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小学校である
060 緊急事態である
しおりを挟むお兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。緊急事態だ!
結菜ちゃんから全てを聞かずに走り出したら続きが後ろから聞こえたので、階段を駆け上った踊り場で私はポシェットからスマホを取り出した。
「早く出て~……留守電!? ママ! 緊急事態!!」
母親のスマホは留守電だったので用件だけ簡潔に告げたら、グループトークにも一言書いてダッシュで階段を上り切る。
そしてジュマルのクラスの前で滑るように急停止。踏ん張ってドアを勢いよく開けたら、担任のおじさん教師、井口先生に馬乗りして両手でビンタしているジュマルの姿が目に入った。
「お兄ちゃん! 離れろ! 待て! 離れろ~~~!!」
ジュマルは興奮しているのか、私の怒鳴り声すら耳に入っていない。私はまた走り出し、飛び掛かって怒鳴ったがこれも効き目がなかった。
「最終手段よ! お兄ちゃん、喰らえ~~~!!」
こんなこともあろうかと、私のポシェットには武器が搭載されている。その武器の真空パッケージを外し、ジュマルの口に突っ込んでやった。
「うまっ!? あ、ララ……うまっ!?」
酒飲み大好き、焼き魚の燻製だ。旨味成分たっぷりの魚を咥えたジュマルは、ようやく私に気付いた。
「いいから先生から離れなさい!!」
「でも、こいつが……」
「わかってる! 私はお兄ちゃんの味方だよ!!」
「う、うん……」
私の剣幕に押されたジュマルは言い訳もできずに燻製をカジカジしながら下がって行くのであった。
「先生。大丈夫ですか? 兄が暴力を振るって申し訳ありません!!」
顔を押さえてまだ立ち上がろうとしない井口先生に、私は謝罪から。頭を下げて待っていたら、井口先生は体を起こして壁に背中をつけた。
「ふざけるなよ……教師に手をあげたんだぞ! ガキの安い頭を下げたぐらいで許されると思うなよ!!」
「もちろん両親からも謝罪はあります。いまは落ち着いて話を聞かせてください」
「なんでガキなんかにするんだ! 警察! 警察だ!!」
私が誠心誠意、頭を下げても井口先生の興奮は収まりそうにない。そのせいで、下がっていたジュマルが近付いてきてしまった。
「お前、なに俺の妹に怒鳴っとんねん。ララもこんな奴に謝らんでええで」
「お兄ちゃんは黙ってて。お願い」
「ハッ……妹に頭を下げさせて、自分は謝罪もなしか。どんな教育を受けたら、こんな猛獣になるんだ!」
「お前!!」
「お兄ちゃん! 下がれ! あと、あんたも大人なんだから言葉には気を付けなさい!!」
私はジュマルを押し返しながら、井口先生を睨んだ。
「ほら? 素が出たな。お前もジュマルと同じ人種だ」
「ええ。同じ人間です。ですから、同じ人間のあんたも守っているのよ」
「はあ~?」
「わからないの? お兄ちゃんは手加減してんのよ! 下手したらあんたは死んでたのよ! 私はお兄ちゃんを人殺しにしたくない!! もういい! ドサンピン。何があったか説明しなさい!!」
「へ、へい!」
本当は被害者から先に聞き取りをしたかったが話にならないので、岳君を呼んで説明してもらう私であった。
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ジュマルをイジるにも時期が悪く、母親が美人すぎる弁護士として活躍したから、分が悪いと捨て台詞を残して井口先生も諦めたらしい。
「美人すぎる弁護士が母親でよかったな~?」って、情報漏洩はお前か~い!
それはムカつくけど今は置いておいて、2学期になると仁君イジメは再燃。ジュマルが寝てるところを狙ってやっていたらしい。
仁君もジュマルに気を遣って言わなかったらしく、周りにも我慢するから黙っているようにとお願いしたそうだ。しかし、エスカレートする井口先生に皆が怒って、代表して岳君がジュマルにチクる。
ジュマルも頭を使って寝たフリをしていたら、ついに今日、現場を押さえた。その時の井口先生は、仁君が気持ち悪いだとか、みんなで無視しようとかイジメを先導していたのだ。
それを聞いたジュマルは机を叩いて井口先生に詰め寄った。この時点では怒鳴るだけだったのだが、井口先生が言ってはならないことを言ってしまった。
「弱者はなぁ。強者から何をされても文句言えないんだよ。お前らのようなガキなんて、俺が本気出したら一発だぞ!」
私と真逆のことを言って殴り掛かったのだ。ジュマルは私の言葉は、ほぼ絶対。真逆のことを言う井口先生はボコボコにして、いまに至る……
「はぁ~~~……」
岳君から全てを聞き終えた私は、怒りを抑えるように大きく息を吐きながら井口先生を見た。
「何か反論はありますか?」
「ああ。全部噓だ。ガキは噓しか言わないんだよ」
「ガキガキガキガキ……」
せっかく抑えた怒りも、井口先生の発言で私は爆発。
「まず最初に言っておきます。兄の暴力については謝罪します。訴えてくださったら、治療費程度はお支払いします。でもね! 仁君をイジメたことは、私は絶対に許さない!!」
「はあ?」
「真っ先に守らないといけない人間が何してんのよ! あんた教師でしょ! 教師が守ってくれなかったら、これから仁君はどうなるのよ! 絶望よ! 金輪際、大人に助けを求められなくなるの! なんてことしてくれるのよ!! そんな人間に教師を名乗る資格はないわ!!」
「何を偉そうに……」
私が怒鳴り散らしても、井口先生の心には響かないみたいだ。
「あんたはわかってないだろうけど、あんたが言ったガキにだって心はあるのよ。ここにいる全員が、あんたの敵よ!」
私が両手を広げると、井口先生は周りを見渡して怯んだ顔を見せた。おそらくだが、生徒全員に軽蔑の目を向けられているのだろう。
「だからどうした! 俺は教師でお前らはただのガキだ! どっちが信用されるかな!?」
「信用なんてどうでもいいのよ。私がどんな手を使ってでもあんたを地獄に叩き落としてやるわ! もう教師でいられると思わないことね!!」
それでも反論する井口先生に、私は拳を突き付けて親指を下に向け、不敵に笑うのであった……
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