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第十七章 日ノ本編其の三 関ケ原その後にゃ~

488 勘違いにゃ~

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「あ、こけたニャー」
「こけましたね」
「「あははは」」

 シラタマをつけていたメイバイとリータは、キョロキョロしていたシラタマがつまずいてこける姿を見つめ、コリスとオニヒメは小さな声で笑い合う。

「でも、何か様子がおかしいニャー」
「ここからでは聞こえませんけど、叫んでいるみたいですね」

 リータ達が見つめる中、シラタマは駆け出して少し進んだ所で右手を前にして何かを掴む仕草をしていたが、膝を突いて目に両手を持っていった。

「どうしたんニャー?」
「シラタマさんが……泣いてる?」
「い、行くニャー!」

 シラタマが泣いてる姿を見たメイバイは走り出そうとしたが、リータに肩を掴まれて止められた。

「なんで止めるニャー!」
「いま出て行くと、シラタマさんにバレてしまいます」
「でも……」
「心配ですけど、もう少し様子を見ましょう」
「……うんニャ」

 そうしてリータ達はシラタマを見ていると、しばらくして、立ち上がって歩き出したのであった。


  *   *   *   *   *   *   *   *   *


 あ……

 わしは若かりし日の母親に駆け寄り、右手で触れようとした瞬間、霧でも晴れるかのごとく、母親と兄弟達は消えてなくなってしまった。

 お袋、次郎、みんな……そうじゃよな……

 わしの見ていた物は幻影……。こけた拍子に、百年近く昔に起きた事柄がフラッシュバックしたのだと気付いたわしは、膝を突く。
 さすがに、亡くした母親、先に逝った兄弟、残して来た兄弟の昔の顔を見てしまっては、わしの目から涙が流れ、両肉球で押さえてもあふれてしまった。


 しばらく泣いていたわしだったが、涙を袖で拭って立ち上がった。

 あ~……まさか白昼夢を見るとは思わなんだ。わしの生まれた世界は、ここではない。それに兄弟達が子供のわけがあるまい。最後に見た兄弟は、ジジイとババアになってたんじゃ。
 じゃが、ノスタルジーに浸ったおかげで、少し記憶が戻った。この土手を、あっちに行けば家があったはずじゃ。
 ……もしかしたら、お袋や兄弟達が教えてくれたのかもしれんな。アンビリーバボーじゃわい。

 わしは涙を拭ってトコトコと歩き、田畑を耕す人に何やら驚かれながら進み、懐かしく思う。

 わしが子供の頃、こんな風景じゃったな~。田畑が広がり、家もまだら。まだ道も整備されている所は少なく、農家ばかり。
 うちは元は武家だったらしいが、明治以降は落ちぶれて食っていけずに農家に転身。田畑を耕している人と変わらぬ生活をしておった。それでも、じい様や親父の頑張りで、わしたち兄弟は食う物に困らずに育ててもらった。

