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35 邪神討伐にゃ~

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 魔王が居なくなり、嫌がらせで送られた魔物の群れを倒して勝利に浮かれていた要塞都市の人々であったが、100メートルを超える巨大な邪神と、十万は居そうな魔物の群れの登場で恐怖の渦に飲み込まれた。
 その三角錐さんかくすいの真っ黒な体に三角形の頭を乗せ、体から十数本の長い腕を生やした邪神の声は世界中にとどろき、全ての人間はうずくまったらしい……

「ぐっ……ううぅぅ……あんなの、勇者の僕でも……」

 そんな声を目の前で聞いた勇者ハルトも膝から崩れ落ちる。

「にゃに言ってるんにゃ~」

 だが、わしが支えて、ハルトの膝は折らない。

「ハルト君は勇者にゃろ? じゃあ、最後まで諦めちゃダメにゃ」
「で、でも……」
「諦めなければにゃんとかなるもんにゃ。それを伝えられるのは、勇者であるハルト君だけにゃ~」
「でもアレは……」
「アレはわしが倒すにゃ」

 ハルトの消極的な言葉をわしが奪うと、少しだがハルトの目に光が戻った。

「シラタマさんが??」
「その為に、神様がこの地にわしを寄越したんにゃ。だけどにゃ、前にも言ったけど、民を勇気付けるのはわしじゃないにゃ。勇者の仕事にゃ」
「僕に何をしろと……」
「にゃはは。切り替えが早くて助かるにゃ~」

 わしはハルトにこれからの作戦を告げると、ハルトの目に完全に輝きがもどっ……

「ええぇぇ~~~!?」

 たわけではなく、驚くだけであったとさ。


 それから数分、軽食を摘まみながらコリス達も交えて作戦会議をしたら、音声拡張魔道具を首からぶら下げたハルトが壇上に登って勇者の剣を高々と掲げる。

『皆さん! 邪神など恐るるに足らず! 何故なら、僕が居ます! 勇者の力を信じろ~~~!!』

 ハルトが叫ぶと、民衆は絶望の目を向けた。その視線をハルトは背中で受ける。

『勇者の剣……全力解放!!』

 そして右から左に動かすと、それに合わせて魔物の群れをビームが薙ぎ払った。

 「にゃ~~~ご~~~」と、猫の鳴き声と共に……

 もちろんそのビームの正体は、わしの魔法じゃ!

 ハルトが喋り始めた頃には、わしは外壁から飛び下りて【玄武】を召喚。その土で出来た巨大な亀の上に踏ん張ったわしは【御雷みかずち】を発射。
 わしの口から吐き出された雷ビームは、ハルトの剣の動きに合わせて魔物を薙ぎ払ったというわけだ。

『見ましたか! これが勇者の力です! まだまだ行きますよ~~~!!』

 ハルトの声を皮切りに、今度は左から右に。次は右から左に……ハルトの剣はわしの【御雷】に少し遅れながらも往復を繰り返す。
 そうして魔物の大群がいい感じで削れたら、わしはノルンを伝令に走らせた。

『皆さん! これから僕は邪神と戦って来ます! 諦めず、僕を信じて待っていてください! 必ずや倒してみせます!!』
「「「「「お、おおおお……」」」」」
『行って来ま~す!!』

 ハルトが外壁から飛び下りると、その背中に民衆の視線が集中していたので、同時に飛び下りた白い物体に誰も気付かないのであった。


 外壁の上では、民衆が固唾を飲んで見守っていたが、そこにべティ&ノルンの声が響く。

「あんた達、何しみったれて見てるのよ! 一人で邪神と戦う勇者君の応援しなさい!!」
「そうなんだよ! それに、勇者だけじゃ全ての魔物に対処できないんだよ! みんなの力が必要なんだよ!!」
「なあに、強い敵はあたし達に任せなさい!」
「「このマジカルべティ&ノルンにね!!」」
「「「「「うおおおお!!」」」」」

