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第二十五章 アメリカ大陸編其の四
730 最終回にゃ~
しおりを挟む時は過ぎ、8月も終わりを迎える頃、関西の裕福な家庭では、高校生の兄妹が喧嘩していた。
「お兄ちゃん! また足で顔を掻いてるよ! 汚いからやめるように言ったでしょ!!」
リビングに入って来た妹は、ソファーでテレビを見ながら足で器用に顔を掻いているひとつ年上の兄を怒鳴り付けた。
「いや、これは……癖で……気付いたら……」
「だから直すように矯正してるのよ! それよりこんな所で何してるの? スポーツ推薦、全部蹴って大学受験するって言ったのはお兄ちゃんでしょ! 勉強しなさい!!」
「いや、ちょっと、息抜きを……俺の部屋、テレビ無いし……」
兄は妹の剣幕にたじたじ。どうやらこの家では妹のほうがヒエラルキーが上なので、強く反論できないようだ。しかし、少しでも反論した事が妹の怒りを買ったのか、説教が始まった。
「お母さんもお父さんも放任主義だから私が言うしかないのよ! このままじゃ、100%浪人よ!!」
「わかってるって~」
「いいえわかってないわ。お兄ちゃんはただでさえ馬鹿なんだから、人の数倍努力しないと大学なんて入れないの。ドラマでも、最後の夏が勝負を決めるって言ってたんだからね!!」
「いや、ドラマって言われても……」
兄に対してしれっと酷い事を言う妹であったが、いまいち心に響いていないので戦法を変える。
「せめて家庭教師を頼んだら? 大学レベルの勉強は、私は教えてあげられないんだよ?」
「俺の縄張りに家族以外が入るのは、ちょっと……」
「俺のじゃないでしょ! お父さんがお仕事いっぱい頑張って建てた家なの!!」
優しく言っても変な返しをする兄のせいで、妹も諦めるしかない。
「いまからでもプロ野球に行ったらどう? サッカーも推薦来てたでしょ? バスケットのスカウトの名刺が残ってるから私が電話してあげよっか? 飽きたって言うなら、卓球とかテニスなんてどう? お兄ちゃんならすぐにマスターして賞金王になれるって」
「運動自体が飽きたみたいな?」
「だったら勉強しろ!!」
なんだか妹が信じられない事を言っていたが、兄の身体能力の高さは事実らしい……
「てか、さっきから気のない返事してると思ったら、横目でテレビ見てたでしょ! そんな特技ばっかり上手くなって……消します!!」
「ちょっ! それだけはご勘弁を! 今いいとこなんだ!!」
妹がテレビのリモコンに手を伸ばすと、兄は素早く奪って部屋の端に移動し、背中を丸めて威嚇する。
珍しく兄が怒っているものだから妹はテレビに目をやるが、溜め息が出てしまう。
「はぁ~。UFOって……そんなの居るわけないでしょ。そんな特番、うん十年も前からやってるけど、一度だって降りて来たことないんだからね」
「特番じゃなくて、これ、報道番組だから」
「はい?? あ~……UFO特集ね。子供が夏休みだからって、視聴率を増やそうとしてるのよ」
「特集でもないって~。てか、何も知らないのか? 俺のスマホも鳴りっぱなしだぞ」
「勉強中は携帯電話切ってるから……え? なんでUFO特集がやってるからって、お兄ちゃんの携帯電話が鳴るのよ??」
「UFOが現れたからだよ!」
「へ?? ……ええぇぇ!?」
妹がテレビをよく見ると、そこには「UFO襲来」のテロップと「LIVE」の文字。そしてニュースキャスターから、UFOが現れた瞬間からの経過説明が始まるのであった……
* * * * * * * * *
「え~。何度も繰り返していますが、UFOが現れてから間もなく一時間となります。もう少し時間があるんで、この映像をもう一度……いける? はい、いけるようなので、見てください。ホント、信じられないから!」
関西のイントネーションがきついニュースキャスターの男性が力説しながら振ると、一連の流れがまとめられた映像が流れる。
「本日午前11時頃、東京都皇居上空にUFOが現れ、町は騒然となっています。なお、防衛省の発表では、レーダーにも補足されずに突如現れた模様です。緊急事態と言うこともあり、警察、自衛官、共に避難誘導に努め、住人の避難を持って戦闘機が飛び立つ予定でしたが、UFOから放送があり、現在は膠着状態となっています」
女性アナウンサーの朗読から録画されたUFOのアップ映像に変わると、こんな放送が聞こえて来る。
