声拡張マジックアイテムで帝都の者へ語り掛ける。

『さて……帝都の防御は文字通り穴だらけとなったわけだが、まだ我が軍と戦う考えか? この男の人智を超えた頑丈さを見ただろう……』

 姫騎士は勇者の肩に手を置く。

『この男は勇者だ!!』

 一際大きな声で勇者を紹介すると、帝都の中からざわざわと音が聞こえて来る。

『信用できない者が多数いると思う……だが、兄……ラインハルトの策を尽く破り、魔界から追い返した立役者なのは、私と共に戦ったのだから証明できる』

 姫騎士の勇者紹介は、力のみで押し切るようだ。魔王が召喚したと言うと、帝都内の者が不安に思うとの配慮。いや、よけい信じないと考えた。それに、魔王が後ろ楯と言うと、投降する者も激減すると考えている。

『猶予は一日だ! それまでに投降しない者は、命は無いと思え! ただし、我が軍に来れば悪いようにはしない。住民には戦いに参加させるような事はしないと約束しよう。よい返事を待っているぞ』

 姫騎士はそれだけ言うと、勇者にお姫様抱っこを強要し、準備が整うと忘れ物に気付いて振り向いてもらう。

『おっと、壁を直すなら直すといい。何度でも……いや、次は、全て崩してやろうではないか!! では、勇者殿?』

 力強い脅し文句のあと、姫騎士は甘い声を出して勇者に強く抱きつく。勇気は走れという指示だと受け取り、自陣に戻るのであった。

 お堅い姫騎士の嬉しそうな声と綻んだ顔を見た帝国兵の間で、「あの二人、デキてるんじゃね?」と噂になっていた事は、二人はあとで知る事となるのであった。


 二人は自陣近くになると、サシャの驚異を排除するべく、歩いて戻る。そのおかげか、姫騎士は噛み付かれる事はなかったが、意味ありげな視線に串刺しにされた。
 居心地の悪さを感じた姫騎士は、仕事があると言って指揮系統の集まる場所で待機する。

 残された勇者達はお昼が近かったので、軍の配給している場所で食事を受け取り、空いてるテーブルで休憩する。

「ところでだけど、どうして穴を開けたのに、すぐに攻め込まないんだ?」

 パンをかじりながら質問する勇者に、魔王とコリンナは呆れた顔になった。

「お兄ちゃんも会議に出てましたよね?」
「出たはずなんだが、途中から記憶に無いんだよな~」
「「……あ!」」

 記憶に無い理由は簡単。魔王に抱きつかれたからだ。
 会議が始まってしばらく経った頃に、お茶が運ばれて来たのだが、あまり役に立っていなかった魔王が率先して配っていたらつまずいて、勇者の頭を胸で包み込んだので気絶したのだ。
 その事を思い出した魔王とコリンナは、同時に声を出したようだ。

「じゃあ、オレが説明するよ」
「近くないか??」

 ここぞとばかりに、コリンナは勇者の隣に座り、くっついて説明する。

 この作戦は、帝都を囲み、穴を開ける事までが第二段階。三段階目が姫騎士の説得。そして一日様子を見るのが四段階目だ。

 するとどうなるのか……

 姫騎士軍と帝国軍の兵力差は、双子勇者を除いて2、5倍。外壁があればなんとか耐えられるだろうが、穴だらけでは役に立たない。
 そんな状態なら投降する兵も出て来る可能性もあるし、住人に至っては今にも飛び出しそうになっている。穴だらけなので兵士は止めきれないだろうし、それならば自分もと、姫騎士軍に流れる悪循環になると予想している。

 これもコリンナの策略。極力戦わずに勝つを実践するための最善の策。新しく入った参謀達も目を丸くしていたので、かなり画期的な策だったようだ。

「なるほど……でも、誰も出て来てないぞ?」
「兵士が止めてるんでしょうね。本格的に行動を移すのは夜になってからよ」
「へ~。そこまで考えているのか。コリンナは凄いな~」
「えへへ。もっと褒めて~」

 頭を差し出したコリンナを撫でる勇者。コリンナも嬉しそうにナデナデされている。

「お兄ちゃん! 私もナデナデして欲しいです!!」
「おう! 俺もしたい!!」

 相思相愛。最愛の妹に似た魔王にお願いされたからには、勇者はふたつ返事。

「……まだですか?」
「ぐっ……ぐぐぐぐ」

 しかし妹だけにヘタレな勇者は、魔王の頭、数センチ手前で手が止まり、撫でられないのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる

六志麻あさ@10シリーズ書籍化
ファンタジー
異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救った少年、夏瀬彼方(なつせ・かなた)。 強大な力を持つ彼方を恐れた異世界の人々は、彼を追い立てる。彼方は不遇のうちに数十年を過ごし、老人となって死のうとしていた。 死の直前、現れた女神によって、彼方は二度目の人生を与えられる。異世界で得たチートはそのままに、現実世界の高校生として人生をやり直す彼方。 再び魔王に襲われる異世界を見捨て、彼方は勇者としてのチート能力を存分に使い、快適な生活を始める──。 ※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。 ※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!

処理中です...