 いま思うと、よくもまぁこんな風景から、アスファルトや鉄筋コンクリートがそこかしこを埋めたもんじゃ。
 人間の進化とは、くも凄まじいものじゃ。


 わしはキョロキョロしながらトコトコと歩き、見覚えのあるボロい道場の前で足を止める。すると……

「コラー! てつのじょ~~~う!!」

 わしの元の名前を呼ぶ大声が聞こえて来た。

 いまのは……幻聴じゃない? と、思われる! 正直、さっきのがあるから自信がないな。聞き覚えのある声じゃし……

「わ!」
「にゃ??」

 わしが道場の前で突っ立っていたら、小学校の高学年ぐらいの坊主頭の少年がぶつかって来た。

「なんで止めるんだ!」
「いや……ぶつかって来たのはそっちにゃろ?」
「え……おおお、お侍様!? ごご、ごめんなさい!!」

 わしの顔を見た少年は慌てて離れ、土下座する。

「あ~。わしは……」
「てつのじょ~…う……。お侍様!?」

 「わしは侍では無い」と言おうとしたら、竹刀を振り上げて走って来た老人が現れた。

 うそ!? じい様……

 わしが長い白髪を後ろで結んだ老人の顔に驚いていると、老人は何やら勘違いして謝罪する。

「ま、孫が何かご迷惑を!? 申し訳ありません!! 私の首を差し出すので、何卒なにとぞ……何卒、孫の命だけはお助けを!!」

 老人まで土下座するので、わしは「ハッ」として、慌てて嘘の素性を説明する。

「わしはただの浪人にゃ~。それに、そのわっぱには何もされてないから頭を上げてくれにゃ~」

 浪人と聞いた老人は、顔を上げるが、それでも畏まった姿勢は崩さない。

「いえ、その毛色は将軍様の親戚筋で間違いありません。この通り孫も反省しておりますので、命だけは……命だけは……」
「だから~! わしはタヌキじゃなくて、猫にゃ~~~!!」
「「へ? 猫??」」

 若干ディスられたわしは、声を大きくして否定するのであった。

 だって、タヌキと一緒にされたくないんじゃもん。


  *   *   *   *   *   *   *   *   *


「なんか揉めてるニャー」
「またタヌキって言われたみたいですね」

 シラタマが「にゃ~にゃ~」騒いでいる声は、垣根に隠れたリータ達にも届いたようだ。それから様子を見ていると、シラタマは老人と少年に連れられて道場に入って行った。

「家に入ったけど、ここが目的地なのかニャー?」
「もしかして……」

 メイバイが質問すると、リータは何やら考え込む。

「どうしたニャー?」
「ここは、シラタマさんの実家なのかも……」
「実家ニャ? シラタマ殿は森の生まれで、お家もそこにあったニャー」
「そうですけど、覚えていませんか? シラタマさんが、ここは平行世界だって言ってたのを」
「言ってたけど……」

 シラタマの説明は意味不明だった為、メイバイにはいまいち伝わっていなかったらしい。だが、同じように転生して来たリータには、少しばかり伝わっていたようだ。

「要するにですよ。ここに住んでいたシラタマさんが、百年後、別の世界に行ったのです。すると、その世界は百年時間の経過が遅かった為、シラタマさんのお家が残っていたわけですよ」
「うっ……難しいニャ。でも、ここがシラタマ殿の目的地って事であってるって事かニャ?」
「その通りです! たぶんシラタマさんは、元の世界の実家を見てみたかったからここに来たんです」
「それなら、私達も連れて来てくれたらよかったニャー」
「そうですけど、本当にあるとは思っていなかったのでしょう。そんな無駄な時間に付き合わせたくなかったと考えれば、私達を同行させない理由にはなりますよ」
「たしかにそうだけどニャー……それでも一緒に探したかったニャー」

 リータは理由付けて納得しようとしたが、メイバイと同じように少し寂しさもあるようだ。

「まぁそうですけど……それがシラタマさんの優しさですよ」
「そっか~……それで、これからどうするニャー?」
「う~ん……中を覗けるところを探しましょうか?」
「だニャ」

 メイバイが肯定すると、皆で道場を中心にウロウロする。そうして窓を発見したら、各々覗き込み、シラタマと老人に念話を繋いで盗み聞きするのであった。


  *   *   *   *   *   *   *   *   *


 わしは老人と鉄之丈と呼ばれた少年を説得していたら、ぶつかったお詫びにお茶でもどうかと誘われたので、道場の中も気になっていたから二人に続いて中に入る。
 そうして老人が板間にて正座で座ると、わしは対面で胡座あぐらを組み、鉄之丈はお茶を取りに奥へと消えて行った。

 この匂い……懐かしい。わしの育った道場と同じ匂いじゃ。間取りもそのままじゃから、本当に子供に戻った気分じゃわい。
 ここは平行世界じゃから家があるかと思って来てみたが、まさか本当にあるとは思いもよらんかった。
 しかし、じい様まで居るとは……そう言えば、男の子は鉄之丈とか呼ばれていたな。あのハナタレ坊主が、わしって事か? いやいや、わしは近所で有名な美少年じゃったから、別人じゃろう。

