150 / 187
19 追憶(無力)
149
しおりを挟む四天王タウロスが倒れた次の日、勇者より早く目覚めたサシャは、清々しくない朝を迎えた。
「は? なんで兄貴がウチの手を握って寝てるんだしぃ! キモイしぃぃぃ!!」
寝惚け眼に写った勇者に、即座に叫ぶサシャ。その声で勇者を起こしてしまったようだ。
「ん、んん……サシャ。ちゅ~」
「ちょっ! 何すんだしぃ! 寝惚けんなしぃ!! ……てか、ぜんぜん進んでないしぃ!!」
両肩を掴んでキスを迫って来た勇者だったが、進む速度が遅すぎて、キスをしてもらいたくないサシャでもツッコんでしまったようだ。
そうして朝から騒いでいると、声を聞き付けたバルトルトが入って来た。
「朝から元気だな」
「おっちゃん! 兄貴とキスしてやってくれしぃ!」
「なんで私が……」
「緊急事態なんだしぃ!」
サシャは勇者に両肩を掴まれて、逃げ出せないでいるので焦っている。バルトルトは四天王よりも緊急ではないと思いつつも、ヘソを曲げられても困るからか、勇者の顔の前にひげ面を持って行く。
「うわ! サシャがおっさんに変わった!!」
間一髪、目を覚ました勇者は悲惨な事態を回避したようだ。バルトルトもホッとしているので、助かったと思っている。
そのドタバタが終わり、ようやくバルトルトはこれからの予定を話し合う。
「思いもよらない激戦だったから、疲れているだろう。今日はここで一日休んではどうだ? 王様も感謝の宴を開きたいと言っているんだ」
「う~ん……宴は行きたいんだけどね。急がないともうひとつの国がヤバくね?」
「それはそうだが、お前逹の疲労を考えるなら……」
「一晩寝たから大丈夫だしぃ!」
サシャは「にしし」と笑って余裕だと見せる。その顔を見て、バルトルトは勇者に目を向ける。
「サシャは今日もかわいいな~」
通常運転。勇者のやる気はわからないが、大丈夫だとはわかったみたいだ。
「はぁ……わかった。食事の準備を頼んで来るから、汗でも流して来い」
「あ! ベトベトで気持ち悪かったんだしぃ」
「サシャと混浴……」
「誰が一緒に入るって言ったんだしぃ!!」
「ああ~ん」
気持ち悪い勇者は、サシャに蹴飛ばされて気持ち悪い声を出す。それからサシャは侍女に案内されてお風呂に向かうが、当然、勇者はあとをつける。
だが、このままでは出発が送れると感じたバルトルトに連行され、無理矢理裸の付き合いをさせられていた。
朝食をゴチになった双子勇者一行は、例の如くサシャは空を飛び、勇者はバルトルトを乗せたチャリオットを引く。どちらも昨日よりスピードが跳ね上がり、助けを求めるクレンブル王都までは半日程で視界に入れる事となった。
昼食を挟み、クレンブル王都に近付くと、サシャが空から降って来る。
「おっちゃん……マズイかもしんないしぃ……」
サシャはチャリオットに乗るバルトルトに、神妙な顔で話し掛ける。バルトルトもその声に、何か感じるものがあるようだ。
「まさか……」
「全滅してるっぽいしぃ」
「全滅……」
サシャが空から見た光景は、城下町や城から煙りが上がり、感知魔法でも動いている者は、全て魔物の反応であった。
「生存者は!?」
「……わかんないしぃ。居ても、極僅か……」
「くっ……遅かったか……いや! これはサシャのせいじゃないからな。気に病む事はないんだ。ひとつの国を救っただけでも、素晴らしい功績なんだ!」
バルトルトは悔しそうに言葉を漏らしたが、サシャの暗い顔を見て、慌てて励ます。
「おっちゃんは優しいしぃ……まぁまだ生存者が居るかもしれないから、ちゃっちゃと片付けて来るしぃ。おっちゃんは危ないから、ここで待機してて」
「……気を付けるんだぞ」
「……誰に言ってるんだしぃ!」
サシャは空元気な声を出して凄い速度で飛び立つ。勇者もすぐさま追い掛けようとするが、バルトルトに止められる。
「絶対に妹を守るんだぞ!」
「心配してくれてありがとな。でも、サシャなら大丈夫だ。なんてったって、強くてかわいいからな」
「強さと勇者の重圧は違う。押し潰されないように見てやるんだ」
「う~ん……いつも見てるから大丈夫だ。行って来る!」
勇者には、バルトルトの心配はいまいち伝わらなかったようだ。それからサシャを追った勇者は魔物を跳ねながら城下町に入り、匂いでサシャの元へと辿り着く。
そこには、飛び掛かる魔物を斬り捨てるサシャの姿と、幾千の魔物の死体が転がっていた。
サシャは王都の損傷を減らす為に、大きな魔法を使わずに、刀と弱い魔法で攻撃を繰り返す。それでもレベルの上がったサシャの敵となる者はおらず、素早い動きで斬り捨てている。
勇者は……うっとりと、後ろからサシャを見ている。
魔物の数が減り続けて万を超えた頃、その魔物は現れる。
「ぐはははは。なかなか強いようだが、四天王ナンバー2の俺の敵ではない」
トロルエンペラーだ。自分の力を見せ付けるように巨体を揺らして……