 べティ&ノルンはハルトを応援しろとか言っていたわりには、最後は両手でハートを作って決めポーズをして、おいしいところは持って行く。
 それで民衆の声は弾けたが、遠くを見ている人が多いということは、ハルトに掛けた言葉なのだと思う。


「にゃはは。よく迷いなく飛べたにゃ~」

 ハルト達を風魔法【突風】でふわりと受け止めたわしが笑顔を見せるが、ハルトの緊張は解けない。

「それで……僕もあそこに突っ込むのですよね……」

 何せ、いまから邪神のお膝元に飛び込もうとしてるのだからだ。

「勇者が一番近くに居なくちゃ締まらないにゃろ。それに、護衛を付けるから大丈夫にゃ。にゃ?」
「うん! まかせて!!」

 ハルトと同時に飛び下りた白い物体はコリス。わしと同じく限界レベルを突破してるので、魔王ぐらい余裕で倒せるほどの戦力だ。

「そんじゃあ行きにゃすか」
「ホロッホロッ」
「はあ……」

 くして気合いの言葉も欠片もなく、ぬるりと邪神討伐が始まるのであった。


 先頭を行くのはもちろんこのわし。一瞬で魔物の大群の前に姿を現すと、風魔法【三日月乱舞】。大きな風の刃を何十発と放ち、あっと言う間に一掃する。

「モフモフ~!」
「もう終わってる……僕って必要ありました??」

 わしの後ろを凄まじい速さで追いかけていたのはコリス。背に乗るハルトは、出番が無くなっていたので緊張が解けちゃった。

「まだまだ居るから、ちょっと時間稼ぎをしただけにゃ~」
「時間稼ぎですか?」
「わしもかっこつけたくなっちゃったんにゃ~」
「言ってる意味が……」

 ハルトがポカンとしているが、わしは両手を回してジャンプ!

「武装チェンジにゃ~!」

 そして声を発すると、わしの全身は発光する。

 説明しよう。この『武装チェンジ』とは、ベティ達のマジカルチェンジと同じモノ。魔法の服屋で言葉の登録ができると聞いたので、かっこいいかと思ってこれにしたのだ。
 これを言うとわしの全身は発光し、胸には胸当て、足には足当て、腕には籠手、日本でいうところの鎧兜が次々と装着される。最後は「Cat」と飾り細工された兜が頭に嵌まり、「キュピーン!」という音と共に変身が完了する。

「鎧武者……あ、シ~ラ~タ~マ~にゃ~~」
「モフモフかっこいい~!」
「え? あ、ウワ~。カッコイイ~」

 白色の鎧兜を装着したわしは、見得を切って決め顔。コリスが拍手してくれているから、ハルトもカタコトで拍手してくれている。

「う、うんにゃ。ありがとにゃ~」

 珍しく決まったと思うがこんなに褒めれたことがないので、ちょっと気恥しいわしであったとさ。


「さあ、お遊びはここまでにゃ。ハルト君……遅れるにゃよ~?」
「は、はい!!」

 遊んでいても、敵地真っただ中は継続中。わしが一掃した魔物の穴を埋めるように、それより多くの魔物が押し寄せて来ている。なので、わし達は背中合わせに立って三角形を作り、魔物の群れに突撃。回転しながら次々と魔物を弾き返す。

「ほれほれ~? ハルト君だけ遅れてるにゃよ~。もうギブアップにゃ~??」
「ぐっ……まだまだ~!」
「よく言ったにゃ~! コリス~。いくにゃよ~?」
「うん!」
「うわああぁぁ~!!」
「あははははは」

 わしとコリスは限界レベル突破者なので、この程度の魔物は余裕。しかしハルトが遅れ気味だったので、発破を掛けたらいい返事してくれたので、ここらかはスピードアップ。というより、わしとコリスでハルトを振り回しまくる。
 ハルトの左手を掴んだわしは振り回し、いい位置に強制的に移動。そこでハルトが魔物を倒したら、次に移動。ハルトが攻撃を喰らいそうになったらコリスにパス。コリスが同じように、ハルトを振り回して攻撃させる。
 もちろんその間、わしとコリスは一切攻撃の手を緩めていないので、魔物の減りは尋常もなく早い。