『ワレワレは、宇宙人ダ。敵意はナイ。ワレワレは、宇宙人ダ。敵意はナイ」
喉を振るわせて発音しているような片言のメッセージが流れると、次は流暢な日本語が女性の声によって語られる。
『先程の通り、我々に敵意はありません。武装は解除してください。なお、いまより一時間後の正午に、UFOは皇居外苑に着陸します。我が王は天皇陛下との接見を希望し、昼食をご一緒して友好を深めたいと仰っております。お騒がせして申し訳ありませんが、着陸までもうしばしお待ちください』
女性の声のあとは、また片言の如何にも宇宙人だと言いたげな自己紹介に変わり、女性の声に変わって、エンドレスに流れる。
しかし「ワレワレは、宇宙人ダ」で途切れて、アナウンサーがこれからの事は政府が話し合っていると説明して、映像はスタジオに戻った。
「ホント、ビックリでしょ? 宇宙人ですよ。宇宙人。まさかUFOが皇居上空に現れるなんて誰が考えていました?? ちょっと予想してた人います~?」
スタジオではキャスターが軽快なトークでゲストコメンテーターに無茶振りし、笑いが起こっているので、UFOからの放送のおかげで緊張が解けているように見える。
それから間もなく正午となる頃にはスタジオが静まり返り、キャスターも顔が強張って来た。
「さあ、あと三十秒ほどで正午です。UFOが着陸します。宇宙人が降りて来ると思われます」
日本中、世界中の人々が、テレビやインターネットの生放送に釘付けになり、一部の地域では宇宙人歓迎カウントダウンが始まった。
テレビの中では機械音と数字のカウントダウンが流れているだけで、キャスター達もモニターに集中して仕事を忘れてしまっている。
そんな中、現場に派遣された若い女性アナウンサーから焦るような声が聞こえて来た。
「降りてる? 降りてる?? ね? 降りてるよね?? あっ! 失礼しました。ただいま黙視でも確認できました! UFOがゆっくりと高度を下げ始めました!! 繰り返します。UFOは正午を過ぎた頃に、高度を下げ始めました!!」
女性アナウンサーの中継の後、全世界で弾けるような歓声があがり、あと何メートルというようなカウントダウンも始まった。
そしてUFOは無音で皇居外苑の地面に着陸したら、アナウンサーから見たまんまの光景を大興奮で何度も説明され、その数分後には状況が変わる。
「開いた! 開きました! 円盤の下部に四角い空洞が見えます。あ、絨毯のような物が敷かれた階段が現れました! 見えていますか? 私の目には、はっきりと赤い絨毯のような物が見えます!!」
血管が切れそうなぐらいの興奮状態に陥ったアナウンサーであったが、次の瞬間には固まり、ボソッと呟く。
「……猫?」
周りでも各テレビ局が中継をしているのだが、皆、一様に同じ事を確認し合っている。
「猫? ……猫よね? タヌキじゃないよね?? 立って歩いてる猫で間違いないよね??」
何度もカメラマンやディレクターに確認を取ったアナウンサーは、カメラの正面まで歩いて来た奇妙な生き物を指差して言葉を発する。
「猫です! 宇宙人の正体は白い猫でした! 真ん丸の猫ちゃんです! 立って歩いてます! 紋付き袴を着ています! 止まりました! あ……私を指差しています! ……なに? なにかな??」
UFOから降りて来た猫は何かジェスチャーで合図をしていたので、なんとか受け取ったカメラマンは、猫の絵のアップに切り替えた。
「どうやら拡大しろとのことだったようです。あ、えっと……丸を送り返したらいいのかな? これでいいかな??」
アナウンサーが頭の上に両手で丸を作ると、猫も同じように丸を返し、懐をゴソゴソしてマイクを取り出した。そして肉球を見せて指を一本ずつ折り、最後の小指が曲がったら、世界中は何かを期待して静まり返った。
『我輩は猫であるにゃ。名前はシラタマにゃ。宇宙人ではにゃい。本当は平行世界人にゃ。騙して悪かったにゃ~。ドッキリ大成功にゃ~。にゃはははは』
しばし大音量の猫の笑い声が響き、多くの人がポカンとしていたら、ディレクターからの怒声でアナウンサーが復活した。
「ね、猫が日本語で夏目漱石みたいな自己紹介をしました! でも、平行世界人って……ドッキリって、どういうことでしょうか!? あっ!!」
わけのわからない猫がわけのわからないことを言っていては、アナウンサーは混乱。そこに畳み掛けるように、UFOから次々と降りて来た。
「リス!? おっきな白いリスが……
獣耳!? 耳と尻尾が生えた女性……
鬼も! 角の生えた少女です!!
