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第十六章 日ノ本編其の二 天下分け目の関ケ原にゃ~
437 相撲を取るにゃ~
しおりを挟む三役揃い踏みが終わると、行司の指示で東西に並んで座る。それからひとりひとり行司が名を呼び、最初の一番。西からは小兵キツネが土俵に上がる。
小兵と言っても、わしより縦にも横にもデカイ。だが、東から土俵に上がったタヌキは、この場に居る力士の中で、一番デカイ。小兵キツネと比べると、二倍以上ありそうだ。
数度の仕切り直しで、小兵キツネと巨大タヌキの呼吸が合えば、行司の「はっけよい」。小兵キツネの八艘飛びは虚しく、巨大タヌキの突き出しで、あっけなく土俵から転がり落ちた。
あらら。体重差がありすぎるからアレしかないんじゃろうけど、完全に読まれていたな。てか、先鋒でこの力量差では、わしまで回って来ないのでは? まぁそれならそれで、仕方ないか……ん?
わしが二人を見ていると、小兵キツネは戻って来たのだが、巨大タヌキは土俵から降りない。なので、さっき名前を知ったばかりの、隣に座る巨漢タヌキ貴花田に質問してみる。
「にゃあ? にゃんであいつは残っているにゃ?」
「聞いてないのですか? 関ヶ原では、勝ち抜き戦になっているのです」
勝ち抜きか~。てっきり、星取り戦じゃと思っていたわい。じゃあ、100パーセントわしに回って来るんじゃな。
「そうにゃんだ。てことは、どれだけ相手を疲れさせるかも、勝負の決め手となりそうだにゃ」
「そうですが……先ほどは疲れさせる事も出来ませんでしたね。次で頑張ってくれたら……あ!」
わし達が喋っている間に二試合目が始まり、西軍の人間力士は猫だまし。巨大タヌキの顔の前で手を「パンッ!」と叩き、驚いている隙に足を取ろうと潜り込んだが、猫だましが効いていなかった巨大タヌキに押し潰されてしまった。
「あら~。また読まれてたにゃ~」
「もうあとがないぞ~! 勝ってくれ~!!」
貴花田の願いは虚しく、中堅の丸タヌキは巨大タヌキと組み合って、電車道で寄り切られてしまった。
「くそ~! これで今回も負けてしまう……」
あっと言う間に三敗か~。どうりで玉藻がわしを使おうとするわけじゃわい。東軍との差がありすぎる。
しかも、貴花田の心も折れてしまった。まぁ残り五人も相手にしないといけないと思えば、スタミナの少ない力士にはキツイか。
丸タヌキが土俵を降りると、貴花田は立ち上がるが、覇気がない。なので、わしも立ち上がってジャンプ。背中を叩いてやった。
「つっ……何するんですか!」
貴花田の背中には、くっきりとわしの肉球が浮かび……毛の下に肉球が浮かび、痛みに驚いて怒鳴られてしまった。
「にゃはは。気合いが入ったみたいだにゃ」
「気合いが入ったところで、もう勝てるわけが……」
「それにゃ!」
わしが貴花田の声を遮ると、目をパチクリする。
「にゃにを弱気になってるんにゃ……お前は大関にゃろ! 西一番の力士にゃろ! 違うにゃ!?」
「……はい」
「じゃあ勝てにゃ! 全員薙ぎ倒せにゃ! さすれば、西軍の勝ちにゃ~~~!!」
「あ……そうです! 僕が勝てばいいんです!!」
「その意気にゃ~」
「ごっちゃんです!」
死んだ目をした貴花田だったが、わしの叱責を受けて目に炎が宿る。そうして行司の呼び出しで、鼻息荒く四股を踏み、数度仕切って待ったなし。巨大タヌキとぶつかった。
あ……こりゃダメじゃな。
貴花田は気合いが入りすぎて空回り。巨大タヌキは勝ちを急がず受けに撤し、長い相撲となってしまった。からくも下手投げで倒したものの、貴花田はゼーゼーと肩で息をしている。
しかし、息が整う間もなく「はっけよい」。東軍次鋒、安産型タヌキの突っ張りに押され、顔を腫らし、また長い相撲となる。
いけ! そこじゃ!!