 わし達は傍目にはダンスをしているように見える動きを繰り返し、魔物をガンガン倒して行くのであった……


「こんにゃもんかにゃ?」
「ゼェーゼェー……も、もう限界です……ゼェーゼェー」

 襲って来る魔物が激減したのでわしが足を止めると、手を繋いでいたハルトは膝から崩れてしまった。なので、スタミナ回復ドリンクを差し出す。

「ほいっとにゃ」
「あ、ありがとうございます……ゼェーゼェー」
「わしも動きにくいから、これ脱ごっとにゃ。武装解除にゃ~」
「ゼェーゼェー……なんの為に装備してたのですか? ゼェーゼェー」
「喋らず息を整えろにゃ~」

 鎧兜は防御力アップではなく、かっこつける為に装備していただけなのでハルトのツッコミはちょっと嬉しいが、まだ本丸が残っている。

「動き出したにゃ……ま、ハルト君の出番はここまでにゃ。でも、まだ魔物が少し残っているから頑張るんにゃよ?」
「う、動き出したとは?」
「邪神にゃ~……【大風玉】にゃ~!」
「うわっ!?」

 魔物がチラホラ寄って来る中ハルトと喋っていたら、邪神の腕が伸びて空から降って来たので、わしは大きな風の玉を放って押し返した。

「ちょっと手が放せそうにないから、下のことは頼んだにゃ~」
「がんばってね~」

 わしはそれだけ告げると、手を振るコリスに見送られ、力業ちからわざでムリヤリ空気を踏んで空を駆けて行くのであった。


 わしが空を駆けて邪神に向かっていると、もちろん邪神は見逃してくれない。長い長い腕を縄のように操り、わしに手を伸ばす。
 その速度はこの世界では一番速いのだろうが、相手はわしだ。その倍の速度で空中を駆け回りかすることさえさせない。なんだったら、カウンターで百の斬撃を放ったので、邪神の腕は手首から先が霧散した。

「おお~。復活するんにゃ~。昔、どっかでそんにゃ獲物を倒したにゃ~」

 邪神の手が復活しても、わしはのん気なもの。昔を懐かしむが、腕が復活する巨大なイカと戦ったのは、およそ四年前の出来事である。
 そんな無駄なことを考えていたら、わしは絶体絶命の大ピンチ。邪神の十本の腕が同時に襲い掛かるので、わしは逃げ回る。

 急上昇に急降下。右に左にキリモミしながら空を駆け回る。

「いっちょあがりにゃ~。にゃははは」

 と、ただ逃げ回っていたわけではない。邪神の腕が絡まるように逃げていたので、最終的には邪神の腕は固結びとなるのであった。


 わしは文字通り手も足も出ない邪神の頭だと思われる三角形の前に移動し、そこで小刻みに空気を踏んで高度を維持する。

「邪神さんにゃ。お前さんには意思があるのかにゃ?」
「ガガガ……人類滅亡だけがガガガ我の意思ガガガ」
「それが神様の……アマテラスから与えられた使命にゃの?」
「ガガガ神は我のみ。ガガガその他は偽物だガガガ」
「かわいそうにゃヤツ……神様の手の平の上で踊らされていると知らないにゃんて……」
「我ガガガ神。我のみガガガ神。ガガガ!!」

 わしが哀れんだ目を向けると、邪神は怒りからか体が膨らんだように見える。それと同時に、腕は何も障害がないかの如く腕どうしをすり抜け、結び目も消え去った。

「わしがきっちり引導を渡してやるにゃ~! 【参鬼猫みきねこ】にゃ!!」

 本日二度目の説明しよう。【参鬼猫】とは三毛猫をモジッたダジャレではなく、わしの狭い額に三本の白銀のアホ毛が立つ現象。もちらんただのアホ毛ではなく、ツクヨミノミコトから授かりしチート能力だ。
 次元倉庫に溜めてある大量の魔力を消費することでこのアホ毛は一本二本と増え、わしの力を二乗三乗と増やしてくれるのだ。ちなみにアホ毛と言っているが、見た目は角だから、鬼を冠する魔法名になっている。