アレはエルフ?? 白い髪で耳が長い女性も……
西洋人!? 三人の普通の女性が……いえ、全員エルフで最後のカーリーヘアの女性の頭には妖精が乗っていま……
子供? 先程の猫より小さい白猫二匹と獣耳の白い髪の幼女が女性達の元へ……
また獣耳!! 白い尻尾が九本もありますよ!?
最後は……女王様? 王女様? すっごく奇麗な金髪女性です! 女の子と男の子の手を握って、足元には普通の白猫が二匹います!!」
アナウンサーが驚きながらも必死に実況をしていたら、また猫の手が動いた。
「何故か猫が招き猫のようなことをしているのですが……これ、行ってもいいの?? わたし? え? 行くの?? あ~……自衛隊の人に交渉してみます……」
アナウンサーはディレクターに押されるように、最前線で規制線を張っている自衛官に交渉すると、もちろん断られた。だが、シラタマが手招きし続けるので、自衛官に上からの指示が入る。
その指示を聞いて、武器を持たない十人の自衛官が周りを固めて進み、ようやくシラタマにテレビ局のマイクが向けられた。
「呼び出して悪かったにゃ~。日本政府の許可をもらうの大変だったにゃろ?」
「いえ、まぁ……はい」
シラタマが普通に話し掛けて来たのでアナウンサーはどうしていいかわからず固まっていたら、ディレクターにつつかれた。
「あ、あの……まず何から聞いたら……あ、そうですね。率直なことを聞きます」
自分なら宇宙人にどうインタビューしようかと考えていただろうが、そんな考えは吹っ飛んでいるので、アナウンサーはこれしか聞けない。
「猫??」
「アイムキャットにゃ~。にゃはははは」
こうして世界中の人が「そりゃそうだろな」と思う中、シラタマの笑い声が響き渡るのであった……
* * * * * * * * *
ところ変わって関西の裕福な家庭のリビングでは……
「アハハハハハ……ハァハァ……ヒッ……アハハハハハ……し、死ぬ……アハハハハハ」
妹が笑い転げると言うよりは、笑い過ぎてのたうち回っていた。
「その笑い方……久し振りに見たな」
「ハヒィー。ハヒィー……アハハハハハ」
兄が心配そうにしても、妹は死ぬほど笑っているので会話にならない。なので、兄はしばしテレビのインタビューに目を移して、妹の笑い声が小さくなった頃に再び声を掛ける。
「俺以外でそんなに笑うのは珍しいな」
「ゼェーゼェー。そ、そりゃ、あの人が帰って来たんだもん。そ、それも、プッ、や、約束通り、ね、猫のままで……アハハハハハ」
「あの人? 約束? なに言ってんだよ」
「アハハハハハ、ハハハ、おかえブッ! アハハハハハ」
鉄之丈に「おかえり」と最後まで言えない元女房の笑い声がいつまでも響き渡り、元猫はこのまま死ぬのではないかと心配するのであった……
おしまい
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