「汚い道場で申し訳ありません」

 わしがキョロキョロしていると、老人が申し訳なさそうにする。

「にゃ……そんにゃ事は思ってないにゃ。わしの育った道場に似ていたから、ちょっと懐かしんでいただけにゃ~」
「はあ……しかし、お侍様は、どうしてこんな田舎の道場なんかに来られたのですか?」

 そんな事を聞かれても、転生して元の家を探しに来たとは言えんし……ここは、適当な事を言って、お茶を濁しておくか。

「噂で、強い剣士の居る道場があると聞いてにゃ。どんにゃ鍛錬をしているか、見せてもらおうと思ったんにゃ」
「ほう……剣の修行中でしたか」

 あ……やっちゃったかも? じい様って、来る者拒まず立ち合いしていたな。それも負けなし……

「ただ竹刀を振るところを見ても面白くないでしょう。どうです? 私と立ち合ってみては?」

 やっぱりか~。どうしてそんなに嬉しそうな顔が出来るんじゃ……いま思うと、じい様もバトルジャンキーだったんじゃな。
 その相手にしようと親父に剣を教えていたけど、食うに困っていたから訓練がままならず、わしに厳しくしておったのか。
 ま、いまのわしなら負ける事もないじゃろう。積年の恨み、晴らしてくれようぞ!!

「それはいいにゃ~。わしも本気の剣を見たかったところだったにゃ~」
「ほっほっほっ。存分に楽しんでくだされ」

 老人は立ち上がると、道場の端に移動して竹刀を二本持って戻る。そうして竹刀の柄をわしに向けるので、わしは受け取りながら立ち上がった。


 わしと老人は開始線につくと、礼をして竹刀を構える。

「おっと、名乗るのを忘れていたにゃ。わしはシラタマ。じい様を倒す者の名を、しっかり覚えておいてくれにゃ」
「もう倒す事になっているのですか……そんな事を言って、逆にわしの名前を覚えて帰る事になりそうですな」
「負けたら覚えておいてやるにゃ。名を名乗るにゃ~」
「後藤銀次郎……そなたを倒す者の名じゃ」

 マジか……わっぱが鉄之丈と呼ばれていたからまさかとは思っていたけど、名前までそのままじゃったとは……

「何を呆けておる……。挑発に乗ってやったのじゃから、しゃきっとせんか!!」

 おおう……さっきまで丁寧な対応じゃったのに、鬼のじい様になってしもうた。その顔は昔を思い出すから、ちょっと怖い……


「あ~! じいちゃんがまた喧嘩してる~! かあちゃ~ん!!」

 わしが若干ビビっていると、鉄之丈が道場に入って来たかと思ったら、大きな声を出した。

 鉄之丈……グッジョブじゃ。あのままでは、じい様の覇気に押されて上手く動けないところじゃっ…た……

「あらあら。今回は怪我をさせないようにしてくださいね」

 鉄之丈に続いて入って来た女性を見たわしは、せっかくほぐれた体がまた固まる。

 お袋……お袋そっくりな顔……そっくりな喋り方……

 そう。元の世界の若かりし日の母親が現れたのだから、わしの目から涙が溢れそうになってしまった。

「敵を目の前にして、その態度はなんじゃ!!」

 しかし銀次郎に怒鳴られて、わしは涙をこらえる。

「す、すまないにゃ。恩人にそっくりで、驚いてしまったにゃ……ところで、あの子の父親はどこに居るにゃ?」
「父親? 父親は、今ごろ京に着いた頃じゃろう。浜松に米を運ぶと言ってたぞ」

 そうか……今日は居ないのか。これほどわしの肉親に酷似した人物が揃っておるんじゃから、出来れば会いたかったな……

「いい加減やるぞ! 鉄之丈! 開始の合図を出せ!!」
「はい!!」

 わしが物思いにふけっていてもお構い無し。銀次郎に怒鳴られた鉄之丈はわし達の間に立ち、開始を告げるのであった。

「はじめ!」
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