「ガガガガガガ~!!」
「ホ~ニャニャニャニャニャニャニャ~!!」

 邪神の十本の腕による連続パンチは、手数が多すぎて常人なら壁にしか見えないのだろうが、わしの目にはスローモーション。
 腕の一本に対し、百の斬撃を放ち、わしに接触する前に拳はチリとなる。それでも邪神は何度も拳を治してわしを殴ろうと繰り返すが、一向にわしには届かない。
 これでは勝てないと察した邪神は、一気に百本の腕を体のあちこちから生やした。

「猫又流剣術奥義……【猫時雨ねこしぐれ】にゃ~~~!!」

 ここでわしは、奥義と言っているだけのハチャメチャ斬り。ただただスピードを出して刀を振り回しているだけなので、剣の達人が見たら怒ってわしにドロップキックを入れるだろう。

 しかしながらいまのわしの速度は、邪神の倍の速度から四乗……16倍だ。

 その速度で攻撃をすれば、ただの一太刀が必殺技かのような威力。刀だけじゃなく、わしに触れただけでも腕なんて消し飛んで行く。

 邪神の腕を斬り、復活し、体を斬り、復活し、また腕を斬り、復活し、頭を斬り、復活し……

 超高速の攻撃は邪神に効いていないかのように見えるが、わしには効いているとわかる。切り返しの度に移動距離が減っているのだから、邪神は間違いなく縮んでいる。
 そうこう斬り刻み続けていたら、100メートルはあった邪神は、ついに3メートルぐらいの大きさとなるのであった……


「とお~うにゃっ!」
「シラタマさん!?」

 コリスとハルトが背中合わせにして魔物と戦っていた現場に着地したわしは、ついでに魔物も吹き飛ばしてやった。

「邪神はどうなりました!?」
「まだ生きてるから、トドメはハルト君に譲ろうと思って誘いに来たんにゃ」
「そんなのいいですからシラタマさんがやってくださいよ~」
「いいから行くにゃ~」

 せっかくおいしいところは譲ると言っているのにハルトは嫌そう。なので肩に担いで、ムリヤリ邪神の目の前に連れて来てやった。

「にゃ? 案外やる気、出てるじゃにゃ~い?」

 わしがハルトを下ろしたら勇者の剣を構えて邪神に近付いて行ったので、感嘆の声を出したのだが、ハルトとしてはちょっと違うみたいだ。

「なんだか勇者の剣が斬りたがっていて……こんなの、魔王戦以来です」
「ふ~ん……剣には剣にゃりの使命でもあるのかにゃ~? ま、それにゃら好きにさせてあげるにゃ~」
「わかりました……」

 ハルトは勇者の剣を押さえるように、手に力を込めて邪神に近付く。

「待ったにゃ!!」

 しかしわしが大声を出したら、ハルトは飛び跳ねて戻って来た。

「急に驚かせないでくださいよ~」
「いや~。忘れ物があってにゃ~」
「忘れ物……ですか??」
「カメラ構えるの忘れてたにゃ~」
「はぁ~~~。もう行きますからね」

 わしが次元倉庫からカメラを出すと、ハルトは大きなため息。わしの行動に呆れて、邪神に近付いて行くのであった。


「それでは……行きます!!」

 邪神は3メートル程まで縮み、腕が四本しか出せなくなって速度もハルト以下では、攻撃を避けようがない。
 ハルトのダッシュからの会心の一撃は、邪神を綺麗に真っ二つに斬り裂いたのであった……

「会心の一枚が撮れたにゃ~」

 わしは素早く動き回り、パシャパシャ撮ったら、のん気な声を出すのであったとさ。
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