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九章 物語が終わるまで夜遊び

209 強制力の巻き込まれ

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 しばしアン=ブリットの死に悲しんでいたフィリップは、自分の頬を殴った。

「僕の馬鹿野郎……強制力があるのに、なんで目を離したんだよ~」

 切れた口から血が流れるなか、フィリップは悔やんでいた。

 実のところ、乙女ゲームでのアン=ブリットの死因は服毒自殺。アン=ブリットがルイーゼを殺しに部屋に入ったところで、攻略対象の1人、または4人に見付かって戦闘になる。
 逆ハーレムルートじゃなくても、1人が粘っている間にルイーゼが風邪の体で無理して残りのフレドリクを含めた攻略対象の3人を連れて来るので、アン=ブリットは必ず4人と戦うことになる。

 それでも世界最高の暗殺者ということもあり、互角の戦いの末、フレドリクたちは辛くも勝利。フィリップは「アン=ブリットの設定、強すぎない?」と思いながらいつもプレイしていたんだとか。
 敗北しても息はあるので、攻略対象が誰の差し金か質問する流れに。その時「誰が言うか」と捨て台詞を残してアン=ブリットは服毒自殺するのだ。フィリップは「聖女ちゃんなら治せたんじゃね?」とか思ってたんだとか。

 フィリップのミスは「服毒自殺は阻止したから他はない」と思い込んだことと、「もしもの時は捨て台詞を言う」と思い込んでいたこと。
 それと「自分ならいつでも自殺を止められる」と過信していたことだ。

「あ~あ……あっ! 聖女ちゃんのアーティファクト!! どうせゲームでは使わないんだから、頼んだら蘇生してもらえるかも? でも、直後じゃなくても生き返るのかな? どう頼んだものか……」

 淡い期待を持って、アン=ブリットの遺体は綺麗にしてから毛布にくるんでアイテムボックスの中に。フィリップはトボトボとダンジョンを出るのであった。


 ダンジョンから出たフィリップは、暗殺の報告役を捜して見付けたけど、まったく動きがないので飽きて来た。
 クレーメンス伯爵の屋敷に報告するところを確認したかったフィリップだが、いま自分が踏み込むと八つ当たりで皆殺しにしてしまいそうだと思い、娼館に行った。たいそうな言い訳だな。

 マッサージした帰りに報告役を見に来たらまだその場にいたので、今日のところは自室に戻るフィリップ。
 そして翌日の夜には情報を仕入れようとイーダの部屋にやって来た。

「殿下ですよね!?」

 いつも通り窓をノックして入ると、イーダは掴み掛からん勢いでフィリップに近付いた。

「なんのこと??」
「ですから、暗殺を阻止したのは殿下ですよね!?」
「あ、その件ね。フッフッフッ……」

 フィリップが悪い顔で笑うと、イーダは生唾を飲み込んだ。

「世界最高の暗殺者、超超強かったよ~。でも、僕のほうが超超、ちょ~う強かったから、楽勝だったよ~」

 珍しくフィリップは本当のことを言ってるけど、大丈夫か?

「わかりきった噓つかないでください。誰を頼ったのですか? フレドリク殿下ではないですよね??」

 大丈夫でした。フィリップが戦えるなんて、ひとつも噂があがってないもん。ザコって噂は多くあるからイーダが信じるわけがないとわかっていたので、フィリップはわざとらしい言い方で本当のことを言ったっぽい。

「お兄様に言うワケないじゃん」
「じゃあ、誰に……そもそも、いつもどうやって止めていたのですか?」
「う~ん……ま、協力者だし、いっか。そのかわり人に言ったら消されるけど、大丈夫??」
「怖いこと言わないでくださいよ~~~」

 イーダは怖がっているけど、気になるので結局聞いていた。ただし、フィリップの話はほとんどウソ。「名前は言えないが昔メイドをしていた人が暗部出身だったから頼った」という部分だけが本当。
 いちおう真実をまぜたので、10人掛かりでアン=ブリットを処理したホラ話はイーダも信じてしまったようだ。

