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六章 夜遊び少なめ

139 ダグマーの次の職場

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 イーダの身も心も取り込んだフィリップは、今日はルイーゼを付け回していた。

「あの女がどうかしたのか?」

 当然フィリップの世話係のボエルもストーキングに付き合わされているので、その行動を不思議に思っている。

「う~ん……ま、いっか。僕、父上からあの子の調査を頼まれてるんだよね~」
「陛下から?」
「なんかね、お兄様と仲いいみたいなの。それで心配してね~」
「なるほど……でも、ついこないだまで殿下は逃げ回ってなかったか?」
「それは向こうから近付いて来るからだよ~」

 フィリップが調査しているというのは、実は大ウソ。逃げ回るのが面倒になったから、ルイーゼの後ろなら安全地帯なんじゃないかと試しているのだ。

「それにしても、人気がある女だな」

 ボエル的には、1人で歩くルイーゼの下に、次々と女子生徒が集まって声を掛けているように見えるらしい。

「アレは人気とかじゃなくて、悪口言われてるんじゃないかな~?」
「そうなのか??」
「ほら? 喋り掛ける人は多いけど、誰も一緒に歩こうとしないじゃない?」
「確かに……あ、そういうことか。イジメようとしても、殿下が見てるから途中でやめてしまうんだ」

 ルイーゼの下へ集まる女子生徒たちは、不自然な動き。ルイーゼに声を掛けては、その後ろのほうにいるフィリップを見てギクッとしたり誰かが止めたりしてそそくさ逃げて行くのだ。

「やるなら徹底的に最後までやってよね~」
「いや、止めろよ。皇子だろ」

 できることならそのイジメの現場を楽しみたかったフィリップは、ボエルの冷たいツッコミにあうのであったとさ。


 フィリップがストーキングを始めてルイーゼ被害にあわなくなったと喜んでいたら、週末に皇帝から呼び出されたので、馬車に乗って近くの実家に里帰り。
 一緒に連れて来たボエルは執務室の前に待機し、フィリップが中に入ると、そこには知っている顔があった。

「ダグマー!」

 普段着かどうかわからない男装のダグマーが立っていたので、フィリップは顔を見るなり嬉しそうに近付いた。

「殿下、お久し振りです。お体は悪くなったりしていませんでしたか?」
「うん。大丈夫。ひょっとして、メイドに戻って来るの? 嬉しいな~」
「フィリップ……」
「あ、はい。失礼しま、す……」

 呼び出したのは皇帝なのに、その皇帝を無視してダグマーと喋っているのだから、フィリップも怒られたのでしゅんと……いや、膝の上に乗せられるのが恥ずかしいからテンションが下がったみたいだ。

「今日呼び出したのは、ダグマーの今後のことを知らせるためだ」
「あ、はい。僕の下に戻してくれるんだよね?」
「いや、嫁ぐことになった」
「え……」
「エイラの時は別れの挨拶もできなかったから、今回は挨拶ぐらいさせてやろうと思ってな。今日一日は好きにしろ。もう行っていいぞ」
「はい……」

 フィリップはダグマーが戻って来るモノだと信じていたので、暗い顔をして執務室を出るのであった。


「殿下……勝手に決めてしまい、申し訳ありませんでした!」

 執務室を出たら、ダグマーはいきなりの謝罪。フィリップはゆっくりと振り返る。

「ここじゃ積もる話もできないね。僕の部屋は……結婚する女性を連れ込むわけにはいかないか。ボエル、どこか部屋を押さえてくれる? 僕たちは庭園にいるよ」
「はい!」

 ひとまずフィリップはダグマーを連れて庭園に向かう。2人とも一言も喋らずに散歩をしていたら、ボエルが部屋が取れたと走って来た。
 それから応接室に移動して、重い空気のなかボエルはお茶を振る舞い、フィリップが一口飲んだところでようやく口を開いた。

「何から言っていいかずっと考えていたけど、やっぱりこれからだよね。ダグマー……結婚、おめでとう」
「で、殿下……うぅ……ありがとうございます。うぅ……」

 ダグマーは祝福されるとは思っていなかったらしく、虚を突かれたのか涙が零れてしまった。フィリップも目に涙を溜め、ダグマーが落ち着くのを待ってから質問する。

「お相手はどんな人なの?」
「こんな私を受け入れてくれる優しい方です。陛下が探してくれました」
「へ~。父上がそんなことまでしたんだ」
「はい。今までの仕事の褒美だと、私にはもったいない良き相手を選んでくれて。感謝しかありません」
「そうなんだ~。でも、あのクセは大丈夫?」
「はい。それを踏まえて探してもらいましたので」
「え? マジで??」

 まさか女王様タイプを暴露していたとは思っていなかったフィリップは、ダグマーの相手のことは軽く聞くつもりだったけど、そんなわけにはいかなくなって詳しく聞く。
 皇帝が持って来た縁談相手は、ダグマーより若い伯爵家の当主。しかしこの当主、2度の離縁を経験して、前妻の子供が2人もいるワケあり物件だ。
 離婚の理由は、子供が生まれた直後に豹変してドメスティックバイオレンスを……妻に強要したから。つまるところ、妻から暴力を受けたい変態さんで、奇跡的にダグマーの性癖とマッチした強者なのだ。

「へ、へ~。そんな優良物件あったんだ……」
「はい。一度寝床を共にしましたが、とても喜んでくれました。殿下とは違い、手加減もいらないと言ってくれたのですよ」
「本物ですか……」

 フィリップは真性ではなく知識だけある偽物。喜んでいる姿も、気持ちいいからではなく楽しいだけなので、ダグマーには物足りなかったのかもしれない。

「ま、まぁダグマーが幸せなら、僕は何も言えないや。あ、ひとつだけ聞いていい?」
「はい……」
「その結婚って、僕のため??」
「い、いえ……」
「エイラは本当のことを父上に伝えていたよ」
「そうなのですか……」

 ダグマーは寂しい表情でフィリップの問いを返す。

「私がそばにいると、殿下の婚期が遅れる可能性がありましたので離れる決断をしました。それに、殿下の幸せを見る頃には、私は歳ですので、耐えられるかどうか……」

 ダグマーの本心には嫉妬もまざっていたので、フィリップは少し嬉しそうに頷いた。

「本当のこと教えてくれてありがとう。それと、僕の幸せまでこんなに考えてくれてありがとう。ダグマーと会えなくなるのは僕も寂しいけど、影ながらな幸せを祈っているね」
「殿下……こちらこそ、今までありがとうございました」

 こうしてフィリップとダグマーは、お互いの幸せを祈りながら、最後の一日を思い出話に使うのであった……
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