401 / 755
第十四章 新婚旅行編其の二 観光するにゃ~
396 一触即発にゃ~
しおりを挟むシラタマ単独で工場見学をしていた頃、リータ達は朝から寄席に入り、落語や漫才をゲラゲラ笑って見ていた。昨日とは同じネタは何ひとつ無く、見たがっていた「猫皿」はなかったのだが、それでも満足したようだ。
それからお昼が来ると、客席でドカ弁やおやつを食べて腹を満たし、昼からの演目もゲラゲラ笑う。
夕刻近くになると寄席を出るのだが、皆、表情筋や腹筋がバカになっているようだ。
「うぅ……笑い疲れました~」
「お腹が痛いニャー」
「私はいま、どんな顔してる?」
「おもしろかった~。ホロッホロッ」
リータとメイバイとイサベレはお疲れになり、コリスは楽しそうに「ホロッホロッ」と歩いていると、行く手を阻む者が現れる。
「異国の王の従者様ですね。どうかお話を!」
タヌキ侍だ。シラタマは動き回って居場所が特定しにくいので、寄席に来ていたリータ達に標的を移したようだ。
リータ達はどうしたものかと考えて、念話の説明をしてから話をする。
「えっと……シラタマ陛下は、明日には暇が出来るので、それまで待ってもらえませんか?」
「それが、城主様が一刻も早く会いたいと申しておりまして、連れて行かないわけにはいかないのです」
「あまりしつこくせれると拗ねるので、逆効果ですよ。それに私達に言われても、決定するのはシラタマ陛下なので、無意味です。お引き取りを」
リータは優しく受け答えし、タヌキ侍から離れようとするが、それでも引き下がらないタヌキ侍。それどころか、あからさまに不機嫌な顔を見せる。
「男がこれほど丁寧に頭を下げているのだから、女は素直に『はい』と答えんか!」
タヌキ侍に怒鳴り付けられたリータは、キョトンとしながら質問する。
「あの……急にどうしたのですか?」
「女は男を立てるもの。それすら異国の者は知らないとは、どういう教育を受けているのかが、高が知れるな」
タヌキ侍達が、ガハガハ笑い出すと、メイバイが不機嫌な声を出す。
「男と女で位が違うとでも言いたいニャー?」
「その通りだ。男のほうが偉いに決まっておろう」
「いい加減にするニャー! シラタマ殿は、女性だからって差別することないニャー!」
メイバイがタヌキ侍に食って掛かろうとするので、リータは体を抱いて止めに入る。
「メイバイさん。問題を起こしては、シラタマさんに迷惑が掛かります」
「でも……」
「皆さんも、今日のところはお引き取りをお願いします。行きましょう」
リータはそう言うとメイバイ達を連れて離れようとするが、タヌキ侍はリータの腕を掴んで止めた。
「待て!」
「離してください!」
リータは軽く腕を振り払う。
ドーン! ゴロゴロ、ドッシャーン!!
「あ……」
リータは、自分では軽く振り払ったつもりだが、タヌキ侍は吹っ飛ばされて地面を転がり、壁にぶつかって止まる事となった。
「貴様ら~! 女子だと思って優しくしておれば、いい気になりやがって~!!」
リータの行動で、タヌキ侍は待ったなし。刀は抜かないようだが、リータ達を囲んで一触即発の事態となった。
「うぅ……軽く振り払ったつもりでしたのに……」
「リータは馬鹿力だからニャー。私も気を付けないとニャー」
「シラタマさんに気を付けろと言われていたのに……」
「まぁやってしまったものは仕方ないニャ。シラタマ殿は殴ってもいいと言っていたし、向こうにも非があるニャー」
「……そうですね。イサベレさん。武器は必要だと思いますか?」
「この程度なら、いらない」
「でしたら、気絶程度で倒して逃げちゃいましょう」
皆が頷くと、リータはメイバイに挑発するように指示を出して、メイバイは応える。
「女の細腕でちょっと押しただけなのに吹っ飛ぶなんて、この国の男は、こんなに弱いんニャー」
「なっ……」
「どうりでシラタマ殿に相手にされないわけニャー」
「くっ……女子の分際で……お前達、武士に手を上げた現行犯で捕らえるぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
タヌキ侍達は力強く返事をすると、一斉に飛び掛かる。
リーダー格のタヌキ侍の思惑は、リータ達を無傷で捕らえ、五条城に連行したあとシラタマをおびき寄せて、今回の件は水に流すと言って貸しを作ること。