「そんな怖い人とよくできますね……」
「何十人と殺してるってだけで、普通の女性だったよ?」
「それが怖いんですけど~??」

 あと、フィリップがエロイ顔でプレイ内容まで語るから。体の関係でメイドを脅してることになっているので、フィリップのこともちょっと怖くなってるな。イーダも脅されている最中だし……


 この日は軽くマッサージだけしたフィリップは、次の日からもイーダの部屋に毎日通い、ルイーゼの風邪が治ったと聞いたら教室を覗きに1人で訪れ、トイレに立つのを待っていた。
 そのチャンスは早くもやって来た。フレドリクたち男共だけで喋っている時に、ルイーゼが教室から出て来たのだ。

 フィリップは跡を付けていたらトイレを通り過ぎたので、不思議に思いながらルイーゼの後ろを歩く。

「なるほどね。よく1人でイジメられていると思ったら、これも強制力のひとつかも? 勝手に出歩いたら、そりゃイジメられるよ~」

 なんの用事もないはずなのにルイーゼは庭園までやって来たので、フィリップも謎が解けたと観察。案の定、ルイーゼの下へ他の女子生徒が群がっていたので、フィリップは堂々とルイーゼに近付くのであった。


「イジメ? イジメてるの? イジメてるんだよね??」
「「「「「そんなことありませんことよ。オホホホホ~」」」」」

 フィリップがニヤニヤしながら質問するだけで、女子生徒たちは脱兎の如く逃走。いつもは見ているだけだから驚いたみたいだ。
 残されたルイーゼは感謝の言葉を掛けていたが、フィリップは遮った。

「それより聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「うん。なんでも聞いて」
「君って聖女って呼ばれてるじゃん? 聖女ってことは、人を生き返らせることができるの??」
「そ、それは……」

 フィリップの質問にルイーゼは言葉が詰まる。

「どうしたの?」
「フックンに止められてて……」
「てことはできるんだ。ふ~ん」
「だ、誰にも言わないでね?」
「言わないよ。そのかわり、僕の知り合いを生き返らせてほしいな~?」

 このお願いには、ルイーゼはすかさず頭を横に振った。

「それだけはゴメン。フィリップ君だから言うけど、一回しか使えないから、フックンかフックンの子供にしか使っちゃダメって陛下からも言われているの」
「なるほど……次代の皇帝に使うことで話がまとまってるんだ。それじゃあ仕方ないね。ちなみにそれって、死んでからだいぶ経っていても生き返らせることできるの?」
「ううん。死んでから2時間だけ。その間は魂が残っているみたい……ところでフィリップ君は、誰を生き返らせたかったの?」

 最悪ルイーゼを拉致して使わせようと、アーティファクトの仕様を聞いたフィリップ。その答えは当てが外れたのでフィリップが暗い顔をすると、ルイーゼは何か役に立ちたくなった。拉致されそうになったのに……

「母上をね……あ、マズイ……グズッ」
「フィリップ君は、ママのこと大好きだったんだね。でも、フックンのママでもあるんだ……ゴメンね。私は役立たずだから何もできないの~。え~~~ん」
「ちょっ! なんで泣いてるの!? 何年も前の話だから、感情移入しなくていいから!!」

 フィリップが母親のことを思い出して涙目になっただけで、ルイーゼは大泣き。そのおかげで涙は引っ込んだが、こんなところを誰かに見られたら困るのでフィリップも大慌てだ。

「フィリップはルイーゼに何をしたのかな~?」
「お、お兄様!?」

 でも、時すでに遅し。笑顔だけど目が笑っていないフレドリクと、怒りの表情のカイ、ヨーセフ、モンスが後ろに立っていた。

「「「フィリップ~~~……」」」

 フレドリクがルイーゼに駆け寄るなか、カイたちはいまにも襲い掛かる勢いなので、フィリップは逃走。

「ちょっ! ちょっと待って! 先に聖女ちゃんから聞き取りして!!」
「「「待て~~~!!」」」
「ぎゃああぁぁ~~~!!」

 こうしてフィリップは予期せぬ冤罪事件に巻き込まれて、カイ、ヨーセフ、モンスに追いかけ回されるのであったとさ。
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