上 下
52 / 187
05 戦準備

051

しおりを挟む

 姫騎士は勇者の捕らえて来た五人の兵士を牢屋に案内して鍵を閉めると、勇者の元へ戻り、声を掛ける。

「少し頼みがあるのだが……」
「頼み? また刀が欲しいのか!?」
「いや、今回は別の物だ」
「それでも何か取るんだな……」

 勇者は姫騎士のカツアゲに、ジト目で返す。その目にいたたまれなくなった姫騎士は慌てて弁解する。

「ちょっと変装したいだけだ。相手は私の顔を知っているから、バレると立場が悪くなるのだ」
「立場なんて寝返ったんだから、もう関係ないだろ?」
「ここだけの話にしてくれるか?」
「どんな服が欲しいかをか?」

 真面目な話をしているのに、勇者は茶化す。いや、親切に聞いているだけっぽい。だが、姫騎士は茶化されたと思って、怒るように声を出す。

「ちがっ! 戦争の終結の話だ!!」
「終結?」
「和解をするとして、父上と話し合うには間に入る人物が必要だろ? そのパイプが魔族と一緒に戦っていましたじゃ、父上だけでなく、国民にも示しがつかない」
「それならサシャに言ってもいいじゃないのか?」
「いや、私はあまり父上に好かれていないから、失敗する可能性のほうが大きい。その結果、落胆させる事になるかもしれない。でも、少しでも可能性があるなら、賭けてみたほうがいいだろう」
「なるほどな。わかった。秘密にするよ。でも、服がな~」
「どうせ妹殿に、いろいろ持たされているんだろ?」
「服は匂いをぎそうとか言われて、預けてくれなかった」
「あ……あ~~~~~」

 姫騎士納得。勇者が妹の服をクンクン嗅いでいる姿を容易に想像出来たようだ。

「あ! 和の国の着物ならいっぱいあったな。確か、色が綺麗でたくさん買ったけど、着付けが面倒とかで、いつか着るかもと預けてくれた」
「いつか着るなら絶対に着ないぞ! それを見せてくれ!!」
「そうなのか?」
「女性の常套句じょうとうくだ。貴族の娘なんて、そんな服ばかりでクローゼットを埋めているぞ」
「じゃあ、姫騎士もいっぱい持っているのか?」
「王族だから、まぁいちおう……ドレスなんかは、着ないままクローゼットの肥やしになっている」
「ふ~ん。そんなモノなのか~。でもな~」

 なかなか首を縦に振らない勇者に、姫騎士は最終手段をとる。

「わ、わかった! 踏めばいいのだろ!!」
「別にそんな事を言っているわけでは……」
「では、魔王殿にも着てもらうってのはどうだ? 私が説得してやろう」
「サシャに? 見たいかも! ……それって、俺が頼めば着てもらえるな」
「ゴチャゴチャうるさ~い!」
「あ、この感触……」

 勇者は姫騎士に蹴られるとご満悦になって、着物を十着ほど取り出す。どうやら、妹にケツを蹴られて喜んでいたようだ。
 それで喜ぶ勇者にドン引きしながら、姫騎士は着物を抱き抱えると、走って馬車に逃げて行った。よっぽど気持ち悪いのであろう。

 その後、勇者は余韻を楽しんでいると夜が来て、幸せな気分のまま壁で眠りに落ちる。




 その深夜……

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
「ん、んん~……サシャ?」

 勇者は魔王に揺すられ、目を覚ます。

「起こしてすみません」
「サシャなら許すよ!」
「本物じゃないですけどね~」
「そうだな……。本物じゃないな……」
「あ! 本物になれるように頑張りますので、そんな顔をしないでください」

 魔王の言葉に勇者は顔を曇らせると、すぐに慰められる。しかし、魔王も同じように顔を曇らせてしまったので、勇者は話を変える。

「それより、こんな夜中にどうしたんだ?」
「たいした用事ではないのですが……」
「……もしかして、怖くて眠れないのか?」

 勇者は魔王の震える肩に気付き、質問する。

「……はい。魔族の為とは言え、私が人を殺す事を指示するなんて、怖いです……」
「そうか。サシャは俺と一緒だもんな」
「妹さんは、魔族と戦う事は怖くなかったのですか?」
「どうだろうな。妹は、俺に弱味を見せた事が無いからわからない」
「強いのですね」
「いや、昔は泣き虫で、いつも俺の後ろに隠れていたぞ」
「そうなのですか……。どうやって克服したのでしょう?」
「魔法の才能、剣の才能に目覚めてから、人々の為に戦うんだって張り切り出したかな? その過程で感謝され、さらに自信をつけて行ったと思う」
「感謝……魔族の皆さんからは感謝されるでしょうが、人族の方からは恨まれそうですね」
「だろうな。でも、約束を破ったのは人族だろ? サシャが気に病む事じゃない」
「そう割り切れたらいいのですが……」

 魔王は勇者と話ながらも、さらに落ち込んで行く。しばらく静寂が辺りを包み込む中、勇者が口を開く。

「すまないな」
「え?」
「俺じゃなくて妹が来ていたら、サシャの願いを一人で解決してくれたんだ。俺に戦う覚悟があれば……」
「お兄ちゃんのせいじゃないですよ! 本来なら、私が解決しなくてはならなかったのです。それを関係ないお兄ちゃんを巻き込んでしまって、謝るのは私のほうです!」
「サシャは優しいな……。こんな使えない俺にまで優しくしなくていいんだぞ?」
「そんな事ないです! お兄ちゃんが居なければ、姫騎士さんやコリンナさんに、手助けしてもらえませんでした。お兄ちゃんのお陰で戦う準備が出来たんですよ」
「いや……俺は……」

 勇者は頼りない自分を責めようとするが、魔王は言葉で遮る。

「それに、これで良かったのかもしれません。条約があるから平和が続くわけでは無いと学べましたので、これを機に、魔族も変われます。妹さん一人で解決してしまっては、次からも勇者様に頼ってしまいますからね」
「……フフ」
「どうしたのですか?」
「俺が励まそうとしたのに、逆に励まされてしまった。サシャは立派な魔王様だな」

 勇者の言葉に、暗い顔をしていた魔王の目が、決意のこもった目に変わる。

「……そうです。魔王なのです! 弱気になってはいけないのです!!」
「魔王だからって弱気になってもいいだろ? 頼りにならない勇者だけど、それぐらいの話なら聞けるよ。泣き言を聞いて欲しかったらいつでも言ってくれ」
「お兄ちゃん……」
「妹に頼られているみたいで嬉しいからな!」
「もう! いい話が台無しです~」
「あはは。その顔もかわいいな~」
「ですから~~~……プッ。あははは」

 いつも通りの勇者の態度に、魔王は笑い出した。

「笑った顔もいいな~」
「もう~……明日は早いですし、そろそろ寝ますね。……お兄ちゃんも一緒に寝ますか?」
「……俺はここでいい。ゆっくり休んでくれ」
「?? そうですか。おやすみなさい……」
「おやすみ」

 魔王はモジモジしてベッドに誘ったが、二つ返事で誘いに乗ると思っていた勇者に断られ、不思議に思いながら馬車に戻る。

 魔王を見送った勇者はと言うと、最愛の妹に似た魔王に誘われた事によって、心ここに在らず。ほぼ気絶した状態で、会話を続けていたらしい……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

処理中です...