先にリータに触れたのはタヌキ侍なのだが、暴力を振るったのはリータが先。捕らえるには正当な権利があるので、捕らえても何も問題ないと思っているのだが……
「う、嘘だろ……」
タヌキ侍達は、あっと言う間にリータ達にボコられて、一人を除いて地に倒れてしまった。
「やってしまいました……」
「私もニャ……」
リータの殴ったタヌキ侍は、胸が陥没して肋骨が肺に刺さったのか、血を吐いて倒れている。メイバイが殴ったタヌキ侍は、顔面が陥没して息が出来ないのか、ヒューヒュー音が漏れている。
「コリス! あっちのタヌキをお願い! 私はこいつをみる!!」
「うん!」
イサベレとコリスは手加減が上手くいっていたらしく、慌てて治療にあたる。イサベレは百年生きた経験から手加減が上手く、コリスはシラタマから習っていたので手加減が上手かったので、気絶程度で倒していた。
二人は回復魔法を使うが、コリスはシラタマから習っていたから治すのが早い。しかし、イサベレはそこまで得意ではなかったようで、命を繋ぐ程度。コリスが一人を治したあとに代わっていた。
そうして治療が終わると、あわあわしているリータの代わりに、イサベレが前に出てタヌキ侍に念話を繋げる。
「わかっていると思うけど、死人が出なかったのは、私達がかなり手加減したから。もしもまだやると言うのなら、手加減しない」
「くっ……くそ~!!」
イサベレの忠告に、タヌキ侍は刀に手を掛けるが、イサベレは柄を押さえて優しく語り掛ける。
「お願い。シラタマはこんな事を望んでいない。おとなしく引いて」
見詰め合う二人。その時間は数秒で、先に目を逸らしたのはタヌキ侍。膝を突いて、項垂れるしかなかった。
「行こう」
イサベレが周りを見渡すと、多くの民に見られていたので、戦意を失ったタヌキ侍からダッシュで離れ、池田屋に帰るリータ達であった。
* * * * * * * * *
わしは工場見学を終え、平賀家で現像を頼み、御所で玉藻と雑談したあと、京の街をブラブラと歩いて池田屋に戻る。
そうしてご機嫌で部屋の戸襖を開けたら、ご機嫌でない皆に一斉に見られてしまった。
「にゃ? みんにゃどうしたにゃ?」
「実は……」
珍しくイサベレが事情を説明するので、少し驚きながら話を聞くと、暗い顔をしているリータとメイバイの頭を撫でる。
「まぁいいにゃ。気にするにゃ」
「でも、シラタマさんに、あれだけ言われていたのに……」
「私も人を殺すところだったニャ……」
「ちょっと強くなり過ぎただけにゃ。わしがみんにゃを焚き付けたのも悪かったんにゃし、お互い反省しようにゃ」
「シラタマさ~ん!」
「シラタマ殿~!」
リータとメイバイが抱きついて来たので優しく抱き締めるけど、わしにも手加減して欲しい。かなり苦しかったので、ギブアップしてしまった。
二人が落ち着くと、褒めて欲しそうなコリスを褒めちぎり、褒めて欲しそうなイサベレは頭を撫でておく。でも、わしの息子さんに手を伸ばさないで欲しい。コリスがマネするかもしれないから、マジでやめて欲しい。
そうして反省が済むと、寄席で見て来たという「寿限無」を何度も聞かされ、うっかり間違っている箇所を指摘したら、何席も「寿限無」をやらされてから眠るわしであった。
「「「「じゅげむじゅげむ……」」」」
「も、もうやめてくれにゃ~~~」
しつこく「寿限無」をやらされたわしは、皆の寝言にうなされるのであったとさ。
* * * * * * * * *
「お、女にやられただと~!!」
五条城では、タヌキ侍から報告を聞いたタヌキ城主は怒りを露にする。
「百歩譲って、女を連れて来る策は良かったが、女ごときに何を負けている!」
「も、申し訳ありません。しかし、私どもが手も足も出ない猛者でしたので、全て王を護衛する者だったかと……」
「女が護衛だと!?」
「はっ! 間違いないかと……いま考えると、あの化け物が渦巻く海を越えて来た者達です。弱いわけがありません」
「言い訳するのか! もういい! 他の者に任せる!!」
「は、はい……」
「処分は追って伝える。覚悟しておけよ……」
「は、はは~」
タヌキ城主の低い声に、タヌキ侍は冷や汗を垂らして下がって行く。それから今日も、宴に出す予定だった料理をがっつき、他のタヌキ侍に指示を出して、苛立ちのまま眠りに就くタヌキ城主であった。
* * * * * * * * *
わしは朝目覚めると、皆の「寿限無」に耳を塞いで朝食をいただき、ちょっとランクを落とした正装に着替える。イサベレにはメイバイのスペアを。コリスにはピンクのワンピースを着てもらった。
着替えが済むと池田屋を出るのだが、いつにも増して、大勢のタヌキ侍が待ち構えていた。
「またお前らにゃ~? もう見飽きたにゃ~」
「今日こそは、城に参っていただけるのですよね?」
「さあにゃ~?」
わしは惚けて言ってみると、タヌキ侍にジロジロと見られる。
「その素晴らしい着物は、城主様と会うからかと見受けられます。ささ、あちらに馬車を用意しておりますので、どうぞお乗りください」
「にゃ? これから御所に行くから綺麗にゃ着物を着ているだけにゃ」
「え……」
「それともにゃにか? 天皇陛下との謁見よりも、城主と会う事を優先しろと、わしに言うつもりにゃの?」
「い、いえ……」
「じゃあ、道を開けろにゃ~~~!!」
さすがに、この国で一番偉い天皇の力は絶大で、タヌキ侍からの追求は無く、綺麗に道を開けてくれた。
その道を、わし達はズカズカと歩き、真っ直ぐ御所へと向かうのであった。
* * * * * * * * *
「なんだと!? 今日は暇だと言ってたくせに、御所へ行っただと!!」
タヌキ侍から報告を聞いたタヌキ城主は、朝から機嫌を害して叫ぶ。
「はい。天皇陛下と謁見するとおっしゃっていまして……」
「くっ……またしても、宴の準備が台無しだ……」
今日も座敷を用意し、今か今かと待っていたタヌキ城主は、苛立ちを抑える為に宴の料理をかっ食らう。
三日連続の暴飲暴食で、タヌキ城主の腹はまん丸。元の姿から、さらにでっぷりとなったタヌキ城主は、それでも食べ続けてお昼前……
タヌキ侍が座敷に駆け込んで来た。
「何事だ!!」
礼儀をわきまえずに入って来たタヌキ侍に、一喝するタヌキ城主。タヌキ侍は慌てて土下座をし、申し奉る。
「火急の知らせの為、申し訳ありませんでした!」
「火急だと?」
「天皇家の牛車がこちらに向かっております」
「どうせいつものように素通りして行くのだろう。城内の者を並ばせて、頭を下げさておけ。しかし、これのどこが火急なのだ……」
タヌキ城主はいつもの指示を出したあと、全然急ぎではなかった事に気付き、タヌキ侍を睨む。
「それが、その後ろに馬のいない馬車が動いていまして……」
「馬車? 電車じゃなく、馬車なのか?」
「おそらくは電車のような乗り物なのでしょうが、そのような珍しい乗り物ならば、もしかすると……」
「異国の者が乗っていると……」
「如何いたしましょう?」
「う、宴の準備だ! それと侍達を全員で出迎えに向かわせろ!!」
「はっ!!」
タヌキ城主の命令を聞き、五条城では急展開で宴の準備が始まり、城の門に多数のタヌキ侍が整列するのであった。
シラタマが乗るバスが五条城の門に横付けされると、リータ達からバスを降りて入口に並び、リータとメイバイがカンニングペーパーを見ながら口上を述べる。
「シラタマヘイカのおナ~リ~」
「ミナのモノ、ヒカエおろうニャー」
二人の口上のあとに、堂々とバスから降りる白い猫が現れる。
「にゃはは。わしが天下のシラタマ王にゃ。頭が高いにゃ~。にゃははは」
「「「「「はは~~~」」」」」
こうしてシラタマは、多くのタヌキ侍が頭を下げる中、五条城に到着したのであった。
0
お気に入りに追加
1,169
あなたにおすすめの小説
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。
光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。
ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…!
8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。
同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。
実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。
恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。
自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる