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15 追憶(志願)
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しおりを挟む試験官に番号を呼ばれたサシャは、意気揚々と駆け足で試験官の前に立つ。すると試験官は、提出された書類を見ながら話し掛ける。
「聞かない名の国名だな」
「あ、国の名前じゃなくて、村の名前だしぃ。国境だから、どっちの国かわかんないんだよね~」
「村だと……そこでお前は何をしていたのだ?」
「じいちゃんやばあちゃんばっかりだったから、ウチが魔物や魔獣を狩っていたしぃ」
「なるほど……その細腕で狩れるものなど高が知れているが、いちおうは見てやるか」
「あんたまで、ウチをバカにしてるしぃ!」
「いいから剣を抜け!」
サシャは文句を言うが、試験官に早くしろと言われて渋々腰に差した剣を抜く。すると、周りからバカにするような声が飛んで来る。
「ギャハハ。なんだその錆びた銅の剣は! ギャハハハハ」
「オッサンは黙っているしぃ!!」
またしてもゲオルフと口喧嘩を始めるサシャ。それを見る試験官は、額に青筋を浮かべて叫ぶ。
「お前達、いい加減にしろ! どちらもやる気がないのなら、国に帰っていいんだぞ!!」
「だからオッサンが~」
「口答えするな! さっさとかかって来い!!」
「わかったしぃ……」
サシャは元気なく呟いてから、剣を構える。
「もう行っていいしぃ?」
「来い……ヒッ!」
「これで合格でいいしぃ?」
「………」
返事がない。サシャは行っていいかと確認を取った後、試験官の返事の途中で首元に剣を突き立てたのだから、戸惑っているのだろう。
その素早い動きに、見学者も何が起きたかわからず静まり返る。
パチパチパチパチ
いや、一人だけ見えていた者が拍手を送っている。
「サシャ~! いいぞ~!!」
もちろん勇者だ。初孫の参観日に、代理でやって来たおじいちゃんの如く、褒め称えている。
「兄貴はうっさいしぃ! それで、どうなんだしぃ?」
「あ、ああ……いや、何が起こったんだ?」
「見えてなかったの? あんたなら見えると思っていたのに~」
「何か魔法を使ったのか?」
「別に……普通に動いただけだしぃ」
「私に気付かれる事なく、素早く動いたと言うわけか……まぐれでは?」
「見えないんじゃ、しゃあないしぃ。剣を縦に構えてろしぃ」
サシャの指示通り構えた試験官は、まばたきせずに、何をするのかを注視する。しかし、瞬く間に剣がみっつに分かれて地に落ちた。
「は?」
「『は?』じゃないしぃ!」
試験官の惚けた声に、サシャは苛立ってツッコム。
「いま、その剣で斬ったのか?」
「まぁ頑丈そうだったから魔法で強化したから、ちょっちズルしたしぃ」
「その程度で斬れるわけは……」
「それでどうなんだしぃ?」
「う~ん……実力はいまいちわからないが、合格って事にしておこう」
「やっ……」
「やった~! 合格だ~! おめでと~う」
サシャが喜ぶ前に、勇者の涙ながらの叫びが訓練場に響き渡るのであった。
サシャは恥ずかしいのか、皆が勇者を見た瞬間に距離を取る。だが、勇者の動向も気になるのか、ゲオルフの元まで行って振り返る。
試験官が次の番号を呼ぶと、勇者は真っ直ぐ歩み寄る。試験官は書類を何度も確認してから、勇者の顔を見る。
「お前は……さっきの娘の連れか?」
「ああ。サシャは俺のかわいい妹だ」
「妹? ……生まれも違うし、名前がバカ兄貴となっているのだが、この名前であっているのか?」
「え……」
サシャが勇者の分も志願書を書いていたのはこのため。勇者を書類審査で落とすために、めちゃくちゃに書いたようだ。
さすがに勇者もバカ兄貴は嫌なようで、驚いている……
「まぁサシャが書いてくれたし、それでいいや」
勇者……それでいいのか?
「それでいいのか!?」
あ……試験官も驚いて、かぶってしまった。そんなめちゃくちゃな事を書いた当のサシャは、声も出ないくらい腹を抱えて笑っている。
「じゃあ、試験を開始してくれ」
「もう一度聞くが、さっきの娘は妹なんだな?」
「そうだ」
「……わかった。試験をしてやろう」
試験官はこんなふざけた書類を書く奴は落とそうかと考えていたが、妹の実力を見て、勇者も同じくらい強いのではないかと了承する。
その言葉を聞いたサシャは、声が出ないくらい驚いているな。
「では、開始する。かかって来い」
「おう!」
勇者は開始の言葉を聞いて、模擬刀を構える試験官に、無造作に歩み寄る。
「……武器は?」
「無いぞ」
「……武道家か?」
「う~ん……それでいいや」
「……もう、私の剣の間合いだぞ?」
「わりと広いんだな」
「……斬るぞ?」
「おう!」
「模擬刀でも、当たったら痛いんだぞ?」
「そうらしいな」
「……本当に斬るぞ??」
「おう!」
武器も無し、武道家でも無いと言う勇者に、何度も質問した試験官は、サシャと同じく素早いのだろうと剣を振るう。
「へ?」
避けるものだと思って振った剣は、勇者の頭にクリーンヒット。試験官も惚けた声を出してしまった。
「これで合格かな?」
「……痛くないのか?」
「ぜんぜん」
「……と、とりあえず、もう少し見させてもらう」
「おう!」
そうして試験官は大きく後ろに飛んで距離を取る。勇者もそれに合わせて前に出て、剣で殴られる。それでも痛そうにしない勇者に試験官は連撃を入れる。ちょっと楽しくなって来た試験官は、まったく動こうとしない勇者をタコ殴り。
訓練場には勇者が殴られる打撃音が響き渡り、見物している者も不思議そうな表情で見ている。
その長く続く打撃音も、終わりが来る。「カッキーン」と金属音が鳴り響き、試験官の動きが止まったからだ。
「嘘だろ……ドアーフの巨匠に頼んだ模擬刀が折れた……それも、妹を含めて二本も……」
「これで合格でいいかな?」
驚く試験官を他所に、勇者はのほほんと尋ねる。
「……頑丈なのはわかったが、攻撃は?」
「出来ないんだ」
「は?」
「やり方もやる気もないから攻撃はしない」
「ここに何しに来たんだ~!!」
ただ殴られただけの勇者には、そのツッコミが正しいようだ。事実、この場にいる者は、全員深く頷いているからな。
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