「ぎゃ~~~!!」
あ、死んだ……
「チッ……いまは気分が悪いんだしぃ……」
トロルエンペラーは、サシャの目に入った瞬間、【剣の舞】で肉塊に変えられた後、ガスバーナーのような魔法で灰に変えられるのであった。
四天王が一瞬にして消え去った姿を見た魔物は、逃走を始める。しかし、王都から出るのは愚策。王都から少しでも離れると、空を飛んだサシャの爆発魔法で集団ごと消される。
逃げる事のできなくなった魔物も、あえなくサシャに発見されて、皆殺しとなるのであった。
「ハァハァハァハァ……」
「サ、サシャ……」
魔物の死体の前で佇むサシャに声を掛けた勇者であったが、雰囲気に呑まれて言葉が詰まる。
「兄貴……おっちゃんを連れて来てくれしぃ」
「お、おう……」
サシャの頼みに勇者はふたつ返事で応えるが、さすがの勇者も空気を読んで、いつものノリではない。それでも最速で駆け出し、すぐにバルトルトを連れて戻った。
それから魔物の処理を行うが、食料に変わりそうな魔獣は勇者のアイテムボックス行き。その他はサシャが燃やすのだが、勇者のアイテムボックスを使ってかき集めさせて灰とする。残った魔石も勇者のアイテムボックス行きとなる。
魔物の処理が終わると、サシャは勇者に指示を出し、人族の遺体を集めさせて、全て城に安置する。
「【凍土】」
そして、広範囲に氷魔法を放って氷の城に閉じ込める。
「これでしばらく持つしぃ。あとは、おっちゃん逹で弔ってくれしぃ」
「あ、ああ……」
この日はここで一泊してサンクルアンネン王国へと戻る。そこで各種報告をした双子勇者は、一時の休息を経て、勇者の洞窟に挑戦する。
国王は、魔法使いや盗賊、騎士や僧侶といったパーティメンバーを用意していたのだが、勇者の洞窟第一階層で、全てギブアップ。
最後までサシャについて行けたのは勇者だけ。しかし、サシャの鬼気迫る表情と、国王の入れ知恵の効果で、勇者がサシャに迫る機会はめっきり減っていた。
罠には勇者が率先して掛かり、サシャの手を煩わせず、荷物持ちもしっかりこなす。勇者の行動にサシャも不思議に思っていたが、その甲斐あって、最新部まで十日で踏破した。
戻った頃にはサシャ達のレベルは10倍以上に跳ね上がり、数々の魔法や様々な書物、アイテムを持ち帰ったのであった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~
一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。
彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。
全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。
「──イオを勧誘しにきたんだ」
ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。
ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。
そして心機一転。
「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」
今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。
これは、そんな英雄譚。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~
クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。
ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。
下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。
幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない!
「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」
「兵士の武器の質を向上させる!」
「まだ勝てません!」
「ならば兵士に薬物投与するしか」
「いけません! 他の案を!」
くっ、貴族には制約が多すぎる!
貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ!
「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」
「勝てば正義。死ななきゃ安い」
これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる