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小学校である

061 大人のケンカである

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 お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。私にだって許せないことはある。

 私が井口先生に怒声を浴びせて親指を下に拳を突き付けたら、教室に静寂が訪れた。

「何があったのですか!?」

 そこにジュマルの前担任、若い女教師、池田先生が血相変えて飛び込んで来た。おそらく、結菜ゆいなちゃんが呼んで来たのだろう。

「何もかにも、広瀬ジュマルさんに、僕が殴られたんですよ。突然暴れて手に負えなくて……これは、警察に通報する案件です」

 井口先生は味方が来たからか言葉遣いが丁寧になり噓をペラペラと喋っていたが、池田先生は私に近付いて来た。

「ララさん。何があったのですか?」
「なっ……池田先生は、僕が噓を言っているとでも思っているのですか?」
「それはわかりません。しかし、ジュマルさんが暴力を振るうには、必ず理由があると知っています。まずはその理由を聞きたいだけです」
「そのララさんは、ジュマルさんの妹ですよ? ジュマルさんのために、あることないこと言うに決まってますよ」
「いいえ。ララさんは子供とは思えないぐらい分別があります。私は何度も助けられましたからね。何があったか聞かせてくれる?」

 池田先生は井口先生を押し退けて私に説明を求めるが、ここは私の出番ではないはずだ。

「その人の言う通り、私は部外者で兄の親族です。岳君たちに聞いてください」
「そ、そう……分別ありすぎ。小2だよね?」

 だから2人に譲ったのに、池田先生は小声で何を言ってるんだか……小2ですよ。


 それから10分ほど経つと、池田先生は岳君だけでなくもう2人から話を聞き終えて、怒りを抑えながら井口先生に向き直った。

「いまの話は本当なのですか?」
「本当なわけありませんよ。子供の言っていることですよ? 信じるのですか??」
「私だって、井口先生のことを信じたいですよ。でも、これだけ証言が一致しているのですよ?」
「甘い。池田先生は甘いです。僕がこれまで、どれほどの子供に噓をつかれたか……池田先生。子供とは、そういうモノなんですよ」

 20代の池田先生より、井口先生のほうが経歴が20年以上も長いから押され気味だったので、私が割り込む。

「こんな教師……いえ、こんな人間の言葉に信念を乱されないでください。私たちは全員、池田先生の味方ですよ? 好きなように反論してください。負けたとしても、私たちがストライキでもなんでもして仇は討ってあげますから。ね? みんな! こいつを許せないよね!!」
「「「「「うん!!」」」」」
「ララさん、先生は死ぬの??」
「言葉の綾ですがな~」

 せっかくクラスメートを焚き付けてあげたのに、池田先生はいまいち盛り上がらず。私の言い方が悪かったみたいだ……


 それから池田先生は私たちの弁護を続け、井口先生がのらりくらりとかわしていると他の先生も集まり、場所を変えようとなったその時、待ち人来たる。

「広瀬ジュマルの父です! 息子が申し訳ありません!!」
「あれ? ママは??」
「もうすぐ着くと思う……ララ、パパじゃダメなのか? メール見て急いで来たんだぞ~」

 急いで来てくれたのはありがたいけど、私は社長じゃなくて弁護士が欲しかったの! とか思っていたら、そのすぐあとに母親が走って来た。

「広瀬ジュマルの母です! 息子が申し訳ありません!! あれ? パパのほうが早かったの??」
「タッチの差だったね」

 ここは母親が先に来てくれたら登場シーンもかっこよかっただろうに、父親に先を越されては締まりに欠ける。ちょっと恥ずかしそうだ。
 その照れたような顔で母親は教室内を見回して、どのような状況か把握しようとしている。

「えっと……ララちゃん。どういった状況?」
「外で話そう。お兄ちゃんも来て!」
「んがっ……」
「騒ぎの中心人物がなに寝てるのよ!!」

 やることもないジュマルは寝ていたので、引っ張って教室を出たら、広瀬家大集合。コソコソと先程のやり取りを両親にインプットする。
 そんな私たちを尻目に、ジュマルは頭の後ろで腕を組んで他人事。お前のことだよ。

「なるほど……わかったわ。あとのことはママに任せて。パパは井口先生のこと調べてくれる?」
「スマホしかないからたいしたことは調べられないけど、できるだけ集めるよ」
「ジュマ君は、アレ押した?」
「アレ? ああ、これか。押してるで」
「でかした! それちょうだい」

 母親は父親に指示を出し、ジュマルからは猫型の黒いキーホルダーを受け取っているから、私は何か気になる。

「それはなに?」
「フッフ~ン♪ 秘密兵器。さあ、反撃するわよ!」

 母親は黒猫キーホルダーをプラプラ揺らして教室に入って行くのであった。


「皆様、この度はご迷惑お掛けしまして、申し訳ありませんでした」

 教室に入ると母親は頭を下げるので、私はジュマルの頭を押さえながら自分も下げる。

「井口先生におきましては、息子が暴力を振るったことをここにお詫びします」

 再び謝罪の言葉を発した母親であったが、今回は頭を下げる素振りがない。

「当方は、井口先生への謝罪はこれ以上いたしません。ですから、刑事告訴、民事訴訟など、好きにしてください。ジュマルには、刑法に則って罪を償わせます。しかしながら、民事訴訟に関しては、当方は徹底的に戦う所存です。コストに見合った結果は、絶対に井口先生にもたらさないと約束します」

 私は「笑顔でなに言ってんだこの人?」って母親の横顔を見ていたら、井口先生が異議を申し立てる。

「暴力を振るっておいて、それはないんじゃないですか? 慰謝料はきっちり支払ってもらいますからね」
「ですからそちらの件は、ご勝手にやってください。訴状が届くのを楽しみに待っています」
「はあ? こっちは被害者……」
「続きまして!」

 井口先生の声を遮って、母親は笑顔から怒りの表情に変わった。

「私は現時刻を持って糸本仁君の弁護人となります。井口先生の行為は、ハラスメントを超えた児童虐待の疑いがあります。こちらは、即刻警察に通報します」
「なっ……ふざけ……」
「並びに! 仁君が受けた精神的苦痛に関する民事訴訟を起こします。額は1億円! 私の持てる力を注ぎ込みますので、覚悟しておいてください」
「い、1億……」

 母親が人差し指をビシッと前に出して決め顔すると、井口先生はあまりの額に後退り、子供たちは「かっこいい~」と尊敬の眼差しを向けるのであった……
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