なんとかまわしを取った貴花田の上手投げ。技ありの勝利を勝ち取ったが、もう立っているのも辛そうだ。
そこに、行司に呼び出された見た事のある……おそらく、京で貴花田に負けた巨漢タヌキが歩み寄る。
「京での借りを返そうと思っていたが、その姿では勝負になりそうにないな」
「ゼーゼー……それはやってみないとわかりません。ゼーゼー……」
「フッ……ならば手加減はいらんな」
巨漢タヌキと貴花田は少し話すと、数度仕切って、お互いゆっくりと手をつく。「はっけよい」と同時に、肉のぶつかり合う音が響くが、貴花田は押し負けて体がのけぞる。
しかし、前みつを掴んで耐え、左四つ。がっしりと胸を合わせ、引き合い押し合い釣り合い……また長い相撲となり、観客は盛り上がっているようだ。
お~。すぐに負けると思っておったが、頑張るのう。じゃが、時間の問題か。じりじりと押されておる。
わしの見立て通り、巨漢タヌキは貴花田を押し込み、俵に足が掛かる。そこで巨漢タヌキは勝負に出てがぶり寄り。だが、貴花田はそれを狙っていた。
起死回生のうっちゃりだ。
二人は同時に土俵を割り、地面に倒れ込むのであった。
「に~し~……」
結果は西に軍配が上がったが、勝負審判のタヌキ老人から物言いがつき、審議となった。
わしの目では同体……取り直しじゃな。しかし、貴花田には取り直しをするほどの体力は残っていない。取り直しになったら棄権させるか。
すぐに立ち上がった巨漢タヌキとは違い、貴花田はなかなか立ち上がれないでいる。そんな中、審議していたタヌキ老人達が席に戻ると、行司が軍配を勝者に向ける。
「ひが~し~……」
残念ながら取り直しも無し。何が勝利に傾いたかは、わしはわかっているが、その事に一部の者しか気付かずに、東軍の勝利が告げられた。
「くそ~~~!!」
悔しがる貴花田は、まだ立ち上がれずに地面を殴る。そんな貴花田にわしは歩み寄り、声を掛ける。
「よくやったと言いたいところだけどにゃ~……」
「いえ……敗者の僕が、褒められる言われもありません」
「それがわかっているならいいにゃ。でもにゃ。にゃんで負けたかわかるかにゃ?」
「……実力不足です」
「違うにゃ」
「違う??」
「いつまで寝てるつもりにゃ? お前は大関にゃろ? にゃら、足の裏以外、土をつけるにゃ」
「は、はい……う、うぅぅ」
貴花田は涙を堪えて立ち上がり、ふらふらした足取りを必死に耐え、力強く下がって行った。貴花田とは違い、足取りの軽いわしはトコトコトと土俵に上がり、巨漢タヌキではなく、土俵の周りに座るタヌキ老人達を睨む。
「お前達が見間違う事があるとは思うにゃ。でもにゃ。どちらかに片寄った判定をするのは間違っているにゃ。相撲は神事にゃんだから、これからは、そんにゃ事はしないでくれにゃ」
わしは気付いていた。勝負審判の中で一番重鎮であるだろうタヌキ老人が、一番近くで見ていたタヌキ老人の言葉を遮っていた事を……
その鶴の一声で、審査が覆った事も気付いていたので口にしたのだが、タヌキ老人は「不敬」だとか「ふざけるな」だとか「これだから素人は」だとか、口々にわしを非難した。
「別に取り直しは要求してないにゃろ。それに、この事に気付いているのは、わしだけじゃないにゃ。お二人さん……にゃ?」
わしが行司と巨漢タヌキに話を振ると、行司は目を逸らし、巨漢タヌキはわしをじっくり見つめるだけ。なので、タヌキ老人達の叱責は無視して、開始を促す。
「時間を取らせて悪かったにゃ。さあ、やりあおうにゃ~!」
わしの開始の言葉を聞いて、行司は配置に就いたので、わしも下がって塩を握る。東軍の巨漢タヌキは塩を高々と投げ、わしはさらっと撒いてまわしをポンポンと叩く。
そうして見よう見真似の仕切りをして腰を落としていると、巨漢タヌキと目が合った。
「すまなかったな」
「にゃ?」
「さっきの取り組みだ。あれは同体だった」
「ああ。もう終わったことにゃ」
「フッ……小さいが、なかなかの漢だな。だが、相撲対決はこのまま俺で終わらせてもらうぞ」
「出来たらいいにゃ~」
「黙って、黙って~!」
わし達が話をしていると、行司に注意を受けて元の場所に戻る。そして数度仕切りをして呼吸を合わせると、わしは両手をつけた。
「はっけよい!」
同時にぶちかまし。いや、わしが遅れてぶちかまし。いやいや、ぶちかましに見せただけで、素早く横移動。からの、まわしを掴んでの下手出し投げ。
巨漢タヌキは前進する力とわしの技に逆らえず、一回転して土俵に倒れるのであった。
観客は、その呆気ない結果に言葉を失う。行司でさえも呆気に取られているのだから致し方ない。なので、軽く咳払いをしたら行司は「ハッ」として勝ち名乗りをあげてくれた。
「に~し~。猫の王~、猫の~王~~」
「「「「「わああああ~~~」」」」」
行司の声で観客は我に返り、小兵が巨漢を投げたと沸き上がった。
「くっ……嘘だろ……」
土俵の上で座ったままの巨漢タヌキは信じられないからか、その場を動こうとしない。
「そろそろ、そこを空けてくんにゃい? 手刀を切りたいんにゃけど……」
「あ、ああ。すまない……。それと、貴花田にも謝っていたと言ってくれ」
「にゃはは。漢だにゃ~。伝えておくにゃ~」
それから腰を落としたわしは手刀を切り、土俵端に移動して待っていたら、巨漢タヌキより一回り大きいタヌキ力士が土俵に上がる。
「チッ……こんなチビ相手に、あいつは何をしてるんだか……」
何やら独り言を呟いて仕切っているが、チビなのは否定できないし、さっき行司に怒られたので、わしはツッコまずに仕切り直す。
そうして「はっけよい」。今回はわしは前に出ず、様子を見ようとしたが、タヌキ力士も同じだったようだ。
あら? お見合いじゃ。ここからどうしたらいいんじゃろ? あちらも動かないし、わしから行くか。
わしは力に気を付け、頭からタヌキ力士にぶつかる。背丈が倍は違うので、頭はお腹に減り込み、それと同時に前みつを両手で掴んだ。
「おいおいおい。なんだその当たりは。やっぱりさっきのはマグレだったんだな」
タヌキ力士は愚痴りながら、わしのまわしを背中越しに掴み、持ち上げようとする。わしは魔法禁止と聞いていたから重力魔法を使っていないので、軽々と持ち上げられる……
「なっ……」
ことはない。ぐっと腰を落とし、ぐっとまわしを引き付けているので、そうは簡単に持ち上がらない。
「これならどうだ!」
それならばと、タヌキ力士はわしを押す。しかし、わしが持ち上がらないということは、タヌキ力士の力が上手く働いていないということ。元々小兵よりも小柄なわしでは、変な体勢になっているからなおさらだ。
なので、逆に押してあげる。ゆっくり摺り足。タヌキ力士がまわしを持ち変えても、まわしを引き付けたまま進み、俵まで押し込む。
「く、くそ!」
タヌキ力士は俵を回り込もうと移動するので、それに合わせて内無双。綺麗に内腿を払ったわしの手でタヌキ力士は宙を舞い、背中から土俵に倒れ込むのであった。
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